森山和道の「ヒトと機械の境界面」

Ingress「啓示の夜」のパワーキューブが再現

〜第18回文化庁メディア芸術祭受賞作品展が開催中

Ingressのパワーキューブをイメージした展示

 アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰する「第18回文化庁メディア芸術祭」の受賞作品展が、2015年2月4日(水)から2月15日(日)まで東京・六本木の国立新美術館を中心に開催される。入場は無料。

エンターテインメント部門大賞を獲得した「Ingress」

 今年度は世界71の国と地域から3,853点の作品の応募があったという第18回文化庁メディア芸術祭。今回の注目はエンターテインメント部門で大賞を受賞した「Ingress」だ。

 Ingressとは、Google’s Niantic Labs(ナイアンティックラボ)が開発・提供している位置情報ゲームである。GPSを搭載したスマートフォン用のアプリケーションだ。「エージェント」と呼ばれるプレーヤーは緑と青の陣営に分かれて、スマートフォンを「スキャナー」として使いつつ現実の街中を歩き回りながら、神社仏閣・史跡や公園内の銅像、ユニークな建築物などリアルな場所に紐付けられた「ポータル」と呼ばれるスポットにアクセスしてアイテムを得たり、そこを起点に別のポータルへとリンクを張る。そうして三角形を作って陣地取りをするゲームである。

 詳細は省くが背景には物語が設定されている。Ingressのポータルからは「エキゾチック・マター(XM)」というエネルギーが流れ出ているという設定で、このエネルギーXMとインタラクションするというのがゲームIngressのメインコンセプトだ。プレーヤーはXMを集めなければポータルへのハックや攻撃ができない。また、現実にポータルが設定されている場所に行かなければ基本的にほとんどのプレイができない。そのため、ユーザーは物理的に動かなければならない。このためユーザーはポータル地点まで移動し、スマートフォン片手にその周りをウロウロと動き回ることになる。

人を実際に屋外で動かすゲーム

 Ingressを開発したNiantic Labsは、Google MapsやGoogle Earthなどを開発してきたジョン・ハンケ(John HANKE)氏がGoogleで社内起業したプロジェクトである。ハンケ氏は、実世界を「よりミステリアスに変化させたい」と、「ケータイWatch」でのインタビューに答えて語っている。

 Ingressのサービスインは2012年末。当初は招待制だった。その後オープンβ、そして正式版提供後もしばらくは知る人ぞ知るゲームだったが、2014年7月にiOS版が提供されてユーザー数が一挙に増え、普及期に入った。国内でも各地でイベントが行われるに至っており、プレーヤーを呼んで町興しに活用しようとしている自治体も増えつつある。Ingressはスマートフォンの機能をフル活用するアプリなのでバッテリ食いだが、今では公式のモバイルバッテリまで市販されている。

 ハンケ氏らが設定したXMは架空のエネルギーだが、実際に人を動かすに至っている。Ingress自体のプレイ料金は無料だが、ゲームプレイのために積極的に移動したり、そのために装備を購入する人たちも少なくない。

 筆者は現在レベル11の中堅プレーヤーである。現在は比較的のんびりとプレイしているが、ハマったのが夏頃だったため、汗だくでプレイしていた。Ingressは、用もないのに人を外出させてしまうゲームなのだ。

【Niantic Labs ハンケ氏の受賞コメント】

ゲームが人と人、仮想と現実を結びつける

左から株式会社ライゾマティクス 真鍋大度氏、デニス・ホワン氏、Google’s Niantic LabsのUX/アートディレクター川島優志氏

 内覧会には Google’s Niantic LabsのUX/アートディレクターの川島優志氏とデニス・ホワン(Dennis
Hwang)氏も登場。今回の展示空間でコラボした株式会社ライゾマティクス真鍋大度氏と一緒に、取材陣のインタビューに答えた。

 今回の展示は、Ingressの世界設定の中で「啓示の夜」(Epiphany Night)と呼ばれる出来事が起きたナイアンティック研究所を再現したものとなっている。ゲーム内の設定では2012年11月30日に起きたとされる「啓示の夜」とは、研究所で研究されていたXMを収めた「パワーキューブ」が暴走して大量のXMが放たれ、世界が変化したというものだ。その結果、世界は今のようになったという設定になっている。詳細は、Ingress公式の下記の動画に収められている。

周囲に投影された3つのポータルの状態はリアルタイムに変化する

 今回の展示では、三面に会場周辺の3つのポータルが、プロジェクションされている。ポータルの状態はIngressのAPIを使ってリアルタイムに表示されており、3つのポータル全てが青、あるいは緑陣営のものになると、メッセージがパワーキューブに投影される。ポータルを構成する「レゾネーター」が攻撃されて消えたりするときにも、効果音が鳴る。

