FacebookとChatter。相反する2つのSNSが示すこと



 映画「ソーシャル・ネットワーク」のヒットもあるのだろうが、このところFacebook関連の話題は尽きない。つい先日まで、日本人のコミュニケーションスタイルには向かないと切り捨てられる事が多かったFacebookだが、ここ数カ月で筆者の周りでは急速にID取得者が増えた。その勢いは一昨年後半から昨年前半にかけてのTwitterを思い起こさせる。

 つい数カ月前に「Facebookは居心地が良い」とTwitterで呟くと、“あんなよく解らないシステム”、“匿名性がなければ楽しめない”、“手軽さがないよね”といった否定的な意見が返ってきていたが、このところはFacebookを戸惑いながらも使い始めている様子がFacebookやTwitterを通じて伝わってくるようになった。

 一方、タイトルに示したChatterとは、Facebookと非常によく似たユーザーインターフェイスや機能を持つが、目的は全く異なる限定されたコミュニティでのソーシャル・ネットワークを実現する。具体的には営業支援システムのSalesforce.comが、自社が提供する企業向けサービスのユーザーに対し、社内での情報共有ツールとして提供しているFacebookとよく似たサービスと考えるといいだろう。

 ChatterはSalesforce.comの有料アカウント以外に、導入している企業内なら誰でも使えるフリー版アカウントが提供されていたが、2月1日にはSalesforce.comを導入していない企業にもChatter.comとして無償提供されることになった。

 Chatterについて、もう少し掘り下げた話は後ほどしたいが、個人向けと企業向け。全く異なるフィールドに向けられた2つのサービスを眺めていると、日本ではあまり認知が拡がっていない“Facebook的ネットワークサービス”の本質が見えてくる。

 近い将来、さまざまなフィールドでFacebook的な相互に競合しないSNSが生まれるかもしれない。

●Facebookとは何か? と尋ねられ

 あるところから取材を受けて欲しいと先週、依頼を受けた。残念ながらスケジュールの都合上、受けることはできなかったが、Facebookについて調べているという。断りを入れた時に「Facebookって、一言で言えばどんなSNSなんでしょう? 」と難しい質問をされたのだが「実社会での人間関係をWeb上で可視化(ビジュアライズ)するサービスですよ」と答えた。

 もちろん、Facebookは巨大なサービスであり、多面性、多様性を持っているから、そもそも一言で言い表すことはできない。しかし、その基本はサービス開始当初から変わっていないと思う。

 実社会での人間関係とは、例えば仕事の同僚や、その同僚を通じて知り合った人たち、あるいは特定の趣味を通じて友人の友人と知り合ったり、母校出身者のネットワークで新たな知人を見つけたりといった事だ。Facebookの場合、それぞれとの距離感もきちんと自分で感じることができるようになっている。

 例えば友人が、自分の知らない友人と話していることは、相手が制限をかけていなければ見る事ができるものの、会話に割り込んでいくことはできない。一方、先方も自分がその会話を聞いている(見ている)とは意識していない。

 一方で公開の範囲を友人だけ、友人の友人まで、全員など、さまざまな切り口で決める事もできる。「この話、内緒なんだけどね」と友人の間だけで内緒話といった感覚だろうか。

 何かの情報を得て思う事を書くということもよくある事だ。対象のURLを添付すると、その一部を引用して見せながらコメントを書く事ができる。動画サイトなら動画のサムネイルが埋め込まれるなど芸が細かいが、あまり“機能”は意識させないので、自然に馴染んで使えるようになると思う。

 さらにFacebook内に動画をアップロードすることもできるし、ブログのように画像やリンクを添えながら文章を書いて残す(ノート機能)事も可能だ。おおよそ個人が何かを考え、行動を記録していくために必要な、基本的要素が自分のIDや人間関係と紐付いて、どんどん記録されていく。

 このため、Facebookを通じて人間関係が可視化され、より深く相手を理解したり、それまで疎遠だった人との意外な共通点を見つけることができるようになる。実際の人間関係を俯瞰し、第三者的に眺めることもできるし、より積極的にコミュニケーションの密度を高めることもできる。

 自分の行動も、例えば単なるつぶやき、まとまった文書としてのノート、写真、動画、リンク先へのコメント、チェックインした場所など、さまざまなオブジェクトとして記録されていくので、Twitterのタイムラインのように時間とともに消えていくのではなく、後から重要な情報だけを拾い上げるのも簡単だし、他人が自分の様子を見たときにも、全体を俯瞰して把握しやすい。

Facebookのホーム(ニュースフィード)はプライベートの友人と「いいね!」した相手(人とは限らない)の更新情報が見えるTwitter的な未知の人たちも含めた幅広く、しかし緩いつながりを持つためのコミュニケーションツールがFacebookページ。複数持つ事もでき、また自分で作ったFacebookページの管理を別の誰かに委託することもできる
こちらは実際のFacebookページ。内容をプライベートと分けることが可能で、25人以上の「いいね!」を集めるとユーザーネームを付けてシンプルなURLでアクセス可能になる。ツイッター的発信だけでなく、ブログ的、あるいはFlicker的な発信のしかたも可能。もし気に入ったなら「いいね!」してくれるとうれしいこちらは「人」ではなく「組織」についてのFacebookページ(内容は策夏にUSTREAM放送の実験報告をした耐久レースチームのもの)

