■笠原一輝のユビキタス情報局■
米Intelは5月16日(現地時間)、投資家向けの説明会を行ない、新しいプロセッサ戦略を明らかにした。この中で、同社の社長兼CEO ポール・オッテリーニ氏および同社 上級副社長兼Intelアーキテクチャ事業本部 事業本部長のダディ・パルムッター氏は、計画している将来のCoreプロセッサ・ファミリーにおいて、ノートブックPC向けの製品に新しい熱設計消費電力(TDP)枠を設定することを明らかにした。新しい熱設計消費電力枠は、15W以下という明らかにされており、実現すればPCベンダーは現在のノートPCよりもさらに薄型のノートブックPCを設計することが可能になる。
さらに、Intelは2014年に導入を計画している次々世代の製造技術14nmプロセスルール世代において、現在はPC向けのCoreプロセッサ・ファミリーに比べて1世代前のプロセスルールを利用して製造されているAtomプロセッサを、最新のプロセスルールで製造することも明らかにした。これにより、他社のスマートフォンやタブレット向けSoCに対して、1年程度早く最新のプロセスルールで製造することが可能になり、性能面で優位に立てる可能性が高くなる。
●ノートブックPCのセグメントに新しい15W以下のTDP枠を追加する今回オッテリーニ氏とパルムッター氏が発表したのは、将来のCoreプロセッサ・ファミリーで導入される予定の熱設計消費電力(Thermal Desgin Power、TDP)の新しい枠だ。TDPというのは、PCベンダーがノートPCを設計する際に参照する数値で、この消費電力まで対応できる熱設計すれば、安定して稼働することをプロセッサメーカーが保証する数値だ。
例えば、第2世代Coreプロセッサ・ファミリー(開発コードネーム:Sandy Bridge)のノートPC向けであれば、55W/45W/35W/25W/17Wという5つのTDPが設定されており、PCベンダーはそれぞれの消費電力により発生する熱量を、ヒートシンクやファンなどを利用して放熱できるように設計する。基本的にTDPが低ければ低いほど、ヒートシンクやファンを小型化できるし、放熱に利用するスペースを小さくできるので、より薄く、小さなノートPCを設計することが容易になる。
Intelのパルムッター氏は「現在のノートブックPCのデザインポイントは25W以上となっているが、ここに15W以下の新しいデザインポイントを追加する」と、どの世代からであるのかは具体的な事には言及しなかったものの、今後の製品において15W以下のTDP枠を設定することを明らかにした。
これを実現する方法だが、パルムッター氏は「これは新しいプロセッサのハードウェアを変更するというわけではない、あくまで新しいデザインポイントを追加するということだ」と述べている。つまり、Low Voltage(LV版、低電圧版、現行製品では25Wがこれに相当する)、Ultra Low Voltage(ULV版、超低電圧版、同17W)などと同じようなアプローチで、ダイスクリーニング(製造されたプロセッサダイをテストして、より低電圧で動作するものをより分ける作業)により、15Wよりも低いTDPに収まるダイをOEMメーカーに対して提供する方式になる可能性が高い。
●10W以下のAtomプロセッサとCoreプロセッサファミリーの間を埋める新しいTDP枠この新しい15W以下のTDP枠は、現行のCoreプロセッサ・ファミリーとAtomプロセッサの間を埋めるセグメントの製品になる。
というのも、オッテリーニ氏は自らのプレゼンテーションの中で、将来のAtomベースのSoCは、TDPが0.5Wを切るようなモノから10Wまでのレンジをサポートすると明らかにしており、15W以下というCoreプロセッサ・ファミリーのTDP枠はそれと現行のCoreプロセッサ・ファミリーの間を埋める製品となるからだ。
この15W以下の新しいTDP枠がいつから登場することになるのだろうか。スクリーニングという既存の手法で実現されるなら、現行製品である第2世代Coreプロセッサ・ファミリーから導入するというのも不可能ではない。もっとも、実際には動作検証(バリデーション)に時間がかかると考えられるので、2012年1月に導入される予定の次世代製品となるIvy Bridge(アイビー・ブリッジ)ないしは、その後継として2012年に投入される予定のHaswell(ハスウェル)で実現されると考える方が無理がないかもしれない。
