Appleの考えるSnow Leopard対Windows 7



Mac OS X 10.6 Snow Leopard

 本日(8月28日)、Appleの最新OS、Mac OS X 10.6 Snow Leopardの販売が開始された。

 すでに入手しインストール済みという方もいるだろうが、今回のAppleの狙いは、すべてのIntel Macユーザーに、マルチコアアプリケーション、64bit、GPGPUといった新しいコンピューティングトレンドへと乗っていくための新しい基盤に乗り換えてもらうというものだ。

 このため、OSを構成するモジュールの90%以上を新規に書き直し、あるいは徹底的に改良して性能や機能を研ぎ澄まし(個々の機能の改良はあるが、完全に新規の機能はあまりない)、マルチスレッドアプリケーションの性能向上を図るためのグランドセントラルディスパッチ、64bitカーネルと添付アプリケーションの64bit化(DVDプレーヤなど一部を除く)、OpenCLへの対応といった措置が採られている。

 もっとも、野次馬的な興味からすれば、ほぼ同時期にリリースされるWindows 7との対比に興味があるという読者も多いと思う。今やMacのハードウェアでWindowsを利用する事もでき、アプリケーションの実行環境も変化して以前よりもWindowsからMacへの移行もカジュアルになってきているので、それも当然のことか。

 そんな中、Appleに取材してみたところ、“Appleの考えるSnow LeopardとWindows 7の違い”に関して公式なメッセージがあるという。個人的にも興味を持って伺わせて頂いたが、ここでは、“Appleの考えるSnow LeopardとWindows 7”を紹介しつつ、両方の製品版を使った上での筆者の意見を書いてみたい。


●Snow Leopardのアップグレードはシンプルである

 1つ目のAppleの主張は、Windows 7よりもSnow Leopardの方が、よりシンプルなアップグレード手段を提供するというものだ。

 たとえばインストール。Snow Leopardのインストーラは徹底的にシンプル化が図られており、詳細なオプションを指定する画面への分岐を行なうボタンも配置されているが、基本的には「次へ」をクリックしていくだけで、自動的にOSがアップグレードされる。こうしたインストーラの構成とするため、アップグレード後の安定性を保つための絶対的な自信を得るために繰り返しテストを行ない、安全にアップグレードインストールを完了できるようにしたという。アップグレード元として保証されるOSには2世代前のTigerも含まれる(Intel MacはTiger以降しか対応していないため、それ以前のOSに対するアップグレードは存在しないので、すべての対象ハードウェアをアップグレード可能)。

 対するWindows 7はインストールするまでに多くの質問に応じる必要があり(といっても、昔に比べれば遙かにシンプルにはなったのだが)、Windows Vistaからのアップグレードしか保証していない。多くのユーザーがWindows XPを使っているのに、これは不親切……というわけだ。

 Appleの担当者は「すでに2世代前とはいえ、ネットブックには今でもインストールされて出荷されているのに、クリーンインストールしなければ使えない。世の中の人にWindows 7というパッケージ製品をどう訴えたいのかが理解できない。アップグレードしてほしいのか、それともPCを買い換えて欲しいのか?」と辛辣だ。それに比べれば、Snow Leopardは安価で、既存のコンピュータを誰でもアップグレードできる易しさがある。

 両方をインストールしてみれば、Appleの主張がまったく正しいことがよくわかる。もっとも、Vistaからのアップグレードに限れば、Windows 7も質問項目がやや多いだけで、かなり安全かつ簡単にアップグレードは可能だ。難易度は若干異なるものの、取り立てて騒ぐほどの事でもない。ただし、XPユーザーをVistaに導くという部分に関しては、やはり買い換えを前提としているとしか思えないところはある。PCの寿命が延びている今、この方針は現実に即していないと言えるかもしれない。

 もっとも、Microsoftにも言い分はあるはずだ。Apple製の、しかもIntel CPUに移行して以降のハードウェアしかサポートしないSnow Leopardと、数多くのハードウェアベンダーが販売する膨大な種類のハードウェアをサポートする必要のあるWindowsでは、必然的にアップグレードのプロセス構築に対するアプローチの違いがあると思うからだ。

 Appleの主張は事実だが、もともとがハンディキャップマッチと言えるだろう。

●Snow Leopardは64bitと32bit、両方の環境を同時にサポート
メモリを4GB以上認識する

 本誌の読者ならご存知の方が多いだろうが、64bitのWindowsで32bitアプリケーションを動かすことは可能だが、エミュレーション動作となるため32bit Windows時よりやや遅くなるケースがあるほか、32bitドライバと密接に連携したアプリケーションなどは動作しないケースがある。また、64bit版のWindowsを動かすためには64bitのドライバが必要だ。メインメモリを3GB超まで拡大という目的がないならば、32bitの方がいろんな面で安心という人も多いのではないだろうか。

