マイクロソフト株式会社は16日、ユーザーエクスペリエンスの向上を目指す開発者、デザイナー向けイベント「ReMIX Tokyo 2009」を都内で開催。Microsoft本社バイスプレジデントのスコット・ガスリー氏が基調講演を行ない、先立って正式版が公開された「Silverlight 3」やそれを取り巻く開発環境などを紹介し、ユーザーエクスペリエンス向上を実現するプラットフォームとしてアピールした。
●コンピュータは消えてなくなる-デザイナーの川崎和男氏が登壇基調講演ではまず、大阪大学大学院工学研究科教授の川崎和男氏が招かれ、「コンピュータが消える日」という刺激的なテーマで講演を行なった。
大阪大学大学院工学研究科教授の川崎和男氏 | 川崎氏は3つのテーマから成る「コンピュータが消える日」という講演を行なった |
同氏はOSが競争しているという経済的な呪縛は終わる。そこから解放された我々は新しいデジタルツールに日常性を委ねることになるとし、新たな時代を迎えるにあたって、ゴードン・ムーア氏、ポール・ヴィクシー氏、ウィリアム・J・ミッチェル氏という3人のキーマンを挙げた。
ゴードン・ムーア氏はご存じムーアの法則を提唱した人だが、'92年に箱根で行なわれたマルチメディアアートフェスティバルの基調講演において、土=シリコン、ガラス=光通信、空気=インターネットという3つの要素によって、これからのネットワーク情報社会が進展していくと述べたという。川崎氏はこの発言にショックを受けたというが、この予言は的中していたというわけだ。
ポール・ヴィクシー氏はBINDの開発者として有名だが、その著書のなかでネームサーバーの役割分担を定義付けた。今“サーバー”というと、サーバーサービスやサーバーハードウェアなどがアピールされる。また、川崎氏が大学で尋ねてみてもWebサーバーやメールサーバーといった答えが返っているといい、サーバーというものに対するこうした印象にズレを感じているという。サーバーはハードウェアではなくOSであり、ヴォクシー氏がネームサーバーを定義付けたことを思い出す必要があると川崎氏は訴えている。
ゴードン・ムーア氏が'92年に述べた情報ネットワークを構成する3要素 | ネットワーククライアントやWi-Fiが当たり前になった今こそ改めて認識し直すべき、ポール・ヴィクシー氏が定義したネームサーバー |
最後にウィリアム・J・ミッチェル氏であるが、この人物は元々は建築家である。だが、同氏の著書である「CITY of BUTS」の中で、「建築という職業はいらない。今ここで本を書いているが、この部屋で書いている限り、ここの空間は消えている」といったことを述べているのだという。このほかにも、「ME++」、「e-topia」という著書で書かれていることが、クラウド型コンピュータを示唆していると川崎氏は解釈しているという。
続いて川崎氏は、Wi-Fiが載ったノートPCや携帯端末が当たり前になっているいま、OSとWi-Fiは融合し、新しいWeb・ソーシャル・インフラストラクチャを構成するとした。ネットワーク、サーバーとクライアント、OS、Wi-Fi、Web、そしてクラウドなどが集合し、新しい概念が生まれるという。今後、プログラミングやアルゴリズム、Description Editingなどは変わっていくだろうし、方法を変えていかなければならないとしている。
ITという言葉についても言及があった。ITという言葉は「ICT (Information Communication Technology)」よ呼ぶのが正確であることに加え、日本ではこの言葉の持つ意味に不足しているものがあり、「Intelligence (策略)」、「Knowledge (解釈)」、「Consciousness (意識)」というものを含めた概念が必要であるとしている。
そして、これから起こるであろうクラウド型コンピュータ時代において、開発者、デザイナーは、コンテンツをどう表すかを示す「Book-Intend Type」、メニューを示す「Menu Type」、操作箇所を示す「Cockpit Type」、地図を示す「Map Type」、タグを示す「Tag Type」、そして30代の新しいWebデザイナーが作る目新しいスタイルを示す「Flag Type」といったユーザーインターフェイスと、コンテンツではなくコンテキストを作っているという哲学を持ったデザインが絶対に必要であると主張した。
最後に川崎氏は、「雲の上には見えないウェブがインフラストラクチャーとなり、私たちの目の前からコンピュータはやがて消えるだろう」というウィリアム・J・ミッチェル氏の言葉を引用。ノートブック型で目の前にディスプレやキーボードがあるスタイルは古くさく、メガネで見るだけで65型のサイズで見えるディスプレイや、まったく平らなもところに操作パネルがあるようなハードウェアが登場すれば、今後のWebも相当変わっていくだろう、と述べて講演を終えた。
