山田祥平のRe:config.sys

「僕のコダクローム」をリマスタリング

 例え「写ルンです」で撮影した写真であっても、そのネガさえ残っていれば、最新の技術で、まるで昨日撮った写真のように蘇る。そのくらいフィルムの持つ情報量は多いし普遍だ。

 「写ルンです」の発売は、たかだか30年前だが、押し入れの奥に、もっと古い時代に撮影した写真、それもネガが眠っているケースも多いのではないか。それは絶対に捨ててはならない。

銀塩フィルムを懐かしむ

 「僕のコダクローム」は1973年のポールサイモンのヒット曲だ。コダクロームはコダックのリバーサルフィルムで、その現像処理が色素を後から結合する外式なのが特徴だ。残念ながらコダクロームは2009年に販売を終了しているし、その現像処理も終了している。うちにある冷蔵庫にも、既にコダクロームのストックはない。最後のコダクロームは、日本での現像処理が終了していたので、ビックカメラ経由で米国に送って現像してもらった覚えがある。その往復に数週間かかるわけで、実に気の長い話だ。

 色素だけを残して現像処理される内式リバーサルフィルムやネガフィルムとは異なり、コダクロームは退色が著しく少ない。モノクロネガフィルムも同様で、黒化した銀が永久に近く階調を保存する。だから、カラーならコダクローム、そのほかはモノクロと決めて写真を撮っていた。フィルムからデジタルへの過渡期の趣味だった。

 銀塩フィルムの情報量は自然界の階調に比べれば微々たるものだが、それでもかなり大きなものだ。その大きな情報メディアとしてフィルムは連綿と使われてきた。しかも、誰もが使える身近なものとしてだ。

 その一方で、デジタル機器のライフタイムは短い。だからこそ、昔のフィルムを最新の技術でスキャンしてみると、そのたびに新たな発見がある。半世紀以上前のアナログ音源が繰り返しリマスタリングされて、場合によっては「なんちゃってハイレゾ音源」として提供されるのも、それなりの意味があるわけだ。

お手軽フィルムスキャナを試す

 ジャストシステムとケンコーのコラボレーションによるフィルムスキャナが登場した(製品へのリンク)。限定500台というレア製品だ。一太郎のイメージカラーである赤をアクセントにしたチャーミングな筐体だ。

 フィルムスキャナといっても大仰なものではない。重量も260gしかない。コーヒーマグカップくらいの筐体に、6コマ切りのフィルムやマウンタ装填済みスライドなどを装着できるネガホルダーが付属したもので、35mmフィルム専用だ。前面の2.4型ディスプレイで確認しながらスキャンしたデータは1,600万画素のJPEGデータとして後部のスロットに装着したSDカードに保存される。

 電源アダプタは添付されているが、USBバスパワーでも駆動できる。また、その場合、PCからはマスストレージとして見えるので、ファイルのコピーなども容易だ。さらにHDMI端子も装備され、単体で大画面TVなどへの投影も可能だ。

 スキャンはほぼ瞬時だ。早い話がフィルム専用のデジカメなのだ。画質にあまり大きな期待はできないし、固定焦点なので厳密なフィルム面へのピント合わせも難しい。操作についても基本的に3つのボタンだけで行なうので、ちょっともどかしい印象もある。機器内であれこれ悩むよりも、さっさとスキャンしてPC側のアプリケーションで調整した方が手っ取り早いかもしれない。

 製品の試用にあたって、コダクロームのリバーサルを試してみたかったのだが、あんなに撮ったはずのスライドがすぐに見付からなくて断念した。デジタルなら絶対にそんなことはないのにと思ったりもする。

 昔、タムロンのフォトビックスという製品を愛用していた。たぶん昭和の終わりころだったんじゃないかと思う。現像済みのフィルムをセットしてビデオ画像として出力できるだけの機器だった。保存の機能はないので、ビデオデッキに接続してテープに録画するしかなかったが、使っていてとても楽しい機器だった。今回のフィルムスキャナは、それに近いイメージだ。

 でも、昔のフィルムをパッとスキャンして文書に貼り付けたり、SNSにアップロードしたりする気軽なガジェットとしてはかなり楽しいものになっている。紙のプリントをスキャンするのと違って、フィルムの読み込みはなんだかなまめかしい感じがあって悪くない。

フィルムもまだまだ捨てたもんじゃない

 物持ちのいい方が、昔のコレクションを最新のデジカメやスマートフォンで撮影したものは、SNSなどでよく見かけるのだが、当時それが現役で存在していた、つまり、ロラン・バルトが「明るい部屋」でいうところの「それは・かつて・あった」を見せるものはほとんどない。

 もっとも、フィルムスキャナはコピーを作る道具だし、それでスキャンしたデータをSNSにアップロードしたら、写真のエクスタシーにはほど遠いものになるかもしれない。それでも、昨今のInstagramなどを見ていると、こういうのも写真なのかもしれないと思ったりもするし、若い世代にはノスタルジックなムードも受けているようだ。

 気軽に使えるフィルムスキャナは、そんな世界を垣間見せてくれる。近頃は、また、フィルム写真がはやっているらしいが、かつて愛用していたコダックのモノクロフィルムTri-X36枚撮りが1,000円近くして、撮影後に現像すると700円近くかかる。プリントまで頼めばトータルで3,000円コースとなってしまう。かといって、廃液処理などがめんどうで自分でやる気にもなれない。かなり贅沢な趣味になりつつある。

 この原稿を書くために調べていたら、最近は、撮影済みフィルムを送付すると現像とCDーRへの書き込みを1,000円以下で提供するサービスもあるようで、時代の変化を感じる。もっとも、CDにして返送されてきても、そのCDを読む手段がないというユーザー層も増えてきているようで、これもまた大きな時代の流れを感じてしまう。

 Webで受け取るようにすればコストも下がるように思うのだが、どうなのだろう。また、撮影済みのフィルムを郵送するというのは、ちょっとした不安もあるが、日本の宅配便、郵便事情なら大丈夫だろうと信じたい。近いうちに試してみようと思う。

 先日、古いデジカメを処分するときに、目に付いた数台のフィルムカメラ。たまにはフィルムを通してあげないとダメになりそうだ。特に、加水分解でグリップがベタベタするものもあって、もったいない。年をとると、かまうものも増えてくる。それはそれで幸せだ。