エベレストに登ったThinkPad

~ 登山家:山田 淳氏に聞く ~

 7大陸の最高峰登頂最年少記録を達成した山田 淳氏。エベレストに世界ではじめてノートPC「ThinkPad X23」とともに登頂、高度8,848mの山頂でThinkPadの起動に成功した。エベレストの山頂にThinkPadを持っていくには、出張などに持っていくのとはまったく違い、想像を絶する苦労が伴う。今回は、そんな山田氏にそのときの様子やThinkPadを持ち込むまでの経緯を伺ってみた。(取材日:2002年10月23日) [Text by 米田 聡]
 
 
スポーツの記録と同じ。誰かがやらなきゃならない

エベレスト山頂でThinkPad X23を起動する山田氏

 山田 淳氏は1979年生まれで、東京大学経済学部の3年生。7大陸の最高峰に登る「7サミッツ」を最年少で達成した。そして世界の最高峰エベレストでは、世界ではじめてノートPC「ThinkPad X23」を持って登頂。山頂でThinkPadの起動に成功するという偉業を成し遂げた。

-- 山田さんはヘビーなPCユーザーではないと伺いましたが、普段はPCを使っていらっしゃるのですか?

山田:使っていますよ。メールを使ったり、Webを見たり……ライトユーザーですね。自分でプログラムを作ったりPCを自作したりはしません。普通の文系の大学生の使い方だと思います。

-- では何故、ThinkPadを持っていこうと?

山田:スポーツの記録と同じで、世界初になれば嬉しいですよね。それが、たまたま「ノートPCを山頂に持っていく」ことだったというだけです。それに、ノートPCを持って登って山頂でメールが使えたり、ビデオが送信できれば面白いだろうなという考えもありました。

偶然にも山田氏は高校生の頃から、お父さんから譲り受けたThinkPadを使っていた。これがそのThinkPad 330C。企業向けの、大変珍しい「黒くないThinkPad」だ

-- 確かにリアルタイムにビデオが放送できれば画期的ですよね。

山田:でも通信の手段が問題でした。当初は、衛星を使った携帯電話を考えていたのですが、データ通信ができる機種はアタッシュケース大のものしかない。登頂に持っていくにはあまりに大きく、重すぎるので断念せざるを得ませんでした。

-- それでもThinkPadを持っていったのは何故でしょう?

山田:僕が成功すれば後に続く人が出るかもしれない。次に挑戦する人は衛星を使ったデータ通信に成功するかもしれませんよね。とにかく誰かがやらなきゃならない、ということです。

-- ThinkPadを選んだ理由は何ですか?

山田:ある人から、そういうことならならIBMがいいだろうと紹介されたのです。でも、どこの馬の骨とも知れない僕が、いきなりノートPCをエベレストに持っていきたいといっても話を聞いてくれるかどうかも分かりません。

 しかし、断られたら諦めればいいわけで、僕にとってはリスクはないわけです。思い切って日本IBMに話を持ち込んでみました。2001年6月のことです。

 最初は怖かったですよ(笑)。僕が話しているのを怖い顔をして黙って聞いていて……。ひととおり話終わったら「担当を紹介しましょう」と言ってくれて、すんなりプロジェクトが進んだのです。

ThinkPad X23とともにエベレストに登る

-- 機種がThinkPad X23に決まった理由は?

山田:重量、大きさ、筐体の頑丈さなどを考慮して、ThinkPad X23に決まりました。

-- 山頂に持っていったのは市販されているThinkPad X23とまったく同じものですか?

山田:誰にでも出来るということを知らせたかったので既製品と同じにしたかったのですが、HDDだけは特製です。

 実はIBMに話を持ち込んだ当初から、HDDは駄目だろうという話がありました。8,848mのエベレスト山頂は気圧が低いので、HDDのヘッドがディスクに接触してしまいクラッシュするそうです。IBMにテストして頂いて、低い気圧でも使えるHDDを組み込んだThinkPad X23を持っていきました。

-- HDDのヘッドはディスクが回転するときに生じる力でディスクからわずかに浮いています。気圧が低くなると、その力が弱くてヘッドがディスク面に落ちてしまうのでしょうね。

山田:詳しいことは分かりませんが、HDDのディスクの中であるエリアだけ使えるということがわかり、ヘッドをそのエリアに固定したHDDだそうです。ですから20GBのハードディスクなのですが、実際に使えたのはごく限られた容量だけです。低気圧条件でテストしたディスク10台を造り、うち4台を使って、登頂に持っていくThinkPad X23を用意してもらいました。

エベレストに登ったThinkPad X23。ただしこれは予備機。実際に登ったマシンは日本IBMで研究材料にされている。外観は市販のThinkPadとまったく同じ OSはWindows 2000がインストールされていた
エベレストに登ったThinkPad X23のHDD「IC25N015ATDA04-0」。「TEST PURPOSE ONLY」と書かれている以外は、外観は通常のHDDと同じに見える。が、よく見るとHDD表面に記載された型番が「IC25N002ATDA04-0」に、容量が2.00GBになっている 「IC25N015ATDA04-0」は本来容量15GBのHDDだが、OSからは約2GBしか認識できない

-- HDD以外に不安な部分は無いのでしょうか?

