後藤弘茂のWeekly海外ニュース

任天堂が発表した次世代ゲーム機「Nintendo 3DS」の狙い



●Nintendo 3DSはゲーム機の強味を活かす戦略を取る

 任天堂が次期携帯ゲーム機「Nintendo 3DS」を正式に発表した。3DSの重要なポイントは、任天堂が穏健かつラディカルな方法で、次の携帯ゲームの戦いを勝ち抜こうとしていることだ。米ロサンゼルスで開催されている「E3(Electronic Entertainment Expo)」に合わせたプレスカンファレンス(現地時間:6月15日)で、任天堂はその戦略を明らかにした。

 現在の携帯ゲーム機の最大の敵は、他社の携帯ゲーム機ではなく、スマートフォンと携帯電話だ。なかでも、iPhoneと将来の脅威であるAndroid端末が、携帯ゲーム機の行く末に暗雲のようにのしかかっている。ほとんどの人々がスマートフォンやその他の携帯通信デバイスでゲームをやるようになったら、ゲーム専用携帯機の生き残る余地がなくなってしまうかも知れないからだ。

 そのため、スマートフォンや携帯電話にどうやって対抗するかが、今回の携帯ゲーム機の大きなポイントとなっている。ゲーム機側の取れる戦略は2方向。1つは、スマートフォン的な要素を取り込み、高機能なゲーム機だけど汎用にも使えるデバイスにすること。もう1つは、その逆にゲーム専用機である点を徹底して強化すること。

 任天堂が選んだのは、後者のゲーム機の強味を活かす方向性の戦略だった。任天堂は、あくまでもゲーム機ベンダーとして、戦うつもりだ。

 3DSの戦略の根幹は、裸眼立体視による3D表示を徹底的に活かすこと。3DSは、視差バリア(parallax barrier)方式と見られる3D立体視液晶ディスプレイを備えている(2D表示も可能)。大型モニタでは不向きと言われる視差バリアの見やすさの問題も、小画面の液晶ではそれほど問題にならない。また、携帯機では、手持ちで画面の傾きを見やすいように調整しやすいという利点もある。任天堂は、3DSの立体視ディスプレイの美しさにはかなり自信があるようで、カンファレンスでもE3のショウフロアでも、デモ機を多数用意して来場者に間近で見せている。

 3D立体視は、相次ぐ立体視映画の公開や対応TVの発売でタイムリーなネタであり、コンシューマにもアピールしやすい。任天堂は、この追い風を最大限活かそうとしていると思われる。

カンファレンスの最後には多数の3DSガールズが登場して客席に入りデモを行なったカンファレンスでは参加者に間近で3DSに触らせた3DSのデモ画面

●3D立体視ムービーのビジネスを視野に入れる

 任天堂は、ディスプレイの裸眼3D化とともに、搭載チップのグラフィックス機能も強化したとアナウンスしている。より高度な3Dグラフィックス機能を備えて、本格的な3Dグラフィックスゲームへの道を開く。

 3DSの3Dグラフィックスコアが、どれだけの機能と性能を備えているのかは、まだアナウンスされていない。しかし、現在ファウンドリのバルクCMOSプロセスで最先端の40nmプロセスでは、やろうと思えばかなり進んだGPUコアを搭載できる。例えば、携帯機器向けで現在最強と見られるNVIDIAのSoC(System on a Chip)「Tegra2」は、40nmで、ほぼG70(GeForce 7000系)世代のGPUコアの機能を備えている(シェーダープロセッサ数は頂点1にピクセル1)。

 しかし、立体視を軸にした戦略はゲームだけにとどまらない。3DSは、2眼カメラ機能を内蔵することで、ユーザーによる3D立体視写真撮影を可能にする。初の大衆向け廉価3D立体カメラも兼用する。さらに、3DSは、3D立体視映像コンテンツも大きな柱に持ってきた。

 3DSでは、3D立体視ゲームだけでなく、3D立体視ムービーを楽しめることもアナウンスされた。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)は、E3でのカンファレンスで、「(3Dムービーコンテンツ供給については)特定の計画をアナウンスはしない」としながらも、大手映画会社陣の支持を取り付けていることを示唆した。E3でのプレゼンテーションでは、ディズニーやワーナーブラザーズ、DreamWorksといったムービーメーカーの予告編をショウフロアで楽しめることが紹介された。

 ビジネスモデルや供給方法はわからないが、3D立体視ムービーが3DSにコンテンツとして入ってくる可能性は高い。据え置きTVですら、ようやく3D立体視TVが発売され始めたところなのに、任天堂はポータブル3Dムービープレイヤを提供しようとしている。

筐体外向きにつけられた2眼カメラ3D立体視のハリウッドムービーの再生能力があることを発表

●ゲーム機のビジネスモデルは大きくは変更しない?

