【COMPUTEX 2012】ARMがプレスカンファレンスを開催
~「すでにポストPC時代に突入している」

ARM CEO グラハム・バッド氏

6月4日 開催



 プロセッサの命令セットやマイクロアーキテクチャを開発、ライセンスしている英ARMは、COMPUTEX TAIPEIが開催されている会場近くのホテルで記者会見を開催し、同社の戦略などについての説明を行なった。ARM CEO グラハム・バッド氏は「我々はすでにポストPC時代に突入している」と述べ、PCの時代からより小型のモバイルコンピュータの時代に移り変わりつつあると強調した。

 プロセッサのデザインのトレンドも、半導体の製造、プロセスルールの開発、マイクロアーキテクチャの設計などすべてを1社が行なう時代から、それぞれをファンダリーやファブレス半導体メーカー、ARMのようなライセンシーが協力して設計して1つの半導体を作り上げていく時代へと変貌を遂げていると指摘し、ARMのエコシステムへの参加を台湾のベンダーなどに対して訴えた。

 今回のCOMPUTEX TAIPEIで、ARMは多数の記者会見、講演などを予定しており、ライバルとなるIntelのお膝元とも言えるPCの祭典であるCOMPUTEXでの存在感を強めつつある。

●Intelのお膝元ともいえるPC製造の本場である台湾に乗り込んでいくARM

 もはや言うまでも無いことだと思うが、現在台北で開催中のCOMPUTEX TAIPEIは、PC業界の祭典であり、その主役はPCベンダーや、PC関連のコンポーネントベンダーだ。メーカーで言えば、台湾のトップ2であるAcerやASUSなどが該当し、これからIntel、AMDといったPC関連のコンポーネントを製造している半導体メーカーも、COMPUTEX期間中に記者会見を予定している。

 しかし、そうした現状も変わりつつある。特に大きなターニングポイントになったのは、2010年にAppleがiPadを発表して以降、タブレット市場への注目が高まり、PCベンダーがタブレット市場に参入したことだ。従来は携帯電話ベンダーとPCベンダーははっきり分かれていたのが、PCベンダーもタブレットを作り、一部のメーカーはスマートフォンの製造まで始めている。要するにこれまで別々だった業界が1つになろうとしているのだ。

 そうした流れは、COMPUTEX TAIPEIに参加するベンダーの顔ぶれにも変化を見せている。すでに一昨年(2010年)ぐらいからARM関連の半導体ベンダー(例えばQualcommなど)が参加しており、ARMも同様だ。特に今回、ARMはかなり力を入れており、報道関係者向けの記者会見だけでなく、台湾のパートナーを招いたセミナー、さらにはCOMPUTEX公式の講演などに多数登場し、そのビジョンなどを説明する機会を設けている。ARMにとっても、台湾のPCベンダーや、それを支えるEMSベンダー、ODMベンダーなどに理解を深めてもらうことが、タブレット市場の拡大などに必要だと考えているということだ。

●ワンサイズフィッツオールの時代は終わり、ポストPCの時代はすでに到来

 ARMの記者会見には、同社のCEO グラハム・バッド氏は「我々は今大きな転換点の中にいる。これまでのワンサイズフィッツオール(1つの製品ですべてをまかなう)からモバイルコンピューティングへというポストPCの時代を迎えている」と述べ、PCのような“1つで何でもできる製品”から“小さくて持ち歩ける製品”への移行が現在起こっていることだと説明した。その上で「クラウドの登場などにより、ユーザーの使い方も変わりつつある。ARMは低消費電力のプロセッサで業界をリードしており、今後もイノベーションを続けていきたい。それをアピールするために我々はここにいる」と述べ、ARMは今後も低消費電力にフォーカスした製品を続けていくということをアピールした。

ARM 上級副社長兼プロセッサ&物理IP事業部 事業本部長 サイモン・セガールス氏

 その後登壇したARM 上級副社長兼プロセッサ&物理IP事業部 事業本部長 サイモン・セガールス氏は「この21年間で業界は大きく変化した。固定電話やデスクトップPCだったものが、今やスマートフォンやタブレットだ。ARMアーキテクチャのプロセッサによりそうした世界は定義されている」と述べ、ARMアーキテクチャがスマートフォンやタブレット市場などを作り出してきたと説明した。セガールス氏は「ARMは自社でプロセッサを作るのではなくライセンスモデルを展開している。以前半導体業界は、製造装置、製造技術、マイクロアーキテクチャ設計などをすべて1つの会社が垂直統合していた。しかし、段々とそれが分離していって、現在では、製造装置、製造技術、IP技術の開発、マイクロアーキテクチャなどが複数の企業により開発されている水平分業の時代を迎えている。ARMアーキテクチャはまさにそうした時代に適合している」と述べ、業界トップのIntelのように製造から設計まですべてを1つの企業でまかなう垂直統合では新しいモバイルの時代に対応できないと指摘した。

