後藤弘茂のWeekly海外ニュース

ワールドワイドでの発売を控えたPS Vitaの勝算



●ゲーム機とコモディティデバイスとの戦い

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の新ゲーム機「PS Vita」が発売されて1カ月。国内での年末年始の商戦をくぐり抜け、現在は2月後半の、欧米での発売に向けて秒読み態勢に入った。しかし、現在のところ、旧来のゲーム機に期待されていたような爆発的なスタートには至っていない。旧来のゲーム機は発売とともに売り切れ、品薄状態が飢餓感をあおるという仕掛けだったが、PS Vitaは普通に市場で買うことができる。

 こうしたスタート状況で、果たしてゲーム専用機は、今後も生き残ることができるのか、という問題がますますクローズアップされている。スマートフォンやタブレットといった、コモディティのデバイスでも、一定以上のクオリティのゲームを走らせることが可能であるため、ゲーム専用機の存在感が薄くなりつつあるからだ。

 この問題は、モバイルゲーム機だけに留まらない。もしスマートTVの大波が来て、例えばAppleのTVの上でゲームが走るという状況になれば、据え置きゲームコンソールも、コモディティデバイスに追いまくられるようになる。しかも、SCE側の次世代機PlayStation 4(PS4)は、まだはっきりした動きが見られない。SCEの場合、通常、アーキテクチャから出荷まで4年かかるので、逆算するとPS4は2015年頃となる。それまでは、PS3で、コモディティデバイスの攻勢に耐えなければならない。

 とはいえ、PS Vitaに1年先行する任天堂のニンテンドー3DSは、リスクを背負った低価格化と、コンテンツの集中投入で、なんとか台数ベースは軌道に乗りつつある。また、スマートフォンやタブレットでのゲームは、従来のゲーム機でのAAAゲームと呼ばれる大作タイトルとは違う方向へと進んでいる。そのため、ゲーム機はコンテンツでコモディティデバイスと当面棲み分ける見込みが強い。

●コアゲーマーからライト層への展開を迅速に
SCEのアンドリュー・ハウス社長

 ゲーム機メーカー側も戦略を変えてきている。SCEはPS Vitaでは、従来のゲーム機のコアゲーマーから時間をかけて浸透させる戦略を修正する。SCEのアンドリュー・ハウス社長(代表取締役社長兼グループCEO)は次のように説明している。

 「今までのPlayStationで成功したやり方は、まずコアのユーザーを抑え、そこから幅広いライトユーザーに広げて行くというものでした。PS Vitaの場合もプロセスとしてはあまり変わらないと思いますが、ポータブルのマーケットは加速度が強いので、我々もマーケティング戦略を変える必要があると思う。

 具体的には、ホームコンソールでは、最初の1~2年はコアユーザー中心にアピールして来ました。PS Vitaの場合は、もっと速いペースで幅広いユーザーに広げて行きたい。特に、私がターゲットユーザーとして面白いと思うのは、まだスマートフォンを購入していない、親から買ってもらっていない若いユーザーベースが非常に大事だと思うんです。ですから、コンテンツ戦略もコアゲーマーだけでなく、子供が好きなゲームのコンテンツ戦略も考えるべきだと思います」。

 伝統的なゲーム機は、最初はコアゲーマーに受け入れられるようにし、プラットフォームが広がり、ゲーム機が低価格化するにつれて、よりライトなゲーマー層へと広げるというパターンを取ってきた。しかし、スマートフォンなどのコモディティデバイスでは、ライトゲーマー層が膨大に膨れ上がっている。そのため、SCEはゲーム機も、早い段階からそうした層をターゲットにしなければならないと考え始めていることがわかる。

 もっとも、任天堂はこのポイントにいち早く気がつき、ニンテンドーDSとWiiでは、カジュアル層の取り込みに注力した。SCEも、ようやくその地点に達したことになる。しかし、最初からカジュアル層を取りこむ戦略を取っていた任天堂ですら、現在のコモディティデバイスの浸透の前では苦戦を強いられている。


