森山和道の「ヒトと機械の境界面」

身体と一体化できる柔軟軽量エレクトロニクスで新しい医療ITを拓く

〜染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト

染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトが開発した、世界最薄・最軽量の有機トランジスター集積回路
1月22日 開催

 独立行政法人 科学技術振興機構(JST)による定例の理事長記者説明会が1月22日に行なわれ、その中で「JST ERATO 染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」の研究統括で、東京大学工学系研究科 教授の染谷隆夫(そめや・たかお)氏が、「柔らかくて軽いエレクトロニクスの可能性 ロボットスキンからヘルスケアセンサまで」と題して、バイオやウェアラブル、ヘルスケアなどの応用が想定されている「柔らかい電子部品」に関する研究成果を競合グループの研究を交えて紹介した。

 染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトでは、無機材料に代わって、柔らかく、生体と適合しやすい有機材料ベースのエレクトロニクス技術開発を目指している。プロジェクトの研究成果である“羽毛よりも軽くペラペラのセンサー”は2013年7月にプレスリリースされたもので、これまで展示会などにも出展されているため、実物をご覧になった方も少なくないと思う。この機会にこの場でも一度紹介しておきたい。まだまだ誰も想定していない用途が広がっていると思われるからだ。

東京大学工学系研究科電気系工学専攻 教授 染谷隆夫氏

 染谷氏はセンサーの専門家。米国ベル研究所で、プラスチックを使って「イモ判のように簡単に」回路を創れることを学んで帰国した後、2003年、ロボットスキンを開発した。これは今は限られた感覚しか持たないロボットをはじめとしたエレクトロニクスに、五感や感性、皮膚感覚を再現することを目指そうとしたものだ。その後研究は発展し、2006年にはリアルタイムで圧力分布を測ることもできるようになった。当時作られた試作品は未だに研究室で動いているという。染谷氏は「有機半導体は信頼性の問題で苦心している。だが、半導体にはP型とN型がある。P型の半導体は非常に安定して動くことを我々は実験から実証した」と語った。

 このセンサーは圧力、温度を測定でき、大面積で印刷可能であることから、将来のロボットが人間に近い皮膚感覚を得る上で必要であろうと多くのメディアが取り上げて話題になった。だが、「SF的、未来の技術と思われることも少なくなかった」という。

ロボットスキン
第2世代ロボットスキンは現在も稼働中

 ところがiPhoneやiPadに代表されるマルチタッチ可能なタッチパネルを搭載したデバイスが登場した後、ほどなく、同種のパネルがあらゆるデバイスに使われるようになった。タッチパネルを使うことで多くの人がデバイスを操作できることが分かったからだ。染谷氏は、この現象について「これまでのエレクトロニクス分野においては高速性を競う競争が行なわれていた。だがタッチパネルデバイス登場以降は、人間にとっていかに使いやすくするか、ユーザー、新サービス、コンテンツをどう増やしていくかという競争に変わった」と評した。

 iPhoneやiPadは、インターネットの中を見るのであれば、タブレットで十分だということを示した。ディスプレイの大きさが違うだけで形自体は相似形で、表示される内容も同じだ。サイズが違うだけで、閲覧だけなら他のモノはいらなくなってしまった。そこに現在のエレクトロニクス業界の苦境のポイントがあるという。

 では次はどちらに行くのか。仮想空間(インターネットの中)から実空間へICTが展開していくのだという考え方が主流だ。そのために物理情報を得るためにどうすればいいのかという部分に多くのリソースが注がれている。そのためには電力のスカベンジャー技術や、帯域を広げるUltra Wide Bandなども大変重要だが、電子部品をこれまでのように箱の中で守っていたのとは違う形で実空間にばらまくようになるため、プラスチックフィルム状で薄くて丈夫なセンサーが重要ではないか、というのが染谷氏らの考えだ。

タッチパネルで仮想空間のアプリケーションを1つのデバイスでカバーできるように
IT社会インフラは仮想空間から実世界へと広がろうとしている
世界最薄・最軽量(3g/平方m)の有機トランジスタ

 染谷氏らは、3g/平方mと世界最薄・最軽量の有機トランジスタの開発に成功している。鳥の羽よりも軽く、キッチンラップの10分の1の厚さしかないデバイスだ。ここまで薄いと、口の中に貼ったり、皮膚に貼ったりしても違和感がない。しかも手の皮膚のシワにまでぴったり入り込むことができる。クシャクシャに折り曲げても電気的な機能が損なわれない。伸縮性もある。曲げ半径は5μm、すなわち約50〜100μm程度とされる髪の毛の10分の1の半径まで折り曲げても大丈夫だという。将来は印刷技術を用いて製造できると考えられるため低コスト化が可能だ。

