エプソンは24日、ビジネスプリンタの発表会を開催した。
通常、この手の発表会では、ラインナップごとに製品発表が行なわれるのだが、今回はインクジェットプリンタと、ページプリンタ(LED/レーザー)が同時発表されるという、興味深いイベントとなった。市場でも社内でもライバル関係にある両者のそれぞれの主張を聞いてみよう。
●震災後は、節電がキーワード奥村資紀氏 |
まず、セイコーエプソン業務執行役員 情報画像事業本部長の奥村資紀氏が登壇し、ビジネスプリンタ全般の市場動向を解説した。
奥村氏は、東日本大震災後の市場の変化として4つを挙げ、まっさきに「低消費電力=節電要求の高まり」を挙げた。次に、市場の成熟化による細分化、製品価格とTCOへのコストダウン要求、クラウドとスマートフォンの普及を挙げた。
ビジネスプリンタ市場自体は、微増の見透しという。その中で、エプソンがシェアを広げていく方法として、ページは「コンパクトと低価格」、インクジェットは「高速/高耐久とA3複合機」をキーとする。
この発表会では、インクジェット6機種、ページ5機種、計11機種が発表されたが、ここまでが全体の導入部分と言える。
震災後の顧客動向と市場の変化。やはり節電というキーワードは欠かせない | ビジネス用プリンタ市場は、微増の見透し | ページ、インクジェットともそれぞれに市場を広げる。横だけでなく上下に攻め入っているのに注目 |
多様化したニーズに、幅広い製品で立ち向かう | 新しいITスタイルへの対応を謳う | 今回発表された全機種 |
●下克上を狙うインクジェット
和田高一氏 |
次に、情報画像企画設計第一統括部 副統括部長 兼 IJP生産技術部長の和田高一氏が登壇し、インクジェットプリンタの新製品について説明した。
今回の目玉は、PX-B700というプリンタ単能機、そして同じエンジンを積んだ「PX-B750F」というFAX複合機だ。この2機種に搭載されたA4用のエンジンは、印刷速度を保ちながら600dpiの高解像度を実現している。「ページプリンタに迫る高品位普通紙印刷」がウリだ。インクはビジネス用途には欠かせない顔料系で、カートリッジは大きく、交換も前面からできる。
会場に展示された本体を見ても、黙っていたらページプリンタにしか見えないような高さのある形だ。ページプリンタと置き換えても違和感のないデザインともいえる。細部のデザインはシンプルで好感が持てる。
PX-B700 | 交換しやすいインクカートリッジ配置 | PX-B750F。FAX複合機なのでさらに背が高い |
ビジネス用インクジェットプリンタの武器は、省電力と1枚目の印刷の速さだ。ページプリンタのようにヒーターを必要とせず、インクの浸透と乾燥で紙に固定されるインクジェットプリンタは、省電力な仕組みになっている。「ページプリンタと比較して約80~90%の節電効果が得られます」と言い切る。
また、ヒーターで暖めるのに時間のかかるページプリンタに比べ、1枚目の印刷は速い。いったん暖まってしまえばページプリンタの方が速くなるが、和田氏は社内で印刷される90%の書類が5枚以下というデータを出してくる。自社グループ内で調査したという。母集団の要素数や全体の印刷枚数は公開されなかったが、実感としては頷きたくなるデータだ。
ついで公開されたのが、カラーページプリンタとのTCO、つまり消耗品も含めた経費の比較。比較対象は自社の「LP-V500」だ。これによれば、5万枚印刷した時点で、ページプリンタでは約83万円かかるのに対し、PX-B700ならば約35万円で済むという。「5万枚印刷時で、約48万円のお得!」と訴えた。
A3単能機「PX-1200」。2段用紙カセット装備の万能型 | 同じくA3の「PX-1004」。ときどき大きい原稿を印字するという用途に向く。CDなどのレーベル印刷にも対応する |
●小型化と省電力で守るページプリンタ
高畑俊哉氏 |
次に、情報画像企画設計第一統括部 副統括部長の高畑俊哉氏が登壇する。ここまでの雰囲気で言えば、守る側のページプリンタの新製品の紹介だ。
まず、「3つの省」がコンセプトという。それは、省スペース、省電力、省力化だ。
「3つの省」がキーワード | 省スペース、省電力、省力化を具現 | 高速/高耐久モデルも予定されているようだ |
省スペースでは、新エンジンを搭載した小型機の複合機版が登場した。7月11日に、超小型のページプリンタに搭載されているのと同じエンジンだ。これは、機能は最低限だが、本当にインクジェット複合機よりも小さいのだ。ちなみにエンジンはLEDベースであると説明された。
本当に小さいページ複合機「LP-M120」 | 省スペースモノクロ複合機「LP-M120F」 | トナーが小さく、交換も簡単。買い置きしても場所を取られない |
また、省電力については、自社の以前の製品と比較し、35~66%も消費電力が低減されたという。ここで注目したいのが、比較の単位で「W」ではなく「Wh/日」で比較している。つまり、ピーク時に電気を使うのはページプリンタの構造上、避けられない。しかし、実際に印刷していない時間の方が長いので、待機時の省電力化などで、ここまで追い込めるというわけだ。
以前のモデルに比べると消費電力は下がっている | 設置が簡単なのも重要だという | 印字品質はプリンタの基本 |
