森山和道の「ヒトと機械の境界面」
世界最大、身長4mで人が乗れる2足歩行ロボット「はじめロボット43号機」を見てきた
~買い手も作り手も募集中
2016年6月2日 06:00
大阪・阪神なんば線 福駅から徒歩で15分ほど。淀川の河口近くにある、有限会社 吉則工業の工場を訪問した。高さ4mの巨大ヒューマノイド・ロボット「はじめロボット 43号機」を見せてもらうためだ。「はじめロボット 43号機」の用途は、特にない。あくまで「楽しいから」という理由で開発されている、いわば巨大ホビーロボットだ。
開発メンバーは、有限会社はじめ研究所と、西淀川区内の中小製造業による「西淀川経営改善研究会(NKK)」有志たち。有限会社はじめ研究所の取締役 坂本元(はじめ)さんと、有限会社吉則工業の代表取締役 金増健次さんのお2人に話を伺った。
4mの巨大ロボット「はじめロボット43号機」
「はじめロボット43号機」のサイズは、160×140×400cm(幅×奥行き×高さ)で、重さは約300kg。関節の自由度は21。内訳は脚が5×2、腕が4×2、ハンド1×2、頭1。電源は外部からケーブルで供給され、上半身はAC 100V、下半身は三相AC 200V。腰部分には姿勢制御用のジャイロセンサー(3軸)と加速度センサ(3軸)を搭載している。フレームは主にアルミ。
一番の特徴は、上半身部分に人が乗り込んで中から操縦できること。歩行動作はジョイスティック。上半身の動きは、コックピット内部の小型ロボットを直接手で操作すると、外のロボットがそのまま同じ動きを行なう、いわゆる「マスタースレーブ」方式で操縦することができる。コックピットの椅子はカートに使われているものだ。操縦は、基本的に下半身と上半身を別々に行なう。移動中は大きく揺れるからだ。なおテストモードもあって、下半身の移動は、無人の状態で外部からBluetooth経由で操縦することもできる。
ハッチを閉めてしまうと肉眼では外が見えなくなってしまうが、ロボットには頭部と両肩部分、合計3台のカメラが付けられていて、コックピットからはその映像を20型のタッチパネルで見ることができる。カメラの画像処理にはWindowsを用いている。手首の自由度はないが、手指はワイヤー駆動で握りこませることができる。ごく軽いものであれば持つことも可能だ。電源を入れると目が光るのはお約束。
軽量化で2足歩行も可能に
もちろん歩く事もできる。片足に重心を移動させた状態で、逆側の足を浮かせて足を一歩ずつ動かす、いわゆる「静歩行」だ。歩かせるためには、安全のためロボットを吊っておくためのクレーンを操作する人や、安全柵設置も必要となる。というわけで、残念ながら筆者は歩くところは直接見る事ができなかったが、その様子はYouTube上で公開されている。2014年に撮影されたものだ。
最近新たにバランス調整の様子も公開された。左右に大きく揺れながら足踏みをする様子が見られる。この4mロボットの脚には産業用のACサーボモーターが使われている(山洋電気製)。出力は1kWで、衝突など考えない中空で動かすロボットアーム用のモーターだ。一方、歩行は地面との衝突の連続である。歩行ロボットに用いるのは想定外の使い方だ。
このロボットはいわばカチカチの固い体で、力を柔らかく制御したり受け流すようなことがほとんどできない。そのため足を踏み下ろした時の床から受ける衝撃も大きい。反発で跳ねてしまうのだ。応答性の問題もあり、衝撃による振動をできるだけ逃して短時間で収束させるために、足裏には衝撃吸収用のクッション部材が使われている。
身長が倍になると、単純計算すると体積と重さは8倍になる。はじめロボットが4mもある巨大ロボットなのに、重さがわずか300kgしかないのは、強度計算を行なって、可能な限り軽量化しているからだ。太もも部などは厚さ2mmのアルミ合金板を箱型に組み上げて、軽量化しつつ強度・剛性を維持している。このあたりには板金のノウハウが生きている。膝部分は肉抜きで対応。また足平の部材はハニカム構造になっていて、強度を保ちつつ、さらに軽量化させている。
