笠原一輝のユビキタス情報局
ペンとダイヤルを武器にAppleの牙城であるクリエイター市場に殴り込みをかけるMicrosoft
2016年10月27日 14:07
Microsoftは10月26日(現地時間)に米ニューヨークで記者会見を開催し、その中で同社がRS2として開発を進めてきたWindows 10の次期大規模アップデートをWindows 10 Creators Updateとして提供することを明らかにし、新しいWindows 10搭載デバイスとして「Surface Studio」も発表した
Surface StudioはA4サイズの紙を実寸で2枚表示できるという28型/4,500×3,500ドット(192dpi)という超高精細なディスプレイを搭載。「ゼログラビティヒンジ」と呼ばれる独自のヒンジ機構を利用して、接地面から20度まで倒すことができ、Surface Penを利用してイラストを描画したりという用途にも活用できる。
Microsoftがこうした製品をリリースするのは、ペンというmacOSがサポートしていないデバイスを武器に、Appleの牙城とも言えるクリエイター向け市場にアピールしたいという狙いがあるものと考えられる。
ソフトウェア、ハードウェアが揃うことで注目のVR/AR環境となるWindows 10 Creators Update
開発コードネームRS2(Redstone 2)で知られるWindows 10の次期大規模アップデートはWindows 10 Creators Updateとして提供されることが明らかにされた。今回の記者会見で、Microsoftは3Dを誰にでもと、20世紀からWindowsの標準画像アプリとして提供されてきたPaintに3Dコンテンツを編集する機能を追加し、Paint 3Dとして提供することなどを明らかにした。
しかし、もっとも注目されるのは、Windows 10 Creators UpdateでWindows Holographicと呼ばれる、AR/VRのソフトウェアプラットフォームがサポートされることだ。
現在Microsoftは自社製ARデバイスであるHoloLens(ホロレンズ)を開発者向けに出荷しているが、Windows Holographicの機能が追加されると、OEMメーカーにも現在のHoloLensが利用している機能などが解放され、製品を自由に設計することが可能になる。
Microsoft Windows/デバイス担当 上級副社長のテリー・マイヤーソン氏はOEMメーカー5社(HP、Dell、Lenovo、ASUS、Acer)がWindows 10 Creators Updateで利用できるVR HMDをWindows 10 Creators Updateのリリースと同時に発表することを明らかにした。
マイヤーソン氏は「現在のVR HMDは同じ部屋で使うことができないが、我々のVR HMDは複数を同時に利用することができる。かつ価格は299ドルと低価格だ」と述べ、現在のVR HMDで主流になっているユーザーの動きをトラッキングする仕組みが赤外線ではなく別方式であるため、複数を1つの部屋で同時に使えること、さらに価格が299ドル(日本円で約3万円)であるとした。
現在のVR HMDの普及のボトルネックとなってしまっているのが、価格であることを考えると、299ドルという価格設定は、エンドユーザーにとってかなり魅力的と言える。
Microsoft自身が開発しているARデバイスとなるHoloLensに加えて、低価格なVR HMDのリリースが予告されたことで、Windows Holographicに向けたハードウェア環境が整うことになる。既にWindowsストアでは、HoloLensに対応したUWP(Universal Windows Platform)アプリが出揃いつつあり、Windows 10 Creators Updateのリリース時にはソフトウェアも、ハードウェアも揃った状態でスタートできることになる。Windows 10 Creators Updateは、VR/ARに興味を持つユーザーにとって注目のプラットフォームになってきたと言えるだろう。
Surface Bookをリフレッシュ、ドック側に入っていたGPUを強化し、バッテリを駆動時間を延長
Microsoftは今回Surfaceシリーズのデバイスとして2つの新製品を発表した。1つは昨年(2015年)発表したSurface Bookのリフレッシュ版で、もう1つが完全な新しい新製品Surface Studioだ。
Surface Bookに関しては筐体は昨年発表されたSurface Bookと同じものを利用している。しかし、熱設計などの内部設計が見直されてファンを2つにして、内蔵されているGPUがGeForce GTX 965Mに変更されるなど改良が入った。また、バッテリ駆動時間を12時間から16時間へと拡張。ただし重量はわずかに増えて従来のSurface Book(2015年型)がdGPUありのモデルで1.576kgだったのに対して、1.647kgとなっている。
CPUは第6世代のCoreプロセッサ(開発コードネーム:Skylake)で据え置かれている。既にIntelは第7世代Coreプロセッサ(開発コードネーム:Kaby Lake)をリリースしているため、なぜそちらを採用しなかったのかという向きもあると思うが、Kaby LakeとSkylakeの機能面での違いがビデオエンジンの小さな拡張くらいで、回路側の見直しでクロック周波数が若干高く設定されているのが違いになり、性能を強化するならGPU側を強化した方が良いと判断したのだろう。
その一方でSurface Pro 4に関しては今回はアップデートがなかった。同機種はユーザーからの評判が非常に良く、登場から1年経った今でも順調に売れていると聞く。つまり完成度が高く、今のところ目立った競合も見当たらないためリフレッシュする必要がないということなのだろう。
ペンとSurface Dialという新しいデバイスで軽快にクリエーションできるSurface Studio
