笠原一輝のユビキタス情報局

出揃いつつあるスマートフォン向け64bit SoC

〜Android端末での導入は2014年後半頃から

 スペインのバルセロナで2月24日〜27日(現地時間)の4日間に渡って、携帯電話業界のイベントとしては最も有名なイベント「MWC」(Mobile World Congress)が開催された(PC Watchでのレポートリンク集)。

 MWCには、世界各国の通信キャリア、端末メーカーなど通信業界の主要なプレイヤーと共に、Intel、NVIDIA、Qualcommといった半導体ベンダーも参加しており、それぞれ新製品を発表したり、新しい技術のデモを行なった。

 そうした中で、ほとんどすべてのベンダーに共通していたことが2つある。1つは199ドルを切るような低価格端末への対応であり、もう1つが64bitの命令セットへの対応だ。特に後者に関しては、各SoCベンダーとも力を入れてアピールしており、「Merrifield」をMWCの期間中に発表したIntelは、64bit版のAndroidを実際に動かしてみせるデモを行なった。

 2014年後半にはGoogleのAndroidが正式に64bit対応されると見られているのに合わせて、徐々に64bitへのシフトが進むことになる。

予想通り低価格向けデバイスが多数発表される展示会となったMWC 2014

 今回のMWCは、前回のコラムで説明した通り、今後2年間に登場するであろう低価格デバイスのプレビューとでも言うべき発表が相次いだ。Microsoftによる買収が進行しているNokiaは、低価格デバイス路線を実現すべく、89ユーロ(日本円で約13,000円)の「Nokia X」を発表、投入した(別記事参照)。そのほかにも、Lenovo、ASUSといったベンダーが新興国や成熟市場までをターゲットにした低価格スマートフォンを展示した。

Nokiaの「Nokia X」。4型の液晶を搭載した低価格スマートフォンで、89ユーロ(日本円で約13,000円)。OSはAndroidをベースにしているが、Google PlayストアなどのGoogleアプリケーションは搭載されておらず、独自のWindows PhoneのタイルUIによく似たUIとアプリストアを搭載している
Nokiaの「Nokia XL」(左)、右はNokia X。5型の液晶を搭載して、109ユーロ(日本円で約15,000円)。Nokia Xと同じくAndroidだが、Google Playストアなどには未対応。
Lenovoの「S860」。MediaTek MT6582 1.3GHz(クアッドコア)、5.3型HD液晶(1,280x720ドット)、2GBメモリ、16GBストレージ、3G(HSPA+)、4,000mAhのバッテリ、Android 4.2というスペックで、349ドル。中国などの成長市場向けに投入される予定
Lenovoの「S850」。MediaTek MT6582 1.3GHz(クアッドコア)、5型HD液晶(1,280x720ドット)、Android 4.2というスペックで269ドル。中国などの成長市場向けに投入される予定
Lenovoの「S660」。MediaTek MT6582 1.3 GHz(クアッドコア)、1GBメモリ、8GBストレージ、4.7型QHD(960x540ドット)、Android 4.2というスペックで229ドル。中国などの成長市場向けに投入される予定
ASUSが展示した「ZenFone 4」。Atom Z2520、1GBメモリ、8GBストレージ、3G(HSPA+)モデム、Android 4.3というスペックで99ドル、CESで発表されたがMWCでも展示された

 そうした動向は、何もデバイスベンダーだけではなく、半導体を供給するメーカーも同様だ。スマートフォン向けSoCでは王者のQualcommはMWCの期間中に「Snapdragon 615/610」を発表した。Snapdragon 615は、Cortex-A53を搭載し、かつbig.LITTLEに対応しており、MediaTekが得意とする中価格帯へ攻勢を強めるための製品だ。

NVIDIAがTegra 4iの最初のOEMメーカーとして獲得したWiko Mobileの「Wiko WAX」。Wiko Mobileのブースでは、カバーのカラバリも含めて展示されていた。NVIDIAは価格を明らかにしなかったが、199ドルを切る低価格をターゲットにしていると見られている
ARMブースに展示されていた33ドルのAndroidスマートフォン。中国のK-Touchの「T619」という製品、Android 2.3、Cortex-A5(シングルコア)/1GHzというスペック