 Windows 7では64bit版と32bit版が同梱され、ユーザーがインストールするバージョンを選べるものの、一度インストール時に選んでしまうと、もう一方に切り替える際には新規インストールして環境を構築し直さなければならない。

 一方、Mac OS Xは32bitカーネルでもTiger以降は32GBまでのメインメモリをサポートしている。また、32bit、64bit、どちらのカーネルを使う場合でもパフォーマンスは基本的に変化しないとAppleは主張している(より詳細なベンチマークによる検証は必要かもしれない)。

 さすがにドライバは64bit化する必要があるが、プリンタドライバ以外のほとんどのハードウェアはApple自身が提供していることが多く、64bitへの移行はWindowsほど大きな問題を抱えてはいない。そのプリンタドライバも、極力、既存製品のドライバはApple側が用意した。

 さらにアプリケーションの実行に関しては、ほぼ両互換で制限はないと言っていい。Windows 95で16bitと32bitのアプリケーションが混在していても、ユーザーは意識する必要がなかったのと同様の感覚だ。Mac OS Xでは“64bitへの移行”について、ユーザーはほとんど意識しなくていい。

 Snow Leopardはサーバー以外のハードウェアでは、今のところ32bitカーネルしか起動しない。この点に“もったいない”と批判的な声もあるようだが、しかし、実際にはエンドユーザーがコンピュータを使う上でネガティブな要素はないので、ユーザーはそのまま32bitカーネルを使い続けても実害はないのだ。それよりもTiger以降、着実に64bit化を進め、Snow Leopardではカーネル部分や付属ソフトウェアの64bit化にまでたどり着いた点を評価すべきだろう。

 将来、より多くのメインメモリを搭載できるハードウェアが登場した時には、Apple自身がそのハードウェアを64bitモードで起動するよう設定する。なお、両カーネルは同時にインストールされ、起動時に選択されるようになっているので、もう一方のモードで動かす場合はインストールし直しといったこともない。

 さて、Appleの64bitサポートに関する「我々の方がベター」という主張ももっともな話だ。Microsoftは64bit OSへの移行に、かなり苦労しており、MicrosoftとIntelの両巨頭が旗を振ってきたものの、その動きは遅々として進んでいない。このメモリが安価なご時世に、最大3GBというのは、あまりにもチープだ。今後は64bit WindowsをプリインストールするPCも増加するはずなので、64bitドライバやアプリケーションの充実を目指していく他なかろう。

 ということで、64bitへの移行しやすさ(あくまでもユーザーの視点における……である)という観点で見ると、Snow Leopardの圧勝と言える。


●Snow Leopardはお買い得

 Leopardユーザーに対する3,300円というアップグレード価格は、間違いなくお買い得だ。Tigerユーザー向けのMac Box Setにしても、Windows 7 Ultimateのアップグレード料金である26,800円があれば、5ユーザーライセンス付きのファミリーパックが買えてしまう(上にiLifeとiWorkの最新版が付いてくる)。

 ただ、Appleの言うお買い得という言葉には、付属する機能の違いも含まれている。メールクライアントやインスタントメッセンジャー、スケジューラ、アドレス帳に日本語対応の辞書など、Snow Leopardでは当たり前に付属すソフトウェアが、Windowsには含まれていないというわけだ。

 ただ、これには異論がある。MicrosoftはWindows 7で、むしろ意図的にそれらのアプリケーションを削除した。MicrosoftはOSとしての機能に特化し、アプリケーションの選択はユーザーに任せようというスタンスだ。また、Windows Live関連のツールとして、いくつかのアプリケーションをダウンロードすることもできる。

 「いやいや、それでもユーザーのことを考えれば、オールインワンでなければ」とはApple関係者の弁だが、アップグレードでの議論ならば、それまでに使っていたソフトウェアをそのまま引き継いで使えばいい。一方、プリインストールされるOEM版ならば、PCベンダーが自分たちでソフトウェアを選んでプリインストールしておくはずだ。

 Snow Leopardの方がシンプルだとは思うが、OS標準の機能としてアプリケーションを減らすという考え方は決して間違っているとも思わない。ただし、価格が高いというのは、確かにそうだろう。Windows Vistaユーザーに対する特別に安い料金のようなものがあれば、もっと心証が良くなると思うだが……。

