森山和道の「ヒトと機械の境界面」
流動化した砂を利用する「流動床インターフェース」を体験した
〜ただの砂が液体化してサラサラに
2017年4月4日 06:00
お茶の水女子大学理学部の学部教育研究協力員で、ものつくり大学製造学科非常勤講師でもある的場やすし氏と、ものつくり大学教授の菅谷諭氏が開発した「流動床(りゅうどうしょう)インターフェース」は、水の上に浮かぶボートのような体験のVR化を可能にする、新しいインターフェースである。まずは的場やすし氏によるこちらの動画を見てもらったほうが話が早い。
これまでにも大掛かりなフライトシミュレーター、ドライブシミュレーターのような機械はあった。しかし油圧シリンダーやモーターを使っているドライブシミュレータでは、川下りをしている軽いボートのような動きや浮遊感を再現することは難しかった。
粉や粒で構成された「粉粒体」と呼ばれる物質は、空気を送り込むと相変化して、まるで液体のような挙動を示しはじめる。「浮遊懸濁化」と呼ばれるこの性質は、高温の砂を使って効率良くゴミを燃やすゴミ処理場の燃焼システム(流動床型焼却炉)や、粉体を使った研磨、パイプ内輸送など、さまざまな工業分野でも利用されている。「流動床インターフェース」は、その性質を利用したものだ。
的場氏らは、砂を大型水槽に満たして、底から空気を吹き込むことで砂に流動性をもたせた。水槽の大きさは縦1,745mm、横1,100mm、高さ600mm。中には1,000kgの砂が入っている。硅砂7号と呼ばれる園芸などに使用される砂で、平均粒径は0.13mm。一般の砂場にある砂よりは粒度が細かい、さらさらとした砂である。
最初に制作した初号機の水槽の底には太さ48mmの塩ビパイプが7本、横向きに設置され、それぞれのパイプには直径1.2mmの穴が七個開いている。ここにエアコンプレッサーを使って最大圧力0.7メガパスカルで空気を送りこんで、砂を流動化させた。流動性は空気圧によって変化し、自由にコントロールできる。改良版の2号機ではさらに多くの細かい穴から、エアコンプレッサーのかわりに業務用の掃除機を改造した自作送風機を使って空気を送り込むことで、砂を流動化させている。
流動床--何とも似ていない独特の感覚
早速体験させてもらった。流動化の前は、当たり前だが、ただの砂である。手で表面をパンパンと叩いてもはじかれる。当たり前の砂だ。それが空気を送り込み始めると、急にサラサラとした状態になる。さらに通気量が増えると気泡が発生する。表面の様子はまるで温泉のようだ。こうなるとまさに流動化で、砂に手を突っ込むと、なんの抵抗もなく入り込んでしまう。
体験させてもらったのは3月なので、砂自体の温度は低かった。そのため、冷たく若干の抵抗がある水、あるいは水よりもちょっと重たいスープの中をかきまわしているような、なんとも言えない感覚だ。目をつぶってかきまわしてみたが、記憶にある何にも似ていない感覚だった。温度条件を変えると、また印象も変化しそうだ。
なんとも言えない感覚の理由の第一は、水よりも抵抗がないからだ。水のようにまとわりつく感覚はない。だがその一方、手を引き上げると、ただの砂に戻ってしまうのである。水よりもサラサラで浮力もあるが、ものすごく速乾性のある素材を触っているような、本当になんとも言えない新しい感触で、言葉でうまく表現できない。特に両手を使って砂をすくいあげると、本当に不思議な感覚だ。サラサラとしていたものが両手ですくい上げて持ち上げた瞬間、瞬時にしてタダの砂になってしまうのである。砂なのだから当たり前なのだが。
そのままだと砂まみれになってしまうので、ツナギを着用した上で、上がらせてもらった。電源オフの状態では硬い砂の地面なので、普通に立てる。ところが電源オンになった途端、一気に沈み込む。わかっていても、「おおっ!?」と思わず声が出てしまう。流動化した状態だと、なかでは普通に足も動かせる。だが、電源オフになった途端に固まり、ぴくりとも動かせなくなる。先ほどまで何の抵抗もなかったのが、いきなり重たくてまったく動かなくなるのだ。
流動化の強度を変化させることもできるので、徐々に流動化の程度を抑えていってもらうと、足踏みをすることで徐々に上へと抜け出すことができる。その場で足踏みしているだけなのに、あたかも砂でできた山を駆け上がっているかのような感覚だ。普通に良いトレーニング機器としても使えそうだ。実に面白い。
水よりも浮力がある流動砂
的場氏らが今回、デモとして作成したのはボートのシミュレーションだ。砂の上に小型水槽を置き、そのなかに座る。そして砂に流動性を与えると、水面に浮かんだボートと同じような乗り心地を味わうことができるというものである。当初、的場氏は流動状態の砂の物性は水と同じようなものだと考えて設計していたが、実際に作ってみたらだいぶ違っていたという。水と違って表面張力やぬれ性もないため、摩擦は少なく、水よりもクイックに動く。
