山田祥平のRe:config.sys

ICをスキーに連れてって

 スノーリゾートのIT化が進んでいる。縁の下の力持ち的存在のITだが、IoTの時代なのだから、もっと違う何かができてもいい。あと四半世紀たっても、まだ雪を楽しめるかどうかは、今の時代にかかっている。IC化から四半世紀が過ぎた日本屈指のスノーエリア、志賀高原の状況を取材してきた。

スキー映画の名作を懐かしみながら志賀高原を訪問

 昭和末期、1987年末に公開された映画「私をスキーに連れてって」は、今なお、繰り返し見られているスキー映画の名作だ。

 この映画で展開されるライフスタイルの縁の下の力持ち、防水カメラ、アマチュア無線、音声サンプラー付きシンセサイザー、といったガジェットを現代のものに置き換えてリメイクしたら面白そうだなと思う反面、全てスマートフォン1台に集約されてしまうかもしれないと考えると、スマートフォンというガジェットの存在の凄さを思い知らされる。

 この映画の舞台となった志賀高原を訪ね、志賀高原索道協会事務局長の山本裕幸氏に話をきいてきた。

 志賀高原は、スキー場というよりは、スキー/スノボエリアとして知られる。日本で最初のリフトが架かったのもこのエリアだ。18のスキー場がエリア内に散在し、52基のリフトを複数の索道会社が運行している巨大なエリアだ。長野県下高井郡山ノ内町にあり、1998年の長野オリンピックを機に整備された長野新幹線(現北陸新幹線)や上信越自動車道、湯田中温泉からのアクセスルートの整備などで一気に都市部から近い存在になった。

 全山共通リフト券が用意されていて、どの索道会社が運営するどのリフトにでも1枚のリフト券で乗車することができる。そして、今年(2017年)、2016~2017シーズンから、リフト券の購入に交通系のICカードが使えるようになった。志賀高原ではリフト券購入にクレジットカードが使えるようになったのはかなり早かったのだが、今シーズンクレジットカード端末を入れ替えるにあたり、ファイナンス会社からの提案があって、交通系のICカードを使えるようにしたという。

 志賀高原のリフト券はICカードだ。その導入は古く、1992年に最初のシステムが入っている。当時はICカードに目視のための印字ができないものだったが、紙の目視券との同時発行で、紙だけを転売する輩が現れ、それを回避するためにサーモリライトフィルムへのプリントができるICカードへの変更などのためにシステムを入れ替えたりしながら、現在に至っている。現行のシステムは、前のシステムのメーカー保守期限が切れたため、ゲートメーカーに保守を依頼、1年間の猶予を得て、その間に検討して完成させた。

RFIDでゲートを通過

 これまでと大きく変わったのは、システムで汎用のデバイスやPCを使えることになった点だという。発券用リーダ/ライタ/プリンタ、改札ゲート、クレジットカード端末など、あらゆる周辺デバイスが汎用で、壊れても、その時点でそのデバイスだけを最新のものにリニューアルできる点を評価したそうだ。これなら個々の機器のライフサイクルや、システム全体の総取っ替えといったことを考えることなく運用していける。それが、現行のスキーデータ社のアクセスコントロールシステムだ。実際の発券システムを見せてもらったが、ごく普通の日本HP製のWindows PCだった。仮にこれが壊れたとしても、次は、他社製PCに置き換えるといったことが簡単にできる。

 ICカードそのものはRFIDだ。クレジットカードサイズの紙製で、交通系の改札で使われるFeliCaと同様に、非接触のICカードだが、ISO/IEC15693規格のもので、最大70cm(40cm推奨)の距離で認識される。スキー場のリフト乗り場の改札で、いちいちポケットからスマートフォンやプラスチックカードを取り出してタッチするというのでは使い勝手が悪い。だが、この規格なら衣服のポケットに入れておけば、ゲートに立つだけで認識されて、ゲートが開いて通過できる。適材適所で異なるテクノロジが必要となるわけだ。

 志賀高原が早期からICカードを採用したのは、全山共通リフト券を前提とした体系の中で、どのリフト券がどの索道会社のゲートを何度通過したかを正確に把握するためだ。その値を元に、索道会社で売上げを山分けすることになる。かつては人手でこなしてきた精算の作業を自動化することで、公平性、正確性を担保するというのがIT整備の本来の目的だ。

 通信網はほとんどが光回線だ。しかも公衆網が使われているという。いわゆるフレッツだ。一部、標高の高いエリアでは無線が使われているところもあるそうだが、多くは、通常の光回線でインターネット接続し、VPNで全体のローカルエリアネットワークを構築しているそうだ。