●Twitterとは違うからこそ有益な部分がある

 このようなソーシャルネットワークで見えてくる事は、Facebookをよりよいサービスとして活用する上で、とても重要な部分だ。Twitterでフォローするのと同じ気軽な気分で、Facebookでも友達承認をしていると、たちまち知らない人だらけになり、相手との距離感がきちんと保てなくなってくる。人数が数百人になってくると、それらをグループに分類して管理することも難しくなり、とたんにFacebookの使い方が難しくなってくる。

 実際、筆者自身も500人近くを承認してしまい、後から困った経験がある。私の場合は実名と顔を公にし、個人で仕事をしているため、実のところあまりデメリットは感じていないが、パーソナルなツールとして使うのであれば、本当に知っている人以外は友達承認をしない方がいいだろう。

 Facebookには、その代わりにFacebookページ(つい先日まではファンページと呼ばれていた)を作る事ができる。いわば、これは自分の“化身”のようなもので、プライベートの顔であるFacebookの普段の活動とは別に、外向きの顔を作るようなものだ。自宅で友人と喋るのではなく、きちんと対外的に対応する際の発言や考えの記録、写真の掲示などを行なう。Twitterのように、特に友人・知人・赤の他人を織り交ぜた、ゆるやかなつながりは、Facebookページで行なう。

 Facebookページに「いいね!」と意思表示をしておくと、そのページに上がる更新情報が、自分のホームに表示されるようになる。まさにTwitter的コミュニケーションの部分だが、Facebookの中ではきちんと適切な距離感で、友人との区別がつけられているところがFacebookの良いところだろう。

 ただ、実利用者の顔がある程度、透けて見えていたパソコン通信時代からのユーザーである筆者は、実名が基本のFacebookを違和感なく(むしろ自然に)受け入れているが、Twitterを中心に使ってきたユーザーの中には、戸惑う人も少なくないようだ。実は、筆者も前述の大量承認の反省から、自分のFacebookページを作ってみた

 書いている内容はプライベートのタイムラインと大きくは変えていないため、実際の友人以外はこちらで十分にコミュニケーションが取れる。Facebookは友人関係以外でもメッセージの交換が可能である。ところが、Facebookページへの誘導は試みているものの、なかなか難しい。Twitterで“フォローを切られる”のと同じように、友人からFacebookページの“いいね!”を通じてのコミュニケーションは、相手からすると一段下(実際には距離が違うだけ)と感じるのかも知れない。

 しかし、ここは実のところ重要な部分である。Twitterのような緩やかで、仮想的なコミュニティは、実際の友人関係などを超えて、何かをきっかけに爆発的に拡がるダイナミックさがある。同じ趣味の人たちに話しかけ、そこで話が合えばどんどんコミュニティの幅は拡がっていき、実際の人間関係とは全く別の仮想的なソーシャルネットワークが生まれる。これはTwitterの良いところでもあるが、弱点でもある。

 TwitterはFacebookとは違う事が良いところであり、FacebookはTwitterとは違うからこそ価値がある。

●Chatterに見る仕事で使うSNS

 一方のChatterだが、上述のChatter.comを実際に自分でもIDを登録したものの、活用するには至っておらず、Salesforce.comからのデモンストレーションとインタビューで、内容を把握したに過ぎない。しかし、それで十分と言えるほど明快なサービスだ。自分で活用できていない理由は、同じインターネットドメインのメールを持つユーザー同士でしか、互いのやりとりができない仕様になっているためだ。

 例えば筆者はmasakazu.comというドメインを持っているが、○○○@masakazu.comというメールアドレスを持っている者同士しか、Chatterでのやりとりを行なえないのだ。また別ドメインとのユーザーとの交流も行なえない。

 これは管理をシンプルにした上で、セキュリティを高めるためだ。仕事上の情報に他社(他インターネットドメイン)からアクセスできるようだと、いくら公開範囲を厳密に設定していても、どこで運用ミスを起こすかわからない。故にインターネットドメインでコミュニティのサイズを切っている。筆者のインターネットドメインは、私と家族、それに数人の友人しか参加していないため、SNSと呼べるようなコミュニケーションにはならない。

 ただデモンストレーションを見ていると、これは本当に仕事に役立つと実感できる。個人向けと企業向けという相反するユーザーに向けて作られたFacebookとChatterだが、基本的には“Facebook的な”SNSという点では同じだ。ゆえに特徴も同じで、Facebookが自分を中心にして個人の人間関係が可視化されるのと同じように、Chatterでは社員同士のコミュニケーションが可視化される。