●PS Vitaへのマイグレーション戦略
PS Vitaの戦略

 SCEはこうした状況でPS Vitaを成功させるための方策として、マイグレーション戦略を強調する。コモディティデバイスでゲームをプレイするようになった新しいユーザーを、SCEのゲーム機に移行(マイグレート)させようという戦略だ。

 「スマートフォンなどのポータブルデバイスでゲームを楽しむ人があっという間に増えているのことは注目しています。これは、我々にとって大きなチャンスではないかと考えています。その人たちは、大体カジュアルでライトなゲームは遊んでいますが、より深くていい体験は、当社のプラットフォームの方が提供できると見てるからです。

 マイグレーション戦略としては、スマートフォンでゲームをしているようなユーザーに対して、当社はクロスプラットフォームの「PlayStation Suite」で、よりよいゲームを提供します。そして、PS Vitaでは、さらにいいゲーム体験できることをプロモーションする戦略です。PlayStation Suiteでネイティブ開発するゲームは、PS Vitaでも遊ぶことができます。PlayStation Suiteがかけ橋になり、カジュアル(ゲーム)の世界から、より深い(ゲームの)世界に慣れていただけると思います」(ハウス氏)。

 PlayStation Suiteは、クロスプラットフォームのゲーム開発のフレームワークで、当面はAndroidをターゲットとする。この戦略自体には問題はないが、現状では、PS Vitaへまで誘うための橋はとても十分とは言えない。この戦略の下では、ますますPlayStation Suiteの役割が重要となる。だが、PlayStation Suiteは、まだ助走期間で、PlayStation Suiteプラットフォーム用に開発されたアプリケーションが花開くには時間がかかる。それ以前に、ゲーム開発のプラットフォームとしてPlayStation Suiteに魅力がないと語るゲーム開発関係者もいる。ここでも、SCEの開発力とスピード感が試されている。

 また、コモディティデバイスは、アプリケーション開発のビジネスモデルがゲーム機とは異なる。通常、コモディティデバイスでのアプリケーション開発は低コストでスタートできるが、PlayStation Suiteもそれを考慮して開発キットを低価格に設定しているという。


●ソーシャルゲーミングとゲーム機の関係

 スマートフォンなどのモバイルデバイスは、無線ネットワークに常時接続できている点が強味だ。しかし、PS Vitaでは、通信機能を備えることでコミュニケーション機器に近づいたとSCEは見ている。

 「PS Vitaは、今までにないインターフェイスと没入感のある体験に加え、最初の段階からネットワークで人と人とのつなぎを提供しています。今までのゲーム専用携帯機器と、今のコミュニケーション専用機器の中間くらいの、一番いいコンビネーションを提供できるのではと思っています」(ハウス氏)。

 しかし、コモディティのプラットフォームでは、ネットワークを活かしたソーシャルゲームが興隆している。ソーシャルゲームは、コミュニケーションの色彩が強く、従来のコンソール型ゲームからは一番遠い。どうやってその2つの整合を取って行くつもりなのか。それに対してハウス氏は次のような例を挙げる。

 「ソーシャルゲームとコアゲームには壁がありますが、コンテンツ開発の方法で変わると思います。例として、当社のイギリスのスタジオが開発した『リトルビッグプラネット』は、ゲーム技術の面から言えば伝統的なコアゲームですが、ユーザーがゲームの中のツールを使って、自分でゲームを作ることができます。それによって、このゲームはあっという間にソーシャルゲームになりました。

 リトルビッグプラネットでゲームを作った人は、他の人に対して公開したくなる。他の人が作った作品に、人間は当然興味を持つので、多くの方が、他の人が作ったコンテンツで遊んでいます。コアゲームとソーシャルゲームは、現在は、別々になっていますが、リトルビッグプラネットのようなゲームによって、ベースはコアだがソーシャルの面をうまく取り込んだものもできる。

 私の予想ですが、あらゆるジャンルでコアゲームは没入感を保つことも大事ですが、加えて、ソーシャルの面も作るべきだと思います。それが、これからのクリエータ様のチャレンジだと思います」。

