ウィルコムのXGP試験サービスが開始され、プレス向けの端末貸与も始まった。筆者も1週間、NECインフロンティア製とネットインデックス製、2枚のXGP通信カードを貸していただいた。“ユーザー数が少ない現時点では”という但し書きは付くものの、下り方向で10Mbps程度のピーク速度が東京駅周辺で計測できた。電車で移動しながらのハンドオーバーがスムーズなことも、他のレポートで明らかな通りだ。
ご存知のようにXGPは2.5GHz帯の新規割り当てにおいて、現在のUQコミュニケーションズとウィルコムが免許を分け合い、事業化を競おうとしている段階。事業化のプロセスは一歩UQコミュニケーションズに譲った形だが、エンドユーザーの視点から見ると、モバイルWiMAXとXGPの関係というのがよく分からないかもしれない。
もちろん、WiMAXが宅内へのブロードバンドネットワーク引き込みを無線化するために開発された技術で、ハンドオーバーなどを規定して移動体に強くしたものがモバイルWiMAX、これに対してXGPはPHS技術の次世代版という事ぐらいは知っている人も多いはず。
どちらも一長一短あり、また先行きに透明感のある部分もあれば、不透明に感じるところもある。
●マイクロセルで実効速度帯域の広いネットワークを目指すXGPXGPの通信カード |
ウィルコムが次世代PHSのXGPを普及する上で、もっとも強みとなるのは、DDIポケット時代から長らくデータ通信を特徴に顧客を獲得し、16万基地局という大規模なマイクロセルネットワーク拡充に努めてきた経験だ。マイクロセルというのは、カバーする範囲が狭い小型基地局の事。PHSは元々、特定小電力のデジタルコードレスフォンを外に持ち出す、というコンセプトで開発されており(当時は今日的なマイクロセルの概念は無かったが)、生まれながらにマイクロセルのネットワークだった。
全国的に展開されているPHSのネットワークを構築する上で、最適な基地局の配置や用地確保を行なってきたため、そのノウハウも膨大だ。XGPは従来のPHSとの互換性はないが、従来のPHSと極めて近いセルサイズを中心に展開するため、すでに確保しているIP化が終了した基地局ならば、XGP対応基地局への置き換えも可能だろう。
XGPとモバイルWiMAXでは上り・下りの速度スペックや細かな符号化の手法は異なるが、基本的な技術は近しい関係にある同世代の技術だ。どちらの電波利用効率が良いかといった議論は、単純なMHzあたりの搬送ビット数だけでは一概に決められない部分もあるので、ここでは言及しないが、同世代の符号化、変調方式ならば、劇的に電波の利用効率が変化することはない。ならば、細かなセルで多数の小型基地局を展開するノウハウを持っているXGPの方が有利というのは、ウィルコムの主張の通りだ。
ワイヤレスでの通信速度は、結局の所、電波の利用効率と利用できる帯域の幅で大まかな枠が決まる。枠と表現するのは、まさに枠で1つの基地局がサポートできる通信の総量が決まってしまうからだ。あとは、同じ傘の下にいるユーザーで帯域を分け合うことになる。したがってセルは小さいほど、ユーザーあたりが利用できる有効な通信帯域が増える。カバーするエリアが狭ければ、同じ基地局を共有するユーザーも減るからだ。
UQコミュニケーションズの基地局に関しては後述するが、XGPは200~300m半径のものを中心に設置し、特定の場所でリピータを使って局所的なエリアの影や室内をカバーしたり、超小型セル(フェムトセル)を用いて地下街などをサポートするといったPHSと同様の基地局設置を行なっているようだ。無線区間の速度は、サービスのスタート初期において有利だろう。
もっとも、ウィルコムがマイクロセルの経験と実績をセールスポイントに掲げている理由は、他にもある。
●PHSで得たマイクロセル展開のノウハウPHSにおいてウィルコムが得たマイクロセル展開のノウハウは、単純に小型基地局設置の場所を確保する手法だけではない。最も強く主張しているのは、スマートアンテナの賢さだ。
