SK Hynixが展望する半導体メモリの未来
Santa Clara Convention Centerの電光掲示板 |
会期:8月21~23日(現地時間)
会場:米国カリフォルニア州サンタクララ
Santa Clara Convention Center
フラッシュメモリとその応用に関する世界最大のイベント「Flash Memory Summit(フラッシュメモリサミット)」が今年(2012年)も、米国カリフォルニア州サンタクララで開催された。
Flash Memory Summitは、講演会と展示会で構成されている。メインイベントは講演会で、テーマ別の講演セッションと全体講演であるキーノートセッションおよびプレナリセッションがある。テーマ別のセッションは5本前後の講演が同時進行しており、これが3日間続く。かなり大規模な講演会であることが分かる。
初日のキーノートセッションでは、NANDフラッシュメモリおよびDRAMの大手メーカーであり、各種の次世代不揮発性メモリの開発に取り組んでいる韓国のSK Hynixが半導体メモリの将来を展望した。非常に参考になる講演だったので、その概要をご紹介したい。
●DRAMとNANDフラッシュが微細化の限界に講演者は研究開発担当上級副社長を務めるSung Wook Park氏、講演タイトルは「Prospect for New Memory Technology」である。なお講演タイトルはプログラム掲載時の「Overcoming the Scaling Problem for NAND Flash」から変更されている。
Park氏は最初に、DRAMのビットコスト(記憶容量当たりの価格)が過去20年に年率33%の割合で低下してきたことを述べた。そして今後は、このトレンドを維持できるかどうかは極めて不透明になっているとした。年率20%程度のビットコスト低下にとどまる可能性も少なくない。
その大きな理由は、DRAMセル・キャパシタの微細化が困難になっていることにある。DRAMセル・キャパシタは静電容量を維持するために、細長い円柱のようになっている。微細化とは、円柱の直径を細くし、高さを上げることにほかならない。縦横の比率(A/R:アスペクト比)でみると、3Xnm世代のDRAMセル・キャパシタではA/Rが25にも達している。世界一高い人工建造物である「Burj Khalifa(ブルジュ・ハリーファ)」(アラブ首長国連邦のドバイ)のA/Rが6であることからも、DRAMセル・キャパシタの凄さがうかがえる。そして、さらにA/Rを上げることは極めて難しくなりつつある。このことが、2Xnm世代より先の微細化を阻んでいる。
DRAMビットコストの推移 | 縦横の比率(A/R:アスペクト比)を比較。左はDRAMセル・キャパシタ、右は世界最高の人工建造物Burj Khalifa(ブルジュ・ハリーファ) |
NANDフラッシュメモリでは、過去8年にわたり、年率50%の割合でシリコン面積当たりの記憶ビット数(記憶容量)を増大させてきた。ほぼ1年おきに微細加工寸法の世代が交代するという、急激な高密度化を達成してきた。しかしここにきて、NANDフラッシュでも微細化に急ブレーキがかかりつつある。
その理由の1つは、1個のメモリセルが蓄積する電子の数が少なくなってきたことだ。1Xnm世代以降になると、10個程度の電子を制御しなければならない。このようなデリケートな制御は極めて難しい。
さらに、隣接セル間の干渉、制御ゲートのボイド(空隙)発生、ビット線負荷の増大、ワード線間リークの増加といった問題が微細化によって悪化している。しかも現在のところ、明確な解決策が得られていない。
NANDフラッシュメモリの微細化トレンド | NANDフラッシュメモリのセルが蓄積する電子数の推移 | NANDフラッシュメモリの微細化に伴う課題 |
●NANDフラッシュの3次元(3D NAND)化
NANDフラッシュメモリの微細化限界を突破する技術の候補に、3次元化(3D NAND)がある。NANDフラッシュメモリのメモリセルは、セル・ストリングと呼ぶ連なりで構成されている。セル・ストリングはシリコンの平面方向に伸びている。これを直角に曲げ、シリコン表面と垂直な方向にセル・ストリングを形成するのが「3D NAND」である。
「3D NAND」は原理的には極めて高い密度を狙えるのだが、一方で製造技術がきわめて複雑になるという問題を抱える。製造歩留りを確保できるかどうかがまず、大きな問題となる。さらにデータ保持期間の低下という問題がある。成膜レベルで欠陥のないメモリセルを実現しなければならない。
これまでに考案あるいは試作された3D NANDの例 | 3D NANDの課題 |
●次世代メモリで微細化の限界を超える
DRAMとNANDフラッシュのいずれもが行き詰まりを見せる中で、期待がかかるのが「次世代メモリ(New Memory)」である。DRAMおよびNANDフラッシュよりも原理的には微細化が進められるとともに、信頼性を確保できる。
Park氏は、記憶容量(密度)を縦軸に、性能・信頼性を横軸に置いてNANDフラッシュを容量重視タイプ、DRAMを性能重視タイプのメモリと位置づけた。そして次世代メモリ(New Memory)を、両者をつなぐ存在として図示してみせた。
