福田昭のセミコン業界最前線

誕生後1年を経過したルネサス エレクトロニクスが抱える課題



 ルネサス エレクトロニクスが2010年4月1日に誕生してから、最初の1年が経過した。5月18日に同社が発表した2010会計年度(2011年3月期)の業績は、売上高が1兆1,379億円(半導体売上高は1兆189億円)である。半導体売上高は前年度の9,425億円に比べて8%増となり、当初(2010年7月29日時点)の見通しである15.6%増のほぼ半分の成長率にとどまった。

 売上高を四半期ごとに見ていくと、第1四半期(2010年4~6月)と第2四半期(2010年7~9月期)は売上高が比較的順調に拡大していったのに対し、第3四半期(2010年10~12月期)以降は売上高が対前四半期比で減少している。自動車分野と民生分野の国内需要が減少したほか、国内携帯電話機(フィーチャーフォン)向けが不振だったことが、全体の売り上げを鈍らせた。

 営業損益は145億円の黒字で、前年度の旧会社(NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジ)の単純合計による営業赤字1,133億円から、黒字に転換した。ルネサス エレクトロニクス発足初年度の経営目標である「営業黒字」は達成できたことになる。

 純損益は大幅な赤字で、1,150億円もの純損失となっている。これは事業構造の再構築に伴う特別損失約670億円に加え、東日本大震災による特別損失495億円を計上したためである。ただし当初から800億円の純損失を見通しとして2010年7月29日に発表しており、東日本大震災という予測不能な要素を考慮すると、この損失額は仕方がないとも言える。

ルネサス エレクトロニクスの売上高推移。2009年度(2010年3月期)までは旧NECエレクトロニクスと旧ルネサス テクノロジの合計値をまとめたものルネサス エレクトロニクスの四半期別業績推移。2009年度(2010年3月期)は旧NECエレクトロニクスと旧ルネサス テクノロジの合計値ルネサス エレクトロニクスの営業損益と純損益の推移。2009年度(2010年3月期)までは旧NECエレクトロニクスと旧ルネサス テクノロジの合計値をまとめたもの

●那珂工場の生産停止が世界中を揺さぶる

 その東日本大震災により、ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)は大きな被害を被った。前工程(ウェハ処理工程)の生産拠点5個所と、後工程(パッケージング工程)の生産拠点3個所が一時生産を停止した。現在そのほとんどは生産を再開済みである。

 問題となったのは、最も被害の大きかった那珂工場(茨城県ひたちなか市)だ。車載マイコンと汎用マイコン、SoC(System on a Chip)の最先端品種を量産する、前工程の主力工場である。那珂工場の被害は大きく、すぐに再稼働することは不可能だった。震災による損失金額(655億円)の約85%を那珂工場が占めていることからも、被害の大きさがうかがえる。那珂工場の稼働停止により、世界の大手自動車メーカーの大半は、生産計画を下方修正せざるを得なくなった。

 ルネサスは、那珂工場で生産する予定だった製品の一部をルネサスグループのほかの前工程拠点で生産するほか、外部の前工程受託企業(シリコン・ファウンドリ企業)への発注を増やしていく。那珂工場そのものは6月に一部の生産ラインで稼働を再開し、8月以降は製品を出荷する。そして2011年10月末には、那珂工場の出荷数量を震災前の生産能力の50%に戻すとともに、グループ工場とシリコンファウンドリの活用で不足分の50%を埋める計画となっている。すなわち、2011年11月には、那珂工場で生産していた製品の供給が完全に元通りとなる見通しだ。

東日本大震災によって生産が停止した拠点と復旧状況那珂工場の生産ライン(東日本大震災以前)那珂工場の復旧計画と代替生産計画
那珂工場の製品を代替生産する生産拠点およびシリコンファウンドリ東日本大震災による損失金額の見積もり。損失の約85%を那珂工場が占める

●低迷続くSoC事業が今後の課題

 ルネサスは半導体事業を、「マイコン」、「アナログ&パワー半導体」、「SoC(System on a Chip)」の3つの製品分野に分けている。2009年度(2010年3月期)の半導体売上高に占める比率は、マイコンとSoCがともに約35%ずつ、アナログ&パワー半導体が約30%だった。同期の半導体売上高が9,425億円なので、35%だと3,299億円、30%だと2,827億円になる。

 2010年度(2011年3月期)のマイコン、アナログ&パワー半導体、SoCの売上高はそれぞれ、3,841億円、3,162億円、3,117億円となった。単純に比較すると、マイコンは16%成長、アナログ&パワー半導体は12%成長、SoCはマイナス成長で前年比5.5%減である。2010年7月29日時点ではそれぞれ、10%台後半、10%台後半、10%台前半の成長率を予測していたので、SoC事業が予測と大きくずれたことが分かる。

 最も好調だったマイコンは、車載用マイコンと汎用マイコンの両方ともが前年に比べて売り上げを伸ばした。3つの製品分野の中では、マイコン事業が断トツの売り上げを叩き出すようになった。

 アナログ&パワー半導体は、これも自動車向けが好調でパワーデバイスとアナログICが売り上げを伸ばした。ディスプレイ(表示)ドライバICは小型パネル向けはスマートフォンの市場拡大で好調だったものの、大型パネル向けが苦戦し、全体としては減収となった。

 問題なのはSoCである。モバイル機器向けではスマートフォン市場への出遅れが響き、通信LSIが大幅な減収となった。内蔵カメラ用LSIは売り上げが増えたものの、全体をカバーするほどではなく、モバイル機器向けSoCは相当なマイナス成長となってしまった。PC周辺向けSoCはPC市場の成長鈍化により、これも売上高が前年度に比べて減少した。

2010年度の製品分野別の半導体売上高2010年度の製品分野別の売り上げ状況マイコンの四半期別売り上げ推移
アナログ&パワー半導体の四半期別売り上げ推移SoCの四半期別売り上げ推移

 SoC事業については、首を傾げたくなることがある。まず、業績発表のたびに甘い見通しを繰り返してきた。例えば2010年10月27日の上半期決算発表では、SoCの下半期売り上げを上半期に比べて4%成長と予測した。実際には6%減のマイナス成長である。さらに、2011年1月28日の第3四半期決算発表では、第3四半期に対する第4四半期の売り上げを3%成長と予測した。ところが実際には、2%減のマイナス成長である。2四半期連続で予測が悪い方向にずれている。

2010年10月27日の上半期決算発表における売上高見通し2011年1月28日の第3四半期決算発表における売上高見通し

 2011年3月期の決算発表時(5月18日)に3つの製品分野の営業損益を質問したところ、マイコン事業はかなりの黒字、アナログ&パワー半導体事業はわずかな赤字、SoC事業は相当な赤字だとの回答だった。すなわち、マイコン事業が稼いだ黒字をSoC事業が食い潰していることになる。

 過去に旧ルネサス テクノロジと旧NECエレクトロニクスが業績を発表した機会に、製品分野別の営業収支を何度か質問してきたのだが、SoC事業が黒字だと回答されたことは過去に1度もなかった。SoC事業の製品は先端LSIなので研究開発投資と設備投資が相当にかかる。これは理解できる。だが、投資額に見合う売り上げが確保できない事業を、これ以上、継続していく意義はあるのだろうか。

 5月18日の決算発表では東日本大震災の影響により、2011会計年度(2012年3月期)の業績見通しをルネサスは示せなかった。業績見通しの発表は7月の予定である。SoC事業がルネサスの弱点であることは、もはや明らかだ。何らかの処方せんが7月には出てくることを期待したい。

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(2011年 6月 8日)

[Text by 福田 昭]