山田:液晶が凍るなど、問題になる部分は他にもあります。が、エベレスト山頂の気温や気圧などの条件をIBMの方に伝え、対策を練ってくれました。

 実際にエベレストに持っていく前に、別な山で予行演習を行なうのですが、そのときにThinkPad T23を持っていきました。5,800mのベースキャンプで、低温下で動くかどうかをテストしたら、意外に調子が良く「いけるぞ」ということになったのです。

-- エベレストに登頂したのはいつですか。

山田:山頂に立ったのは2002年5月17日の午前9時~10時です。

 実は登頂の前にトラブルがありまして……ネパールでThinkPad X23を無くしてしまったんですよ。手荷物としてネパールまでの航空機内に持ち込もうとしたらこれが駄目だったんです。急遽、空港でThinkPadを預ける荷物に詰め込んだところ、ネパールに着いたら抜かれてた。落ち込みましたよ。なにしろIBMの方にとっても僕にとっても、準備期間をいれれば1年間の集大成だったわけですから。

 でも、IBMの方に電話で励まされて、予備のThinkPad X23を送ってもらうことができました。

-- エベレスト登山というと大勢で行って、山頂までに複数のベースキャンプを作りながら登る大掛かりなイベントというイメージがあるのですが、何人くらいでいかれたのですか?

山田:登山隊が5人、現地のシェルパが3人です。山頂に上ったのは僕とシェルパ1人。昔はエベレスト登山というと国家事業みたいなところがあって、大規模な登山隊を仕立てるのが普通だったのですが、今は個人が自費や、自ら集めた資金で出かけます。

-- でも大きな危険を伴う登山ですよね

山田:そうです。死亡率は5%くらい。酸素ボンベが無ければ生きていけないというところですから。

 ですので登山では荷物を極力、少なく軽くするものなんですよ。たとえば、箸やスプーンは半分に切って持っていく。それくらいシビアです。だからThinkPad X23を持っていくなんて普通に考えれば正気の沙汰じゃない。仲間に知られれば止めろといわれるのは間違いありません。だから最後の最後まで隠して持っていきました。

盗まれた機体の代替として送られてきたThinkPadには、日本IBMのスタッフ(「大和研究所でThinkPad耐久テストを見学」に登場していただいたポータブル製品保証 ハードウェア保証試験担当の安藤教博氏)からの励ましのビデオメッセージが入っていた ベースキャンプの様子

山頂でThinkPad X23の起動に成功!

インタビューは10月23日の夕方に、六本木のIBM本社で行なわれた。すでに結構寒くなっていたのだが、そこに山田氏はTシャツ1枚と半ズボンで現れた。年内はこの格好だとか。エベレストに登ろうという人は鍛え方が違うのだ

-- そして山頂でThinkPad X23を起動させたと。どうでしたか?

山田:山頂に着いて、ThinkPad X23の電源を入れました。Windowsのデスクトップが現れて「やった!」と。シェルパは怪訝な顔をしていましたが、とにかく急いで写真をとってもらいました。

 ただ、すぐに電源が落ちてしまったんですよ。あまりの低温に、バッテリがもたなかったようで。ベースキャンプ(6,400m)でThinkPad X23の動作テストを行なってから、実際に山頂に登るまで1週間近くの時間があったのが計算外でした。その間、マイナス40度にもなる低温にさらされていましたから、バッテリが放電していたのかもしれません。でも、面白いことにベースキャンプに戻ったら再充電せずに、また起動したんです。

-- 低い気圧と低温でバッテリ内部の化学反応が低下したせいかもしれませんね。

山田:起動しただけ、というのは残念でしたが、ノートPCを持って登れるんだ、ということは証明できましたし、エベレスト山頂でノートPCを使うための課題を持ち帰れたことは価値があったと思います。

-- 次にエベレストに登る機会があれば、またThinkPadを持っていきたいと思いますか?

山田:エベレストに登るためには資金が要りますし、一生に一度というのが普通ですから、また次というのは難しいかもしれません。でも、もちろん機会があれば、やってみたいですね。

□山田淳氏のホームページ
http://www.takaitakai.com/

(2002年11月22日)

[Text by 米田 聡]


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