199ドルの安さで買ったKindle Fireと自宅大模様替え計画



品名 PlayStation Vita Wi-Fiモデル
購入価格 24,980円
品名
Kindle Fire
購入価格 199ドル

「買い物山脈」は、編集部員やライター氏などが実際に購入したもの、使ってみたものについて、語るコーナーです。

●ともかく安さが魅力のKindle Fire

 Amazon.comの7型タブレット「Kindle Fire」を買ったのは、クリスマス商戦が本格化する前の12月初旬のBest Buy(米国の最大手電器店チェーン)だった。Kindle Fireを買った目的は、海外出張時に持って出るための軽量小型のコンテンツビューアだ。これまで、その役目は「Galaxy Tab 10.1」だったのだが、2つ難点があった。大き過ぎることと、重すぎること。

 10型サイズだと、何を見ているのか丸見えなので、コンテンツによっては気恥ずかしい。また、Galaxy Tab 10.1は、使っているカバーも含めると843gで、少しでも重量を減らしたい身としては重すぎる。海外取材時には、ノートPCを15型/12型/11型の3台と、デジカメを2台持つので、それ以外の荷物はできるだけ減らしたい。かといって、スマートフォンで全て済ませるのも難しい。雑誌やマンガを1ページ表示するには画面サイズが足りないからだ。

 そんな時に、韓国に行き地下鉄に乗った。そこで見たのは、地下鉄で7型タブレットを次々に取り出す通勤客の姿だった。それまで、7型タブレットは中途半端なサイズという気がして敬遠していた認識が一新され、7型の導入を考え始めた。しかし、7型は10型との価格差が小さく、経済的に踏み切れなかった。

 そこに登場したのがKindle Fireだった。199ドルという価格は、今の換算レートなら16,000円台。資金難の現状では、この価格は、ともかく魅力だった。というわけで、米国に出た時にBest Buyに行き、Kindle Fireの在庫があるのかと聞いてみた。店員は「あれは売れていてね、ウチも在庫が少なくて400台しかないよ(笑)」とKindle Fireの山積みを指さす。飛ぶように売れてるけれど、Amazonも大量に出荷しているから在庫が十分あるというわけだ。この価格なら、7型が使い物になるのかどうかをテストするにはちょうど良いと、その場で買ってしまった。

Kindle Fireの独特の本棚メタファのユーザーインターフェイス 現在所有している主なモバイルデバイス

●田舎の両親へのプレゼントに最適な米国でのKindle Fireの位置づけ

 Kindle Fireは、Amazonの皮を被ったAndroidタブレットだ。自由度の少ない本棚のメタファのユーザーインターフェイス(UI)のおかげで、タブレットなんて触ったこともない層でも使いやすいようになっている。Androidタブレットではなく、Kindleのタブレット版というコンセプトが明瞭だ。

 米国にいると気がつくのは、Kindleの異様な普及率。国内線の飛行機に乗ると、1列に両側でKindleを広げていたりする。2年前に、人口600人の酪農村のチーズ販売所で、農夫のおじいさんがKindleを広げているのを見たこともあった。田舎の両親に贈るプレゼントにKindleが最適といった記事を米国で読んだこともある。Kindle Fireは、明らかに両親へのプレゼント的な位置を狙ったデバイスで、199ドルという低価格もシンプルなUIもクリスマス商戦前という発売時期も、その目的にうってつけとなっている。

 ただし、それがためにAndroidタブレットとしては、異例に自由度が少なく、コンピュータ慣れしたユーザーには使いにくい。さらに、外国人には、米国住所と米国クレジットカードがないとアプリケーション1つインストールできないというハンディキャップがある。GoogleのAndroid Marketにもアクセスができない。それがわかっていて買ったのは、コンテンツビューアとして使うのなら、それほど問題ではないと思ったからだ。