 実際、半導体業界はそうしたビジネスモデルに転換しつつある。以前は、どんな半導体メーカーも、垂直統合で、自社で工場を持ち、自社で製造技術(プロセスルール)を開発し、自社でマイクロアーキテクチャも、命令セットアーキテクチャを開発するという仕組みを採用していた。しかし、現在でもこれをやっているのはIntelぐらいであり、他社は多かれ少なかれ分業のモデルになっている。例えば、スマートフォンやタブレットにARMアーキテクチャのSoCを提供しているNVIDIAの場合、同社のTegra 3というプロセッサは、命令セットアーキテクチャとCPUのアーキテクチャはARMが開発し、GPUはNVIDIA自身で開発しSoCとして組み合わせ、プロセスルールと製造はファウンダリのTSMCが担当するという分業制になっている。これは何もNVIDIAだけでなく、ライバルのTIもそうだし、Qualcommもそうだ。

【表1】Intel、NVIDIA、Qualcommのプロセッサの製造の分担例(筆者作成)
プロセッサIntel Core i7NVIDIA Tegra 3Qualcomm Snapdragon S4
命令セットアーキテクチャIntelARMARM
CPUマイクロアーキテクチャQualcomm
GPU設計NVIDIA
プロセスルールTSMCTSMC
製造

 水平統合と垂直統合、これはビジネスの世界では古くて新しいテーマだが、まさに半導体業界でもこれが1つのテーマとなりつつあり、ARMは水平分業こそが次の時代で勝利を収めるために必要なモデルだと主張している、ということだ。

 セガールス氏は「我々には各階層で複数のパートナーが存在しており、それぞれ共存することですぐれた製品を作り出せるエコシステムができあがっている」と述べ、台湾のベンダーにもARMのエコシステムに参加して欲しいと呼びかけた。

非常に急激な市場の変化が起きているARMのビジネスモデルは低消費電力でかつ水平分業型半導体製造は、従来の垂直統合モデルから水平分業モデルへと移行が進んでいる

●ARM陣営も先端プロセスルールの導入を加速、Intelに対抗

 セガールス氏はARMプロセッサの製造面についても説明した。すでに述べたとおり、ARMは基本的には命令セットアーキテクチャないしはマイクロアーキテクチャに関して設計するだけで、自社で半導体そのものを作ったり、製造したりすることがないため、基本的に製造は半導体メーカーのパートナーとなるファウンダリを利用することになる。当然だが、ファウンダリによって製造技術の進化の速度などは違っており、Intelのような垂直統合のモデルに比べて調整が難しいからだ。

 セガールス氏は「すでに32nmおよび28nmに関しては大量生産を行なっており、次世代の20nmプロセスルールもテストチップを今年中に生産開始し、大量生産は2013年になるだろうと予想されている。また、次世代の14nmは最初のテストチップのテープアウトを2013年に行なう予定だ」と述べ、ARMとしてもパートナーのファウンダリがいち早く先端のプロセスルールを導入できるようにプッシュしていくと説明した。IntelはAtomプロセッサ製造に、2013年に22nmを、2014年には14nmを投入することを明らかにしており、それを意識したロードマップだと考えることができるだろう。

 また、セガールス氏は昨今のARMプロセッサのマルチコア化について触れ、「マルチコアを利用すればスケールアップとスケールダウンが容易になる。なぜなら需要に応じてアクティブのコアを増やしたり減らしたりで、省電力と性能の両立ができるからだ。現在ほとんどすべてのプロセッサベンダーがマルチコア化に取り組んでおり、今年末までにはマルチコアが50%程度になるだろう」と述べ、ARMプロセッサのマルチコア化は、低消費電力を維持しながら性能を上げていくという観点でメリットがあるとアピールした。

ARMアーキテクチャの製造技術のロードマップ。28nmはすでに量産出荷が行なわれており、今年に20nmのテストチップが製造、2013年には大量生産が開始できる。さらに14nmに関しては2013年中にテストチップの生産が可能になる予定マルチコアは、消費電力と性能のバランスを取る意味でも大きな効果がある。今年の末までにはマルチコア(デュアルコアを含む)が50%になると予測されている

●2015年にはサーバーにおけるARMアーキテクチャのシェアは20%と予測

 また、セガールス氏は今後もARMプロセッサの市場についても触れ、「Androidタブレットは急速に立ち上がっている。さらに今年はスマートフォンもタブレットも、より低価格な製品が鍵になるだろう」と述べ、より低価格なARMプロセッサが登場することで、Androidタブレットやスマートフォンなどの低価格モデルがたくさん登場し、それが発展途上国などでのタブレットやスマートフォンの普及に一役買うことになると説明した。

 さらにセガールス氏は「このほかにも、USBメモリサイズのコンピュータ、TVやデジタルカメラなどコンピュータの機能を持たないデバイス、さらにはサーバーにもARMアーキテクチャは進出していくことになるだろう。特にサーバーに関しては2015年には20%のマーケットシェアを獲得すると予想されている」と述べ、ARMアーキテクチャのプロセッサが幅広い分野で採用されていくことになることに自信を示した。

今後スマートフォンやタブレットの普及率をさらにあげるには、より低価格帯の製品が必要になる新しいSFFのコンピューターなどもARMプロセッサで実現
TV、デジタルカメラ、セットトップボックス、プリンタなどコンピュータの機能を持たないデバイスも今後は演算機能を備える可能性が高く、そこにもARMプロセッサの可能性がサーバー市場でも消費電力が注目されるようになっているため、ARMプロセッサのサーバーへの注目が集まっている。すでにDellやHPなどが取り組んでおり、2015年までにはサーバーの20%を占めると予測されている

(2012年 6月 4日)

[Reported by 笠原 一輝]