イベントレポート

マイコン内蔵メモリを狙うMRAM技術をGLOBALFOUNDRIESなどが開発

 シリコンファウンダリ(半導体製造請け負いサービス)大手のGLOBALFOUNDRIESと、磁気抵抗メモリ「MRAM」のベンダーであるEverspin Technologiesの共同研究チームは、マイクロコントローラ(マイコン)の内蔵メモリを想定した磁気抵抗メモリ(MRAM)技術の概要を「VLSI技術シンポジウム」で6月8日に報告した(講演番号T15-4)

マイコン内蔵メモリの微細化に向いたMRAM技術

 MRAM技術は、比較的高速な読み出しと書き込みの動作、低い動作電圧、非常に高い書き換え回数、長いデータ保持期間、などを両立可能な不揮発性メモリ技術である。マイコンの内蔵メモリにMRAMを導入した場合は、いくつかの利点が見込める。

 マイコンの内蔵メモリの主流はフラッシュメモリである。このフラッシュメモリはロジック埋め込みを目的に専用のデバイス技術を備えており、一般的なNANDフラッシュメモリに比べると密度は高くない。また記憶内容の消去動作と書き込み動作に高い電圧を必要とするため、微細化にはあまり適していない。

 マイコンに埋め込むことを想定したフラッシュメモリ技術(以降は「埋め込みフラッシュ」技術と呼称)に比べると、MRAM技術は微細化に適している。動作に必要な電圧が低いこと、微細化してもメモリの動作を維持することなどが、その理由だ。メモリの性能で比較すると、CMOSロジック互換のMRAMは埋め込みフラッシュに比べて書き換えが1,000倍も高速で、書き換え可能回数は10倍を超える。MRAM技術の弱点の1つはメモリセル面積が大きいことだったが、最近の微細化によって埋め込みフラッシュメモリとの差はほぼなくなっている。

埋め込みフラッシュ技術(赤い四角のプロット)とCMOSロジック互換STT-MRAM技術(青い三角のプロット)の微細化トレンド。VLSI技術シンポジウムの論文集から

40Mbit(5MB)のCMOSロジック互換MRAMダイを試作

 GLOBALFOUNDRIESらが開発したのは、2xnm世代のCMOSロジック製造技術と互換性を備えた、スピン注入型MRAM(STT-MRAM)技術である。40Mbit(5MB)のMRAMシリコンダイを2xnmのCMOSロジック技術で製造して見せた。5MBという記憶容量はマイコン内蔵メモリとしては、かなり大きい部類に入る。ほとんどの用途では、十分な容量だと言える。

 STT-MRAMセルは、1個のMOS FETと1個の磁気トンネル接合(MTJ:Magnetic Tunneling Junction)で構成した。ごく普通の構成である。CMOSロジック製造技術との互換性を維持するため、磁気トンネル接合(MTJ)は第5層金属配線(M5)と第6層金属配線(M6)の間に作り込んだ。

 試作したMRAMのメモリセルの大きさは、設計ルール(F)の2乗(F2)に換算すると40F2~60F2である。マイコン埋め込み用不揮発性メモリとしては、かなり小さいと言える。電源電圧は0.9V~1.1Vとかなり低い。磁気トンネル接合(MTJ)の直径は55nm~75nmである。これもかなり小さいと言えよう。なお、MRAMシリコンダイの大きさは公表していない。

試作したCMOSロジック互換STT-MRAMシリコンダイとシリコン断面の顕微鏡観察像。左上(a)は記憶素子である磁気トンネル接合(MTJ)のアレイを形成したところ。中央(b)は磁気トンネル接合の断面。右上(c)は40Mbit MRAMのシリコンダイ写真。下はMTJアレイの断面観察像。VLSI技術シンポジウムの論文集から
磁気トンネル接合(MTJ)の製造工程フローチャート。VLSI技術シンポジウムの論文集から

書き換え回数重視のセルとデータ保持期間重視のセル

 開発したCMOSロジック互換MRAMセルには、2種類のセルがある。1つは、書き換え可能回数を最大化するセルで、「スタックA(Stack A)」と呼んでいた。もう1つは、データ保持期間を最長化するセルで、「スタックB(Stack B)」と呼ぶ。マイコン内蔵不揮発性メモリへの応用を考えた場合、前者(スタックA)はデータ格納用メモリ、後者(スタックB)はプログラムコード格納用メモリを想定して開発したものと見られる。

 2種類のスタックを開発したことは、商品化を考えたときにはかなり重要である。なぜならば最近のフラッシュメモリ内蔵マイコン(フラッシュマイコン)では、フラッシュメモリがプログラムコード格納用とデータ格納用の2つの領域に区分けされているからだ。

 たとえばルネサス エレクトロニクスの32bitフラッシュマイコン「RX610」は、プログラム用フラッシュメモリを最大2MB、データ用フラッシュメモリを32KB、それぞれ内蔵する。書き換え可能回数はプログラム用フラッシュが1,000回、データ用フラッシュが3万回である。

50nsと短い書き込み時間を実証

 VLSI技術シンポジウムでは、スタックAとスタックBでそれぞれ1MbitのMRAMアレイを試作し、性能を評価した結果を示していた。書き込み特性では、50nsと短い書き込みパルスを入力したときに、いずれのスタックもビット不良はゼロだった(誤り訂正(ECC)機能は使用していない)。

1Mbitアレイで書き込み性能を検証(シュムープロット)。左がスタックB、右がスタックAの検証結果。いずれも不良ゼロを達成している。VLSI技術シンポジウムの論文集から

1,000万回の書き換え回数と10年のデータ保持期間

 書き換え可能回数をスタックAでテストしたところ、10の7乗回(1,000万回)の書き換えを経ても、読み出し信号のマージンは劣化が見られなかった。試作した40Mbitチップの中で1Kbitのアレイに対してテストした結果で、ビット不良の発生はゼロだった。

 またデータ保持期間をスタックBでテストしたところ、10年間のデータ保持期間を確認できた。

書き換え可能回数のテスト結果。1,000万回の書き換えを経ても、読み出しマージンが劣化していない。VLSI技術シンポジウムの論文集から

 これらの測定結果から、125℃の高温環境でも、スタックAは100万回の書き換え回数、スタックBは10年間のデータ保持期間を維持できるとした。そして80MHzの動作周波数が達成可能としていた。

 これらのことは、自動車の電子制御用マイコン、特にパワートレイン制御用マイコンの内蔵メモリを考えると重要だ。パワートレイン制御用マイコンには、大容量の高速不揮発性メモリと高温での動作保証が要求されるからだ。仮に、GLOBALFOUNDRIESが提供するMRAM技術を採用した自動車用マイコンが製品化されると、既存の自動車用フラッシュマイコンにとっては脅威となる可能性がある。