 メモリや駆動回路だけでなく、光検出器や発光デバイスなど、あらゆる半導体素子をガラス基板上と同じように、この上に作ることができるという。染谷氏は有機太陽電池や、ヘルスモニタリング用途として、血中酸素濃度を計測するための光源用の有機LED(リンク先PDF)を作った例を示した。また自動車に使用する例として、ハンドルやシートベルトにつけて圧力センサーとして使ったり、握力や脈、呼吸をモニターすることで、眠気を感知するといった用途を紹介した。このほか、電子人工皮膚を2003年に発表した時からずっと、床ずれ防止に使えないかといったヘルスケア用途への応用期待が高かったという。

伸縮も可能な有機トランジスタ
くしゃくしゃにしても機能する
断面写真。下部はゴム、上部が回路の付いたフィルム。
世界最薄・最軽量の有機太陽電池。1gあたりの発電量は10W。300%伸縮させても特性劣化しない
有機LED。あらゆる曲面に貼付けられるためヘルスケア用の光源としての用途が考えられている
柔らかいエレクトロニクス回路が拓く可能性
JSTによる解説動画

 電子人工皮膚は、元々はロボットに貼付けて人間に近い皮膚感覚を実現しようとしていたものだったが、現在では「人間に貼付けると何ができるか」という視点でヨーロッパ、韓国、台湾、アメリカなど世界各国で研究が行なわれている。染谷氏は絆創膏のようなモジュールを貼り付けるだけで心電を計測できる「IMEC」というシステムをまず紹介した。これはまだ小型ボックスのような部品が必要だったが、イリノイ大学のロジャース教授らはシリコンフィルムを直接貼付けて心電や脈派を診ることができる「電子タトゥー」を開発した。最近は無線も使えるようになっており、いわば「身体とエレクトロニクスが一体化する」ような方向に進んでいるという。

 染谷氏は「基材の厚みが薄くなると人間の皮膚に密着できるようになる。密着することでS/N比の良い良質な信号が得られる」と続けた。2003年の電子人工皮膚の時代から10年経って、厚さは1,000分の1になった。こうなると運動してもずれないし、装着感もない。生体信号は微弱なので長い距離信号を伝搬するとすぐに劣化するが、染谷氏らのグループは、センサー近傍にアンプを作った厚さ1μmで64チャンネルの超薄型筋電計も作ることに成功している。人が活動中に計測できるシステムができあがりつつあり、今はフィールドに出て行く一歩手前の段階だという。また、既に耐熱温度150℃で滅菌可能な柔らかい有機トランジスタも開発しており、長期間、胎内に埋め込みする医療用デバイスが応用として考えられている。

 「医療IT」技術には、高信頼性(High Reliability)、低侵襲性(Low Invasiveness)、高感度(High Sensitivity)、低コスト(Low Cost)を意味する「RISC」という概念がある。信頼性が高くないとゲーム以上のものにはならない。違和感があるものは着けたいと思わない。身体に接触せずに生体信号を安定して計測するのは不可能に近い。しかし柔らかいセンサーは身につけても違和感がない。染谷氏は「硬いシリコンと人間を繋ぐインターフェイスを実現する上で非常に重要なのではないか。生体情報利用産業への展開を考えていきたい」と述べた。ERATO発足後には専任の知材チームも作って研究に取り組んでいるという。最後に「産官学の連携で、フレキシブル医療IT産業を創出していきたい」と話を締めくくった。

 このようなフレキシブルなセンサーは何に使えるだろうか。将来は体表だけではなく、例えば内臓に直接貼付けてモニターするといった用途も考えられる。外部の機器と連携させることもできるだろう。これまでにない時間空間密度で計測できるようになると、今まで全く見えてなかった現象も発見できるかもしれない。人と機械の界面どころか、界面そのものを主観的には感じさせない技術が生み出されるかもしれない。10年後、20年後どうなるか、実に楽しみな技術である。

世界各国で大型プロジェクトが走っている
絆創膏型心電計測センサー「IMEC」
イリノイ大学の「電子タトゥー」
10年で厚さ1,000分の1になり、用途も変わった
医療ITの技術トレンド「RISC」
フレキシブル医療IT産業創出を目指す