 1998年には長野オリンピックが開催され、その時点ではすでに志賀高原には光回線が来ていたが、今回のシステムになった6シーズン前にISDNから光への移行ができたという。

ゲレンデIoTではスキー客はモノ

 エリアに散在するゲートのデータは蓮池の志賀高原索道協会事務所にあるサーバーに集められ、そこで集計が行なわれる。また、そのデータは、提携しているskiline.ccからもクローリングされ、リフト券の購入者は、一意のリフト券番号を入力して、自分のアカウントに関連付けることで、自分がどの日どのリフトに乗車したかをチェックすることができる。

 リフトごとに想定滑走距離と、想定標高差が設定されているので、どのリフトに乗ったかがわかれば、その合計なども分かる。

 ただし、あくまでも想定距離、想定標高差なので、降りる時に迂回コースを降りたのか、急斜面を転げ落ちたのかは分からない。どうせなら、モバイルアプリなどと組み合わせて、ゲレンデマップなどともマッシュアップしながら、もっと多角的に楽しめればいいのにと思う。

 ただ、リフトの自動改札システムは、カネを生むシステムではない。改札が自動でもリフト乗り場を無人にするわけにはいかず省人効果はゼロだ。志賀高原のように、このデータを、それなりのコストをかけて、ほかのサービスに分析させて楽しませてもらえているのは、ユーザーとしてはありがたく思わなければなるまい。なにしろ、このシステムを使えば、リフト券購入者同士の滑走距離レースなどもできるのだが、どこかの企業にスポンサードしてもらっても、その金額が、手数料に消えてしまうほど高コストということで、サービス規模を縮小し、ベースサービスのみにせざるを得なかったという事情もあるそうだ。

 どのリフト券がどの改札機を通過したのかが分かることで、過去には何度か迷子捜しに役立ったこともあるのだそうだ。下手をすると遭難にも繋がるスノーリゾートでの迷子だが、親が一緒にリフト券を購入しているケースが多いため、番号が連番になっている可能性が高く、それをチェックすることで、今、どのあたりにいるのかを推定し、そのあたりにいる従業員が保護するといったことができる。携帯電話が普及して、ゲレンデでの迷子は激減したそうだが、こういう使い方もあるということだ。

 リフト券をIC化することで、券種の増加にも対応することができるというメリットも生じる。券種判別用IDのビット数が増えたことで、現在は、数万種類のリフト券を企画できるようになったという。

 このことで、人間の目視では不可能な種類のリフト券を扱える。ご存じの通り、スキー場にはほとんどの場合入場料というものがない。その入れ込みによる売上げは、いかにリフトに乗ってもらうか、いかにゲレンデで食事などをしてもらうかなどによって成立する。リフトに関して言えば、少しでも高額なリフト券をリーズナブルなものとして納得して買ってもらえるかにかかっている。

 ゲレンデに到着していつも悩むのは、どの券種を買うかということだ。天候にもよるし、到着時刻にもよる。帰りの日の交通機関の時刻もあるだろう。これから滑る数日間、どのようにリフト券を組み合わせて購入すれば一番オトクになるかを自分自身で判断して券を購入する。

 それが自動的に分析され、ポストペイド精算でもっとも安い金額が適用されてクレジットカード課金されるなら、回数券分を乗車したらそこでやめるつもりだった客が、さらに楽しんで、より高い金額を支払ってくれるかもしれない。また、事前にインターネット予約することで割り引き価格になったり、滑走日に応じて価格を変えるといったことも可能だ。スキー場にとっても客にとってもリーズナブルなリフト券の企画はいろいろと思い付く。

 いずれにしても、少しでも、スキー場が儲かってくれないことには、このあと30年後、日本でスキーやスノボができなくなるということにもなりかねない。スキーが好きな人にとっては、それだけはあって欲しくないことだろう。

 そうならないようにするには、抜本的な改革も必要だ。スノーリゾートにおいて、訪問客はICカード1枚あれば、何もいらないくらいのIoT化も視野に入れた上で、サービスを見直すことも考えて欲しい。ちなみに、奥志賀高原のレストハウス「ル・シャモア」に立ち寄ったところ、支払いにクレジットカードはもちろん、iDやEdyが使えるようになっていて、ちょっとうれしかった。

 今シーズンは八方尾根を擁する白馬村でも、大規模なシステムの導入が行なわれ、志賀高原と同じシステムが入ったそうだ。村全体で電子マネー等の決済を推進し、地域のキャッシュレス化をおしすすめようとしている。

 時代が変わればスノーリゾートも変わる。こういう時代のトレンドをうまくちりばめた「新・私をスキーに連れてって」。ぜひ見てみたい。企画なら協力しようじゃないか。