特集

磁気ストライプリーダーでも非接触決済が可能なSamsung Pay

~韓国では8月20日より、米国では9月28日よりサービスを開始

韓国および米国でサービスを開始するモバイルペイメントサービス「Samsung Pay」

 8月13日(現地時間)、韓国Samsung Electronicsは同社のGalaxyシリーズのフラグシップモデルとなる「Galaxy S6 edge+」と「Galaxy Note5」の製品発表を行なったが、同時にもう1つ重要なことを発表した、それは「Samsung Pay」のスタートである。

 スマートデバイスを使ったモバイルペイメントの仕組みは、2014年に発表されたApple Payの導入で注目を集めている。先行しながらもGoogle Walletでは十分な成果をあげることができなかったGoogleも、Android Payとして今秋以降に巻き返しを狙う。そして、もう1つの大きな勢力がSamsung Payである。

 おサイフケータイ先進国の日本から見れば、フィーチャーフォンやスマートフォンで支払いをしたり、公共交通機関を利用したりできるのは半ば常識だ。ユーザー体験そのものは10年先を進んでいると言っていい。では、Apple Payを始めとするモバイルペイメントは何が違うのか? それは、いわゆるプラスチックの各種カードをセキュアにスマートデバイスに収納するという点で世界標準を目指せると言うところだ。

先行してサービスを開始したApple Payと同様に、所有するクレジット/デビットカードを電子化して、スマートデバイス内に収納するウォレットサービス
米国内では、Bank of America、CHASE、CITI BANK、US BANKなどを初期パートナーとしてサービスを開始する
同社のセキュリティ技術「Knox」に、指紋認証機能による本人認証を組み合わせてセキュアな取引を行なう

 Apple Payが中心になっているが、モバイルペイメントの初歩から仕組みまでは、筆者が6月時点の大きなまとめを弊誌に掲載している。こちらは現状をほぼ網羅した内容なので、モバイルペイメントについては、一度これを読んでいただくのがベストなのだが、Apple Pay、Samsung Pay、Android Payに関する概要をざっとまとめると以下のようになる。

1.おサイフケータイとの違い

 国内で主流のおサイフケータイは少額決済に特化したプリペイド型が主流だ。iDやQuicPayなどポストペイド型もあるが利用上限額も低めで、少額決済の延長上にある。一方のApple Payは、既に所有しているクレジット/デビットカードの電子化に当たるウォレットサービスで、モバイルペイメントを利用することは、所有するカードを使用することと同義になる。利用制限額なども所有するカードと基本的に同額となる。

2.モバイルペイメントのセキュリティ

 AppleやSamsung、Googleが行なうのは各種カードの電子化。同時にセキュリティを元のカード以上に強化する。具体的にはカードを登録する際には元のカードと紐付いた全く別のカード番号を生成して、デバイス内のセキュアな領域に保存する。この番号はAppleやSamsungなどのデバイスメーカーでも知りえない。決済の際はこの番号に、さらに一度限り使い捨てのセキュリティコードを付加して取引を完了させる。これは対面取引に限らずインターネット上のEC取引でも同様で、Apple Payなどに対応するサイトでは、同様のセキュリティが保たれる。

3.クレジットチェーンへの対応

 こうしたセキュアな取引コードの生成はトークナイゼーション(取引のトークン化)と呼び、American Express、Master Card、VISAなどが採用している。Appleを始めとしてモバイルペイメントを提供する各社は、これらのクレジットチェーンのネットワーク上でモバイルペイメントのサービスを提供する。

4.ビジネスモデル

 クレジットカード決済では、決済額の中から手数料を得る。この手数料がクレジットチェーンや発行銀行側の利益となる。Apple PayではAppleも手数料収入を得ることになるが、これは店舗に新たな負担を強いるのではなく、これまでクレジットチェーンと銀行で分け合ってきた手数料収入の中から得ることになる。Appleの得る収入は売上額の0.15%。例えば100ドルの取引があったとして、15セントが取り分だ。クレジットチェーンや銀行側は手数料収入が減ることになるが、磁気カードのスキミング被害やカード情報の流出被害などの補填コストとモバイルペイメントによるセキュリティの向上を天秤にかけて、セキュリティ向上を採ったということになる。