●Snow LeopardはWindows 7より先進的である

 Appleの主張では、次のような対決において、Snow Leopardの方がより先進的とのことだ。Time Machine対Microsoftバックアップ、ドック対タスクバー、Expose対Aero Peak、ファインダー対エクスプローラ。さらに正確にはWindows 7標準ではないが、iChat対Liveメッセンジャー。

 なるほど、Time MachineがMicrosoftバックアップより先進的という点には、異論のあるWindows 7関係者もいないと思う。しかし、その他に関しては、おそらく双方に納得いく結論は出ないだろう。

 Snow LeopardのドックはLeopardに対して若干のバージョンアップが図られているが、たとえばフォルダをドックに割り当てた時の振る舞いは、(個人的には)以前の方が使いやすかった。アプリケーションフォルダのように多くのアイコンが並ぶフォルダをグリッド表示させた場合、以前は適度なサイズのアイコンで多数表示されていたのが、バージョンアップ後は大きなアイコンで限られた数しか同時表示されない。Snow Leopardからは上下にグリッド表示の吹き出しをスクロール可能になったものの、以前の方がいいという人は他にもいるのではないだろうか。

 もちろん、拡大縮小が自在でたくさんのアイコンを登録しても使えるドックはタスクバーより優れているという意見もあろう。しかし、タスクバーもWindows 7で大幅に機能アップしているので、必ずしもSnow Leopardの圧勝とは思わない。

 アイコンを大きくした際のプレビューは、Snow Leopardの方が遙かに多数のファイルの内容を表示できており、その点は確かに先進的だ。iChatはLiveメッセンジャーの4倍の画素となる640×480ピクセルのビデオでチャットができるというのも、事実としか言いようがない。

 なお、どうやらColorSyncの適用範囲が大幅に拡がっているようで、ブラウザのSafariはもちろん、Mailの中の添付ファイル表示、デスクトップやFinder、ドック上でのアイコンなど、あらゆるところでColorSyncが効いている。私はLEDバックライトの広色域ディスプレイを使っているが、このおかげでずいぶんと落ち着いた表示になった。

 カラーの扱いに関しては、今も昔も変わらずMacの方がかなり先を行っている。

●Snow Leopardは包括的アプローチだが、Windows 7は付加的

 Snow Leopardは包括的なアプローチでユーザーに新しい機能を提供しているとAppleは考えている。64bitに関する部分でも説明したが、カーネルの種類の依らず、32bitドライバも64bitドライバも、どちらのアプリケーションも、等しく実行できる環境を包括的にSnow Leopardは提供する。64bitと32bitは、OSのインストールとしては1つで、読み込み時にカーネルの種類を選ぶ。

 またマルチコアに対しても、Snow Leopardは単にタスクスイッチングの速度を上げるといった対処ではなく、プログラムが作るスレッドを自動的に砕いたり、まとめたりといった機能をOS標準の機能として提供する。自動的にスレッド分割の単位やスケジューリングを決めるので、処理待ちでロックしたままのスレッドもなくなる。

 対してWindows 7は64bit対応にしても、マルチコアに対するアプローチに関しても、既存のWindowsが培ってきたシステムに付加的に機能追加や対処を施すだけ、というのである。加えてGPGPUへの取り組みも、自社で定義した独自のAPIに拘りすぎると批判している。

 この指摘に関しては、Microsoftも耳が痛いかもしれない。

●やはり、噛み合わない両者の喧嘩

 この話を最初に聞いたとき、Appleの担当者には「議論が噛み合わないのでは?」と話した。カーネルも、APIも、開発ツールも、ユーザーコミュニティも異なる両プラットフォームだ。重視すべき点も全く違うし、サポートする必要のあるハードウェアの範囲に関しては、比較しようがないほどの違いがある。

 無論、PCユーザーを取り合うライバルなのだから、こうした主張もマーケティング戦略上は重要なのだろうが、たとえばMicrosoftが同様の比較を行なったならば、全く別の切り口でWindows 7の優位性を訴えるだろう。たとえば、Windows 7には接続したデバイスがどのようなコーデックやファイルフォーマットをサポートするかを認識し、データを自動変換する仕組みがある。Snow Leopardには、そうしたデバイスの能力を抽象化してデータ互換を意識せずにユーザーに使ってもらおうというアプローチはない。

 ユーザーはAppleやMicrosoftが語る、ライバルに対する優位性を議論するのではなく、両OSを俯瞰し、純粋に自分の使い方や感性に従って判断する方がいい。OSを使うのが目的ではなく、OSの上で動作するアプリケーションで何をするのか。その際に、どちらが快適なのかを考える方が良い結論を導き出せるだろう。

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(2009年 8月 28日)

[Text by本田 雅一]