後藤弘茂のWeekly海外ニュース

【Google I/O現地レポート】
新OS「Chrome OS」を搭載した「Chromebook」



●Googleの本丸はChromeとChrome OS
Googleの共同創業者Sergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏

 Googleは、同社の開発したWebブラウザベースのOS「Chrome OS」を、いよいよ正式にスタートさせる。先週サンフランシスコで開催された開発者向けカンファレンス「Google I/O」で、同社はChrome OSを搭載したノートコンピュータ「Chromebook」が、今年(2011年)6月15日から発売されることを発表。Chromebookによって「流れが一変する(game changing)」とぶち上げた。

 GoogleのOS戦略では、スマートフォン&タブレット向けのAndroidが脚光を浴びている。しかし、Google全体の中では、Chrome OSとWebブラウザである「Chrome」が今も主軸だ。それを象徴するのがGoogle I/Oでのプレスセッションだった。Googleの共同創業者であるSergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏は、AndroidではなくChromeのセッションで壇上に登場し、質問に積極的に答えていた。

 Chromebookを発売するメーカーはSamsungとAcerの2社。「Samsung Series 5」が12.1型(1,280×800)で重量1.48kg、「Acer Chromebook」が11.6型(1,366×768)で1.34kg。いずれもデュアルコアAtom N570(1.66GHz)を搭載、メインメモリは2GBで、ストレージはSSD 16GB。バッテリ駆動時間はSamsungが8.5時間、Acerが6時間(プレゼンテーションでは6.5時間)となっている。Samsungの方が少し大きく重いが、バッテリ駆動時間も長いわけだ。

 価格はSamsungがWi-Fiモデルで429ドル、3Gモデルで499ドル、AcerがWi-Fiモデルで349ドルから。いわゆるネットブック価格帯をちょっと出る程度。販売は米国ではAmazon.comと大手家電量販店のBest Buyからで6月15日スタートだ。米国以外では、スペイン、フランス、英国、イタリア、ドイツ、オランダで発売する。

 Chromebookは、かつて一世を風靡したNetwork Computerと同様に、いわゆる軽量クライアントのコンセプトで作られている。アプリやデータは基本的にクラウド側に置き、OSはWebブラウザをプレゼンテーション層として使い、WindowsのようなファットなOSを排除した。そのため、ハードウェア自体はロースペックに抑えても、一定のパフォーマンスは維持できる。

●軽量クライアントの利点を持つChromebook
Sundar Pichai氏(SVP of Chrome)

 Google I/Oでは2日目のChromeキーノートスピーチの中で、Chromebookは大々的に発表された。Chrome部門を担当するSundar Pichai氏(SVP of Chrome)は、Chromebookの紹介の冒頭で「これまでのPCは、ブートに時間がかかるし、ユーザーが管理しなければならないことが多く、非常に複雑だ」と発言。今日のPC向けOSが、長いパーソナルコンピューティングの歴史の積み重ねの結果、複雑になってしまっていると指摘した。その上で、複雑な要素を取り去って、シンプルにWebブラウザとWebアクセス機能だけがあるようにすれば、アプリを快適に走らせることができると説明した。

 こうしたコンセプトで創られたChrome OSを搭載したChromebookは、多くの利点を持つ。Pichai氏はその利点を下のように列挙して、これで状況が変わると説明した。

・8秒で立ち上がる高速ブート
・インスタントオン
・常時ネット接続
・オールデイバッテリ駆動時間
・場所を選ばず自分のデータやアプリにアクセス可能
・時間とともに性能や機能が向上
・セキュリティはビルトイン

 クラウドベースのChromebookでは、自分のデータやアプリはネットワーク側にあるため、ハードウェアを紛失してもデータや環境はそのまま別なマシンで使い始めることができる。新しいマシンを買った場合も、すぐに自分のアプリとデータを使い始めることが可能だ。Webブラウザがアプリの実行プラットフォームとなっており、そのため、WindowsなどほかのOS上のChromeブラウザで使えるWebアプリはそのまま使うことができる。Googleは、既存のブラウザ上で走っているWebアプリは、1行も書き換えることなくそのままChrome OSで走ることがブラウザベースの利点だと説明した。