OSとWi-Fiが融合されることで生まれる新しいソーシャル・インフラにおいては、プログラムやアルゴリズム、Descripiton Editingも新しくなる | 日本でITという言葉にInformationという意味合いしか含まないが、クラウド時代はこの4要素を包含した概念が求められる |
●Silverlight 3の日本語版開発環境をリリース
続いてスコット・ガスリー氏は、優れたユーザーエクスペリエンス(UX)を構築するための方向性と、それを実現するSilverlight 3および開発ツールの紹介を行なった。
優れたユーザーエクスペリエンスを構築するためには、デザインと開発が良い方向性で融合することが求められる |
同氏はまず、25年前に登場したコンピュータを例を挙げた。このコンピュータはボタンで操作を行なうものだったが、その後、DOSなどで使われたCUI、そしてGUIによってインタラクティブなユーザーインターフェイスへと発展。さらにタッチアクションやXbox 360で導入予定のジェスチャーベースのユーザーインターフェイスへと発展していくという、ソフトウェアエクスペリエンスにおける進化の流れを紹介した。
今も開発者やデザイナーは、さまざまなエクスペリエンスを作ろうとしており、ソフトウェアエクスペリエンス、機能、形(UI)を組み合わせることで強力なものができることは分かっているが、それは一筋縄ではいかないことでもあるという。
というのも、クリエイティブなプロセスにおいては多くの人々が参加をするため、UXを構築するために必要な、美的感覚、アプリケーションのフィーリング、アプリケーションの機能性を組み合わせるという作業が難航するからだ。デザイナーがデザインコンセプトを作り、開発者がコードを作って機能を追加していく段階で、双方が協力、対応していくことになるが、これがうまく行かなかったときに出来上がるエクスペリエンスは、目指しているものとはほど遠いものになってしまう。
Silverlightには、デザイナ向け開発環境であるExpression Studio、プログラマ向け開発環境のVisual Studioが揃っている |
ガスリー氏は、こうした課題を解決するのがSilverlightであるとアピールした。Silverlightでは、開発者向けに「Visual Studio」、デザイナー向け「Expression Studio」を提供しており、お互いが協力しやすい開発環境を整えている(そもそもSilverlightはデザインとロジックを分離した設計も特徴の1つ)。Microsoftでは、市場導入期間や投資効率、生産性といったすべての要素において、すべての人が成功できるものになることを目指しているという。
Silverlightの現状と今後だが、2年前に最初のバージョン、9カ月前にSilverlight 2をリリース。この間に、世界中のインターネットデバイスの1/3にSilverlight 2がプリインストールされるに至った。もちろんマイクロソフトでは、これを100%にすることを目指している。現時点では、パートナー企業は300社以上、開発者、デザイナーは40万人以上、そして1,000以上のサイトで使われている。日本でもYahoo! Japanや楽天など大手サイトで導入されている。
もう少し具体的な採用例としては、先週行なわれたマイケル・ジャクソン氏の追悼式や、フランスで開催中のツール・ド・フランスのWebサイトで、Silverlightを使って3MbpsのHD動画の配信を行なっているという。後者のサイトでは映像に統計などが重ね合わされており、リアルタイムに情報を取得することができる。2週間前に行なわれたテニスの全英オープンも、同様にHD映像がライブ配信されたという。
こうした事例は、いずれもSilverlight 2をベースに展開されたものだが、Microsoftは11日にSilverlight 3をリリース。また、ReMIX Tokyo 2009の開催に合わせた7月16日に、SDKの日本語版、Visual Studio用のSilverlight 3 Toolsの日本語版の提供を開始した。
さらに、デザイナー向け開発環境であるExpression Blend 3については、現在RC版を提供中だが、国内においては9月にExpression Studio 3日本語版を発売することを表明している。
Silverlight 3とこうした開発環境は、素晴らしいエクスペリエンスの構築をサポートするもので、ほかでは決して提供することができないアプリケーションを提供できるものであると、ガスリー氏は自信を持って述べた。
●Silverlight 3で実現されるアプリケーションのデモ
マイクロソフトデベロッパー&プラットフォーム統括本部 UXテクノロジー推進部の春日井良隆氏 |
基調講演の後半には、マイクロソフトデベロッパー&プラットフォーム統括本部 UXテクノロジー推進部の春日井良隆氏による、Silverlight 3とExpression Blend 3の機能紹介が行なわれた。これは主に開発者向けの情報となるが、このデモ内容は、Silverlight 3によってユーザーがどのようなエクスペリエンスを得られるかを知ることもできる。いくつかのデモをピックアップして紹介したい。
