笠原一輝のユビキタス情報局

ソニーモバイルCVP田嶋知一氏インタビュー

〜HTML5に積極的に取り組み、アプリケーションとサービスの垣根を無くす

 ソニーがエリクソンとの合弁会社だったソニー・エリクソンを完全に傘下に収めソニーモバイルコミュニケーションズ(以下:ソニーモバイル)が再スタートしてから1年が経過した。ソニーモバイルは1月のInternational CESにおいて、5型フルHD液晶を搭載した「Xperia Z」を発表し、日本でもNTTドコモから販売開始された。さらに、スペインバルセロナにて開催中のMWC 2013では、10.1型WUXGA液晶を搭載した「Xperia Tablet Z」を発表し、日本でもWi-Fiモデルが4月より販売されることが明らかにされるなど、相次いで注目の新製品を投入している。

ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社 コーポレートバイスプレジデント UXデザイン・企画部門 部門長 田嶋知一氏

 今回のMWC期間中に、ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社 コーポレートバイスプレジデント UXデザイン・企画部門 部門長 田嶋知一氏にお話しを伺う機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。

 そこから見えてきたのは、ソニーモバイルとなり体制が変わったことが端末開発にいい影響を与えたこと、さらには将来を見据えてHTML5への投資を積極的に行なっていくことなど、ダイナミックに変化しているソニーのモバイル端末ビジネスの今と未来だ。

100%子会社のソニーモバイルになることで変わった開発体制

 ソニーの携帯電話ビジネスは、元々ヨーロッパの通信機器ベンダであるエリクソンとの合弁事業として行なわれてきた。このため、ソニーグループの一部ではあるが、半分は他社であるエリクソンの所有であるため、全てソニーの思い通りに運営できていたわけではなかった。しかし、2011年12月にソニーがエリクソン所有分の50%の株式を買い取り100%子会社化し、2012年2月にソニーモバイルコミュニケーションズとしてスタートすることになった。それから1年が経ち、何が変わったのだろうか?

 ソニーモバイルの田嶋氏は「従来のソニーエリクソンでは100%ソニーではなかったため、ソニーの技術やリソースを思い通りに活用できていませんでした。しかし、ソニーモバイルになったことで、100%利用できるようになりました。例えば、音楽のクオリティならウォークマンの事業部、カメラならサイバーショットの事業部、ディスプレイならブラビアの事業部のエンジニアが、直接ソニーモバイルに入ってもらって開発に従事してもらうことが可能になりました。そうした体制変更の集大成が、今回のXperia ZやXperia Tablet Zなのです」と説明する。

 ソニーの強みは言うまでもなくさまざまなAV機器を販売する総合メーカーだという点にある。IT機器であるPCやスマートフォン、タブレットだけでなく、民生用のTV、オーディオ機器、カメラまで実に多種多彩なAV機器を販売している。特にディスプレイの画質、オーディオ機器の音質、カメラの光学部分などアナログ設計がある部分は、エンジニアのノウハウに頼る部分が多く、それが会社に蓄積されている。そのノウハウを、他社も半分持っている会社に完全に渡せるのかと言えば、率直にいって難しいだろう。ノウハウというのは門外不出だからこそ価値があり、他社が見てしまう可能性がある合弁会社においそれと渡すわけにはいかないのだ。

 しかし、ソニーモバイルが100%ソニーの所有になり完全子会社になれば話は別だ。「今回のXperia ZやXperia Tablet Zには、ソニーの別の事業部が持っている“秘伝のタレ”が使われており、それにより製品として完成度を高めています」(田嶋氏)との通りで、他の事業部のエンジニアに協力を仰ぐだけでなく、実際に参加してそのノウハウが惜しみなく投入されているのだという。