5.参入が相次ぐ理由

 背景には深刻なカード被害がある。クレジットチェーンはさまざまな対策を打っており、前述のトークン化などもその1つだ。取引をトークン化することで、万が一Webサイトなどからカード情報が流出しても不正使用ができず、二次被害を防げる。欧州地域では早くからICチップの導入を始めて、磁気ストライプのスキミングによる複製被害を防いできたが、いわゆるクレジットカード先進国であるアメリカにおいては、先進国であるが故にICチップ付きカードの普及が遅れに遅れた。未だに磁気ストライプのみのカードが市場に溢れている。米政府も重い腰をあげて、2014年にオバマ大統領が法案に書名。政府関係機関を中心に、いわゆるEMV方式と呼ぶセキュアな決済手段を義務化した。法案は今秋から施行され、いずれは民間企業や小売店舗にも拡大される。ここで磁気ストライプのみのカードリーダーから、NFC Type-A/Bを搭載する決済端末の大きな需要が訪れている。

 概要をざっとまとめているが、解説の一部を省略した部分もある。是非、こちらの記事にも目を通していただいて、モバイルペイメントへの理解を深めてもらいたい。現在の日本市場ではまだ大きな動きはないが、2020年の東京オリンピックに向けて、急速にモバイルペイメント関連のインフラは変革を遂げていくはずである。

 前置きが長くなったが「Samsung Pay」へと話を戻そう。既報のとおりSamsung Payは8月20日に韓国でサービスを開始する。続いて9月28日には米国市場に展開。さらには中国、スペイン、イギリスなどで順次サービスを展開していくとしている。

韓国および米国でのサービス開始時におけるパートナー。グローバルクレジットチェーンに加えて、米国では銀行系、韓国では財閥、信販、店舗系のクレジットカード発行サービスと提携する
韓国市場では8月20日よりサービスを開始する
米国でのサービス開始は、9月28日からと発表された

 前述した通り、決済のためのネットワークサービスとインフラはAmerican Express、Mastercard、VISAなどに依存している。韓国には既に「Cashbee」などの電子マネーを使った少額決済インフラは存在しており、コンビニ、タクシー乗車、ファストフード店などでは、いわゆるプリペイド型の電子マネーが利用可能だ。Samsung Payの導入は、こうした既存インフラに加えて、トークナイゼーションを利用するモバイルペイメントを重畳させることになり、導入プロセスなどは日本市場でも参考にできる可能性がある。

 続くアメリカ市場では既にApple Payがスタートしており、金融機関側でも小売店側でも、Apple Pay同等のサービスとして、また決済機会の増加として受け取られると想像される。クレジットチェーンや銀行側としても、Apple Payの導入を決めた以上、Samsung PayやあるいはAndroid Payなどの導入を拒む理由はない。Samsung側が得る手数料率などは明らかにされていないが、Apple Payと同等レベルと想像できる。

 Samsung Payが利用できるデバイスは、今回発表された「Galaxy S6 edge+」、「Galaxy Note5」に加えて、既存の「Galaxy S6」、「Galaxy S6 edge」が対応する。ただし、利用できるのはサービス対象国で販売された製品のみで、例えば日本国内キャリアから発売されたS6/S6 edgeでは利用できない。これは各国市場向けのハードウェア仕様の違いによるものとのコメントを得ている。

Apple Payとの違いは

 基本的にはApple Payと同等なサービスと理解した上で違いを見てみよう。今回発表された内容によると、対象とするカードは提携する銀行が発行したカードに加えて、店舗が発行するいわゆるストアカードも対象としている。

 発表のスライドでは1枚にまとめられていた。提携先としてのグローバルクレジットチェーンは、American Express、Mastercard、VISA。アメリカ市場における提携銀行が、Bank of America、CHASE、CITI BANK、US BANKとなっている。米国内預金量第3位のWells Fargoが現時点では含まれていないなど、銀行系はApple Payの初期導入時よりも手薄と言えるかも知れない。一方で、韓国市場ではSamsung CardやLotte Cardなど、財閥や信販、ストア系カードなどを多く提携先に抱えている。この辺りは、クレジットカード発行サービスの市場による違いに柔軟に対応していると見ることができる。

 もう1つ注目したいのは、ギフトカードへの対応も言及されたことだ。これは店舗が発行するいわゆるストアカード(STORE-BRANDED CREDIT CARD)の延長線上に位置すると推測され、米国などでは額面+手数料で販売されているプリペイド型のデビットカードを指すと考えられる(買い切り型とリチャージが可能なものとがある)。Apple Payでは現時点で多くは利用対象とはなっていないこれらのカードだが、例えギフトカードであっても、磁気カードのみからセキュリティを向上させてスマートデバイスに収納できるのであれば、それはスマートデバイスを利用するメリットの1つになりうるというわけだ。

Apple Payが、米国内の銀行発行のクレジット/デビットカードを対象としているのに対し、店舗ブランドカードやギフトカードにも対応する

 スライドにはMEMBERSHIPカードの記載もあり、こちらは会員制のポイントサービスなどのようだ。バーコード表示も行なえるようで、ロイヤルティプログラムの電子化が可能になる。