 ちなみに、Androidヘビーユーザーは、Androidデバイスのroot権限を取ってカスタム化するのが通例になっている。しかし、Kindle Fireでは、Amazonはそれを許容しない方針のようで、システムソフトウェアのアップデートで対策して来ている。Amazon.comへとひも付けすることを前提とした199ドルという低価格なので、これは仕方がない。そのため、現状では、Kindle Fireのカスタム化は、それなりにハードルが高く手間がかかると言う。

 つまり、すんなりKindleタブレットとして使う分には、米国では、この上もなく手軽だが、何かしようとするとハードルが最も高いデバイスがKindle Fireだ。

●タブレットのおかげで本の電子化が一気に進んだ

 Kindle Fireを購入したのは、ゴトウの身の回りで急進展しているモバイルデバイスによる生活変化の波に対応するための、7型のテストビークル的な意味がある。

 過去1年、ゴトウの家では、モバイルデバイスで生活が大きく変わった。まず、タブレットで子どもたちのコンピュータユーセージがまったく変わり、Kinectで犬を飼うことになり、PS Vitaで長女がゲーマーに変わりつつあり、タブレットのために自宅の大模様替えを考え始めた。コンピューティング環境の進化によって、めまぐるしく生活が変わりつつある。1つずつ説明しよう。

 日本で使っているタブレットは3台で、iPadとXoomをリビングに、Galaxy Tab 10.1をゴトウの手元に置いてある。タブレットがホームコンピュータとして定着して、コンピュータのユーザーと人間のインターフェイスを一変させた話は前回書いた。ゴトウ家にとってタブレットのもう1つのインパクトは、コンテンツビューアが紙から液晶に変わったことだった。本と雑誌をタブレット上で読めるようになったことが大きい。

 「本や雑誌はPCでも読めたじゃないか」と思うかも知れない。しかし、タブレットだと、読書の“ラクさ”が違う。タブレットは本と同じように自由な角度で自由な体勢で読むことができる。これが、位置と体勢を固定されるPCとは大きく違う点で、疲れずに読むことができる。読書時のデフォルトの体勢やシチュエーションが、ベッドやフロアソファに寝転んだり、トイレや風呂で、なので、手持ち型でなければならない。

マンガや小説にはちょうどいいKindle Fireのサイズと解像度

 Kindleや電子ブックリーダでもいいのだけど、オールインワンで何でもできるタブレットの便利さには代えがたい。ビデオはスマートフォンでも見ることができるけど、本や雑誌は一定の面積と解像度が必要で、タブレットくらいのサイズが必要だ。今までも仕事の資料は大半を電子化していたのだが、タブレットのおかげで、それがプライベートの本にも及ぶようになった。

 そして、そのストーリーの当然の帰結が、外出時に持ち歩く本を電子化することだった。海外に出張する時は、いつも1週間の滞在につき2〜3冊の本を持って行くのだけど、それが重荷だった。では、Kindle Fireで、この問題は解決したかというと、だいたい何とかなった。しかし、解像度と画面サイズで適さないモノがあるのと、Kindle Fireが重いという課題は残った。Kindle Fire自体が413gで7型にしては重い。あと、カバーの選択肢があまりなく、現在のカバーだと総重量が550g程度になってしまっている。いずれにせよ、Kindle Fireは、日本でも使える、より軽くて解像度の高いデバイスが登場するまでのつなぎだ。


●初めて知った自分の眼の焦点距離

 本や雑誌をモバイルデバイスで見るようになって、画面サイズと解像度のバランスが、自分にとって極めて重要になってきた。下は現在持っている主要なモバイルデバイスの画面サイズと解像度の一覧だ。左列の画面サイズと比べると、中央列の解像度はバランスが取れていないことがわかる。そのため、画面サイズが小さいデバイスになればなるほど、右列のピクセルピッチが狭まっている。

モバイルデバイスの画面解像度と面積の比較
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 面積当たりの解像度が最も高いiPhone 4Sでは、ピクセルの密度は300ppi(Pixel per inch)以上。人間の眼の分解能は30cmで300dpi台なので、この解像度は人間工学には利にかなっている……と言われている。しかし、ゴトウ個人には問題がある。まず、何が発生したかというと、iPhone 4Sはドットが小さいため、近づけて見たくなったのだが、そうすると眼の焦点が合わなかったのだ。

