■石井英男のデジタル探検隊■
ノートPCを始め携帯電話、スマートフォン、タブレット、デジタルカメラなど、持ち歩いて使うデジタル機器の多くは、バッテリとしてリチウムイオン電池、またはその仲間であるリチウムイオンポリマー電池を利用している。
電池は、一次電池と二次電池に大別できるが、前者は充電ができない使い切りの電池、後者は放電したら充電することで繰り返し使えるタイプの電池である。一次電池の代表が、いわゆる乾電池(最近はアルカリ乾電池が主流)やコイン電池などで、二次電池の代表がリチウムイオン二次電池やニッケル水素電池(エネループなど)だ。
リチウムイオン二次電池は、ニッケル水素電池に比べて、重量あたりのエネルギー密度が高く(つまり同じ容量ならリチウムイオン二次電池のほうが軽い)、メモリ効果もないという利点があり、最初に述べたようなデジタル機器で広く使われている。そこで今回は、国内でも有数のリチウムイオン電池メーカーである、ソニーエナジー・デバイスの技術者にリチウムイオン電池の仕組みや最新技術について訊ねてみた。
●リチウムイオンポリマー二次電池で世界No.1のシェアを誇るソニーエナジー・デバイスは、一次電池や二次電池、充電器などの開発と製造を行なっている会社である。今回取材させていただいた郡山事業所(本社)は、リチウムイオン二次電池やリチウムコイン電池、リチウムイオンポリマー二次電池の開発・製造を行なう、ソニーエナジー・デバイスの中核となる事業所だ。
企画管理部門企画管理部部長代理事業戦略課統括課長の益永光徳氏によると、ソニーエナジー・デバイスは、リチウムイオンポリマー二次電池で世界シェアNo.1の企業であり、その技術は世界最先端だという。しかし最近は、液晶パネルと同じく、リチウムイオン二次電池やリチウムイオンポリマー二次電池の分野においても、SamsungやLG電子といった韓国勢の躍進が目立っているそうだ。
ソニーエナジー・デバイス株式会社郡山事業所の外観 | 取材に応じていただいたソニーエナジーデバイス株式会社の技術者達。左からLI第1事業部門商品設計1部統括部長の井上弘氏、同じく商品設計1部4課統括課長の橋本史子氏、LIバッテリ事業部門LI設計部4課テクニカルマネージャーの畑ヶ真次氏 |
●リチウムイオン二次電池とリチウムイオンポリマー二次電池の違い
身の回りのさまざまな場所で使われているリチウムイオン二次電池だが、その構造を詳しく知っている人は少ないだろう。そこでまず、リチウムイオン二次電池の基本構造を解説しよう。
リチウムイオン二次電池に限らず、電池には必ず、正極と負極があり、その間にショートを防ぐためのセパレータがある。正極と負極の間には電解液があり、電気を運ぶ役割を果たしている。最近のUltrabookや携帯電話などでは、薄型のリチウムイオンポリマー二次電池を採用した製品が多いが、リチウムイオン二次電池とリチウムイオンポリマー二次電池の基本的な原理は同じであり、構造にもそれほど違いはない。
「リチウムイオン二次電池とリチウムイオンポリマー二次電池の違いは電解質にあります。リチウムイオンポリマー二次電池では、ゲル状の電解質を使っているため、液漏れの心配がなく、金属缶を使わずに、外装をフィルムにできることがメリットです」(井上弘氏)。そのため、リチウムイオンポリマー二次電池は、薄型軽量化が可能で、形状の自由度も高い。
ちなみに、円筒形のリチウムイオン二次電池は、大きさの異なるいくつかの規格があり、14430や18650などと呼ばれている。この5桁の数字は電池の直径と長さを表しており、例えば14430なら、直径14mm、長さが43mmということになる。ノートPCのバッテリとしてよく使われているのは18650セルで、直径18mm、長さ65mmとなる。
リチウムイオン二次電池のエネルギー密度は、年率10%程度で向上してきたが、その容量増加は安全性との戦いだという。設計を担当している畑ヶ真次氏は、リチウムイオン二次電池の高容量化の難しさを次のように語る。「容量は、どれだけ多くの活物質を詰め込めるかということで決まります。しかし、活物質を詰め込んで、エネルギー密度が高まれば、安全性を確保することが難しくなるのです。詰め込みつつ、安全性も確保することにノウハウがあります」。
●次世代リチウムイオン二次電池「Nexelion」とはソニーのリチウムイオン電池20年の歩み。1991年にソニーが世界で初めてリチウムイオン電池を商品化し、2005年には次世代リチウムイオン電池「Nexelion」を発表した。累計出荷セル数は40億近くになる |
ソニーは、1991年に世界で初めてリチウムイオン二次電池を商品化し、二次電池の新時代を開拓した。その後も、同社は業界の最先端を走り続けてきており、2005年2月には世界で初めて、非炭素系負極を採用した次世代リチウムイオン二次電池「Nexelion」を開発した。