参考までに挙げておくと、同じく動ける巨大ロボットとして有名な「クラタス」は、油圧を使っていることもあって重さは4トンある。それと比べると「300kg」という重さがいかに軽いか分かるだろう。すべては2脚で歩かせるためだ。坂本さんには車輪型ロボットの製作経験もある。「歩かなくていいなら100倍簡単ですよ」と笑う。4mロボットも、今後は歩行の制御をもっと仕上げていく予定だ。各種製作風景の写真は同社Webサイトでも公開されている。
手弁当で製作中の巨大ホビーロボット
ロボット受託開発を業務としている坂本元さんは、川崎重工株式会社でLNG船主機ボイラのデジタル制御装置や、500系新幹線試験車両(ウィン350)の車体傾斜制御などの研究に従事したあと、2000年に独立。これまでに2足歩行ロボット競技大会「ROBO-ONE」での優勝経験や、ロボットによるサッカー競技「ロボカップ」で活躍する、千葉工大チームへの機体提供、日本テレビで放送されたロボット格闘エンタメ番組「ロボット日本一決定戦! リアルロボットバトル」での優勝経験がある。
4mロボットは坂本さんのほか、吉則工業など西淀川区内の中小製造業の有志が集まって1984年に結成された「西淀川経営改善研究会(NKK)」のうち、金属加工や鋳物の専門家、デザイナーなど、およそ10名くらいのメンバーによって製作されている。
費用は手弁当。作っている理由は「面白そうだから」。いわば巨大なホビーロボットである。これまでにかかった費用はちゃんと計算していないのでよく分からないそうだが、材料実費だけでも数百万円は下らない。元々、4mロボットを作り始めた時にも、本当に全体を作れるのかどうかはあまり分からないまま、とりあえず片足から作り始めたのだそうだ。そして作っているうちに、両足ができ、上に乗れるようになり、さらに上半身が出来上がっていった。まるで日曜大工感覚である。ただし、プロによる日曜大工だが。
常に柔和な笑顔で笑いながら話す2人の話を聞いていて、筆者の頭の中に浮かんできたのは草野球チームのイメージだった。草野球は純粋に楽しむために仲間内でやるものだ。町工場集団とロボット開発を業としている坂本さんの場合、その対象がロボット製作だった、といった具合なのかもしれない。仕事も同じような形で進められていて、外部からの依頼に対して、それぞれの会社が必要に応じて互いに必要なものを受発注していて、互いに独立しつつも共生関係にあるような感じらしい。
町工場集団がロボット開発するようになった経緯
西淀川経営改善研究会のメンバーがロボットを開発するようになったきっかけは、2005年、大阪で「ロボカップ」の第9回世界大会が行なわれていたころ。「ロボカップ」を通じてロボットに興味を持った金増氏らが、異業種交流会で坂本氏と知り合った三木製作所の三木繁親氏を通して出会い、勉強会を通じて意気投合。その後、徐々に大型のロボットを開発していったという経緯だ。ちなみに、はじめ研究所のオフィスは三木製作所内にある。
現在、開発に従事しているメンバーは、はじめ研究所のウェブサイトの発起人一覧と、スポンサーのページにあるが、ここにあるメンバーが必ずしも全てがコアメンバーというわけではない。あくまで「有志」が、手を動かしているといった感じらしい。
NKKと坂本さんたちは、2007年以降、1mサイズ、2mサイズとロボットを倍々で大きくしていった。4mサイズのロボットの開発を始めたのは2010年。2012年ごろに下半身だけの状態で公開されていた。それに外装をつけたものである。
実は、2009年ごろに、NKKによるロボットの開発自体もやめようかという話をしていたそうだ。「受注しているものは作るけど、あとはやめようかと言っていたんですよ。やっぱり、お金がかかるので」(坂本さん)。
これは筆者には意外だった。というのは、坂本さんといえば「ガンダム」を作りたいという夢に向かって、技術を身につけ、金を集めと、どんどん突き進んでいるイメージがあったからだ。これまでの各媒体でのインタビューでも「ガンダム」の話をしていたし、つい最近も、「ガンダム」への憧れと目標を紹介する、こんな動画を自身で公開している。
