ブラザーの最新刺繍ミシンで「ローラ アシュレイ」!



 今回は、糸を使って布類に装飾を施す技術「刺繍(ししゅう)」について見ていきます。

 子供のころ、家庭科の授業で、慣れない手で刺繍の練習をした記憶がありますが、現在の我々が興味を持っているのは、機械を使う自動化された刺繍です。刺繍機能を持つコンピュータミシンを使うことで、複雑なグラフィックを誰でも簡単に美しく縫い上げることができる、ということはなんとなく知っていました。「ぜひやってみたい」と思いながらもなかなか着手できなかったのは、ミシンに対する知識不足が原因です。そこで、ブラザー販売のショールームを訪問して、最新の刺繍ミシンについて取材しました。以下はその報告です。

 PC Watchの読者にとってブラザーはプリンタの会社という印象かもしれません。でも、そのルーツは明治41年創業の「安井ミシン商会」。つまり、もともとはミシンの会社です。ブラザーブランドを冠した最初の製品は昭和3年リリースの「麦わら帽子製造用環縫ミシン」。高度な表面焼入れにより、当時の主流をなしていたドイツ製ミシンに匹敵する耐磨耗性と耐衝撃性を備えていました。

 それから80年以上が経過して、ミシンはコンピュータ化され、ハイエンドの家庭用ミシンはまるでGUIを持つ情報端末のようなルックスです。古くからのミシンユーザーにはもしかすると違和感があるのかもしれませんが、我々には「近い存在」に感じられます。最新コンピュータミシンでどんなことができるのでしょうか。

ブラザーの家庭用ミシンのラインアップ。ショールームの壁に並んでいたのはそのごく一部で、実際には90機種以上が販売されているとのこと
今回のデモ機は2012年1月20日発売の最新モデル「イノヴィス5000ローラアシュレイモデル」。希望小売価格630,000円の最高級刺繍ミシンです
まず目が行ってしまった大型のカラー液晶タッチパネル。これは起動時の画面で、世界中の女性に人気のライフスタイルブランド「ローラ アシュレイ」のイメージが表示されています
タッチパネルからほとんどのミシン操作が可能。プリセットされている刺繍の図案をアレンジするエディタや、縫っている間の動作状況を示すコンソールとしても機能します
徹底的に自動化されていて、準備も簡単。糸巻きをセットして、糸をスルスルと溝に通すだけ。ハサミすらいりません
ミシンは上糸と下糸と呼ばれる2本の糸を使います。家庭科の記憶をたどると、上糸を針の穴に通し、下糸を引っ張りだしてどこかに引っ掛けて(?)、ようやく縫う準備が整った気がするのですが、そういう細かな作業はぜんぶミシンがやってくれます

 一般的な縫い物に使っても最強なイノヴィス5000ローラアシュレイモデルですが、我々の当面の関心事である、刺繍機能に絞って詳しくデモしていただきました。

 このモデルにはローラアシュレイ監修の刺繍模様が39種類、その他のデザイナーによるものが225種類、また、たくさんの刺繍用フォントが内蔵されていて、それらはミシン単体で簡単に出力可能です。さらに、PC上の専用ソフトでパターンをデザインし、イノヴィス5000へ転送することで、自作の刺繍模様が扱えます。ミシンをPCの周辺機器として捉えたら、なんとなく我々にも使いこなせそうな気がしてきたのですが、どうでしょうか。

Windows PCで動作する専用ソフト「刺しゅうプロNEXT」を使って模様を作成し、それをイノヴィス5000で出力するデモです
まずはアルファベットの例。刺しゅうプロNEXTには100種類近い書体が用意されていて、なかには7セグメント風の文字も。さっそくそれを使ってもらいました。刺しゅうプロNEXTの画面は一般的なグラフィックツールのように見えますが、刺繍の出来映えに影響する縫いの向きやステッチといった属性を細かく設定できるようになっています
パターンができあがったら、PCとイノヴィス5000をUSBケーブルで接続し、データを転送します。イノヴィス5000はUSBストレージデバイスとして認識されます。縫い付ける位置や角度などはイノヴィス5000のタッチパネルで調整可能です
布を枠にセットし、糸を通して、ボタンを押すと、ミシンが音をたてて動き始めました
枠が前後左右に動きながら、針が1秒間に数百回の速さで上下して、模様ができあがっていきます
あっという間にできあがり。各文字が糸でつながっていないのは、ミシンが自動的に糸切りを行なう設定になっているからです
【動画】精緻なメカの3次元的躍動をぜひ動画で堪能してください