 また、複雑なPC向けOSをベースとせず、アプリもWebアプリベースであり、ハードウェアとソフトウェアによるセキュリティがビルトインされているためウイルス保護も不要だと言う。OSは自動的に最新版へとアップデートされるため、PC OSにつきものの煩雑なアップデートやパッチ当ても不要になるとする。

 Googleは、Chromebookのテストとして、試作マシンである「Cr-48」をパイロットプログラムで大量に配布して行なってきた。Pichai氏は、このプログラムには100万件もの申し込みがあり、プログラム自体が関心を集めたと説明。Cr-48でのテストとフィードバックを経て、CPUパフォーマンスなどのハードウェアの要求を煮詰め、最終的に今回のSamsungとAcerからの製品スペックに昇華したと語った。

●WebベースのChrome OSの機能

 Google I/Oのスピーチでは、Chrome OSのプロダクトマネージャであるKan Liu氏が登場。Chrome OSを使ったさまざまなデモを公開した。デモでは、Chrome OSでGmailを開いてPDFを表示させたり、音楽ファイルや映像ファイルをメディアプレーヤーで開くといった基本操作を説明。また、発表したばかりの音楽サービス「music beta」をビルトインのメディアプレーヤーとの連携で使うデモも行なった。

 オンラインストレージでは、写真データをSDからインポートし、ファイラーを使って写真アルバムサービスPicasaへとアップロードするデモを公開。文書ファイルも同様に、クラウドのドキュメントストレージGoogle Docsへとアップして見せた。いずれもファイラからワンタッチで行なうことができる。また、ファイルハンドラにほかのさまざまなオンラインサービスを登録して、どのサービスへもデータを簡単にアップロードすることができる。Chromebookではローカルのストレージ容量に制約されず、データを扱うことができる。

 Chrome OSはオンラインのWebアプリとストレージを基本としている。しかし、ネット環境がない通常の飛行機の中のような環境でも使うことを考慮している。そのために、GoogleはGoogle DocsやGmail、カレンダーを始めサードパーティのサービスをオフラインでも使えるようにする。夏にはこうしたオフライン化が利用できるようになるという。


●企業と学校に格安のサブスクリプションプランを用意

 GoogleはChromebookの有望な切り口をエンタープライズと教育だと見ている。PCの所有につきまとう複雑性やセキュリティ、諸々のコストの問題をChromebookが解決できるからだ。そのため、エンタープライズ向けのアプリを重視するほか、企業と学校向けに月額料金のサブスクリプションプランも用意した。企業向けは1ユーザーにつき月額28ドルから、教育機関向けは20ドルから。このプランにはChromebook、Webコンソール、サポートなどが含まれる。

 基本契約は3年間で、その期間内は保証されハードウェアに問題があれば取り替える。さらに、3年経った時点で継続する場合は、新しいChromebookへと置き換えるという。また、時間とともにソフトウェア側のパフォーマンスが最適化によって同じマシンでも向上すると説明した。

 Chrome OSでは、データもアプリもGoogleに依存するように見える。プレス向けのQ&Aでは、その点に対する疑問も提示された。それに対して、Googleの創業者のBrin氏はオープン性を強調。「Chrome OSのモデルは、ただ『Googleを信じろ』という類のものではない。ユーザーは自由にほかのサービスを使うことができる。Chrome OSは安全を保証するが、ユーザーはほかのどんなWebサイトのサービスも利用できる」と説明した。Chrome OSはオープンソースで提供される。


●6週間サイクルのアップデートで性能を増すChromeブラウザ

 Googleは通常のPC OS上のWebブラウザであるChromeについてもアップデートをGoogle I/Oで発表した。Chromeを担当するSundar Pichai氏(SVP of Chrome)は、Chromeのアクティブユーザー数が、去年(2010年)の7,000万から、今では1億6千万に増大したと指摘。Googleはその1年間に、6週間サイクルで、8バージョンのChromeを出した。Googleが切り込み隊となっているHTML5対応が、現在のWebブラウジングの大きな流れになっていると説明した。

