■笠原一輝のユビキタス情報局■
レノボ・ジャパンは、先週の金曜日(10月15日)にTwitterやWebサイトなどを通じて募集したThinkPadのユーザーを集めて、ユーザーイベントを開催した。
レノボによるThinkPadの最新シリーズや、メーカーとユーザーの双方によるプレゼンテーションを行など、大いに盛り上がるイベントとなった。
●ハードはほぼ同じOptimus対応モデルイベントの冒頭では、レノボ・ジャパン株式会社 製品事業部ThinkPad担当 土居憲太郎氏が登壇し、ThinkPadが18周年を迎えて通算6,000万台が出荷されたことなどが説明された。その後、エヌヴィディア ジャパン テクニカルマーケティングエンジニア スティーブン・ザン氏、レノボ・ジャパン株式会社ノートブック開発研究所 システム技術第二システム技術担当員 山内浩吏氏が登壇し、ThinkPad TシリーズでのOptimusテクノロジーへの対応に関する説明が行なわれた。
レノボ・ジャパン株式会社 製品事業部ThinkPad担当 土居憲太郎氏 | エヌヴィディア ジャパン テクニカルマーケティングエンジニア スティーブン・ザン氏 | レノボ・ジャパン株式会社ノートブック開発研究所 システム技術第二システム技術担当員 山内浩吏氏 |
なお、プレゼンテーションの内容は、このユーザーイベントに先立って行なわれた記者説明会とほぼ同じであったので、関連記事を参照されたい。
●Optimusテクノロジ対応についての補足Optimusテクノロジ対応について、少しだけ情報を追加したい。今回Optimusテクノロジ対応が明らかにされたのは、ThinkPad Tシリーズの3つのモデル(T410、T410s、T510)の3機種で、いずれもNVIDIAの「NVS 3100M」というGPUを搭載しており、CPU側に内蔵されているIntel HD Graphicsと切り替えて利用することができる。NVS 3100Mは、NVIDIAのビジネス向けGPUに位置づけられており、GT218コアをベースにした16個のCUDAコアを内蔵したGPUになっている。従って、コンシューマ向けとしてはGeForce GT 210Mとほぼ同じ性能を持っているGPUだと考えればいいだろう。
NVIDIAのザン氏によれば「NVSシリーズはビジネス向けとして、特別なスクリーニングを行なっており、また製品のライフサイクルも長期に渡っている」とのことで、3D性能よりもビジネスユーザーが外付けのマルチディスプレイや、GPUを利用するアプリケーションを快適に使うためのGPUだという位置づけになっている。
なお、従来のTシリーズでのNVS 3100Mを搭載した製品は、T410sのみがスイッチャブルグラフィックス対応となっており、T410とT510は単体GPUとしてのみ動作し、内蔵GPUへの切り替えは出来ない仕様になっていた。しかし、今回のOptimus対応により、T410sだけでなく、T410とT510もGPUの切り替え機能に対応した。
いずれの製品もOptimus対応に対して、ハードウェア上のスペックは1カ所を除いて変わっていない。レノボのエンジニアによれば「ハードウェアはほぼ同一」と説明があっただけで、具体的にどこに違いがあるのか明らかにされなかったが、情報筋によれば、レノボの製品に限らずOptimus対応と非対応の違いは、GPUのROMに格納されているデバイスIDと呼ばれるOSやドライバーに対して自分がどのハードウェアであるのかを示す文字列を、Optimus対応のモノに書き換えられているだけであるようだ。
レノボはドライバやBIOSなどのツールを積極的に自社Webに公開しているベンダーであるため、それをアップデートするツールというのも出てもよさそうだが、今回は公開されない。ユーザー側にビデオBIOSをアップデートさせる危険性などを勘案した判断だと考えてよいだろう。既存ユーザーにはやや残念だが、致し方ないところだろう。
今回のOptimus対応における最大のメリットは言うまでもなく、OptimusによるGPU切り換えを利用することができることだろう。Optimusのメリットは、常時内蔵GPU(この場合Intel HD Graphics)をオンにしておいて、単体GPUの性能が必要なアプリケーション(例えば3Dゲームなど)が起動した時にだけ単体GPUをオンにして処理を行なう。
従来のスイッチャブルグラフィックスの場合、内蔵と単体で完全に切り替えを行なうため、切り換え時にDirect3DのAPIを利用している場合などには、切り替えがうまく行かず切り換えられない場合があった。例えば、「Live Essentials 2011」に含まれる最新版のLive Messengerは描画にDirect3Dを利用しているため、切り換えツールが検知して切り換えに失敗するということが発生していた(それを無視しても切り換えるオプションも用意されているが、Live Messengerが強制終了する)。
これに対して、Optimusでは内蔵GPUが常時オンで、必要なアプリケーション(NVIDIAが自動でリストを作成しているほか、ユーザーが指定することもできる)を起動した時にだけ単体GPUを起動するので、こうした問題とは無縁になり、使い勝手が大幅に向上した。
だが、ことThinkPadに関しては、メリットはそれだけではない。ThinkPad TシリーズとWシリーズにはオプションでドッキングステーションが用意されているが、これを利用することで最大で4画面の出力が可能になるのだ。
例えば、ThinkPad T410sでは、従来のスイッチャブルグラフィックスベースのシステムの場合、GPUによって出力できるディスプレイに制限があった。ドッキングステーション側のディスプレイ出力(2系統、それぞれにDVIとDisplayPortが用意されている)は、単体GPU(NVS 3100M)にしかつながっていないので、スイッチャブルグラフィックスで内蔵GPUに切り換えている場合にはドッキングステーション側のディスプレイ出力は利用できなかったのだ。