これも体験させてもらった。流動化するまでは硬い砂の上に乗っているだけなので完全に安定だ。しかし流動化した瞬間に、不安定になる。まさに水の上に浮かべた小さな小舟、というよりもむしろタライのようなものに乗せられている感覚で、流動化の程度が高い状態の場合は、結構頑張ってバランスをとらないといけない。
ひっくり返ったところで水に落ちるわけではなく、砂まみれになるだけなのだが、かなりの体幹トレーニングになりそうだなと思った。感覚としてはたらいに乗った一寸法師である。流動化の程度をおさえてもらうと、今度はゆったりと川下りをしているくらいのバランスに落ち着いた。
HMDを着用すると、頭の向きに応じた360度映像を見ることもできる。今は簡易HMDであるカードボードと、ありものの360度映像を使った簡易な体験だ。だが体験者が乗っている状態で横から人が揺らしたりすると、ボートが溪流の中で激しく揺れながら渓流下りしているような体験が味わえる。これに扇風機やうちわを使った風や、霧吹きを使った水しぶきも加えると、主観的な体験はさらにリアルになる。特に乗っている水槽をバンと叩かれると、乗っている方は渓流下りで船が石にぶつかったときのようなインパクトを味わうことができる。
なお、現時点では風や水しぶきなどのオプション的要素は完全に人力なので人手は必要だ。実際にやらせてもらうと、頭では客観的に見ると何をされているかわかっているのだが、主観的には、本当に川下りしているときの体感に近いものだった。
想像力・発想次第でまだまだ広がる流動砂の可能性
「流動床インターフェース」という名前からもわかるとおり、的場さんがこれを発想したのは流動床型の焼却炉からだ。「高温の砂とゴミを一緒に燃やす、すごい焼却炉があるとは聞いていたんですけど、原理は知らなかった。あるときたまたまYouTubeで動画を見て、『これはすごい、使ってみよう』と思ったんです」。2016年の4月頃から発想し、その後、大学でのプレゼンや作る場所探しなどを経て、発表場所を3月に行なわれた情報処理学会シンポジウム「インタラクション2017」に決めた。
実際に作ったのは「インタラクション」の締め切りが間近だった昨年末。自宅の玄関前で一気に作ってしまったという。今回、実際に体験させてもらったのは改良版の試作2号機だ。特許は現在申請中である。なお「インタラクション2017」では、インタラクティブ発表賞を受賞した。
流動床インターフェースは体験しているといろいろな想像が浮かぶデバイスだ。たとえばモグラ叩きのような遊びができるかもしれない。動画を見ていただければわかるように、砂の下から自動的に物体が浮かび上がるような演出が可能である。この上下の動きに加えて、的場さんらは、流動化して動きやすくなった状態の砂の中を、前後左右に自在に移動できるロボットを作れたら面白いのではないかと考えている(ただし、ギアなどの可動部品と砂の相性は悪く、ゼンマイ駆動のおもちゃは入れた瞬間に壊れたそうだ)。
また、砂なので表面にプロジェクションマッピングを行なうこともできる。「例えば、砂面にネット動画を映しながら、または泳ぐイルカの映像と一緒に、『砂中ウォーキングエクササイズ』も可能です」。
ちなみに的場さんは以前、風呂の水面をインターフェースにした「AquaTop Display」を発表している。VRへの応用は、まだまだこれからだ。いくらでも可能性は広がるだろう。
温めると、たぶん砂風呂にもなる。ただし現状は本物の砂を使っているので口の中に入ったりすると大変なことになるかもしれない。素材や粒度は選ばないといけないだろうが、その問題をなんとかできれば、気持ちいいかもしれない。やってみないとわからないだろうが。
作者の的場さんは、ただいま求職活動中
テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のいちコーナー「トレンドたまご」の常連としても知られる的場さんは1963年生まれ。子供時代の夢は「ルンペンになること」だったという。今でいうホームレスだ。「当時は『自由で気楽』に思えたから。でも現実は厳しいと後でわかりました」。
信州大学生物学科を出たあとに、趣味がバイクだったこともあってホンダに入社。栃木の同社研究所で材料関係の研究に従事するかたわら、「まったく新しい車を1台作りたい」と考えて、今までにないエンジン配置や車体構造などの車を考えては業務外でアイデア提案を行なっていた。
当時はまだインターネットがなかった時代だったが、将来電気自動車時代になったら歩行者用に偽のエンジン音が必要だろう、どうせ音を出すなら超音波成分を入れて、車々間通信や路車通信に使えるようにしようといった提案もしていたそうだ。一時はこうした提案を社内で検討してもらえるようになったが、「自分が理想と思う車を実現するためには、ものすごく責任重大な立場にならないといけない。将来、万が一そのような立場になれたとしても自分にはとても無理だと思って」、結局「すごくいい会社だったんですが」、退社してしまう。