基地局同士の電波が干渉しないよう、通常は基地局を計画的に設置していく。どの方向に、どの程度の強さで電波を出力するかといった計画を立てて設置することで、無駄に基地局同士の干渉が起きないようにするわけだ。しかしマイクロセルになると、この管理がとても大変になる。基地局が密集するため、重なり合う部分が多くなりすぎるからだ。
そこでウィルコムは、従来からスマートアンテナという技術を使っていた。電波の状況を自己で判断しながら、電波を放出する方向を自動的に決める技術だ。スマートアンテナそのものは難しい概念ではないそうだが、ウィルコムは実際にスマートアンテナの技術を自社で投入し、長期間現場で揉まれてきた。「他社はどうかしらないけれど、うちはこれで適応的にユーザーから求められている場所を、細かくエリア内に組み入れていける。だからXGPはマイクロセルで強い」と主張している。
スマートアンテナが上手に機能するのであれば、適応的にリピータを設置していくだけでもカバーエリアの穴を塞げるし、利用者の多い地域では必要に応じて基地局を随時追加していける自由度を得られる。また人口密度の少ない地域では、半径2km程度の大出力セルも用意して合わせて展開できる。
XGPの設計コンセプト |
従来の3G携帯とPHSのエリアカバーの違いを考えれば、必ずしもPHS型がエリアカバーの面積を拡げるのに有利とは言えないだろうが(有利・不利というより、特徴が異なるという方が正しい)、1人あたりの通信速度を確保する上では有利なのは間違いない。
今回、試してみた実験エリアでは、高速なネットインデックスのカードでは10Mbps程度の実効速度が出たが、本サービスでも帯域を食い合って、大幅に速度が落ちるなんてことはないですよ、というわけだ。
ウィルコムの課題、というよりも、やや不透明に感じているのは、基地局がぶら下がるバックボーンのネットワークだ。UQコミュニケーションズの場合、KDDIが親会社ということもあって、光回線の活用では有利ではないだろうか。
ウィルコムは数年前から次世代に備えてPHSの基地局を、初期のISDNをベースにしたものからIPネットワークで結ぶものに置き換えている。すでにIPでのバックボーンを構築済みなので大丈夫というが、果たして桁違いに速度が向上したXGPに対応できるバックボーンネットワークを構築できるかというのは、実際にサービスが始まってみないとわからない。
●デファクトスタンダード化を目指すモバイルWiMAXとの対比XGPの最大にして最強のライバルはモバイルWiMAXということになるだろう。XGPとモバイルWiMAXは使っている主要な変調方式が多く、周波数帯も同じであり、なにより次世代の高速移動データ通信サービス向けに新規割り当てされたという面でも同じ。対比されるのは当然だ。
しかし基地局の展開手法はXGPとは異なり、どちらかと言えば3G携帯電話のネットワークに近いという。モバイルWiMAXの割り当て帯域はXGPと同じ2.5GHz帯だが、これは3G携帯電話に割り当てられた2GHz帯と近く、電波の浸透性などの特性も似ている。
そこで3G携帯電話の基地局設置ノウハウを活用しようというのが、UQコミュニケーションズの考えだ。120度輻射のセクタを3つ組み合わせて基地局同士の干渉を最小限に抑える。都市部では出力を抑えて500m程度のカバー範囲とし、人口密度の低い地域では必要に応じて20Wまでの大出力とカバーエリアを拡げる。
さらに人が多く集まるポイント(駅や空港、大規模商業施設など)には、屋内用小型基地局を用意していくという。これらはまったく3G携帯電話の手法と同じだ。
最終的なカバーエリアは両者とも似たようなものになるだろうが、それまでの間はアプローチのスタート地点が異なるため、XGPのPHS的なエリアカバーに対して、モバイルWiMAXは3G携帯的なエリアとなっていくと思われる。が、その途中経過において、無線区間の速度が、あまり速くない(といっても、数Mbps程度と、ビジネスやパーソナルのコミュニケーション用途なら充分速い)ということもあるかもしれない。モバイルWiMAXの弱みは、実効速度がユーザーの期待値に届かない可能性もあるということだ。