 また、「Tegra 4/4i」を搭載したOEMメーカー探しに苦慮していたNVIDIAは、ようやくこのMWCでWiko MobileというフランスのOEMメーカーが搭載スマートフォンを発売することを発表できた。このほかにもARMは、自社ブースにおいて33ドルのAndroid端末を展示した。

 OSベンダーも引き続き低価格向けソリューションのアピールを強めている。第3のOSとして2013年の発表で認知度があがったFirefox OSを展開するMozillaは、25ドルのスマートフォンを公開して注目を集めた(僚誌ケータイWatchの記事参照)。また、MicrosoftはこれまでのOEMメーカーを絞って製品の品質を維持する方針を大転換し、OEMメーカーに課していたさまざまな“縛り”を解禁。OEMメーカーに自由度を与え低価格デバイスを開発できるようにして、複数の新OEMメーカーを獲得したことを明らかにした(別記事参照)。

 もちろんその一方で高級機、例えばSamsung Electronicsの「Galaxy S5」や、ソニー・モバイルコミュニケーションズの「Xperia Z2」や「Xperia Tablet Z2」なども発表され、そちらにも注目が集まった。このように、全価格帯で新製品が投入され、マーケットが大きく広がっている、それが示されたMWCだったと言っていいだろう。

MWCの話題の中心だった64bit化、CPUのレジスタやメモリアドレスが拡張

 そうした低価格端末と共に、もう1つMWCで、特にSoCベンダーがフィーチャーしていたのが、SoCに内蔵されているCPUの64bit命令セットへの対応だ。すでにWindows OSの世界では、AMDが2003年に導入したAMD64(IntelはIntel64、両方を総称して、x64と呼ばれる)から64bit化が進んでおり、現在日本で発売されているPCは、Bay Trailを搭載したWindowsタブレットを除けば、ほとんどの製品で64bitのWindowsが搭載されるようになっている。

 CPUの64bit化というのは、大きく言えば2つの点が64bit化されることを言っている。1つはCPUの内部の演算装置(レジスタなど)が64bit化され、1度に64bitのデータを処理できるようになることであり、もう1つはCPUのメモリアクセス時に、64bit幅でアドレス指定できることを意味している。

 32bitのCPUの場合には、最大で4GB(Windows OSの場合には実際には最大で3.5GBまでしか利用できない)しかメモリアドレスを指定できないが、64bitの場合は(理論上は)16EB(エクサバイト、TBの1,000,000倍、1EB=1,000PB=1,000,000TB)までアドレス指定できるようになる。つまり、システムのメインメモリが4GBを超えるシステムでは、64bit対応は必須なのだ。Windows OSの世界では、すでにメインメモリが4GBを超えることが当たり前で、64bit OS対応がどんどん進んでいる。

 これに対してスマートフォンの世界での64bit化は、Windows OSの世界に比べるとややゆっくりしたものになっていた。1つには、スマートフォンで必要とされるメモリがPCほどは必要が無かったのはもちろんだし、スマートフォンで一般的に利用されているARMの命令セットは、これまで32bitが一般的だったからだ。

 現在のスマートフォンのほとんどで利用されているCPUの命令セットはARMv7(厳密に言えばARMv7-A)で知られる命令セットで、これは32bitアーキテクチャだ。しかし、ARMは2011年にARMv8(厳密に言えばARMv8-Aなのだが、以下ARMv8)という64bitの命令セットを発表しており、それに基づいたCPUのIPデザインとしてCortex-A57(ハイエンド向け)、Cortex-A53(ミッドレンジ、ローエンド向け)という2つのデザインを顧客に提供している。このように、徐々にARMの世界でも64bit化が進展しているのだ。

