レビュー

Windows上で動く放送機器、NewTek「TriCaster Mini」

〜「Video Toaster」の系譜を継ぐPCベースのコンパクトスイッチャー

「TriCaster Mini HD-4i Bundle」

PC? スイッチャー?

 どういうわけかPC Watchにて、NewTekの「TriCaster Mini」について語ることになった。確かにPCアーキテクチャを使ったマシンではあるのだが、本来は僚誌AV Watchでも手に余るような、映像スタジオ専用機器である。

 TV放送などを行なうスタジオ設備は、非常に大がかりで高価なものだ。地上波放送局クラスになれば、トータルで数億円にも上る。その一方で、ケーブルTVやインターネット中継といった小規模な放送も、事業として成立するようになった。その背景には、プロ機ではなくコンシューマ機や廉価な業務用機器を使ってスタジオを組み上げるテクニックが確立されたことがある。

 TriCaster Miniも、そのようなニーズから生まれた製品だ。HDMI経由で4台のカメラが接続でき、後はクロマキーバックがあれば、いわゆるTVスタジオ的な放送を出す事ができる。本体やコントロールパネルまで含めてトータルの価格は168万円(税別)。PC的視点で見ると、十分高いと思われるかもしれないが、プロ用ハードウェアだけでこの規模のシステムを作ると、ゼロが1つ増えるぐらいでは収まらない金額になる。

 映像機能の事をあまり詳しく書いても、そういう職業の方以外にはさっぱり分からないと思うので、今回はTriCaster Miniのアーキテクチャについて、その歴史的背景も含めつつ語ってみたい。

映像装置とコンピュータの出会い、そして紆余曲折

 TriCaster Miniは2014年11月から販売が開始された、比較的新しいモデルである。TriCasterシリーズ自体はもう10年前から存在するが、TriCaster Miniはもっともコンパクトで低価格モデルという位置付けだ。

 そもそもPCアーキテクチャを使って映像信号をリアルタイム処理させるという製品は、1990年にまで遡る。TriCasterの前身となったのは、この年にCommodoreのパーソナルコンピュータ「AMIGA 2000」用の拡張カードとして販売された、NewTekの「Video Toaster」だ。AMIGA2000の拡張グラフィックスポートに差し込むこのカードは、アナログの映像信号が入出力でき、クロマキー合成や文字合成、コンピュータグラフィックスの制作などができた。このCG作成ソフトが、のちに「LightWave 3D」として単体売りされるようになる。

 1990年と言えば、Intelプラットフォームからは386SX採用のPCが発売、Motorolaもようやく68040を発表したぐらいの年だ。WindowsはVer.1.0が発売されたが日本語版がまだなく、MacにはQuickTimeもまだないような頃である。その時代において、リアルタイムで映像信号を処理し、合成できた。嘘のような話である。

 もちろん、コンピュータ側のCPUを使ってリアルタイム演算するわけではない。当時のAMIGA 2000のCPUは68000であり、別途アクセラレータカードを追加しても68030/50MHzがせいぜいであった。AMIGAはカードへの電源供給とUIを提供するのみで、ほとんどの処理はカード上だけで行なわれていた。

 当時放送業界は、まだまだ専用のアナログハードウェアの時代であり、コンピュータアーキテクチャを使った製品は安定性や映像品質に難ありとして、採用されなかった。一方でVideo Toasterに飛びついたのが、米国のケーブルTVだった。米国のほとんどの家庭では、TV放送は電波で直接受信しておらず、ケーブルTV経由となる。多くはキー局の再配信だが、自局でオリジナルの番組も制作する。そういう低予算な放送向けニーズが米国には存在したため、Video Toasterは売れに売れた。

 AMIGA 2000の後継モデル、「AMIGA 4000」用の「Video Toaster 4000」も発売され、さらにはノンリニア編集システムの「Video Toaster Flyer」も商品化された。またLightwave 3Dのレンダリング用マシンとして、MIPS R4400上で動作する「Video Toaster Screamer」も開発されたが、これは商品化には至らなかった。結局その技術は、数年後に分散レンダリング機能「Screamer Net」として、LightWave 3Dに組み込まれた。

 転機が訪れるのは、1994年のことである。AMIGAを製造するCommodoreが倒産し、Video Toasterは母体を失った。NewTekはWindows PCへの移行を試みるが、なかなか成果が出なかった。当時窮地を救ったのは、Video Toasterに搭載されていたLightWave 3Dである。こちらは早々にWindowsへの移植に成功し、単体のソフトウェアとしてヒットした。