その後、的場さんは認知症高齢者のグループホームで働く。子供の頃から「おじいちゃん子」だったこともあり、高齢者に対しては「特別な感じ」があるのだという。
今回の流動床インターフェースや、前述の風呂をインターフェイスにした「AquaTop Display」、水と霧を使ったディスレプイ「AquaFall Display」、マトにあてると発泡ビーズで作ったスクリーンが低周波振動で爆発する「SplashDisplay」のようなエンターテイメント系のインタラクション作品のほか、高齢者向けのインターフェースも開発している。
徘徊をつぶやく「ツイドア」は、認知症高齢者がタッチセンサーつきの玄関ドアを握ると、カメラが撮影して徘徊の発生をツイッターにつぶやくというものだ。グループホーム時代に自作していたものがアイデアのベースにある。これと、スマートフォンをかざすことでLED信号機の色を認識して音声で教えてくれる視覚障害者向けの信号機カメラが、的場さんのお気に入りだ。
詳細は省くが、10年以上関わったグループホームの移転決定を機に、ものつくり大学の修士課程に入学し、溶接などのまだ身につけていなかったスキルを学んだあと、電気通信大学の博士課程に入り、現在に至っている。的場さんはSIGGRAPH等の国際的な場における作品発表や経済産業省の「Innovative Technologies」を連続受賞するなどの実績も持っている。企業から「何か面白いものを作ってくれ」と言われたら、それに応える自信はあるという。
暑い現場、あるいは冷える現場で立ち仕事を行なう人のための三角コーンはそのような一例だ。服のすそから冷風あるいは温風を送り込むのが「冷暖三角コーン」で、それの派生版が納涼用噴霧器の「ミストコーン」だ。設置も撤去も簡単な噴霧器である。実際に日鉄住友P&E株式会社と製品化に向けて話をしているという。
技術をどんなことに使っていきたいのか、今後の夢は?と尋ねてみたら、最初はこんな答えが返ってきた。「子供のころは、自分の発明で世の中が変わったりして、『すげえ!』ってなったら良いなと思っていました。いまでも少しはありますが、あんまり夢とか希望とかは持たないようにしています。その方が人生が楽なので」。
だが、もうしばらく雑談を続けると「結局、使ってる人が楽になったり幸せを感じるものだといいなと思う」という言葉を伺うことができた。「技術の使われ方が偏ってると思うこととかあるでしょう。『この技術はもっとこっちに使ったら、不便が解消されたり、楽になったりするのに』とか」。前述のスマートフォンを使った信号機の色認識カメラアプリの開発も、その一例だ。的場さんは、車の自動運転が実用化されるほど進んでいるこのIT社会において、目の不自由な方が道路を渡るときに音の出る信号機などがない場合、信号機の色を『車の音』で判断し、車がいない場合『車が通るまで待つ』ということにショックを受けて、開発した。
「どんな時に人は幸せを感じるのか、とたまに考えます。『人と人のふれあい』とか『コミュニケーション』ってよく言われますけど、個人差が大きいし複雑ですよね。かなり難しい。もっと単純な、『理由はわからないけど、なんか楽しい』とか、そういう無意識的な快・不快の感覚に興味があります」(的場さん)。
「流動床インターフェース」も、もっとも大きな特徴は、流動化した砂をみると、思わず手を突っ込んでみたくなること、そして、一度手を突っ込んでみると、ずっとかきまぜたくなったりすることだ。
「何か、面白いでしょう。そういうのがすごく大事だと思っています」。
以前、スクリーンが爆発する「Splash Display」を開発したときも、なぜ爆発するようにしたかというと、以前、「大量の風船を使って知的障害児たちと遊ぶ」というボランティアをした後の片付け作業での風船割りが、とにかく楽しかったという経験が下敷きにあったからだとう。
「針でつついて風船を割っていくんですけど、いっぱいあるし、最初はめんどくさいなあと思ってたんです。でもやってるうちに、なんかものすごく楽しくなっちゃって、みんな夢中で割りまくった。爆発させたりっていう行為は根本的な楽しさがあるなと思いました」。
その記憶があったために、スクリーンが爆発するという演出にしたのだ。実際にやってみたら予想どおり、子供たちにバカうけした。「本能的に楽しい。そういうのがいいなと思いますね」。
起業したりはしないのか、あるいは正規の大学教員は目指さないのかとも聞いてみた。だが「極端なめんどくさがりの自分には向いていないと思う」とのこと。的場さんの発想力、腕と才能を、うまく使える誰かとうまくマッチングできればと思わずにはいられなかった。