Ian Ellison-Taylor氏(Director, Product Management)

 続いてIan Ellison-Taylor氏(Director, Product Management)は、Chromeの機能とパフォーマンス面での拡張を紹介した。まず、Googleが提供するサーバーサイドの音声認識の機能を、HTMLに簡単に書き加えるデモを公開。Google Translateでリアルタイムに英語音声から中国語音声に変換して見せた。Googleは自動通訳の世界に一歩近づいた格好だ。

 さらに、JavaScriptの実行パフォーマンスを、Chromeのバージョンを重ねる毎にアップして来たことを強調。JavaScriptはもはやパフォーマンスボトルネックではないと宣言した。しかし、Ellison-Taylor氏は、高速化が重要な部分はJavaScriptだけではないと指摘。今後のカギとなるのはグラフィックスだと述べた上で、Webブラウザでシェーダコードをダイレクトに扱うことができるWebGLによるGPUアクセラレーションの例を見せた。

 Googleが例として紹介したのは、MicrosoftがWebブラウザのパフォーマンス比較に使う水槽で魚が泳ぐFishIE Tankのデモ。同デモをWegGLベースにポートしたバージョンで、10,000匹の熱帯魚を30fpsで動かして見せた。GPUによる3Dグラフィックスの劇的なパフォーマンスアップを誇示した。このほか、Webベースの3D CADモデリングソフト「Tinkercad」で、WebGLのデモも行なった。


●Chromeアプリのビジネスを助けるアプリ内課金

 さらにGoogleは、AndroidやiOSで人気を博しているモバイルゲーム「Angry Birds」を開発したRovioのPeter Vesterbacka氏を登壇させた。Angry Birdsは、1億4千万ダウンロードとゲームとしてかつてないプレーヤー数を誇っている。Vesterbacka氏は、Angry BirdsのWebアプリ版の提供を開始することをアナウンス。Web版Angry Birdsでは、WebGLによるGPUハードウェアアクセラレーションに対応しHD描画を行なったことを説明した。

 同ゲームは、WebGLをサポートしていないWebブラウザでも、ブラウザのJavaScriptベースの描画エンジンCanvasを使うことでプレイができる。また、バックエンドのアプリのホスティングはGoogleのApp Engineを使っている。Angry Birdsはすでにストアから提供されている。

 GoogleはこうしたWebアプリのパフォーマンスアップだけでなく、アプリの供給インフラを整えることにも力を注いでいる。まず、今年に入りGoogleがオープンした「Chrome Web Store」を、41言語対応に拡張。より広いユーザー層に届くルートを整備した。

 現在のWebアプリの課題の1つはマネタイズ、つまりどうやって稼ぐかという点にある。Googleは、その問題への解決の手段も用意した。これまで難しかったアプリの中からの課金を簡単にできるAPIを用意することだ。Google I/Oでは、たった1行ソースに加えるだけで、アプリ内課金が可能になる様子をデモした。

 もっとも、アプリ内課金が実装できるようになったとはいっても、ソフトウェアベンダー側が払なければならない利用料金が高ければ使えない。そこでGoogleは、手数料として一律5%を提示。固定的な一定料金や月額あるいはライセンス料を一切取らないことを明らかにした。Angry Birdsもアプリ内課金を使って、フリーで提供するゲームから隠し要素に課金するマネタイズを行なう。

Google I/Oの会場

 今回のGoogle I/Oは、1日目がAndroid、2日目がChromeと、Googleのクライアント戦略の2つの軸を分けて説明が行なわれた。Googleの戦略を新しいデバイスへと伸ばすAndroidに対して、ChromeはこれまでGoogleが積み重ねてきたWebアプリの世界をPCクラスのコンピューティングの世界で支える基盤となる。当然、既存のパラダイムに根ざしたWindowsの世界とは相対することになる。ここでGoogleは、Webブラウザをアプリのプラットフォームとすることで、ブラウザより下層のOSの存在意義を薄れさせる戦略を取る。