 もう1つSamsung Payのアドバンテージとなるのは、買収したLoop Payの技術にある。前述したとおり特に米国で抱える課題の多くがMST(磁気ストライプ)リーダーに依存している点で、ICチップやNFCに対応する決済端末が普及途上にあるという部分だ。Loop Payの技術は、本来なら磁気ストライプをスワイプして読み込ませる情報を、擬似的に非接触の近接通信で行なうことができるという優位性がある。

Samsung Payの特徴は、NFCリーダを搭載していない既存のMST(磁気ストライプ)リーダにおいても、近接通信におけるコンタクトレスの決済手続きを行なえるところ

 やや年配向けの例えになるが、カーステレオと言えば以前はカセットデッキだった。デッキのヘッドを磁気を帯びたテープが通過することで音楽が流れていたわけだが、メディアはCDなどに移行する。そこで登場したのがカセットデッキのヘッドにアタッチメントを接触させ、擬似的な磁気情報を送りこんでCDなどのAUXソースをカセットデッキで再生できるようにするアダプタも登場した。かなり乱暴な例えだが、これを非接触の近接通信でやっていると考えればよい。

 これなら小売店側はNFC対応の決済端末導入を待たずに、既存の磁気ストライプのみのリーダーでもSamsung Payの受け入れが可能になる。もちろん決済端末は多種多様に存在するので、全ての決済端末のバリデーションを取ることは不可能かも知れない。それでも、この過渡期において対応端末を拡大できるメリットは大きいと言えるだろう。Appleの発表では、導入時の決済可能な端末数を発表した。言い換えればこれはNFCに対応したリーダーの総数と当たらずとも遠からじといった数字。Samsung Payの場合は数字を出さなかったが、対応可能なMSTリーダーの数をどうカウントするかという見方も背景にある。

 ハンズオンデモでは、アメリカでは割と普及しているVeriFoneの決済端末を利用したデモが行なわれていた。決済端末に金額を入力してカードスワイプを待つ状態にしてから、リーダー付近にGalaxy S6 edge+を近付けると決済が完了する。あらかじめ理解していないと、NFCによる非接触の決済手順と区別が難しい。近接距離はリーダーの構造にもよるが、1~2cm程度とのことだ。

デモの様子。スーパーマーケットなどでは、自らカードをスワイプして液晶パネルにサインをする決済が一般的。ICチップ搭載型なら、手前から刺してPIN番号を入力する。Samsung Payの場合は、スワイプの代わりにMSTリーダー付近へとスマートデバイスを近接させる
韓国および米国で販売された既存のGalaxy S6 edge、Galaxy S6向けには、8月20日までにソフトウェアアップデートが行なわれ、写真のSamsung Payアプリが導入される
アプリケーションを起動して、所持しているクレジット/デビットカードを登録する。Apple Pay同様に複数枚の登録が可能で、利用したいカードを表示させて選択する
カードの登録は背面のカメラを利用した文字認識で行なえる。登録後は、各銀行やクレジットカード発行会社が指定する本人認証を経て、有効化される

 ユーザー側の操作としては、スマートデバイス内に収納したカードを画面表示させて、指紋による本人認証を行なった上で決済端末へのタッチ操作ということで、Apple Payの操作手順とさほど変わりがない。まだ日本では利用機会がないとは言え、一度慣れてしまえばさほど違和感なく一連の操作ができるはずだ。実際、Apple Payを利用している筆者も数度で慣れたし、実際にSamsung Payを試してもApple Payとの違和感はほとんど感じなかった。

 プレゼンテーションの中で気になったのは、Samsung Payは象徴となるシンボルマークがテキストロゴのみだったことだ。Apple Payの場合は同社のアップルロゴにPayを付随させたシンボルマークを用意して対応店舗への提供を行なっている。これまで述べてきたとおり、クレジットチェーンの既存サービスを使用しているのでAmerican Express、Mastercard、VISAで、それぞれExpressPay、payPass、pay Waveに対応した決済端末であれば、Apple Payの利用はできるだが、このアップルロゴのシンボルマークがあるというだけで、消費者には分かりやすいアピールとなり店舗側にもApple側にも優位に働く。実際、米国の店舗でも公式に配布されているシールだけでなく、Appleのサイトから印刷できる自前シールを用意して掲示している店舗も少なくない。こうした分かりやすいアピールやロゴの制作が、Samsung Payが成果を上げるために必要な要素の1つではないかと筆者は考える。

 いずれにしてもApple Pay側にとっては競合が登場した。Android Payも間もなく再起動する。モバイルペイメント市場は次のステージを迎えつつある。

(矢作 晃)