 コンシューマ向けスマートフォンの世界で64bit対応の口火を切ったのは、Appleの「iPhone 5s」だ。Apple A7という64bit対応デュアルコアCPUを搭載したSoCを採用しており、OSとなるiOS 7を64bit化した。iPhone 5sのメインメモリが1GBでしか無いことを考えれば現時点では64bit化のメリットは見えてきていないが、明らかに将来を見据えた選択だと考えることができるだろう。

NVIDIA、Qualcomm、MediaTek、Intelなどが続々と64bit対応SoCを発表

 これに続いてAndroid向けのSoCを製造するベンダー各社も、64bit対応を進めている。1月に行なわれたInternational CESでは、NVIDIAがこれまで開発コードネーム“Denver”で知られてきた、自社開発のARMv8対応64bitCPUを内蔵した「Tegra K1」を使って、64bit Androidを動かすデモを行なった。

 Denverの大きな特徴は、他社のARMv8対応SoCが、ARMがIPデザインとして提供するCortex-A57/53に基づいた製品になっているのに対して、CPUのデザインそのものが自社設計になっていることだ。ARMのライセンスモデルというのは、アーキテクチャライセンスという自社設計を認めるライセンスと、IPライセンスというCPUのデザインそのものを供給する形のライセンスの2つがあるが、Denverの場合は前者の例となる。ARMの標準デザインにはない機能などを組み込むことができるので、他社との性能競争で有利に立てるというメリットがある。ただし、開発は自社でやるので開発コストはかさむことにもなる。

1月のInternational CESで発表されたNVIDIAのTegra K1は64bitのDenverを搭載したバージョンが2014年後半に投入される。CESでは64bit Androidを動かしてみせるデモを行なった

 MWCでは、NVIDIA以外のARM SoCベンダーも64bit対応をアピールした。Qualcommは、12月に発表したCortex-A53を採用した「Snapdragon 410」に加えて、Snapdragon 615/610を発表した。特にSnapdragon 615は、1.8GHzのクアッドコアCortex-A53+1GHzのクアッドコアCortex-A53という構成でbig.LITTLE(省電力時に小さなコアに切り替えて省電力を実現するARMの技術)に対応しており、注目の製品と言える。

QualcommのSnapdragon 615/610を解説するスライド。ミッドレンジ、ローエンドには自社設計の64bit CPUではなく、ARMのCortex-A53を採用している

 ただ、Qualcommは今回のMWCでは、ミッドレンジの製品(Snapdragon 615/610)とローエンド向け製品(Snapdragon 410)に関しては64bitのラインナップを発表することができたが、ハイエンド向けに関しては64bitに対応したSoCは発表できなかった(現在のハイエンドとなるSnapdragon 805/801はいずれも32bit)。Qualcommはこれまで自社デザインのCPU(Kraitシリーズ)をSnapdragonシリーズに搭載してきたが、その64bit版に関しては何もアナウンスできていない。

 Qualcomm上級副社長兼QCT共同社長 マーティー・レンダチンタラ氏はMWCにおいて「我々は自社設計のCPUデザインの開発を続けている。ただ、具体的にどのようなタイミングでそうした製品が出てくるかは言えない」とだけ述べており、64bit CPUの自社開発をしていることは示唆したが、それがいつになるのかは明言しなかった。情報筋によれば、Qualcommが開発している64bitの自社CPUは、2015年の投入がターゲットになっているそうで、少なくとも2014年内にリリースされる可能性は低いという。2014年後半に64bitの自社デザインSoCを投入するNVIDIAとそこで差がついており、そのあたりがQualcommが明言しない理由だと推測できる。

 また、ミッドレンジからローエンド向けのSoCに強みを持つMediaTekもMT6732(別記事)/MT6752(別記事)と呼ばれるCortex-A53のクアッドコアないしはオクタコアを搭載したSoCを発表しており、QualcommのSnapdragon 615/610/410と競合することになる。