 ここでVideo Toasterの系譜は、2つに分離することになる。Video Toaster開発チームの一部がスピンアウトし、Playという別会社を設立。本格的なバーチャルスタジオシステムスイッチャー兼ノンリニアシステムとして、「Trinity」の開発に着手した。2000年には米国NABショーにて、実機も披露されている。実際に筆者は日本の代理店で、Trinityのトレーニングを受けたことがある。日本にも数台導入されたはずだ。

Trinityを披露したNAB 2000のPlay社ブース
右側の紺と黄色の箱がTrinityの本体

 Playは結局、PC向けキャプチャ製品「Snappy」を商品化したのち2001年に倒産し、その資産はすべてGlobal Streamに買収された。開発していたTrinityは、その後「GlobeCaster」と名前を変えて製品化された。本体は四角いボックスだが、中身はWindows PCと拡張カードで、オールインワンパッケージにしたものである。Playの一部の開発メンバーらは別途Serious Magicという会社を立ち上げ、クロマキー技術を応用したプレゼンテーションツール「Visual Communicator」やバーチャルセットソフト「Ultra Key」といった製品を開発したが、その後Adobeに買収された。

NAB 2003に展示された初期のGlobeCaster。ディスプレイの右にある銀色の箱が本体
同年NABでのSerious Magicのデモの様子

 一方本家NewTekでは、開発チームが分裂したものの、Windows版Video Toasterの実現に向けてリアルタイムキャプチャーカードの開発に着手。だがそれが「Video Toaster for NT」としてリリースされたときには、もう2000年になっていた。さらにそこからビデオスイッチャーとしての機能を追加して、「Video Toaster[2]」として商品化されたのが、2002年のことである。筆者はこのとき、AV Watchでレビューを書いている。

 Video Toaster[2]も、後継のVT[3]も、それほど話題にはならなかった。それというのも、すでに時代はデジタルハイビジョンに注目が集まっており、アナログ入出力のVideo Toasterは、時代遅れのように見えたからだ。そこでVideo Toasterのような拡張カード型ではなく、TrinityのようなPC完全組み込み型の専用機という形に転換。1からTriCasterを開発し、商品化した。それが2005年のことである。

2005年のNABで初披露されたTriCaster
初号機はアナログ入出力のみのシステムだった

PCを意識させない「専用機」

 TriCasterは、PCアーキテクチャを利用した、バーチャルスタジオシステムのシリーズだ。これを使って生放送もできるし、映像収録もできる。最もハイエンドな「TriCaster 8000」は、ラックマウント型サーバのような本体ながら、映像ソースが24chも同時に扱える、大型のシステムだ。価格は400万円を超える。国内ではアスク、ディストームが取り扱っており、今回はアスクより評価機を借用した。

 一方TriCaster Miniは、本体サイズをmini-ITXサイズにまでコンパクト化し、低価格化したモデルだ。ただ機能を削って小さくしたわけではない。上位モデルはプロ用の映像伝送規格であるHD-SDIに対応するが、MiniはHD-SDIではなく、コンシューマでメインに使われるHDMIに特化した。また上位モデルは、各カメラの解像度やフレームレートを合わせないと映像入力できないが、Miniは入力にスケーラとフレームシンクロナイザを搭載したことで、解像度やフレームレートに関係なく入力できるのが強みだ。つまりMiniだけは、ターゲットが全然違う商品なのである。

映像のリアルタイム合成とスイッチングが可能なTriCaster Mini

 背面を見ると、中身はPCだということが分かる。電源は内蔵されておらず、ACアダプタで駆動する。左手の四角い枠内のポート類が、オンボードの端子類だ。右にある拡張スロットには、HDMIとDVI端子を搭載したグラフィックスカードが挿さっている。UI画面はどのポートからも出力できる。

本体背面。マザーボードと拡張カードで構成されているのが分かる
電源はACアダプタ
付属のキーボードとマウス

 映像機器としての入出力は、前面にある。HDMI入力が4、出力が2、アナログオーディオ入力が3、出力が3だ。また本体の横には、1,366×768ドットの7型液晶ディスプレイがある。これはソフトウェア内で何を表示させるかを自由に選択でき、スイッチャーの出力の確認や、波形モニタ、時計などが表示可能だ。なお本体ディスプレイのない廉価モデルもラインナップされている。