それまでの一般的なリチウムイオン二次電池は負極に黒鉛を使っていたが、高容量化の限界に近づいてきたため、高容量化を実現する新たな負極材料が求められていた。そこで、ソニーエナジー・デバイスが注目したのがスズである。スズは、高容量化を実現する負極材料として期待されていたが、充放電時の粒子形状の変化が大きく、充放電を繰り返すと電池容量が低下するという問題があった。
しかし、スズやコバルト、炭素などの元素を均質に混合し、アモルファス化した材料の開発によって、充放電サイクル特性の向上に成功し、実用化への道が開けたのだ。そのスズ系アモルファス負極を採用した次世代リチウムイオン二次電池がNexelionである。
Nexelionは、Next-Era Lithium-Ionの頭文字をとってつけられており、文字通り、次世代リチウムイオン二次電池という意味だ。Nexelionでは、負極材料をスズ系アモルファスに変えたことが一番のポイントだが、正極材料もその性能をフルに引き出すために、コバルト酸リチウムからニッケル-コバルト-マンガン複合酸リチウムに変更されたほか、電解液も改良されている。
2005年2月に発表された第1世代Nexelionは、従来のリチウムイオン二次電池に比べて、容量が30%向上し、-20℃での低温特性は40%向上している。また、充電特性も向上し、従来の2倍の2C充電に対応し、約30分での充電ができるようになるなど、まさに新世代リチウムイオン二次電池の名に恥じない優れた特性を誇る。当初発表された14430セルは、ソニーのハンディカムなどのバッテリとして採用されているほか、角形セルやより大きな18500セルなど、順次ラインナップが強化されてきた。
2011年7月12日に、ソニーは、Nexelionの新ラインナップとして18650セル(18650WH1)を発表した。18650セルは、前述したように直径18mm、長さ65mmの円筒形電池で、ノートPCのバッテリとして広く使われている。18650WH1の容量は3,500mAhであり、黒鉛系負極材料を使った従来品(2,200mAh)に比べて、約60%も容量が増加している。18650WH1は2011年中に出荷開始予定と発表され、震災の影響は多少あったものの、ほぼ予定通り出荷できるという。
ソニーエナジー・デバイスは、あくまで電池の供給メーカーであり、いつ頃Nexelionをバッテリに採用したノートPCが登場するかは言えないとのことであったが、早ければ2012年前半にもNexelionを採用したノートPCが登場しそうだ。2,200mAhセルからの置き換えなら、単純計算でバッテリ駆動時間が6割延びることになる。例えば、バッテリ駆動時間が8時間のノートPCなら、Nexelion採用によって13時間近くに延びるわけで、ヘビーモバイラー待望の電池といえるだろう。
●今後はリチウムイオンポリマー二次電池へのシフトが進む
「Nexelionの今後のロードマップについても、詳細はお話しできませんが、さらに容量を上げていくつもりです」と井上弘氏が語る通り、Nexelionは、従来のリチウムイオン二次電池よりも高容量であり、その他にも優れた特性を持っているが、今後もさらに性能を向上させていくという。
また、最近はUltrabookやタブレットなど、薄型のデバイスが増えており、今後は薄型化に有利なリチウムイオンポリマー二次電池の需要が増えそうだという。「二次電池のアプリケーションは時代とともに変わってきました。今後は、新たなアプリケーションを探していくことが重要だと思いますが、傾向としてはリチウムイオンポリマー二次電池へのシフトが進んでいくでしょう」(橋本史子氏)。
今後のリチウムイオン電池の進化やポストリチウムイオン電池について、益永氏に訊ねたところ、「リチウムイオン二次電池はニカド電池や鉛電池に比べると、まだまだ歴史が浅い電池です。今後、まだまだ進化していく余地があると思っています。また、リチウムイオン二次電池が進化することで、これまでリチウムイオン二次電池が使われていなかった分野にも、リチウムイオン二次電池が使われていくことになるでしょう。例えば、電動工具がそのいい例です。ニカド電池からリチウムイオン二次電池に変わったことで、より軽くてパワフルになりました。そういった意味では、ポストリチウムイオン二次電池は、リチウムイオン二次電池なのだといえるのではないでしょうか」。
ポストリチウムイオン二次電池の研究は、各メーカーや研究機関などですでに始まっているが、まだまだ実用化への道は遠い。今後も、ノートPCや携帯電話、スマートフォンなどの、モバイルデバイスのバッテリには、リチウムイオン二次電池やリチウムイオンポリマー二次電池が使われていくことになるだろう。