 また、「ある状態」になると真鍋氏がデザインした特別映像が流れる。IngressのAPIは開発中であり、真鍋氏が世界で初めて、Ingressでのプレーヤーイベント「DARSANA」で用いたという。

 床面には、「啓示の夜」のときにXMを大量暴露した研究員たちが残したという設定のメッセージや方程式が書かれている。また、ここを訪問した人もメッセージを残せる。

Ingressの展示。中心にあるのがパワーキューブ
ゲーム内のパワーキューブ
研究員のノート
床面には「啓示の夜」のときに研究員が残したメッセージが
川島優志氏(左)とデニス・ホワン氏(右)

 デニス・ホワン氏は、Gogoleのホリデーロゴなどを描いてきた人物で、Ingressの初期デザインの多くに貢献しているという。IngressはSF的設定のゲームだが、ホワン氏は「未来を描くことについては日本のSFアニメは先を行っている」とアニメ作品からの影響について語った。またIngressの特徴として、人を外出させる効果や、他のユーザーたちとコミュニケーションをとったり、ずっと住んでいる町の身近な風景であっても知らないものがあったり、ゲームをすることでそれらとの関係が変わると述べた。

 川島氏によれば現在のIngressのダウンロード数は900万。ユニークユーザー数は明らかにされていないが、他のゲームに比べるとアクティブユーザー率が非常に高い点が特徴だという。また世界各国にプレーヤーがいるが、日本ではIngressは非常に人気があり、それはポータル数が多いこと、すなわち、歴史があるからではないかと述べた(ポータルは歴史的な建造物その他に紐付けられることが多い)。

 2人が最も強調していたのは、プレーヤーとプレーヤーとの関係を生むゲームだということだ。中には、離島で車が動かなくなったときに、そのプレーヤーがIngressのチャット機能で呼びかけたところ、3人のプレーヤーが即座に助けにきたという例もあったという。また、仮想世界とリアルの世界を結びつけているという点も大きい。

 自身も高レベルのプレーヤーである真鍋大度氏はIngressの魅力について、ゲームそれ自体の魅力に加え、背景に映画のような魅力的なストーリーがあり、それが実際に進んでいくという点を挙げた。ゲームそれだけの魅力ではそこまでハマらなかったのではないかという。真鍋氏は海外でも多くのポータルを訪問しており、その「ポータルキー」が捨てられないと笑って、取材陣にスマートフォンのスキャナー画面を披露した。

 なお真鍋大度氏自身は今回、「センシング・ストリームズ」という電磁波を可視化する作品で、坂本龍一氏とアート部門優秀賞を受賞している。

仮想世界で修飾された現実サービスの今後は

 仮想世界によって修飾された現実。それがIngressのゲーム世界だ。今回のメディア芸術祭での顕彰も、Ingressの「The world around you is not what it seems(世界は見えているままではない)」というキャッチコピーとコンセプトがそのまま評価されたものとなっている。これまでにはなかった、あるいは見えていなかった意味や関係が、仮想のゲームをプレイすることで、現実空間にどんどん付与されている。

 今後、GoogleがIngressのAPIその他をどう使っていくかは分からない。例えば、Ingressのそれとはまったく異なるスキンをかぶせて、まったく違うイメージのゲームを作ることは比較的容易にできそうだとか、位置情報に基づいてバーチャルなアイテムやメッセージを互いにやりとりする仕組みを使えば、もっともっと異なるサービスができそうだといったことは想像がつく。

 Googleは、ゲームを使って計算機内で構築された世界を現実の空間へと拡張できること、しかもそれが多くの人に受け入れられることを示した。次に出てくる何かに興味があったり、まだプレイしていない人には参加をお勧めする。残念ながらゲームをしたところで未来が見えるようになるわけではないが、想像力はかきたてられるだろう。

 今回はIngressしか紹介しなかったが、第18回文化庁メディア芸術祭では、ほかにもさまざまなアート作品、エンターテイメント作品、漫画などが出展されている。体験できる作品もある。少しでも興味がある方は足を運んで刺激を受けてもらいたい。

3Dプリンターとスマートフォンを使った筋電義手「handii」。エンターテインメント部門優秀賞
藻類の光合成を使って移動する「Symbiotic Machine」。アート部門新人賞
外部俯瞰カメラの映像だけを見ながら歩くインタラクティブ作品「3RD」。エンターテインメント部門優秀賞