■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
GDC会場となったモスコーコンベンションセンター |
3月2日(現地時間)、米国・サンフランシスコで開催されたゲーム開発カンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」で、任天堂の岩田聡代表取締役社長がキーノートスピーチを行なった。岩田氏は、2005年にもGDCでスピーチを行なっている。しかし、今回のGDCでの観客の反応は、2005年の時の大喝采とは違っていた。ゲーム会社のキーノートスピーチは、観客が熱狂する場面が多いが、今回は、冷めた雰囲気が漂っていた。
ある米国の開発者は「任天堂のメッセージは、ちょっとズレているように思った」と語った。実際に、GDCキーノートスピーチを伝える海外の記事やブログでは、批判的なコメントやコメントの引用がかなりの比率で見える。現場にいると、明確に拍手の量でこうした雰囲気を感じ取ることができた。日本以外では、メッセージがうまく受け容れられなかった可能性が高い。
任天堂のプレゼンテーションが悪かったわけではない。メッセージ自体は、任天堂の主張としては、それなりに納得できるものだった。問題は任天堂自体ではなく、任天堂を取り巻く状況にある。回りの状況が厳しくなっているため、任天堂に対する目も厳しくなっている。任天堂の現状認識とソリューションへの批判も鋭くなる。そして、それは発売したばかりのニンテンドー3DS(米国では出す直前)に対する不安でもある。
いったい、ゲーム業界で何が起きているのか。それは、もちろんスマートフォンの大波だ。スマートフォンの波に、さらにタブレットの波が重なり、新市場Androidも開けたことで、これら携帯デバイスでのゲームの勢いは衰える気配がない。
そして、それは同じ携帯デバイスである携帯ゲーム機を脅かしている。日本から見ると携帯ゲーム機は堅固に見えるが、海外で見ると、携帯ゲーム機というカテゴリ自体が揺らぎ始めている。ゲーム業界の一部は、性能でも数量でも急成長を続けるスマートフォン&携帯電話が、携帯ゲーム機の存在意義を無くしてしまうのでは、と考えている。その状況に3DSを投入する任天堂のメッセージが注目を集めるのは当然で、岩田氏はなぜスマートフォンではなく3DSなのかを明確に示す必要に迫られていた。
●ゲームの価値を認めてもらえるプラットフォーム岩田氏 |
当然、岩田氏も、その状況は承知しており、キーノートスピーチの主題の一部は、対スマートフォン、対ソーシャルネットワークに当てられていた。日本の経営者らしく、露骨な表現をできるだけ避け、やや抑えたトーンであったものの、ライバルプラットフォームの問題点を明瞭に指摘した。任天堂のサイトにはスピーチの日本語訳(岩田氏は英語でスピーチ)が公開されている。
任天堂のキーノートスピーチでの対スマートフォンのメッセージを要約すると、次のようになる。まず、任天堂の認識としては、ゲーム産業は混乱の時代に入っており、その背景には、新しいゲームプラットフォームとして、スマートフォンやソーシャルネットワークが台頭してきたことがある。しかし、そうした新プラットフォームと、ゲーム機には本質的な違いがあると岩田氏は指摘する。
同氏はスピーチの中で、「ゲーム機は、どうしても遊びたいソフトをプレイするために買うもの」と位置づけ。そのために、自社でハードを製造して、自社ソフトをマッチさせることが最も確実な方法だと考えていると説明した。その上で、「顧客にソフトの高い価値を認めていただきたい」と語った。
面白いのは、ここで岩田氏が、PlayStationやXboxでも、この考えは同じだろうと指摘している点だ。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)と同じように、任天堂も、もはや敵はゲーム機ベンダーではなく、スマートフォンなどの新プラットフォームだと見なしている。