 さらに、Intelは開発コードネームMerrifield(メリーフィールド)で知られてきたスマートフォン向けSoCを「Atom Z3400」シリーズとして発表し、その64bit対応についてアピールした(別記事参照)。前世代(Medfield/Clover Trail+)までは32bit対応までだった(厳密に言えばアーキテクチャレベルでは64bitに対応していたが、SoCの機能としては無効になっていた)が、Merrifield世代では64bit(Intel64)対応が追加されており、正式に64bit OSで利用可能になっている。MWCの記者会見では、Googleと開発しているIA向けAndroid 4.4の64bit版を、Merrifieldを搭載したリファレンスデザインのスマートフォン上で動く様子を公開した。

Intelも記者会見で64bit対応をアピール
64bit Androidが搭載している端末を手にしてアピールするIntelのハーマン・ユール副社長

64bit化のユーザーメリットは大容量メモリと性能向上

 そうしたAndroidだが、Intelが公開したIA版Android 4.4に関してはすでにGoogleのアプリケーションなども含めて動作していたし、32bit版のAndroidアプリケーションも動作していた。ARM版の64bit Androidに関しても、32bit版Androidアプリケーションも動作すると考えられる。

 問題は、Androidの64bit版がいつ正式版になるかということだ。Androidの開発はオープンソースで行なわれている。NVIDIAが1月のCESでデモしたように、あるいはIntelがMWCでデモしたように、64bit版のAndroidというのはすでに開発がかなり進んでおり、SoCベンダーがデモできるレベルにある。しかし、端末メーカーが今すぐ64bit版Androidをデバイスに導入して出荷できるかどうかは別問題だ。というのも、Googleのアプリケーション(GmailやGoogleマップなど)を初期導入して出荷するには、Googleの認定を受ける必要があり、それから正式にAndroidスマートフォンとして出荷できるようになる。従って、Google側がその準備を64bitに関しても終えない限りは、64bit Androidを搭載したスマートフォンを端末メーカーが出荷することはできない。

 それがいつになるのかが焦点となるが、今回は多くのSoCベンダーの関係者が64bitのAndroidの市場が立ち上がるのは2014年後半だと明言していた。彼等はGoogleが少なくともどこかのタイミングで64bit Androidを正式に出荷するという確証を持っているということだろう。GoogleがAndroid OSの大幅なアップデートを行なうのは、年の半ば(6月前後)に開催される「Google I/O」で発表するのが通例だと考えれば、そこで正式に発表、2014年後半に出荷というのは充分にあり得るストーリーではないだろうか。

 そうして64bit版Androidを搭載したデバイスが出荷できるようになったとして、それから得るユーザーのメリットはなんだろうか? 大きく言えば2つある。1つは32bit CPUではアドレスできない4GBを超えるメモリへの対応だ。今回のMWCでソニーが発表したXperia Z2、Xperia Tablet Z2はいずれもメインメモリとして3GBを搭載している。近い将来にさらなる上位モデルを出すという時に、より強力なスペックにするとなれば4GBを搭載するしかない。もちろん、現状のAndroidアプリは、さほどメモリを必要とするようなアプリケーションばかりというわけではないが、64bitのネイティブアプリが出てくれば、今後も同じとは誰にも言えないだろう。

Intelが公開した64bit Androidにおける32bitと64bitアプリでのパフォーマンス差。10〜30%程度の差が出ていることがわかる。性能重視のユーザーなら64bit化の効果があることがわかる

 そしてもう1つのメリットは、64bit化による、性能向上だ。Intelが公開したMerrifieldにおける32bitと64bitの性能向上率がその端的な例のように、同じMerrifieldと64bit IA Android上で、同じソースコードを32bit、64bitにそれぞれコンパイルして実行したところ、10〜30%程度の性能向上がみられたという。ARMv8とARMv7で比較した場合どうなのかは今回のMWCでは明らかになっていないが、同様の結果は期待できるだろう。

 今後Androidスマートフォンやタブレットでも64bit化が進展することは、ユーザーとしても充分メリットを享受できるだろう。

(笠原 一輝)