だが現実は厳しい。それでも続けたのは、結局「好きだから」の一言に尽きる。問題はもちろん金銭面だけではない。何しろ世界最大の歩行ロボットなのだ。技術的な課題も多い。だが町工場の人たちは「問題があればあるほど嬉しい」のだという。「こうやって作ってやろう、ああやれば良いんじゃないか、こうやればできるんじゃないかと考える。難しければ難しいほど嬉しい」。こういうものに取り組むことで「従業員のモチベーションが上がる」という理由を挙げる会社もある。
お値段は8,000万円~1億円程度、人材も募集中
お二人はあくまで気楽な感じで語るのだが、費用はやっぱり大変ではあるようだ。何しろモーター代からロボットの部材、ロボットを支えるための台など、全て「持ち出し」なのだから。吉則工業では、今回のロボット製作のなかで開発したモーターと減速機のハーモニックドライブを組み合わせたロボット関節を販売している。また、この4mロボット自体を買ってくれる人も募集中だ。価格は「8,000万円~1億円のあいだくらい」だという。
なお、イベントやテレビ番組などで動かしてほしいという依頼には、輸送費と人件費込で1日あたり100万円くらいから受けているとのこと。近いところでは8月22日に行なわれる予定の「西淀川ものづくりまつり」で、ロボットを寝た状態から起き上がらせ、上半身を動かすデモを行なう予定だ。ほかにも、小型のロボットなども出すという。
「金を出して口を出さない人」や「手を動かしてくれる人」は常に募集中だそうだ。また、巨大ロボットを動かせる環境も。積極的に募集しているというわけでもないが、実際に手を動かして製作に携わりたい人ならば歓迎だという。
何しろ本当に人が乗って動かせるロボットである。ハードウェア、ソフトウェア、デザインやスタイリングなど、各種できることはまだまだ多い。大阪のロボットサークルの大学生などがしょっちゅう出入りしているのではないかと思っていたが、特にそういうこともないそうだ。もったいないと思ってしまった。
坂本さんたちの興味は、大きなロボットを動かすこと自体にある。逆に言うと、それ以外にはあまり興味を持っていない。たとえば、巨大ロボットの外見や見た目に興味があって、実現できるだけの腕もある人ならば、「はじめロボット」を、もっとキャッチーなものにすることができるだろう。彼ら自身もそういう人の参加を待っている。歩行可能な性能を維持するためには軽量であることだけは必須となるだろうが、互いの要求仕様をすり合わせる作業もまたロボット製作の楽しみの一部である。
ちなみに吉則工業では、ほかにもゾウの鼻のような動きができるロボットも製作中だ。四脚歩行と組み合わせることを考えているという。もはや趣味なのか仕事なのか、よく分からない。
困難もロボット製作の楽しみの一部
坂本さんは、これまでの他媒体の取材では、今後さらに巨大なロボット製作を目指すと語っていた。筆者も10年以上前に、ロボットの大きさは、産業用の機械に比べれば大したことがないといった話を坂本さんがしてくれて、重工メーカーで大きなモノを扱っていた人は感覚が違うなあと感じたことを記憶している。
だが、この後、どこまでいけるかは分からないという。何しろ現状でさえ2足歩行できるロボットとしては世界最大なのだ。これ以上大きなロボットとなると、ロボットだけではなく、どこで作業するか、テストするかといった問題も出てくる。単にロボットを作れば良いというわけではなくなる。いや、すでにそうなっているのだが。
そういったあれこれも含めて、現物のロボットを作るとなると、本当にさまざまな課題が出てくる。そのような困難が、またロボットの面白さに繋がっているようにも思う。難しいからこそ楽しみ足り得る、という面もあるのだ。
無責任に言ってしまうが、是非、今後もさらなるチャレンジに挑んでもらいたい。そのためにも、もっとこのロボットをカッコ良くして知名度を上げてほしい。そう思った。