いずれにせよ、この新しいTDP枠の導入により、従来製品では実現が不可能だった、より薄くて軽量なフル機能のノートPCの設計が可能になる。日本のPCメーカーにとっては、そうした製品の設計が得意分野の1つと言って良いだけに、朗報と言えるだろう。
●メインストリームの1世代前のプロセスルールを利用して製造されているAtom
そしてもう1つの大きなニュースは、Intelが2014年に投入を計画している14nmプロセスルール世代では、PC向けのCoreプロセッサ・ファミリーだけでなく、ネットブック、スマートフォン、タブレット、組み込み向けなど、いわゆる非PC向けの製品となるAtomプロセッサも同時に製造を開始するという発表だ。
これまでAtomプロセッサは最新のプロセスルールに比べると1世代前のプロセスルールを利用して製造されてきた。現在のAtomプロセッサ、例えばスマートフォンやタブレット用のAtom Z600シリーズ、ネットブック用のAtom N500シリーズは共に、現行のCoreプロセッサ・ファミリーが製造に利用している32nmプロセスルールに比べて1世代前の、45nmプロセスルールを利用して製造されている。
プロセッサの性能というのは、1つのパラメータで決まるモノではないが、ラフに言えば、マイクロアーキテクチャ、クロック周波数、製造プロセスルールの3つが絡み合って決定する。中でも製造プロセスルールはその中でも大きな要素を占めており、一般論で言えばより最新のプロセスルールを利用して製造すれば、より多くのトランジスタを集積できるため、より高い性能を持つプロセッサが実現できる。
Intelの他社に対するアドバンテージの1つとしてよくあげられるのは、最先端のプロセスルールを他社よりも先駆けて投入できることにある。例えば、Intelは32nmプロセスルールの量産を、2009年の末から行なっている。これに対して他社が32nmプロセスルールの量産にこぎ着けたのは約1年遅れて2010年の末であり、実際に製品が出荷された時期を考えれば、1年以上の差があると言ってもよい。
しかし、Atomプロセッサは現在未だに1世代前の45nmプロセスルールを利用して製造されている。Atomプロセッサが32nmプロセスルールを利用して製造されるようになるのは、今年(2011年)の後半に投入が予定されているMedfield(スマートフォン向け)、Cedar Trail(ネットブック向け)の2製品からで、ライバルメーカーがTSMCの28nm(32nmと同世代のプロセスルール)での製造を開始した後になってしまう。
●14nm世代を大きく前倒しして投入することで、他社との差別化を狙うもちろん、プロセスルールが他社と同じ世代だからと言って、スマートフォン向けのMedfieldが、例えばNVIDIAのTegra2に比べて性能面で不利だとは一概には言えない。しかし、現在ARMアーキテクチャのプロセッサがスマートフォンでデファクトスタンダードとなっている今、スマートフォンメーカーにとっては何か突き抜けたモノ(例えば高性能)などが無ければ、わざわざARMアーキテクチャのプロセッサから、IAのプロセッサに移行する理由がないのも事実だ。このため、Intelとしてももっとアグレッシブなロードマップを打ち出す必要があることは、筆者も以前の記事で指摘したとおりだ。
まさに今回Intelが打ち出したのはそれで、22nmプロセスルールを2013年に、そしてそれからわずか1年で14nmプロセスルールへと移行していく。ただし、現行世代もそうであるようにプロセスルールの世代は一緒でも、実際には低消費電力向けに最適化されたプロセスルールが利用されることになる。なお、今回22nm世代のAtomコアの開発コードネームがSilvermont(シルバーモント)、14nm世代のそれがAirmont(エアモント)であることも明らかにされた。
これにより、2014年には他社に対して1年~1年半程度プロセスルールで先行することになるため、性能面で他社を大きく凌駕する可能性が出てくる。これがロードマップ通りに実現していくことになれば、現在劣勢となっているスマートフォンやタブレット市場にで逆襲できる、というストーリーも夢物語ではなくなってくるのではないだろうか。
通常プロセスルールの更新は2年に1回だが、Atomでは14nmプロセスルールまで3年で3つのプロセスルールが投入される(出典:Intel) | 2014年に導入される14nmプロセスルールでは、Atomプロセッサの製造も同時に開始される。これにより他社製品より1世代進んだプロセスルールを利用できるようになり、性能で有利になる可能性が高い(出典:Intel) |
(2011年 5月 19日)