 今回の取材では、刺繍ミシンがあったら縫ってみたい図案を我々がいくつか考えて、その画像データをお渡しし、それを元に刺繍化していただきました。刺しゅうプロNEXTに画像データを取り込み、必要に応じて調整を加えることで、ミシンで出力できるようになります。その結果をいくつか紹介します。

刺しゅうプロNEXTに7セグフォントが内蔵されていることを知らなかったため、このようなパターンをお願いしてしまいました
その結果がこちら。輪郭が黒の糸で縁取られていて視認性良好です
黒バックの16セグメントLEDはどうでしょうか
黒い部分の少しノイジーな感じがいい味わいです
回路図はどうなるでしょう
抵抗やトランジスタはこのままでもイケますね。コンデンサやLEDのように、太い線が接近している部分はデータの修正が必要かもしれません
線を少し太くして縫った例です。刺繍らしさが増した気がします。こうした微調整も刺しゅうプロNEXTで可能です
立体感のある写真はどうなるでしょう
エッジが少し丸くなってかわいい印象にかわりますね
ニッパの写真です
3色の糸で表現しています。工具袋にこの刺繍を入れたいです
糸の色数を増やし、立体感を強調した作例です。このように色を増やすと、縫っている途中で糸を換える作業が生じますが、刺繍ならではの意外性もアップしますね

 見慣れた図や写真であっても、刺繍化すると、予想外の質感が現れることがわかりました。糸が何度も重なることで、刺繍ならではの立体感が生じます。実際の作例を見ることで、刺繍の可能性と魅力がよくわかりました。

 もちろん、どんな画像でもそのまま刺繍化できるわけではありません。今回我々がお願いした画像の中にも、うまくいかなかったものがあります。たとえば、ボタン電池やArduinoボードの写真を元にした刺繍は、判別がつきにくいものになってしまいました。緻密なパターンの場合、刺しゅうプロNEXTの上で、画像の強調や整理といった細かい編集作業をしてからミシンに送る必要がありそうです。

 今回の取材で検証をお願いしたかったことはもう1つありました。導電性の糸や布を使った電子刺繍の実現性です。結論からいうと、いくつかの注意点を踏まえれば十分可能です。とくに問題なさそうです。

写真はSparkfunで販売している導電性糸2種。どちらも縫うときの滑りが悪く切れやすいという性質があります。今回は「117/17 2Ply」という品名の細い方の糸を一巻き持参してテストしていただきました
小さな糸巻きに巻き直すのが面倒かと思ったのですが、写真のように大きな糸巻きをミシンの後ろ側に置くだけで使えました。糸を通す手順は通常どおりです。下糸は普通のミシン糸です
試し縫い。まったく問題ないですね
内蔵フォントを通常の刺繍糸と導電性糸で刺繍した例。導電性糸は金属的な光沢があってなかなか綺麗です
せっかくですから、ローラアシュレイのパターンを導電性糸で刺繍してみましょう
縫い始めてから少しすると、導電性糸が切れました(ミシンは自動的に検知して停止します)。やはり切れやすいようです。ミシンの設定を変更して、縫うスピードを落とすと切れなくなりました
完成した刺繍にLEDと電池を当てて光らせてみました。この糸は30cmあたり300Ωの抵抗値を持っていますが、刺繍によって糸が厚く重なるので、抵抗値は減少します。導体として使いやすくなりますね
Sparkfunで扱っている導電性布(MedTex180)に刺繍したいときはどうすればいいのでしょう。この布はよく伸び縮みするので枠に填めにくそうです。そうした素材は、オプションの水溶性シートで挟んでから枠に填めることでしっかり固定され、ミシンの動作も確実になります
水溶性シートに直接刺繍することもできます。縫い終わったシートを取り除くと、この写真のように、糸だけでできている刺繍が出現します。ハッとするテクニックです
導電性糸と導電性布を使って、どんな刺繍作品が作れるでしょうか。我々はいまそのことを毎日考えています