では、“敵”であるスマートフォンを、任天堂はどう見ているのか。岩田氏は、そうした新市場の膨大な数のゲーム群は、開発コストも低いが、収益を上げることも難しい点を指摘。その理由は、これらのプラットフォームでは、ゲームの価値が認められない点にあると説明した。
「これらのプラットフォームには、ビデオゲームソフトの高い価値を維持する動機がありません。彼らにとっては、コンテンツは誰かほかの人が作るものであり、彼らのプラットフォームにより多くのソフトを集めることが目標となります。量こそ利益の手段であり、価値は大した意味を持たないのです。しかし事実は、我々が生み出すものには価値があり、我々はその価値を守るべきなのです」(岩田氏)。
本来的には、ここで喝采を浴びてしかるべきだが、熱狂を呼ぶことはできなかった。任天堂の視点自体に賛同する人は多いかも知れないが、そんなことを言っている段階ではないと多くの人が考えているからだろう。スマートフォンとタブレットの激流は巨大に膨れ上がりつつあり、足を踏み入れないわけに行かないからだ。
●新ユーザーの開拓で競合する任天堂とスマートフォン
これまで、岩田氏はGDCや自社カンファレンスなどでのスピーチを通じて、ビジョンを示してきた。ゲーム産業の現状を俯瞰して課題を指摘。それを解決するために、任天堂がどう取り組んでいるのかを説明して来た。その核となっていたのが、ニンテンドーDSファミリとWiiでの、マンマシンインターフェイスの改革による、新ユーザーの獲得戦略だった。
今回も、大枠は同じだが、大きな変化があった。それは、敵がいない沃野を開拓する立場から、数で勝る敵の猛攻から自分の陣地を守る立場への変化だ。
任天堂は岩田社長になってから、これまで、ニンテンドーDSファミリーとWiiでゲーム人口の拡大を実現して来た。ゲームに触れたことがない、あるいは、ゲームから離れて久しいユーザーを、ゲームに惹きつけることで、ゲーム市場自体を広げる戦略だ。DSとWiiで繰り広げた戦略は功を奏し、任天堂はゲームのアクティブユーザーを拡大することに成功した。
一方、Microsoftとソニー・コンピュータエンタテインメントは、どちらかと言えば従来のゲームユーザー中心の戦略を取ったため、プラットフォームの普及度では任天堂に遅れを取った。2年前までは、任天堂はひたすらライバル不在の状態で、DSとWiiで新ユーザーの掘り起こしを続けていた。
しかし、スマートフォンと携帯電話、そしてタブレットでのゲームの台頭は、任天堂の成功の意味を薄れさせてしまった。こうした汎用の通信デバイスは、任天堂の戦略以上に多くの新ユーザーを“ゲーム”へと誘いつつある。
ここでゲームという単語をくくったのは、汎用携帯デバイス向けゲームには、ゲーム機ベンダーから見るとゲームと呼べないようなタイトルが多数含まれているからだ。しかし、内容はどうあれ、圧倒的な数が揃っている。携帯デバイスは、ゲームとカテゴライズされたエンターテイメントへと新ユーザーを誘うことに成功しつつある。
任天堂の戦略によってゲームのアクティブユーザーが増えたことを示す岩田氏 |
●任天堂の戦略にとって痛いスマートフォンの台頭
こうしたスマートフォン&携帯電話の台頭は、他の2社(SCEとMicrosoft)よりも任天堂にとって痛手になる可能性がある。なぜなら、任天堂はこれまで、よりカジュアルなゲームユーザー層を掘り起こすことで、自社プラットフォームを拡大して来たからだ。カジュアル層が、より手軽にゲームを楽しめるデバイスとしてスマートフォンやタブレットを選ぶなら、任天堂は、せっかく掘り起こしたカジュアルユーザーのある程度の部分を失ってしまう可能性がある。
その結果として、3DSのプラットフォームとしての広がりが、これまでのようなペースで進まない可能性がある。アーリーアダプタは3DSに飛びついても、それに続くカジュアル層がゲーム専用機は不要だと考えるようになってしまうと、3DSの勢いは止まってしまうかも知れない。過去の任天堂プラットフォームのような、数千万台や1億台以上といった出荷台数に到達しない可能性もある。