次世代メモリの可能性には、3つの方向がある。1つは、既存のメモリ(DRAMあるいはNANDフラッシュメモリ)の置き換えである。もう1つは、システムの性能向上である。レイテンシを短くしたり、消費電力を下げたりする。最後は、微細化をさらに進めることだ。ビットコストを下げるとともに、フォームファクタを小さくする方向である。
その次世代メモリ技術には主に、3つの候補がある。相変化メモリ(PCRAM)、スピン注入メモリ(STT-RAM)、抵抗変化メモリ(ReRAM)である。それぞれの位置付けは、スピン注入メモリ(STT-RAM)が高性能・高信頼性、抵抗変化メモリ(ReRAM)が高密度、相変化メモリ(PCRAM)が両者の中間、となっている。
DRAMおよびNANDフラッシュの限界と次世代メモリ(New Memory)への期待 | 次世代メモリ(New Memory)の位置付けと可能性 | 相変化メモリ(PCRAM)、スピン注入メモリ(STT-RAM)、抵抗変化メモリ(ReRAM)の位置付け |
Park氏はそれから、各候補の長所と短所を解説した。相変化メモリ(PCRAM)の長所はまず、材料が良く知られていることだ。カルコゲナイドと呼ばれるゲルマニウム、アンチモン、テルルの合金は過去から相転移(結晶相とアモルファス相を行き来すること)を起こすことで知られており、光ディスクや光カードなどにも応用されたことがある。微細化の限界が遠いのも特長だ。5nmの寸法に加工してもメモリ素子としての性質を失わない。
相変化メモリ(PCRAM)は、DRAMまたはNANDフラッシュを直接に置き換えることは難しい。その代わりに、システムの性能を向上させる新しいメモリ階層を作り出せる可能性がある。
問題はコストである。ビットコストでDRAMの2分の1程度を実現できるかどうか。消費電力にも問題がある。リセット電流が比較的大きく、何らかの対策が求められる。
続いてスピン注入メモリ(STT-RAM)である。長所は、HDDの磁気ヘッドで実績のある「磁気トンネル接合(MTJ)」を記憶素子に使っていることだろう。高速に動作するし、10nm未満の微細な寸法でも動く。このためワークメモリとして将来はDRAMを置き換えられるのではないかとの期待がかかる。ただし製造コストの制約は厳しく、高速性能ではSTT-RAMはDRAMに比べて優れているとはいえない。まだまだ開発の余地がある。
それから抵抗変化メモリ(ReRAM)は、記憶素子の材料と構造がシンプルであること、低い消費電力で動作することに特長がある。構造が簡素なので、記憶素子層を積層することで記憶密度を増加させやすい。高密度大容量向きといえる。しかしスイッチング機構はいくつも存在し、スイッチングのメカニズムは必ずしも明確になっていない。この点はいまだに大きな課題となっている。
相変化メモリ(PCRAM)の長所と短所 | スピン注入メモリ(STT-RAM)の長所と短所 | 抵抗変化メモリ(ReRAM)の長所と短所 |
SK Hynixが考える次世代メモリによるメモリ階層 |
そしてPark氏は、SK Hynixが考える将来のメモリ・アーキテクチャを示した。CPUをトップに、すぐ下にSTT-RAMがくる。従来のメモリ階層ではSRAMとDRAMに相当する部分である。その下にPCMが置かれる。ワークメモリ(DRAM)とストレージ(NANDフラッシュメモリ)の性能ギャップを埋めるメモリとなる。そしてNANDフラッシュメモリがカバーしていた部分には、ReRAMが置き変わるというシナリオである。コストは上に行くほど高く、下に行くほど低い。書き換え回数寿命は上に行くほど高く、データ保持時間は下に行くほど長い。
SK Hynixは現在、これらの次世代メモリ技術の開発をすべて、手掛けている。ユニークなのはいずれもが単独研究ではなく、共同開発であることだ。しかもメモリ技術ごとに、開発パートナー企業が違う。STT-RAMは東芝と、PCRAMはIBMと、ReRAMはHPと共同開発中である。
ただし、コントローラ技術だけは、コントローラ開発企業のLink A Media Device(LAMD)を買収することで自社技術に取り込んだ。SSD(Solid State Drive)を初めとする応用製品を開発するときに、コントローラ技術は欠かせない。
併載の展示会でSK Hynixは、自社ブランドのSSDを展示し、HDDとの性能を比較してみせていた。HDDとSSDの性能比較展示そのものは、Flash Memory Summitでは古い部類のデモンストレーションだ。重要なのは、同社が半導体メモリだけではなく、サブシステムの開発にも踏み込んできたことだ。将来を考えると、NANDフラッシュメモリ単体でのビジネス拡大には限界がある。応用製品のビジネスに参入していくのは当然だろう。さらに考えを進めると、フラッシュメモリ応用製品で一定のブランド力を備える企業を買収することも、十分に考えられる。SK Hynixには、それだけの資金力があるのだから。
SK Hynixと次世代メモリ(New Memory)の開発パートナー企業 | Flash Memory Summitの展示会でSSDを出品 |
(2012年 8月 27日)
[Reported by 福田 昭]