 実は、ゴトウは近視の乱視の上に老眼が進行している。そのため、焦点を合わせられる深度がどんどん狭くなっている。現在かけているメガネは、PCでのディスプレイに最適化してあるのだが、それでも近場に焦点が合わない。正確には2焦点レンズなので下側は合うのだが、下に目線を向けたまま文字を読んでいると頭が痛くなってしまう。なので、しょうがないから、現在はスマートフォンを使う時はメガネを外している。

 すると、裸眼では眼から20cm台後半の位置に画面を持って来ないと、眼の焦点を合わせることができないことに気がついた。正確に測ってみると、裸眼で焦点が合うのは、なんと23〜31cmのわずかな距離でしかない。それより遠くと近くでは、文字をはっきりと見ることができない。ちなみに、子どもたちと奥さんは、みんな12cm程度かそれ以下の距離でも充分に焦点を合わせることができている。

 同様に、自分のメガネ時の焦点を合わせることができる距離を測ってみると、これが37cm以上離れないと合わせることができない。そのため、ゴトウは今のメガネでは、30〜37cmの距離は見ることができなくなっている。つまり、30cm以下と、37cm以上で、ディスプレイ距離の二極化が始まっていたわけだ。

ディスプレイの距離
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長女はこのディスプレイ距離でPS Vitaをプレイしていて、いつも遠ざけるようにと叱られている

 現状ではタブレットもスマートフォンもPS Vitaのようなモバイルゲーム機も解像度が上がったことで、メガネの距離では文字その他が小さすぎて不便を感じるようになってしまった。それらのデバイスは、今のところ裸眼で30cmくらいの位置で見ている。1フィートに固定だ。というわけで、ゴトウは現在、PCはデスクトップもノートもメガネ、スマートフォンやタブレットは裸眼と、眼の環境をデバイスによって使い分けている。デバイスを出すと、おもむろに、メガネを跳ね上げるという、ジジ臭い動作をやっている。


●大きく違うモバイルデバイスのドットサイズ

 眼の事情から、モバイルデバイスのディスプレイの位置は動かすことができなくなった。そのため、求める解像度とドットピッチが決まり始めた。ディスプレイ上のドットが小さいからといって、近づけて見ることができなくなってしまったからだ。そして、タブレットについては、本や雑誌を読むようになったことで、今までより、解像度が欲しくなった。

 現在使っている主なモバイルデバイスは、Galaxy Tab 10.1が10.1型で1,280×800ドット、Kindle Fireが7型で1,024×600ドット、iPhone 4Sが3.5型で960×640ドット。これで本や雑誌を見るとどうなるかというと、まず、Galaxy Tab 10.1のサイズと解像度だと、よく読む雑誌などを片ページで表示して読むのはOKだが、見開きは解像度が足りなくて読みにくい。片ページの場合も、細かな図表はズームしないと読むことができない場合がある。マンガは片ページには充分だが、こちらも見開きだと解像度が厳しい。小説にはサイズも解像度も十分だ。

 これが7型のKindle Fireになると、解像度的に雑誌は片ページでも読むのが難しい場合が出てくる。マンガは片ページはOKで、見開きは難しい。iPhone 4Sになると、マンガ片ページもかなり厳しくなる。

 数値化すると、各ディスプレイの関係は、よくわかる。同じ距離で見ると、7型Kindle Fireは、10.1型Galaxy Tabの半分以下の47%の面積でドット数は60%、1ドットの占める面積は計算上はKindle Fireの方が78%と小さくなる。3.5型のiPhone 4Sは7型Kindleと比べて27%のディスプレイ面積で、ドット数はなんと同じ。ドットの面積は27%と小さくなる。Galaxy Tab 10.1とiPhone 4Sを比べると、iPhone 4Sの面積はGalaxy Tabのわずか13%なのに、ドット数は60%で、ドット面積は21%と5分の1に近い。つまり、Galaxy Tab 10.1の方がiPhone 4Sより、同じドット構成の文字が5倍も大きく見えるわけだ。数値化すると、同じモバイルコンピューティングデバイスとはいえ、実に大きな違いがあることがわかる。