 3D立体視を軸としたデバイスの発展の一方で、任天堂は、ゲーム機の軸である部分はそのまま残した。まず、ゲームの供給では従来と同様にメモリカートリッジスロットを備える。DSファミリのゲームコンテンツに対する後方互換性も維持する。

 また、通信機能はWi-Fiのみに抑え、一時検討されたと言われる広域無線ネットワークへの対応はなかった。つまり、携帯電話的に、いつでもどこでもコンテンツをダウンロードできるというモデルは取らない。あくまでも通信はWi-Fi経由だ。これは、ゲーム機の足かせであると同時に強味でもあるビジネスモデル、つまり、主流の流通経路を小売店経由のパッケージ販売に置くというモデルは崩さないことを意味すると思われる。

 もっとも、任天堂はWi-Fi経由でのネットワーク利用でも、デバイス側で、より使いやすくする工夫を行なっている。そのため、エンドユーザーはWi-Fiホットスポットの場所にある程度縛られずに、コミュニケーションを楽しむことができるようになっている。この部分は、3DSのチップの機能にも関わるため、後の記事で解説したい。

 任天堂は3DSの通信機能を、従来携帯ゲーム機と同じ方法に止めただけでなく、汎用利用でのカギとなる画面解像度も相対的に低く抑えた。3DSの2画面のディスプレイのうち、3D立体視のメインディスプレイは上側。上側のディスプレイの実解像度は800×240ピクセルだが、3D視の場合は左右眼それぞれ400×240ピクセルとなる(視差バリアで左右に分けるため)。画面サイズも3.53型だ。テキストコンテンツ主体のスマートフォンが、ストレートな高解像度化へと進んでいる風潮とは、明らかに異なる。

 こうして概観すると、対スマートフォンの戦いを、あくまでもゲーム機として戦い抜くことを選択したのが3DSだと言えそうだ。任天堂らしい穏当な戦略とも言えるが、その一方で、立体視を突破口に据えたところはラディカルだ。そこがユーザーの支持を得なければ、強味を活かしにくいマシンだからだ。

 この戦略が、スマートフォンの大波に洗われている世界市場で通用するのかどうかが、これから問われる。

3DS用のゲームカード3DSの背面スロット。ゲームカードスロットと電源インなどが見える。上ディスプレイ背面には2つのカメラが見える

●3DSではこれまでになくスムーズな展示

 任天堂は、今回のE3に、相当数の3DSの実機を並べ、プレイアブルを含めたデモを行なった。しかも、実機はきちんとポータブルの筐体に収まっており、決して開発キットボードを使ったデモではない。このことは、すでに量産レベルにあるチップがあり、筐体に収まる基板も存在し、本体設計も進んでいることを意味している。

 ゲーム機業界では、ぎりぎりまでこれらの要素が揃わないことも多いため、2010年度中に発売の見込みの3DSが、これだけ整っていることは、かなり異例だ。このことは、3DSの設計はかなり前から進んでいたが、何か特定のキーデバイスの量産体制が整うのを待っているという可能性を示唆している。

 3DSの筐体サイズは横約134mm、縦約74mm、厚さ約21mmで、DS Liteとほぼ変わらない。重量は約230gで、これもDS Liteよりちょっと重いだけ。サイズと重量はほぼ踏襲と考えてよさそうだ。つまり、フォームファクタは変えていない。

 上ディスプレイは裸眼立体視の3.53型ワイド液晶。これは800×240ピクセルで、立体視の場合は左右眼それぞれ400×240ピクセル相当になる。DSファミリのディスプレイは初代の3インチからわずかずつ大きくなっており、今回も一回り大きくなった。面白いのは、画面右に3D立体視の深度を変更できるボリュームがついていること。これによってフラットな表示から、もっとも立体深度が深い表示まで切り替えることができる。