A3レーザー単能機「LP-S2200」 | 高速型の「LP-S3200」 | A3モノクロは比率は下がっているが根強い人気がある |
カラー原稿を印刷したときの読みにくさを軽減する | さらに視認性が向上するドライバも予定されている。ただし、対応機種はLP-S3200のみ |
魅力的だったのが、最後の「省力化」で、トナーがあらかじめインストールされて出荷されており、設置の手間がはぶける点。トナーも昔のような大きなものではなく、ガムテープぐらいのごく小さい円筒型のものになっている。これぐらい小さいと、オフィスに欠かせないトナーの買い置きに必要なスペースがグッと小さくなる。
また、A3モノクロレーザーの単能機では、カラー原稿をモノクロ印刷する際に、文字色が付いていると読みにくくなるのを改善したプリンタドライバが付属する。カラープリンタや画面で見ることを前提にして、カラー原稿が使われるようになった時代に合わせて必要となった機能だ。
つまり、ページプリンタはページプリンタでちゃんと進化しているという主張だ。
省スペースカラー複合機「LP-M620F」 | コピー品質の比較対象は「ブラザー MFC-9120CN」 |
●全方位で攻めるエプソン
中野修義氏 |
最後に、エプソン販売 取締役 販売推進本部長の中野修義氏が登壇した。ここまで、総論、インクジェットサイド、ページプリンタサイドと進行して来て、今度は商売のお話しとなる。
中野氏のプレゼンでは、「お客様の用途に応じたPP/BIJの使い分けを提案!」(PPはページプリンタ、BIJはビジネスインクジェットプリンタを指す)と書かれていた。つまり、どっちもアリであるというわけだ。さらに「両方で顧客価値を実現する多彩なラインナップを提供し、オフィスプリンター分野でシェアを拡大する」という。選択肢があるなら、両方持っている方が強いというこわけだ。ちなみに、今商戦に立ち向かう製品のラインナップは、インクジェット/ページを合わせて39機種に及ぶという。
そして、どっちを購入しても、エプソンの誇る「最短3日の引き取りサービス」で、最小限のダウンタイムで安心して使っていただける、という。このシステムはPCのエプソンダイレクトと同じで同社が、顧客満足度調査で1位を堅持している重要な要素であると言う。
ビジネス用機器なのでサポートが重要。サービスラインナップも豊富 | 引き取りも含めて最短で3日としている | 7月に投入した省スペースページプリンタでシェアがアップしたf |
というわけで、多くの新製品を取りそろえた上での販売目標は、「ビジネス利用のA4インクジェットで50%のシェア」、「A4ページプリンタで30%のシェア」という野心的な数字だった。ちなみに、A4ページプリンタの現状のシェアは十数%という。ほぼ倍近くに一気に持って行こうというわけだ。そんなことが可能なのだろうか。
そこで中野氏は、7月に発表した、省スペースのページプリンタ投入によって、店頭でのシェアがすでに20%に達しているという速報値を公開した。つまり、魅力的な製品でラインナップを強化すれば、売り上げは上がるというのだ。
A3インクジェット複合機の目標は、さらに凄い。市場を昨年(2010年)比200%に拡大し、うち51%のシェアを取るという。これはちょっと説明がいるが、A3インクジェット複合機は、実質ブラザーしか市場にない。つまり、ブラザーが開拓した市場に乗り込んで2倍にし、しかも1年目からシェアで勝ってしまおうというわけだ。
A3インクジェット複合機「PX-1600F」。用紙カートリッジは1段 | 同じく「PX-1700F」。用紙カートリッジが2段 | メールプリントにも対応する |
A3インクジェット複合機の投入は、2番目に重要な取り組みポイント | A3インクジェット複合機市場をいきなり倍の大きさにする | しかも1年目から過半数を取ると宣言 |
●次は夢を見せてほしい
今回発表された製品は、ビジネスプリンタとしては低価格の製品が多く、競争力のある価格が設定されている。また、販売方針や目標についても驚かされる部分が多かった。
ただし、そこに新しい提案があったかという。それは少なかったと思う。高品質なインクジェット、省スペースのページ複合機などは魅力的だ。しかし、それが製品の形になったときに、個々の製品が非常に狭い市場に最適化されたマーケティングの成果なので、未来への余裕というような部分が少ない。
一例としてクラウドコンピューティングへの対応をあげると、常時電源が入っているFAX付複合機は、プリントアウトの端末として適合する存在だ。しかし、今回発表された製品では、FAXはついてもいても無線LANを備えていない機種があった。iPhoneなどのスマートフォンには、無線LANがないと対応できない。それはコスト面から考えれば必要性が低い仕様かもしれないが、有ると無いとでは、その製品を使い続ける未来への射程が短くなってしまう。
ビジネス用プリンタという、激しい市場にむけて無いものねだりなのだろうが、優れたコンシューマプリンタにある、コレがあると、こういうことができるという「夢」を、もう少し見せてほしいと思う。
今回発表された製品の発売日と直販価格 |
(2011年 8月 25日)
[Reported by 伊達 浩二]