 例えば、今回発表されたXperia Tablet Zには動画再生などの高画質化には、“モバイルブラビアエンジン2”とよばれる高画質化のソフトウェア処理技術が利用されている。映像の明るさの分布をリアルタイムで解析しコントラストを自動で調整したり、TV同様に色彩を鮮やかにしたり、人肌は肌色をキープするなどの新しいカラーマジメントの仕組みが用意されている。これを利用することで、より綺麗な動画再生を楽しむことができる。また、カメラに関しても、ソニーが開発している裏面照射型CMOSセンサー「Exmor R for Mobile」が採用されているだけでなく、機能やUIに関してもサイバーショットと共通点が多い。

 これらの機能は、いずれもブラビアを開発しているTV事業部のエンジニアや、サイバーショットを開発しているデジタルカメラ事業部のエンジニアが実際に開発しているため、そのエッセンスがXperia Tablet Zに活用されている。同じことはXperia Zでも行なわれており、その結晶としてXperia ZなりXperia Tablet Zの完成度が向上したということなのだ。

MWC 2013のソニーブース
会場にはXperia ZとXperia Tablet Zがセットで展示されていた

オールソニー体制でXperiaを開発

 田嶋氏は「ソニーモバイルにとってもありがたいのは、それらの技術、ブラビアエンジンにしろ、Exmorにせよ、すでにブランドとして確立されており、お客様にその魅力を伝えていくのが容易なことです」と、技術的なことはもちろんこと、マーケティングにも活用されていると説明する。実際、今回ソニーはMWCのソニーブースでXperia ZやXperia Tablet Zのアピールに余念が無いが、そうした中でモバイルブラビアエンジン2やExmorなどのブランドが説明に活用されている。

 もちろんPC Watchを読んで頂いているような読者であれば、技術への造詣が深いだろうから、「モバイルブラビアエンジン」などのマーケティング用語を使わなくても、どのようにコントラストを調整していて、どのようにカラーマネージメントの調整をしているのかなどを解説することで、そのメリットを理解して頂けるだろう。

 しかし、スマートフォンやタブレットを購入するマスのユーザーはそうではない。そうした方々に「コントラスト調整」、「カラーマネージメント調整」といっても疑問符が帰ってくるのはまず間違いないだろう。また、携帯電話やタブレットを販売する販売員も技術にはさほど詳しくない人が大半で、そうした人であっても「この携帯電話はあのブラビアの技術を利用して高画質化しているのですよ」とか、「この携帯電話はあのサイバーショットの技術を使ってカメラの画質を上げているんですよ」と言ってもらえば、メリットを説明するのも容易になる。

 田嶋氏は「すでにユーザーの生活の中心にスマートフォンがあります。その中でTVにせよ、カメラにせよ専用機にこだわってやっていると、他社にその需要を食われてしまいます。ですので、身内のXperiaにすべてをつぎ込んでそこでの戦いに勝つことは非常に重要だと考えています。仮にその結果としてサイバーショットなりウォークマンのビジネスが落ち込んでも、ソニー全体としてはそれでいいのです。このことは、ウォークマンとiPodの時にうまく対応できなくて学んだ事ですし、ブラビアの時にも平面チューブから液晶への移行で出遅れて学んだ事です。そこで今回は自ら先手をとり、自らカテゴリの壁を破ることをリードしていこうと考えています」と述べ、他社に先駆けて専門の事業部の技術を惜しみなく投入し、より完成度の高いスマートフォンやタブレットを作っていくことに注力しているのだとした。

 現在スマートフォンビジネスの2強と言えば、言うまでもなくAppleとSamsung Electronicsだが、ソニーと同じく総合メーカーのSamsung Electronicsには同じことができる可能性があるが、これまでIT機器専業だったAppleには難しいだろう。そう考えれば、今回のソニーのやり方は理にかなっている。

 そしてこのことは、スマートフォンやタブレットに技術を提供する各事業部にとってもメリットがあることだと田嶋氏は言う。「Xperiaを買って頂いたお客様が、それを入り口にしてブラビアやExmorなどのブランドに触れて頂くことで、じゃあ次にはブラビアを買ってみようとか、サイバーショットやNEXを買ってみようということにつながっていくと考えています」と、ソニーとしてはそうした好循環を狙う意味もあるとのことだった。