 リトルビッグプラネットは、物理シミュレーションのアクションゲームで、PLAYSTATION 3(PS3)向けに登場した(PSP向けの『リトルビッグプラネット ポータブル』もある)。キャラクターはかわいいが、ストーリーモードの難易度が高い、コアゲーマー向けのタイトルだ。しかし、使いやすいゲームエディタが付属しており、エンドユーザーが簡単に自分のカスタムゲームを作ることができる。また、作ったゲームを他の不特定のユーザーに公開することもできる。作ることができるものはゲームに限らない。リトルビッグプラネットでは、機械式コンピュータを作って公開したユーザーもいた。

 リトルビッグプラネットは、コアゲームにソーシャル風味を加えた典型例だが、これはコアゲームからのアプローチで、現在の一般的なソーシャルゲームとの架け橋となり、すそ野を広げる役には立たないだろう。ソーシャルゲームとは、ゲームの難度も、モデルも異なるからだ。ただし、ゲーム機上のゲームがどんどんソーシャルの機能を取り入れて行くと、その中からソーシャルゲーミングの世界とオーバーラップするものが出てくる可能性はありそうだ。

●音声やジェスチャなどナチュラルユーザーインターフェイスは
PS Vita

 PS Vitaのポイントの1つは、ユーザーインターフェイスだ。前面背面のタッチパネルに加え、3軸ジャイロと3軸加速度センサー、3軸コンパス、GPSといった多様なセンサー群、そして、前面&背面カメラとマイクを備える。任天堂のニンテンドーDS以来の成功で、ゲーム機にとってユーザーインターフェイスがカギだということを認識した上で、センサーと入力を目一杯備えた。

 入力リッチなPS Vitaでは、ユーザーインターフェイスを拡張する余裕がある。マイクもカメラも、ローカルデバイスのコンピューティングパフォーマンスも十分にあるので、やろうと思えばよりナチュラルなユーザーインターフェイス(NUI)、例えば、音声認識や顔認識、ジェスチャ認識などを導入することもできそうだ。ハードの追加は必要ないので、SCE側が認識ライブラリソフトウェアを用意すればいいだけだ(ただし、ライブラリのメモリフットプリントとストレージにデータベースの容量を確保する必要はある)。Xbox 360はナチュラルユーザーインターフェイスのKinectを導入したことで一歩前進したが、PS Vitaも同じ方向へ進むことができる。それに対してハウス氏は次のように説明している。

 「新しいユーザーインターフェイスに関する多くの研究開発を活発に行なっており、今後も継続して行きます。しかし、新UIについては、重要な点が2つあります。

 1つは、特に音声認識や顔認識では、十分な(認識)品質にまで高める必要があるということです。そうでなければ、エンターテイメント体験を損なってしまい、ゲームにとって利点というより、難点となってしまうでしょう。

 もう1つのポイントは、ゲーム体験よりインターフェイスを優先してしまうのは危ないということ。インターフェイスが、ゲーム体験とリンクし、体験を高めるように使わなくてはいけません。まず、ゲーム体験はどういうもので、どう楽しめるかが重要で、その上で、新しいナチュラルインターフェイスがゲーム体験を拡張するのか、阻害するのかを考えるべきでしょう。それぞれのゲームジャンルによって、(ナチュラルユーザーインターフェイスによる)ゲーム体験は多少異なるので、チャレンジだと思います」。

 ゲームで最も嫌われるのは、イライラするインターフェイスで、思うように操作ができないと、ゲームの楽しみを大きく損なってしまう。また、必要もなさそうなところで、新しい操作を要求されることも嫌われる。そのために、認識系インターフェイスでは、認識クオリティを十分に高め、なおかつ、ゲームとフィットするようにしなければならないとSCEは見ている。これは、ゲームプラットフォームベンダーとしては、当然の姿勢だ。

 ただし、ここにはジレンマもある。ゲームをより多く購入するコアゲーマーほどユーザーインターフェイスには保守的で、新しいインターフェイスの試みを評価しない傾向があることだ。コアゲーマーからも文句が出ないような品質に精度を上げることは困難で、そうしている間に、コモディティデバイス側でナチュラルユーザーインターフェイスが花開き、その上でのゲームが盛り上がってしまうかも知れない。ナチュラルユーザーインターフェイスは、ゲームに慣れていない新ユーザーを引き込む“エサ”になりうるため、SCEにとって舵取りは難しいだろう。