 誰がどんな文書に対してどんなコメントをしたのか。あるいは誰かが資料をアップロードしたり、更新したり、連絡先を追加したり。Chatterでは特定のリソース(例えば文書)をフォローすることができるので、必要な書類や特定のテーマでくくられた資料や提案書の追加や更新を、いち早く知ることができる。

 さらにSalesforce.comのシステムと組み合わせて使うと、同システム内で定義されているカスタムオブジェクト(何らかのプロジェクト案件など)をフォローすることができ、するとその関係情報全体を取得したり、そのオブジェクトに情報を投げることで、関係各位に情報を伝える事が簡単に行なえるようになる。

 Twitterはもちろん、Facebookもコミュニティの規模が大きすぎる(広すぎる)ため、タイムラインを流れる情報はあまりに雑多で、仕事の効率を下げがちだ。もちろん、その中には“仕事に役立つ何か”も多数含まれてはいるだろうが、ノイズが多すぎて効率を落とす。筆者のように個人で仕事をしているなら、実はそうした雑多なタイムラインも有益な事があるのだが、企業内で決まったミッションを持って働いている人には、不要な情報(ノイズ)が少ないSNSが必要だろう。Chatterはそこを目指している。

 ただ、現状では同じドメイン内のユーザーとしかコミュニケーションを行なえない。これでは、特に中小規模の企業では劇的な効果を感じる前に、使う事を諦めてしまうかも知れない。この点についてSalesforce.com執行役員の榎隆司氏は「我々の目標としているのは、あくまでも生産性を上げること。そのためにChatterは進化してきました。Chatterを使うと組織の壁や地理的な距離を超えてコミュニティが形成され、仕事の質が高まっていきます。昨年(2010年)6月に開始して、すでに6万人を超えるユーザーがいることからも、その有用性がわかるでしょう」と話す。

 一方でコミュニティの形を自由に作れることも、小さな規模の事業者では有用であることも認識しているという。今後はセキュリティレベルの維持を最優先しながらも、異なるドメイン間での情報交換も考えていくという。ただし「同じドメインの人なのか、それとも異なるドメインのメンバーなのかは、きちんと区別しながらコミュニケートできなければならない」(榎氏)と、あくまでも慎重だ。

Chatter.comのWebブラウザからアクセスした場合の画面。この画面は筆者のテストIDのため、2人しかユーザーがいないChatterの専用クライアントはiOS版とWindows用デスクトップ版が用意されている。写真はiOS版。Andorid版も準備中とのこと

●組織や社会構造の細かなディテールが見えてくる

 Facebookは驚くほどのペースでユーザーが増えていると言われるが、同時に機能の幅も拡がってきた。仮想通貨の流通やFacebookを通じたイベントの開催、団体や組織がFacebookページを持ち、ユーザーや興味を持っている人たちとの窓口になったりと、実社会の構造が、どんどんFacebookの中で形となって来ている。

 Facebookはユーザーの行動と実社会にあるさまざまなリソース(それこそさまざまなレストラン、ショップから観光ポイント、企業など)と密接に結びついている。実社会の映し鏡が仮想的に生まれているような感覚だ。ここに企業が入り込んでくる事で、もっと実社会に近い複雑なコミュニケーションの形へと発展していくだろう。

 実名と匿名の違いこそあれ、それはかつてセカンドライフが見せた可能性にも近い。セカンドライフはビジュアルも含め、完全に仮想的な世界の住人で新しい社会を形成しようとしたが故に人気を呼び、また同じ理由で衰退したが、Facebookはセカンドライフが見せた可能性を引き継いでいる部分も感じる。

 同様にChatter(あるいは同様のアプローチで企業の組織全体を可視化しようという試みは出てくるだろう)が進化していくと、その先にあるのは会社組織全体の動きや保有する情報資産が、Webサービスの中に投影されるようになってくる。組織全体で目標へと向かう共通意識を高め、能力を最大化できる。

 極端に言うならば、今まではインターネット上で各アプリケーションを個々に使っていたのが、Facebookの中に社会全体が呑み込まれて世界を形成しようとしているようにも見える。あるいはChatterの中で組織全体が動き始めるかもしれない。FacebookやChatterはメッセージ交換の機能も充実しており、それぞれのメンバー同士でのコミュニケーションは、メールでやりとりするよりもSNSの中で行なった方が利便性も有用性も高い。

 実際、米国では10代の電子メール離れが指摘されている。10代の子供たちは、まさにFacebookに代表される(米国ではTwitterよりもFacebookが先に人気になっていた)SNSの勃興と隆盛の中で育ってきた。米Yahoo!の利用時間(サイト滞在時間)が減り続けている中、Facebookがコンスタントに利用時間を延ばしてきている事も、そうした傾向を示しているのではないだろうか。

 Facebookが大きくなるほど、Facebookを補完するサービスもまた、多数生まれてくるはずだ。Chatterはその1つだろうが、別の切り口で考えられたSNSが多数生まれてくるのではないだろうか。

バックナンバー

(2011年 2月 10日)

[Text by本田 雅一]