森山和道の「ヒトと機械の境界面」
ヒトを理解して、ヒトを操り機械と繋ぐ
~「第5回ニコニコ学会β・研究100連発」から
(2013/12/28 06:00)
「第5回ニコニコ学会βシンポジウム」が12月21日に六本木で行なわれた。第5回の今回は、第一セッションにホリエモンこと堀江貴文氏が登場、大学のあり方について東大の池上高志教授と議論を交わしたほか、第4セッション「菌放送局特番『きのこ会議』」では菌類写真家で20年間野グソを信条とした「糞土師(ふんどし)」を名乗る伊沢正名氏が登壇して異彩を放った。「ニコニコ学会β」の内容は、タイムシフト再生で視聴可能なので(チャプターリストはこちら)、興味のある方は直接ご覧頂きたい。
本コラムは人と機械の界面、すなわちインターフェイスをテーマにしているので、いちばん関わりがあった話として、第3セッション「第5回研究100連発」に登壇した、大阪大学大学院情報科学研究科教授の前田太郎氏の話を取りあげてご紹介する。前田氏はテレイグジスタンスやVRの研究のほか、人に張り付いて体験を共有するウェアラブルロボット「パラサイト・ヒューマン」、人工的な錯覚を使った人間ラジコンなどの研究で知られている。
ウェアラブルロボット「パラサイト・ヒューマン」は、人間の体に張り付けられるセンサー群である。人間と同じ視点と行動を共有するロボットを使ってライフログをとれば、同一情報を共有する分身として扱えるという視点で生まれたという。人間と密着したデバイスは記録だけではなく、刺激装置と合わせることで人の行動を操ることもできる。そのために前田氏が採っている方法が錯覚の活用だ。例えば内耳の三半規管を電流でうまく刺激してやると、人は勝手にバランスを崩して歩行の方向を曲げてしまう。自動車やバイクの検出装置と合わせれば、自動で避けてくれる装置ができあがる。
また五感を他者とネットワーク経由で繋ぐことができれば、例えば医師のスキルをリアルタイムに教えてもらって救急治療することもできる。このアイデアはSF作品の元ネタともなり、それはSFオタクでもある前田氏の自慢の種の1つだそうだ。もともと研究のルーツ自体、SFオタクで工作少年だった時代の夢から来ていると前田氏は語り、子供時代に作ったモノをいくつか紹介した。工作を通じて「しくみが解ればものは作れる」と感じたという。
その後、大学時代にはサークルで当時まだ名前もなかったHMDそのほかVRシステムを構築。さらに機械技術研究所に就職し、ロボットと組み合わせたテレイグジスタンス(遠隔存在感)の研究を行なった。画像提示装置だけではなく、バーチャルな触覚提示装置や、巨大な映像提示装置などを開発した。このあたりの研究の一部は、過去の本コラムでもレポートしている。
さまざまなモノを作っている中で、徐々に前田氏の志向はインターフェイスや人の理解へと向かって行ったという。モノのしくみが「解る」というのは「作れる」ということと同意だというのを裏返すと、「作れない」というのは解ってないということだ、となる。「ヒト」が作れないのも、ヒトのことが解っていないからだ。人のことをもっと理解しなくてはならない。そこで、機械からヒトへ、興味が向くことになった。
心理学の世界では錯覚を使って人の感覚や知覚のしくみを理解しようというアプローチが定番だ。例えば人間の空間の捉え方は視覚においても聴覚においても歪んでいることが知られている。しかもどの人も同じように歪んでいるのだ。その歪みの理由を知ることができれば、人の知覚の仕組みを知ることができる。前田氏は研究を進め、工学系らしくモデルを立てて人の空間知覚の研究を行なった。
「ヒトがわかればヒトが作れる」と考えるようになった前田氏は錯覚を利用したインターフェイス研究を進めていく。前述の前庭電気刺激による「人間ラジコン」などの面白いところは、人の意思に反することなく、感覚を刺激することで運動を誘発するところだ。現在はさらに複数方向の電気刺激によって、多自由度化を進めているという。姿勢3軸すべてをある程度傾けることができるそうだ。このほか、手先に力覚を生成することで空中で手を引っ張られるような感覚を作り、ナビなどに用いることができないかといった研究も行なっている。
最後に前田氏が紹介したのが、人間の行動を予測することによる一連のインターフェイス研究だ。例えばジャンケン動作は、指を見るのではなく手と肘の動きを見るだけで十分に予測できる。つまり、ジャンケンの手は、指が動き出す前にもう決まっているのである。それだけではなく、人間が主観的・意識的に「まだ手を決めていない」と思っている段階で既に手は決まっているのだ。また、ヒトの行動には一定の分節があり、どこで動作を区切るかには普遍性がある。そのため、この次のステップへと続く具象的な行動意図、いわゆる「つもり」を定義して、利用することができる。
面白いのは、この「つもり(行動意図)」を用いることで、アニメの「鉄人28号」を操っていたあのコントローラのような単純な2本レバーだけで、多自由度のロボットを限定的だが操縦できるインターフェイスを作れることだ。まず、自動的に動いているロボットを「操縦しているつもり」になって操縦桿を握って動かすことで、行動意図に対応した、意識していない応答レベルの運動を抽出する。これによってロボットの動きと対応した操縦桿の操作の対応関係を得ることができる。この対応関係を用いることで、かなり直感的な操作に応じた操縦が7割の正答率で可能になったという。特に童心に戻って何も考えずに動かす方がうまくいくそうだ。
また、前田氏が協力している内視鏡手術支援システムでは、お手本画像と自分自身の手技が重なって見えるようになっているが、このシステムでは、お手本の動きを自分の動きであるかのように錯覚することがあるという。しかも錯覚するタイプの人の方がより早くうまくなるそうだ。自分の手ではないのに自分の手のように感じる、勝手に動いているようにも感じるし、自在に動いてるようにも感じる、随意と不随意が混ざった不思議な感覚だそうで、この「融合感」を用いることで身体性の障壁を超えるバーチャルサイボーグの可能性があると考えているという。前田氏は最後に「『ヒト以上』を作るのがヒトのゴール」だと述べ、「どうかヒトの科学が未来に続きますように」と話を締めくくった。