Silverlight 3での強化ポイントの1つが動画周りの機能だ。これまでサポートしていたWMV/VC-1、WMAに加えて、H.264、AACを新たにサポート。さらに、RawビットストリームAPIを提供することで、ユーザーオリジナルのコーデックをSilverlight上で再生させることもできるようになる。
また、IIS 7.0向けに提供されるメディアサービスであるSmooth Streamingではマニフェストファイルをクライアント・サーバー間で交換することで、ネットワーク帯域やCPU負荷を把握し、状況に応じたビットレートの動画配信を行なうといったことができる。同じくIIS 7.0向けのメディアサービスであるLive Smooth Stremingは、HTTP通信によるライブ中継を行なうためのもので、ライブ中継中の巻き戻しや追っかけ再生などをサポートする。
Silverlight 3の動画関連の新機能。H.264/AACやオリジナルコーデックのサポートが大きな特徴 | IIS 7.0向けに提供される、Silverlightを使った動画配信用のメディアサービス | Smooth Streamingでは、マニフェストファイルをクライアントとサーバーで交換することで、状況に合ったビットレートの動画を選んで配信する |
グラフィックス周りの機能では、疑似3DやピクセルシェーダAPI、ビットマップAPIを提供。静止画や動画、コントロールなど、すべてのUIエレメントに対して、拡大回転などの3D処理、ブラーやコントラスト調整などフォトレタッチのようなエフェクト処理を加えることができるようになる。
また、動画再生やグラフィック処理ではGPUアクセラレーションが効くようになったのも大きな特徴で、クライアントにおいてSilverlightコンテンツ表示中のCPU負荷を下げることができるようになる。
アプリケーション開発の観点では、アクセシビリティ対応が大きな特徴としてデモが行なわれた。これはSilverlightからシステムカラーへのアクセスを提供するもので、例えばWindowsの簡単操作センターにあるハイコントラスト画面と同期してSilverlightコンテンツの色を変更するといったことができる。また、マルチタッチやGPSなど、現在のトレンドに即したインターフェイスも提供される。
【動画】疑似3D表示のデモ。静止画や動画を立体的に表示させている |
【動画】ピクセルAPI、ビットマップAPIのデモ。静止画、動画、コントロールにエフェクトをかけて表示 |
【動画】ハイコントラスト表示を例にしたシステムカラー連動機能のデモ |
Out of Browserと呼ばれるブラウザ外、つまり一般的なローカルアプリケーションのような感覚でSilverlightアプリケーションを実行する機能もサポートされる。Silverlightで定義されたSandboxで保護された環境内での実行となるので、安全性や堅牢性が高いことをアピールしている。また、自動更新やネットワークのオンライン/オフラインの検知もサポートされる。
このOut of Browserのデモでは、Yahoo! Japanが開発中のアプリケーションが紹介された。Yahoo! Japanでは従来からSilverlightを積極的に使っており、16日からは同サイトのニュース動画にもSilverlightを利用し始めている。現在開発中のアプリケーションは、Yahoo!オークションを利用するためのもので、ブラウザ上から利用するだけでなく、ローカルでも実行できる。このアプリケーションはSilverlight 3を活用したデザインを特徴とするほか、ブラウザ外での実行であることから、オフライン状態でも登録したマイリストなどをローカルで参照できる点がメリットとして紹介された。
Yahoo! Japanが開発中のSilverlight 3を使ったオークションツール。ブラウザ外で独立して動作する | ブラウザ外で動作しているオークションツール。価格変動をグラフィカルにするなど、Silverlightによるリッチな表現をアピール。 | 欲しい商品を自動的にピックアップする巡回リスト機能や、すでに所有しているもののオークション相場を調べる持ち物リスト機能なども装備 |
このほか、.NETの技術をインターネットで利用するというスタイルはエンタープライズ分野でも高い注目を集めているという。こうした分野での活用例としてSBIリクイディティ・マーケットがデモを行なったのは、FX取引に利用するチャート表示のシステムである。FX取引などもこうしたシステムに対する要望が高まっているそうで、Silverlightのリッチな表現によってもたらされる使いやすいチャートシステムなどは競合他社との大きな差別化につながるとしている。
SBIリクイディティ・マーケットによるFX投資家向けのチャートシステム。やはりSilverlightらしい表現力が特徴で、投資家に対して他社との差別化ポイントとしてアピールできるとしている |
(2009年 7月 17日)
[Reported by 多和田 新也]