MWC 2013の展示でも来場者にわかりやすいように、Xperia ZやXperia Tablet Zのカメラ技術がサイバーショット由来であることがわかるように展示されていた
Xperia ZやXperia Tablet Zに採用されているオプティコントラストパネルの解説。従来の液晶よりも薄くなり、視差が少なくなっていることなどが説明されている
ブラビアエンジン2を説明するデモ。左側がブラビアエンジン2を無効にしてある状態で、右側はブラビアエンジン2を有効にしてある状態

まず目指すのはグローバル市場でiPhone、Galaxyに次ぐポジションの確立

 こうして作られたXperia ZとXperia Tablet Zだが、田嶋氏としてはこの製品でライバルとなるAppleのiPhoneやSamsungのGalaxyと同じ土俵にあがったと考えているようだ。田嶋氏は「日本ではすでにXperiaブランドの確立ができていると思っていますが、欧米に関してはまだまだという段階。しかし、キャリアはiPhoneとGalaxyの独占状態になることを望んでおらず、第3の選択肢がでてくることを期待しており、それにならなければいけないと考えています」とし、欧米市場での巻き返しを図っていきたいということだった。

 そうした戦略上にあるのが、従来はSony Tabletと別のブランドになっていて、開発も別事業部(VAIO事業部)で行なわれていたタブレットを、ソニーモバイル直轄のビジネスへと変更したことだ。ブランド名の変更は、実は前モデルとなるXperia Tablet Sで既に行なわれていた。しかし、実はこのXperia Tablet Sの開発は、VAIO事業部で行なわれており、第1世代製品となるSony Tablet Sの後継製品という扱いだった。しかし、今回のXperia Tablet Zはソニーモバイルで開発も行なわれており、採用されているSoCもSony Tablet S、Xperia Tablet SのNVIDIA Tegraから、Qualcomm Snapdragonと、よりスマートフォン寄りの選択に変わっているのだ。

 田嶋氏は「今回Xperia Tablet Zを開発するにあたり重視したのは、スマートフォンであるXperia Zとの共通性です。ソフトウェア、プラットフォームを共通化することで設計思想を共通化すうことにしました。もちろんこれまでVAIO事業部でタブレットを開発してきたエンジニアにも参加してもらい、これまでの経験を生かしています」と述べ、これまで別々だったスマートフォンとタブレットの開発を一本化することでXperiaとしての一体感を出していくのが目的だったと説明した。

 なお、筆者の個人的な興味から、田嶋氏にスマートフォンベンダーとして、どのような観点でSoCを選んでいるのかを聞いてみた。田嶋氏は「SoCを評価するにはアプリケーションプロセッサとしての評価、テレコミュニケーションとしての評価という2つの評価ポイントがあります。端末メーカーとしてはテレコミュニケーションとしての信頼性が確保されていないSoCを選択するリスクはとれません。CPUがよい、GPUがよいというチップはたくさんありますが、確実につながるということの保証に勝る物は無い。世界中のキャリアとそうした通信部分の保証が突出してしっかりできている1社がありますので……それに尽きると思います」とする。端末メーカーとしては通信部分の評価が先にあり、それが確保された段階で初めてアプリケーションプロセッサとしての魅力の評価が来るという評価基準があり、結果として現在の選択になっているという。

アプリケーションのクラウド化を実現するHTML5に積極的に投資していく

 田嶋氏はXperia Z/Xperia Tablet Zにより、ハードウェアとしてのXperiaシリーズに関してはある程度の完成の域に達したと考えているようだ。「我々としては元々の予定を半年〜1年程度前倒しにして今回の製品を投入しました。それだけの研ぎ澄まされた製品になったと考えていて、今後はこれをベースに定番の改良を加えていく形になると考えています」と述べ、今後はXperia ZやXperia Tablet Zをベースにしながら、新しいSoCを採用したり、OSのバージョンがあがったりしながら徐々に製品を改良していく形になるだろうとしている。