モバイルデバイスの画面解像度と面積の表
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●各サイズのタブレットに欲しい解像度

 PS Vitaは、5型で960×544ドットと、この群れの中では解像度が最も低い。iPhone 4Sと比べるとPS Vitaは面積で1.8倍なのに、ドット数は85%で、そのためにドット面積は2.2倍も大きい。もっとも、これはゲーム機としては、リーズナブルな選択だ。なぜなら、画面解像度を上げると、3Dグラフィックスで、より多くのピクセルプロセッシングと高密度なテクスチャデータが必要となるからだ。その増加は、メモリ帯域や消費電力に反映される。

 現在のゴトウの裸眼の視力と焦点距離では、iPhone 4Sの300ppiを超える解像度は、厳しいものがある。しかし、Kindle Fireの169ppiは余裕がありすぎる。おそらく、PS Vitaの220ppi程度が、高密度でありながら快適に読書ができるスィートスポットのようだ。実際、PS VitaのWebブラウザは、文字サイズと分解能については快適に使うことができる(動作はかなり難があるが)。

 面白いのは、PS Vitaで30cm程度の距離のドット間の距離は、実は、自宅での仕事環境である70〜80cmの距離に置いたWUXGA(1,920×1,200ドット)の24型ディスプレイのドット間の距離と同じであることだ。つまり、据え置きディスプレイで快適なドットサイズは、モバイルでも同様ということになる。

 そうすると、逆算して、各サイズのモバイルデバイスに欲しい解像度が割り出せる。PS Vitaと同等のドットサイズになる解像度を計算すればいいからだ。算出すると、7型タブレットは1,300ドット台×800ドット程度、10.1型は1,900ドット程度×1,200ドット程度となる。10.1型の場合は、WUXGAクラスで現在の2.25倍のドット数となる。

モバイルデバイスの望ましい画面解像度
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 24型のWUXGAと同じ解像度があれば、10.1型は雑誌片ページなら、かなり精細に表示できるし、見開きも可能になる。7型も、11.1型のVAIO type Xの1,366×768ドットと同レベルになるので、ビューアとして十分な解像度になる。ちなみに、モバイルSoC(System on a Chip)ベンダーは、タブレットでターゲットとする解像度をどんどん引き上げて行こうとしており、ゴトウのニーズに合う方向へと向かっている。待てばいいだけだ。

 ただし、タブレットの解像度が上がって行くと、ゲームプラットフォームとしては不利な面も出てくる。画面解像度を素直に描画すると、より多くのピクセルプロセッシング能力とメモリ帯域が必要になり、それがバッテリ駆動時間をさらに圧迫するからだ。長期的には3Dトランジスタ化などでロジックゲートの消費電力が下がり、シリコン貫通ビア(TSV:Through Silicon Via)メモリインターフェイスでメモリ帯域も上がり、この問題は解決する見込みだが、当面は解像度の向上はゲームには不利に働く。

●家の居住面積を増やすタブレット

 タブレットが増えるにつれて、本は電子版か、紙の本もスキャナで電子化してから読むようになった。そうしているうちに、自宅の大きな壁面積を占めている本を、電子化して一掃しようと考え始めた。

 現状では、自宅の1階の各部屋の壁は、ほとんどが本棚で覆われている。マンガだけでも5,000冊あって、立派なヲタクハウス状態になっている。これまでは、本を読むのは、PCではなく紙だったので、本を捨てる気にならなかった。そして、本があまりに増えすぎたので、ここ10年ほどは、本を新たに買うこともなかなかできない状態に陥っていた。ワシントン海軍軍縮条約下の軍艦(各国が所有できる軍艦の総トン数が制限された)のようなもので、本棚に置ける本の総数が制限されていた。