もちろん、今の段階では、スマートフォンやタブレットでのゲームは、まだ玉石混淆で、しかも石がほとんど。面白いゲームを探すのも一苦労の状況だ。しかし、PCソフトウェア産業も、こうした混沌から産まれてきたことを考えると、今の状態で、いいゲームが産まれないと判断することはできない。実際、ゲームデベロッパも認める、中毒性のあるゲーム(ゲームの場合、中毒性はいいゲームであることを示す)が出始めている。
また、高価格をつけられないため回りにくいエコシステムも、部分的には回り始つつある。今回のGDCでも、1億ダウンロードに迫りつつある、スマートフォンをメインのプラットフォームとするゲーム「Angry Birds」のセッションが行なわれた。ゲーム機では100万本売れると大ヒットだが、スマートフォンの世界では1億ダウンロードもありうることが示された。1億なら、安くても(iPhoneで115円、Androidでは広告で無料)収入は十分確保できるだろう。
●ビジネスモデルの違いが産む作る側の違い任天堂は、今回の3DSで、ビジネスモデルを変革しなかった。スマートフォンや携帯電話の強味である、ダウンロードモデルや極度に低価格(または無料)の開発キット(+ライセンス)といったモデルは採用しなかった。そうしたビジネスモデルも、高価値のゲームを産む土台となっていることを考えると、任天堂の哲学からは変更できなかったと推測される。
ゲーム業界では、携帯電話系デバイスの、このビジネスモデルのために、作り手の側も変わり始めている。小規模なデベロッパがパブリッシャを経由せずに躍り出たり、これまでゲーム開発をしなかったようなエンジニアが参入したりといった現象だ。作り手の側も、部分的に再編成が始まっている。
面白いのは、ゲームがカジュアル層へと拡大して行くと、それとともにゲーム開発でも新しい“カジュアル”層が拡大して行くことだ。手軽に開発できるソフトウェアツールを使い、少人数で短期間に小さなゲームを創り上げる。これまでゲームを手がけなかった、ソーシャルネットワークやWebプログラマの世界の人たちが参入しつつある。
これまでは、ゲームをやりたい人のために、ゲームを作りたい人がゲームを作っていた。今は、特にゲームに興味があるわけではない人のために、特にゲームを作りたいわけではない人がゲームを作るケースが出てきている。本質的な部分での変化が起き始めている。
開発の垣根も下がっている。それを象徴するのは、オールインワンで格安のゲームエンジンソフトウェア「Unity」が登場して、小規模のデベロッパでも借り物のエンジンで簡単にゲームを作ることができるようになったことだ。こうした動きに対して、「ゲーム開発の民主化(democratization)」という言葉も使われるようになった。
●任天堂にとってハードルが上がった任天堂が今、直面しているのは、こうしたゲーム産業のさまざまな層で進行している変化だ。それに対して、任天堂のキーノートスピーチでは、解決策として、イノベーションが大切、ゲームを注目されるように、といった、今まで通りの言葉で答えた。海外のゲームデベロッパーから、あまりいい反応を得られなかったとしたら、それは、彼らが期待するような何かが示されなかったからだろう。
もっとも、3DS自体のプラットフォームとしての勢いは、今のところ、まだ未知数だ。任天堂は、DSの時も2画面で予想をはるかに上回る“当たり”を得た。3DSの裸眼立体視も、DSの2画面と同様に大当たりとなる可能性はある。DSとWiiを成功させた任天堂の、そうした“読み”を軽視することはできない。
また、前回のGAMECUBE後の危機を乗り切った岩田氏が、この先に行き詰まった時に、手をこまねいているとも思えない。もし3DSの戦略がうまく行かないとなれば、何らかの手を打ってくる可能性はある。そのため、まだ任天堂と3DSの行方に安直な判断を下すことはできない。
1つだけ確かなことは、任天堂が他のゲーム機を相手に戦っていた時よりも、今は、一段とハードルが上がっていることだ。PC産業と同じかそれ以上の規模に膨れ上がりつつある、携帯情報デバイスの市場。その勢いに、任天堂も対応して行かなければならない。