 では、もう少し長い視点で見た時に、ソニーのスマートフォンやタブレットはどのような進化をしていくのだろうか。田嶋氏によれば、その鍵は、アプリケーションソフトウェアのクラウド化であるという。「弊社はXperiaでユーザーに対して優れたユーザー体験を提供することを目指しています。それはXperiaのようにAndroidであろうが、VAIOのようにWindowsであろうが、OSなどには関係なく同じユーザー体験をどのプラットフォームでも同じように提供できることです。そう考えればアプリケーションをクラウドに寄せて行かざるを得ないだろうと考えています」と、これまで以上にクラウドを活用することを検討していくという。

 では具体的にどのようにしていくのかと言えば、「HTML5のようなソリューションが出てくれば、コンテンツサービスとアプリケーションの区別ができなくなるようになり、すべてのアプリケーションがクラウド上にある状態になります。そうなれば、どのデバイスからアクセスしても同じ体験を提供することができるという理想的な状態が実現できます。現在はそこに向かって準備を続けている段階です。その上でビッグデータの処理をクラウド上で行なうことで、お客様に対して気持ちのいいリコメンデーションやコンシェルジュサービスをクラウド側から提供していくことを検討しています」と目指す方向を示した。現在のようにローカルアプリケーション(Google Playストアなどで配布される端末にインストールされるアプリケーション)を利用している状態から脱却し、将来的にはHTML5活用によりアプリケーションそのものもデータもすべてクラウドにある状態を実現し、Windowsであろうが、Androidであろうが、OSに関係なく同じユーザー体験を提供できることが理想であるとした。

 その上で田嶋氏は「今回Firefox OSに関する発表をしましたが、それは現時点ではHTML5のプラットフォームとして1番現実的なのがFirefox OSだからです。そのサポートを通じてHTML5のノウハウを貯めていき、先に進みたいと考えています」と述べ、ソニーモバイルがスペインの通信会社テレフォニカと共同でFirefox OSデバイスの開発検討を発表したことを例に挙げて、今後ソニーモバイルがHTML5へ積極的に投資していくのだという姿勢を明確にした。

 今回のMWCでは開幕前日にFirefox OSが発表(別記事参照)され、その発表会に複数の端末メーカーや世界中のキャリアが集まったことに、「なんで?」と思った読者も少なくないのではないだろうか。すでにスマートフォンや成熟しつつあり、iOSやAndroidが築いた市場はちょっとやそっとでは揺るぎそうにはないからだ。実は筆者もそうだったのだが、今回、田嶋氏に話を伺って明確になったことは、端末メーカーもキャリアも現状には満足しておらず、本気でHTML5への移行を考えており、その時の選択肢の1つとしてFirefox OSが考えられているということだ。

 もちろん、このことは、今すぐ、あるいは中期的にソニーモバイルがAndroidを捨てるという意味ではないだろう。すでに多くのXperiaユーザーがAndroidのアプリケーションを所有しているということを考えれば、いきなりそれを捨ててFirefox OSに行くという選択肢はないと思う。あくまで、最終的なゴールがHTML5によるアプリケーションのクラウド化であり、そこに至る道の1つとしてFirefox OSが選ばれたということだろうし、将来的にはAndroidにHTML5が実装されることも当然あり得るわけで、引き続きAndroidという可能性も高い。

 いずれにせよ、ソニーモバイルが見据える未来として見えてきたことは、HTML5によってOSを抽象化していくという方向性だ。これにより、OSベンダーの縛りからも独立して、ソニーモバイルが考えるユーザー体験を直接ユーザーに届けることが可能になる。もちろんそれが一朝一夕にできるようなことではないのは言うまでもなく、実際どのようにそれを実現していくのか、Firefox OSのサポートも含めて大いに注目していく必要があるだろう。

(笠原 一輝)