映像と音声の入出力は前面に集中
側面には7型ディスプレイも搭載

 フルセットでは、マウス、キーボードのほか、USBで接続するコントロールボックスが付属する。映像のスイッチング(切り換え)は、各カメラの映像を見ながら、手元は見ずに指先の感覚だけでボタンを切り換えるため、このようなハードウェアスイッチのコントローラは必須だ。またスイッチの堅さや感触にこだわる人も多く、どうしてもこの手のコントロールパネルは部品が高くなる。ゲーマーがコントローラやキーボードにこだわるのと同じである。TriCaster Miniのコントロールボックスは小型だが、ボタンの質感は高級モデルと同等だ。

ハードウェアスイッチは、プロとしては譲れないところ

 電源を入れると、Windows画面ではなく、いきなりTriCasterのUIが起動する。ただUIを終了させれば、Windows画面に降りることもできる。OSとしてはWindows Embedded Standard Service Pack1 64bitを採用しており、PCアーキテクチャとしては、CPUがCore i7-4790S(3.20GHz)、メモリ8GB、ストレージは700GB HDD×2という構成だ。

起動するとWindows画面ではなく、独自ソフトのUIが表示される

ハイエンドの機能も惜しみなく搭載

 TriCaster Miniで同時に扱える映像ソースは、HDMIが4系統のほか、パン・チルト・ズームのコントロールが可能なネットワークカメラが2系統、内蔵の動画プレーヤー2系統、静止画グラフィックス3系統となっている。

実際の操作画面。11の映像ソースを同時に扱える

 映像の合成は、考え方が多少変わっている。メインのスイッチャー段の上位に、合成用のステージが4つある。それらは、バーチャルスタジオセットの背景と合わせたクロマキー合成にも使えるし、通常のスイッチャーのように映像切り換えやテロップを載せるM/E列としても使える。言うなれば、4つのスタジオセットを切り換えて放送するわけだ。そのほか、テロップなどを載せられるキーヤーが最終段に2つある。

 合成した映像は、HDMI端子から出力するほか、内部HDDにレコーディングすることもできる。またTriCaster Miniから直接ネットに対して動画配信することもできる。

 TriCaster Miniの特徴は、クロマキーの抜けの良さだろう。簡単な操作でかなり質の良い合成が可能だ。今回はブルーバックではなく、単に青の寝袋の上にぬいぐるみを置いただけだが、標準状態でも結構綺麗に抜ける。輪郭のブルーをキャンセルするなど、細かいところを調整するためにはそれなりに知識と経験が必要になってくるが、そこを頑張るよりも綺麗なブルーバックを用意してちゃんと照明を当てるだけで、綺麗に合成できるだろう。

クロマキーの抜けの良さは定評がある(左上ぬいぐるみ部分)
実は青い寝袋の上に適当に置いただけ

 クロマキー特有の機能としては、「ホットスポット」がある。これはクロマキーで抜けている部分に、特定のエリアを指定しておく。このエリアに何かのオブジェクト、例えば手先が入ってくる、出て行くというアクションを検知して、特定の動作をさせることができる。例えばテロップを順番に出したのち、映像を切り換えるといったことが、出演者自身のアクションで可能になるわけだ。

ホットスポットの設定。映像の中で特定のアクションをすることで、映像効果が自動でスタートする
ホットスポットの設定例。1、2のアクションでテロップを出し、3つ目のアクションで映像を切り換える

 この機能が搭載されているのは上位モデルだけかと思ったら、最安モデルにも搭載してきた。もちろんうまく使いこなすには、入念な仕込みや打ち合わせといった段取りが必要になるわけだが、手動でやるよりも効果が高い。

 上位モデルに比べれば、入力ソース数が限られること、また映像入力がHDMIに限られることから、プロ用のカメラとの組み合わせではうまくいかない。民生機のカメラをうまく活用しながら、プロと遜色ない結果が得られるというのが、TriCaster Miniのポイントである。

 ネットのライブ配信は、アマチュアが趣味でやる世界と、B2BあるいはB2Cでやる世界にはっきり分かれてきた。ネット配信を専門にする事業者もあり、それなりにきちんとビジネスとして立ちあがってきている。TriCaster Miniは、そういった事業者が一段上のシステムとして導入する、オールインワンタイプの製品だ。

 PCアーキテクチャを利用する割には、あまりPCに詳しくなくても使えるような作りになっている。その代わり映像に対する高度な知識が求められるため、ハードウェアのスイッチャーを一度も使ったことがないという方には、まずわけが分からないシロモノだろう。ただ、入力ソースが少ないため、管理は楽である。これで修行して、上のシステムへステップアップするというのもありだろう。

(小寺 信良)