 ところが、タブレットのおかげで、家族全員が本は電子状態で読むことが普通になりつつある。それなら、ウチにあるプライベートの本を全て電子化して行き、本棚スペースをなくして行こうと考え始めた。問題は、もちろん、お寒い日本の電子出版事情とコストで、今のところは、ある程度までは自炊スキャンせざるを得ない。幸いなことに、家内労働力(子どもたち)はあるので、段階的に進めて行こうとしている。

ゴトウ家の1階の本棚配置図
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 電子化すると、現在の物理的な制約がなくなり、まず、本を無制限に増やすことができるようになる。ワシントン条約を破棄した日本が大和・武蔵を建造したように、本をいくらでも買えるようになる。次に、本棚のために、有効に利用できていない面積を、居住空間として構成し直すことが可能になる。実質、家の居住面積が増えるわけで、経済的な効果がすこぶる大きい。

 今立てている計画が完了すると、1階の壁面の本棚の半分近くはなくなるはずで、それによって、かなり使える面積が増える。第1段階で計画している4個の本棚の撤去で、書庫になっている部屋を開放して長女の個室スペースを作ることができるはずだ。そのための作業を、労働力が豊富になる春休みと夏休み(子どもたちを働かせることができる期間)使うことで、この計画を実現しようとしている。

●Kinectでやってきたトイプードル

 うちには、Kinect犬がいる。コンピュータ内のバーチャルな犬ではなく、本物の生きている犬で、1歳のトイプードルだ。なぜプードルがKinect犬なのかを説明するには、Kinectを導入した1年前に遡らなければならない。Kinectは発売と同時に購入し、その際に下のようにリビングを構成してKinect用のフィールドを作った。

リビングのKinect用フィールド
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 ゴトウ家での、Kinectの心理的な衝撃は凄まじく、コンピュータと人間の関係が、Kinectが入った時に変わった。以前の記事でも書いたが、長女のふるまいの変化が劇的だった。

 長女は、まずXbox 360の前に行き、電源ボタンを押してマシンを立ち上げ、その後は、Kinectセンサーの前にじっと立つ。マシンが自分の姿を認識して、自動的に彼女のアカウントにログインしてくれるのを待っている。ログインされると、手を振って、ジェスチャを認識させ、それからジェスチャでメニューの操作を始める。コントローラから人間が一方的に入力するのではなく、マシン側の認識を待つというカタチに、コンピュータと人間の関係が変わった。この1点を見せてくれただけでも、Kinectは大きな価値があったと思う。

 そのKinectで、長女が最初の頃にプレイしたゲームの1つが「Kinect アニマルズ」。ネコ族(トラとか猛獣も含む)と遊ぶゲームで、長女はもともとペットを飼いたくて仕方なかったので、このゲームを楽しみにしていた。そこまではよかったのだが、問題は、Kinect アニマルズをプレイした後に、動物を飼いたい熱が、より高まってしまったこと。

 結局、長女と取引をして、長女が欲しがっていたトイプードルを買うことになった。取引とは、プードルにかかる経費は、長女が成人してから我々に返還するというプードルローン。ゴトウ家では、それぞれの子どもの経費を決めていて、予算以上にかける余裕がない(長男は高校までで使い果たした)。はみ出す分は、自分でまかなってもらうことにしている。

 プードルは長生きなので生涯で200万円以上かかる計算だが、費用の半分はトリミング代なので、それを自宅でやれば大幅に浮かすことができる。金額を試算し、約束事項を作り、取引をしてプードルを探し始めた。長女は、タブレットでブリーダを探し「オスで体が大きく、色が混じっているプードルが安い」ことを発見。その条件のプードルが2010年の末にやってきた。