そして今回の発表の目玉になるSurface Studioだが、発表前にはAIO(All In One、液晶一体型)PCだと聞いていたので、正直あまり期待していなかったが、いい意味でその期待は裏切られることになった。
詳しいスペックなどはこちらの別記事を参照して欲しいが、CPUは第6世代Coreプロセッサのクアッドコア、GPUにGeForce 9シリーズ、最大32GBのメモリ、最大2TBのハイブリッドHDDという構成になっており、PCとしての基本性能は高い。SKUは3つあり、以下のようになっている。
【表】Surface StudioのSKU | |||
---|---|---|---|
CPU | GPU | メモリ | ストレージ |
Core i7-6820HQ | GeForce GTX 980M/4GB | 32GB(DDR4) | 2TB ハイブリッドHDD(128GB SSD) |
Core i7-6820HQ | GeForce GTX 965M/2GB | 16GB(DDR4) | 1TB ハイブリッドHDD(128GB SSD) |
Core i5-6440HQ | GeForce GTX 965M/2GB | 8GB(DDR4) | 1TB ハイブリッドHDD(64GB SSD) |
CPUはCore i7-6820HQとCore i5-6440HQとなり、いずれも第6世代Coreプロセッサとなっている。こちらが第6世代Coreであるのは明快な理由があって、現在のところIntelは第7世代Coreプロセッサのクアッドコア版を出荷していないからだ。なお、価格は2,999ドル(日本円で約30万円)からでこれは一番下のモデルだと考えられる。
Surface Studioの最大の特徴は28型で4,500x3,000ドットという3:2のアスペクト比で、4K(3,800x2,160ドット)を越える解像度を実現していることだ。コントラスト比は1,100:1と非常に高く、さらに色空間としてsRGB、DCI-P3(Cinema)、Vivid(P3-D65)という3つを切り換えて利用することができる。実際、デモではアクションセンターに用意されているボタンを押すことで、色空間が切り換えられる様子が公開された。28型で192dpiと非常に高精細になっているため、Wordを利用してA4用紙と同じクオリティを2枚画面上に再現可能であるという様子がデモされた。
Surface Studioが特徴的なのは、10点マルチタッチに加えて、Surface Pen(Microsoftペン=旧N-trig方式、1,024段階筆圧検知)に対応しており、ペンで操作することができるのが特徴だ。このため、ゼログラビティヒンジと呼ばれる独自開発のヒンジが用意されており、一番倒すと接地面から20度まで倒すことができる。
それに加えてSurface Dialと呼ばれる周辺機器も用意される。これはハプティックフィードバックを備えたダイヤル型の操作デバイスで、それ自体を押すことで呼び出されるメニューからさまざまな用途に活用できる。例えば、ペンの色を切り換えるのを、従来はソフトウェア的にパレットを呼び出して変更していたが、このSurface Dialを利用すると、右手でペンでイラストを描きながら、ダイヤル操作で色を変えていく、そうした操作が可能になる。
また、インクリプレイという機能が用意されおり、Surface Penで書いた軌跡をプレイバックして、ちょうど良いところまで戻して再び書き直すなどの使い方が可能だ。なお、このSurface Dialは、Surface Pro 4やSurface Bookでも利用できる。
クリエイターにとっての注目は使い慣れた自分のブラシとPhotoshop CCで思いのままに描けること
クリエイターにとってSurface Studioが注目すべき理由は、大きな画面でペンを利用して思いのままにイラストが描けることだろう。現在大画面でイラストを描く場合、外付けディスプレイとペンタブレットをデスクトップPCに接続して、画面を見ながら手元でペンタブレットを操作するという形で創作活動を行なっているクリエイターがほとんどだと思う。
しかし、このSurface Studioを利用すれば、ペンを利用して直接ディスプレイに書き込むことができる。それも、28型/4,500×3,000ドットという192dpiの超高精細なディスプレイを利用してだ。MicrosoftのWordのデモでも分かるように、A4用紙が2枚原寸大で書けるディスプレイと言い換えてもいいかもしれない。そこにペンで直接書き込めるということの意味がどれだけ大きいか筆者が繰り返すまでもないだろう。
クリエイター御用達のツールであるAdobeのCreative Cloudデスクトップアプリ(PhotoshopやIllustratorなど)のWindows版は、既にタッチ、ペン対応を数年前から進めている。実際昨年行なわれたAdobe MAXで取材したクリエイターの方々は口々に、自分のブラシを使って直接ペンで画面に描けることの生産性の高さを賞賛していた。
ブラシというのはPhotoshopに用意されている、バーチャルな筆先のようなもので、クリエイターは自分自身で、あるいは他者が公開しているブラシを手に入れて、それをカスタマイズしてイラストを描いている。普段使っているデスクトップ版のPhotoshopで、自分のブラシを使って、画面に直接描けるとしたら、大変素晴らしいことだと、クリエイターは考えている。
であれば、このSurface Studioはそうしたクリエイターにとっては、とても魅力的な選択肢になることは間違いないだろう。これが意味していることは、現在Appleの牙城となっているクリエイター向け市場を、Microsoftが本気で取りに来た、そういうことではないだろうか。そして、現時点ではmacOSでタッチやペンがサポートされていない以上、Appleがこれに対応するのは時間がかかりそうだ。果たして今晩行なわれるというAppleの新製品の発表会では、それに対する答えはあるだろうか、要注目だ。