スイッチャブルグラフィックス対応ThinkPad T410sのディスプレイ出力 |
しかし、Optimus対応モデルでは、同時に両方のGPUが利用できる(Windows 7から2つのGPUのドライバを同時にロードできるようになっている)ため、2つGPUそれぞれのディスプレイ出力が利用することができるのだ。ただし、常時2つのGPUがオンになるため、システム全体の消費電力は増えることになる。
Optimus対応ThinkPad T410sのディスプレイ出力 |
これにより単体GPUに接続されているドッキングステーションのDVI/DisplayPort出力から2系統、内蔵GPUに接続されているアナログRGB/本体内蔵DispalyPort/本体ディスプレイの中から2系統の合計で4系統のディスプレイ出力が可能になる。
今回のレノボのデモでは、本体のディスプレイとアナログRGB接続の液晶ディスプレイ、DP接続の液晶ディスプレイ×2というデモが行なわれたが、本体のディスプレイの代わりに本体に内蔵されているDisplayPortを利用することで、外付けディスプレイ4枚という使い方も可能だという。
これにより、外出時にはドッキングステーションから取り外してT410sをモバイルPCとして利用し、オフィスでは4枚パネルのデスクトップPC替わりに利用できる。
●“レノボの”ThinkPadにふさわしいイベント
レノボやNVIDIAのプレゼンテーションの後には、立候補したユーザーのプレゼンテーションが行なわれた。とはいえ、時間の都合でプレゼンテーションできる枠は3人で、その枠に7~8人の立候補があったため、土居氏とじゃんけんで勝った3人のユーザーがプレゼンテーションをすることになった。テーマは「私の理想とするThinkPad」というテーマで、こうした製品が欲しいということをそれぞれ持ち時間5分で語っていった。
ここでは、現行のX201 Tabletの液晶を取り外してスレート型のタブレット端末として使えるようにした製品の提案や、Intelが2011年リリース予定のSandy Bridge世代でのThinkPadシリーズで薄型ノートPCでもより高い性能を実現して欲しいとの要望、カバンの隙間に入りやすい細長い円柱状のACアダプタの提案などが披露された。
ThinkPadを持ってエベレストの登頂に成功した登山家 山田淳氏。手に持っているのはエベレスト登頂に利用したThinkPad X23の同型モデル。エベレストに登頂した実機は、IBMの所有となっている |
ユーザープレゼンテーションの後には、2002年にThinkPad X23を持ってエベレストに登頂した登山家の山田淳氏が登場し、その時の体験談を語ってくれた。山田氏によれば、この話を当時の大和研究所にした当時、問題になるのはHDDだと言われたとのことだ。HDDはヘッドがディスクから少し浮いた状態でデータを読み書きしているのだが、エベレストのような氷点下を遙かに下回る環境ではディスクの中央にいくとどうしてもヘッドがディスクに接地してしまいクラッシュしてしまうのだ。そこで、外周部の2GBだけを利用してOSを起動するような工夫したのだという。
なお、本来の計画ではエベレストから衛星通信を利用して通信する予定だったそうなのだが、出発直前に衛星通信ベンダーの日本イリジウムが倒産してしまい、通信はできなくなったエピソードなどを語ると会場はかなり盛り上がった。
なお、イベントの最後には、今回のユーザーイベントのイベント名を多数決で決められることになり、4つあった候補(ThinkPad Club、ThinkPad大和魂ミーティング、ThinkPad Link、Trackpointers)の中からThinkPad大和魂ミーティングに決定された。
プレゼンテーション終了後には、ThinkPadの誕生18周年(ちなみに誕生日、つまり最初のThinkPad 700Cが発表されたのは1992年10月5日)を祝う、バースデーケーキが用意され、ろうそくの火を消すセレモニーが行なわれた。ケーキの火を消したのは、土居氏、大和研究所の山内氏、ユーザー代表の人。
イベントの名前は4つの中から多数決で「ThinkPad大和魂ミーティング」に決定された | ThinkPadの18回目の誕生日を祝うケーキが用意された |
終了後には各部屋で、ThinkPad、ThinkCentre、ThinkStationなどの各製品が展示され、開発者や担当者などと実際に話ができるだけあって、ユーザーと担当者が熱心に話し込む様子が印象的だった。
広報担当者によれば、今回のイベントは、先着順で募集が開始したらすぐに、締め切らなければいけなかったほど人気だったらしく、次回以降も真剣に検討しているということだった。先着順にしたため、今回参加したユーザーは、非常に“濃い”ユーザーが中心で、それだけでも十分盛り上がったイベントだったが、メーカーとしてはどのように幅広いユーザーを集めることができるかも重要であり、2回目以降はもう少し募集方法に関しては検討が必要と言えるかもしれない。募集がいち早く終わってしまったため、参加できなかったユーザーのために、UstreamやTwitterなどを利用した生中継も行なわれた。
ThinkPadのユーザー向けにこうしたイベントをメーカー自身が開催したというのはちょっと記憶にない。IBM時代には、IBMという会社のカラーからいってイベントといっても純粋にビジネスユーザー向けのイベントだったし、こうしたパーソナルユーザーを対象にしたイベントは行なわれたことがなかった。
それに対して、レノボになってからは、ビジネス向けのThinkPadではあるが、いわゆるビジネスパーソナルという個人でPCを買うビジネスユーザーやコンシューマPCの代わりにThinkPadを買うパーソナルユーザーもターゲットとしてマーケティング施策が打たれるように変わってきている。そういう意味では、変わりつつあるThinkPadを象徴するイベントだったと言えそうだ。
(2010年 10月 18日)