上ディスプレイは3.5型に大型化して裸眼立体視に右側に3D立体視の深度を変えるスライダがつく
下ディスプレイはタッチパネルアナログ操作のスライドパットが新設

 下ディスプレイは3.02型でタッチ入力液晶で320×240ピクセル。上下で3D立体視とタッチに分けた。

 カメラは内側に向けた1個と、外側に向けた平行に並んだ2個の2セット。解像度はいずれも640×480ピクセルで、2個の外向きレンズによって3D立体写真を撮影ができる。3D写真は、3DS同士なら交換も可能だ。また、マイクも内蔵している。

 通信はIEEE 802.11無線LANの予定で、詳細はまだ発表されていない。通信では、スリープ時の自働アクセス&ダウンロード機能がサポートされている。これは、携帯ゲーム機の通信上の弱点をカバーしようとする、任天堂のアイデアだ。

 3DSは、モーションセンサーとジャイロも内蔵しているが、これは疑問符がつく部分だ。視差バリアによる裸眼立体視では、立体に美しく見える角度がある程度限定されるため、本体を傾けたりといったゲームプレイをすると画面が見にくくなる可能性があるからだ。

 入力系は、従来通りタッチペン。ゲーム機の命であるゲームボタン系も備えており、アナログスティックライクに使えるスライドパッドが加わった。よりゲームプレイに適した入力系になったことを意味している。

 スロットと端子は、後方互換性を持つゲームカードスロットの他に、SDメモリーカードスロットを備える。また、ヘッドフォン出力を持つ。

●スマートフォンは追従できない3D立体視

 こうして外側だけのスペックを見ると、このマシンが、DSファミリの3D立体視拡張的なイメージであることがよくわかる。フォームファクタはできるだけ維持したまま、3D立体視を融け込まそうとしている。

 任天堂の3DSの3D立体視ディスプレイ化が、今回の戦いで合理的な戦略選択であるのは、スマートフォンが追従できないからだ。携帯電話系デバイスも、シャープの視差バリア液晶を採用した機種が登場する可能性は高い。しかし、汎用利用が前提の携帯電話系デバイスでは、3D立体視液晶が主流となる可能性は極めて低い。特に、業界スタンダードな携帯電話系デバイス、例えばiPhoneなどが全モデルで3D立体視液晶を標準装備するようになる可能性は低いと見られる。

 スマートフォンで、立体視は標準にならないなら、スマートフォン向けコンテンツでも立体視が花開く可能性は薄い。コンテンツがなければ、デバイス側の立体視対応も進まないというネガティブスパイラルに陥る。

クレイドルに設置された3DS最初の発売予定にはないカラーの3DSもブースに展示メタリックブルーカラーの筐体も展示

 それに対して、任天堂では3DSでは立体視が標準だ。そのため、その上でのコンテンツも立体視を前提として花開く可能性が高い。この場合、標準装備というのは大きな意味を持っている。コンテンツホルダーにとっては、3DSの売れた台数分の市場が見込めるため、3D立体視コンテンツに力を入れやすい。これは、任天堂のWiiでWiiリモコンが標準コントローラであったため、体感的な入力メソッドが一気に普及したのと同じことだ。

 また、立体視化によって、ちょうどブームが盛り上がったばかりの、3D立体視ムービーをコンテンツとして取り込めるという利点もある。通常の2Dムービーの提供なら、コンテンツホルダーもそれほど力が入らないが、3D立体視ムービーの提供となるなら、コンテンツホルダーも新チャレンジとして力を入れる可能性がある。映画ベンダーが3D立体視ムービーを次々に3DSに向けてリリースするという構図が実現すれば、これも3DSの起爆材料とできる。ゲームカートリッジも、ローンチ時で最大2GBなので、セキュリティを守りやすいカートリッジ経由のムービー供給もできそうだ。

 しかし、ネガティブな部分もある。それは3D立体視が一過性のブームに終わり、定着せずに飽きられるケースだ。コンテンツ市場の流れがそうなったら、3DSの力も弱められることになる。今の段階では、3D立体視は大きなブームとなっているので3DSの追い風になっているが、それが逆風になる場合も考えられる。

3DSを初披露する岩田聡氏3DSが長年暖めたアイデアであることを説明する岩田氏