これがKinectプードルで名前は『リク』。次男は『カイ』『クウ』と揃えようとララーシュタイン総統(マッハバロンの敵)のようなことを言っていたが却下した

 この件で身にしみたのは、結局、フィジカルな実物に手が届くモノはバーチャルで代用ができないということだった。ベトナムのテト攻勢の戦場で戦ったり、ルネッサンスのイタリアで暗殺したり、F22でスホーイを墜としたり、そういうのは実体験できないからバーチャルに行く。だけど、ペットは手が届いたりするわけで、そうなるとバーチャルなゲームは敵わない。長女は、犬を飼う前までは楽しみにしていた3DSの「nintendogs + cats トイ・プードル & Newフレンズ」も、「本物がいるから、もういらない」と、買わなかった。nintendogも、本物の犬にはかなわない。

●現在のPS Vitaの定位置はトイレ

 長女は、プードルが来てからゲーム時間が減っていたのだけど、この3週間はゲーム時間が急増している。実は、長女はPS Vitaで『アンチャーテッド 地図なき冒険の始まり』をクリアしてから、ゲームに対する姿勢がすっかり変わった。正月からは、Xbox 360で、かなりコアなアクションゲーム(イタリアで高いところに登るゲーム)をやっている。今までは、見てるだけで触らなかったゲームが、PS Vitaでのアンチャーテッドの経験から、「意外にやれそう」という気になったらしい。結局、ゲームコントローラへの拒否感は、心理的なものに過ぎなかったことがわかる。下は昨年(2011年)までのウチのUI階層だが、長女の位置が変わろうとしている。

ゴトウ家のユーザーインターフェイス階層
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 とはいえ、今年(2012年)は3DSで、長女がもともと好きなタイトル(ガールズモードなど)のラッシュとなるので、今のアクションゲームブームが続くかどうかはわからない。こちらは誘導せずに、自然にどうなるのかを見守るモードだ。

PS Vitaは現在はトイレが定位置に

 PS Vitaはというと、ようやくゴトウ自身のアンチャーテッドプレイの番になった。PS Vitaの現在の定位置はトイレで、トイレ休憩の度にゲームを進めるというパターンになっている。理由は、自分の仕事場にPS Vitaを置いておくと遊んでしまうからで、主に外出時とトイレ時にプレイしている。

 実は、ウチの場合は、トイレが娯楽の場の1つで、ゴトウや次男がトイレで本を読む習慣がある。なので、トイレにタブレットやゲーム機を置きたいというニーズが強かった。今は、トイレにPS Vitaの電源ケーブルとタブレット用のUSB充電ユニットを入れてあり、常設で使えるようにしてある。そのため、今までトイレに山積みになっていた本がなくなりつつある。3DSの『バイオハザードリベレーションズ』が出たら、3DSもトイレ組の仲間入りをする可能性が高い。ちなみに、3DSはこれまで長女の管轄になっていた。

 長年ゲームをしているけれど、最近は、自分がゲームをプレイできる最小の時間単位がどんどん短くなっている気がする。とても、据え置きコンソールを立ち上げてゲームをするというのが、時間的にますます難しくなっている。おそらく、ゲームをできる究極的に最小の時間単位(ゲーミングプランクタイム)があるはずで、ゲームもそこに近づきつつあるように見える(なめこの栽培がそうかも)。

 ゲームをプレイできる時間の粒度が小さくなっている理由の1つは、モバイルデバイスの浸透で、家のどこでも、いつでも、さまざまな情報やコミュニケーションの割り込みが入るようになったことだ。絶え間ない割り込み処理で、時間が細切れになっている感じがする。やること自体も増えている。

 ゴトウ自身は、ゲームの技術の専門屋ではないから技術はわからない。というか、ゲームは技術なんてまるっきり忘れて楽しむだけにしている。仕事にしてしまったら、楽しめないからだ。しかし、背景の半導体側の技術の進展で、ゲームをプレイできる場所や時間が制約から解き放たれるのはうれしい。今は、どうやって細切れの時間の中に、ゲームを埋め込んで行くのかを模索している。その1つがトイレというわけだ。

(2012年 1月 13日)

[Text by 後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)]