とはいえ、モバイルWiMAXにはXGPにはない長所がある。世界中に同じ技術で展開しているため、基地局の開発も進んでワールドワイドでの量産効果が得やすいことだ。XGPはWiMAX向けチップセットを流用できるため、同様にLSIの量産効果を得られるのだが、実際にはモバイルWiMAXの方が有利だろう。
モバイルWiMAXは、Intelがプラットフォームの強化の軸として、PCプラットフォームへの組み込みを推進するロードマップを敷いている。初代Centrinoプラットフォームの時と同様に、PC内蔵用WiMAXモジュールがチップセットやCPUとセットで提供され、Intelからのサポートを受けられる。
現在のモバイルWiMAXは、2000年から2003年にかけて、一部ユーザーが積極的に導入を開始した頃の無線LANの状況と同じだ。この後、Intelが無線LANモジュールの内蔵をチップセット戦略と絡めて強く推進し、あっと言う間にWi-Fiは内蔵されるのが当たり前になり、各所へのWi-Fiスポット設置も急速に進んだ。
Intelは、この時の戦略をモバイルWiMAXでもやろうとしている。新しいノートPCを買えば、いつでもモバイルWiMAXが付いてくるという状況を作っておき、同時にそれを受け止めるネットワークインフラ整備を支援することで、気がついたらいつでもWiMAXを使える状況になっていた、という形を作ろうというわけだ。
すでにPC各社がIntel Wireless Link 5150/5350(コードネームEcho Peak)を搭載したPCを発売していく意向を示しており、そのうちのいくつかは発表済みだ。その後には通信速度が2倍になるKillmer Peakが控えているが、これもいずれはPCメーカー各社の製品に搭載されていくことになる。
2.4GHz帯の無線LANとモバイルWiMAXはアンテナを共用できるので、メーカー側は無線LANモジュールをモバイルWiMAX対応のものに置き換えるだけで対応することができる。無線チップセット側もWi-FiとWiMAXでLSIを共有できるため、モジュール価格には大きな差違は生まれない。クライアント側WiMAX/Wi-FiチップセットのWi-Fiチップセットに対するプレミアムも、そう遠くない時期に原価レベルでは1ドルぐらいになってしまうだろう。
もちろん、無線LAN内蔵PCを持っている人が、全員、有料Wi-Fiスポットのユーザーではないのと同じように、モバイルWiMAX内蔵PCのユーザー全員がWiMAXプロバイダと契約するわけではないだろう。しかし、1日プランなどを活用すれば、ユーザーは必要な時だけ手軽にWiMAXを利用でするという使い方もできる。
時間が経過するうち、あまり意識していない間にもモバイルPCがWiMAX内蔵へと切り替わっていくのだから、クライアントの展開という意味ではXGPに対して非常に有利だ。
もちろん、過去にはH"inというPC内蔵型PHSデータ通信モジュールが採用されたPCもあったので、必ずしもXGP内蔵PCが生まれないという話ではない。しかし、モバイルWiMAXなら日本だけでなく世界各所でサービスの利用が可能になるなど、1つの仕様で世界中の市場に対応できるのに対し、XGP内蔵PCは国内市場向けのみに留まってしまう。あとはPCメーカーの判断だが、PC業界におけるデファクトスタンダードがWiMAXになってしまうと、XGPは厳しくなる。
それをはねのけるだけの実効スピードやカバーエリアの拡大といった成果を出せるかどうかが、高速WANインフラのデファクトスタンダードになるだろうWiMAXに対するXGPが必ず備えなければならない要件だ。
次の山場は7月1日から。UQコミュニケーションズの商用サービス開始後の通信速度に注目したい。
(2009年 6月 25日)