元麻布春男の週刊PCホットライン

IntelとFTCの和解を考察する



●IntelとFTCの和解内容

 米国時間8月4日、FTC(米連邦取引委員会)は、反トラスト法違反で提訴していたIntelと暫定和解に達したと発表した。30日間のヒアリング期間を経て、正式和解となる。和解には、Intelに対するさまざまな命令が含まれており、和解の正式成立後10年間有効となる。

 その中身は、Intelが競合会社(AMD、NVIDIA、VIA)との間にかわしたライセンス契約の中身を参照している部分も見受けられ、良く分からない部分もある。が、基本的には、競合会社との取引のあるなしを理由に、Intelが顧客を優遇したり、差別的な待遇を行なうことを禁じるとともに、競合会社が今後も事業を続けられるよう配慮したものとなっている。その内容は多岐にわたるが、主な内容は次のようになっている。

[製品開発について]
・今後6年間において、Intelはメインストリームプロセッサは標準PCI Expressバスへの必要なインターフェイスを保持し、他社製GPUの接続性を確保しなければならない。
・どのPCI Expressバス規格に準拠するかはIntelが決定できる。
・Intelは外部GPUの性能や機能を制限する目的でGPU用の外部インターフェイスに関してPCI Express規格から外れたものにしてはならない。

[技術ライセンスについて]
・Intelの競合(AMD、NVIDIA、VIA等、Intelとの間でクロスライセンスを持つ企業)は、そのライセンスを利用して自由にファウンダリを選択することができる。
・競合が買収された場合、買収時点においてすでに開発が完了しているチップについて、Intelが買収会社を特許違反で訴えることはできない。
・IntelはIntelの競合を買収した会社と1年以内に将来の特許ライセンスに関して、誠実で友好的な話し合いを持たなければならない。

[VIAへのライセンスについて]
・IntelはVIAがx86互換のプロセッサ(非ピン互換、非バス互換)の開発・製造・販売を続けることができるようライセンスを更新しなければならない(少なくとも2018年まで有効なライセンス)。

[商慣行について]
・顧客がIntel製品だけを購入すること、競合製品の購入を遅らせたり購入量を制限すること等により利益を供与してはならない。
・一定数量の購入に対する割引は可能だが、累進的な割引を行なってはいけない。
・製品の供給が不足している場合、競合との取引の有無を元に製品割り当てを行なってはならない。
・Intelが顧客に独占的な供給が可能なのは、新規市場の開拓等Intelによる大規模な支援が必要な場合に限られ、その期間は30カ月を超えてはならない。この契約は契約書として残し、10年間保存する必要がある(一般的な契約書の保存期間は5年)。また、このような独占契約は10件を超えることはできず、12カ月の期間内に2件までしか締結することはできない。

[製品情報提供について]
・競合製品の性能や機能を低下させるための設計変更を行なってはならない。
・製品ロードマップの公開は義務ではないが、公開したものに関しては、それが正確で誤解の生じないようものであるよう努めなければならない。
・本件和解成立の1周年、2周年、3周年、4周年を迎える前毎に、本和解から5年後までのインターフェイスロードマップを提供しなければならない。

[コンパイラーについて]
・Intelコンパイラーが、他社のプロセッサに関してIntel製プロセッサーと同等の最適化ができない可能性があることを明示しなければならない。
・他社製プロセッサーで実行した場合の性能や互換性の問題でIntelコンパイラーをあきらめ、他社製のコンパイラーを使うことを希望する顧客に対し、Intelコンパイラー払い戻しプログラムを提供しなければならない。払い戻しプログラムは1,000万ドルの基金がなくなるか、同プログラムの発表から2年で終了する。
・他社製コンパイラーに対する優位性を説く場合、それは正確で根拠を明示できるものでなければならない。

[ベンチマーク]
・競合製品に対して優位性を謳う場合も、それが環境により変わる可能性があるとの断り書き(文面も指定されている)を入れておかねばならない。

[Intelの事業計画について]
・事業の廃止、企業買収、合併、統合については少なくとも30日前にFTCに届けでなければならない。

[和解の期限]
・この和解条項に基づく命令は正式成立後10年で失効する。

●現状の権益確保は評価できるが、未来は不透明

 まず注目すべきは、競合会社が持つIntelとの特許ライセンスに関してだ。FTCは、ライセンスを持つ企業が、自由にファウンダリを選んだり、他社と合弁することをIntelに認めさせようとしている。IntelはAMDの旧製造部門であるGLOBALFOUNDRIESが、有効なライセンスを持たないとして、x86互換プロセッサの製造を行なっていることに疑義を呈していたが、この問題は解消することになる。また、将来の合併や事業売却にまで踏み込んで、競合会社が持つライセンスを保護している点が特筆される。

 商慣行については、おおよそ予想された項目が並ぶが、独占供給を行なう際の条件まで細かく規定されていることに驚く。インターフェイスのロードマップを開示させるのは、外付けGPUの市場を守るためなのだろうが、その効力については疑問も残る(後述)。さらに驚くのは、コンパイラーに関する具体的な指示が含まれる点で、払い戻しプログラムまで定めているのは、わが国ではちょっと考えられないことだろう。

 FTCはこの暫定合意が、2009年12月の提訴からわずか8カ月あまりで実現したことについて、「今回の事案は、移り変わりの速い業界における最も強力な企業による反競争的な振る舞いに対しても、FTCがそれを是正しようという意思を持つことを示した」と自賛している。確かに、コンパイラーや製品ロードマップ、技術ロードマップの開示まで、こと細かく規定したのは画期的なことなのかもしれない。

 しかし、和解が持つ10年という期間を考えると、果たしてどこまで有効なのかとも思う。例えば外付けGPUだが、Intelが外付けGPUの提供を阻害したことは、少なくとも公にはない。そもそもIntelに競合するような外付けGPU製品は、現時点で存在しない(過去には存在したことがあるし、新しい製品のリリースも検討していたが、結局キャンセルされた)。

 Intelにより事実上競合が締め出されたのは、チップセットでありチップセット内蔵グラフィックスの市場だ。というより、かつてはチップセットが内蔵していたメモリコントローラやグラフィックス機能は、CPUに取り込まれてしまい、チップセットという製品ジャンルそのものが無くなってしまった。現在チップセットと呼ばれているものは、以前のSouth Bridgeであり、大昔で言えばスーパーI/Oチップのようなもの。メモリコントローラーやグラフィックス機能に比べると付加価値は低い。

 しかし、だからといってCPUからメモリコントローラやグラフィックス機能を分離せよということはできない。そんなことを言うのであれば、膨大に使われているSoCは存在できないことになる。Intelの競合であるAMDのFusionは頓挫するし、NVIDIA自身のSoC製品であるTegraはどうなのか、という話になる。Tegraが良くて、Atomはダメというのは理屈に合わないし、そうである以上、Core iプロセッサがメモリコントローラやグラフィックス機能を内蔵しても、問題にはできない。

 実現時期はともかく、将来的にはグラフィックス機能は今よりさらにCPUと一体化し、外付けGPUはニッチとなるだろう。CPUとGPUでリソースを共有する方が合理的であり、プログラミングも容易になるからだ。ムーアの法則が有効である限り、1つの半導体に集積可能なトランジスタは増していき、CPUは新しい機能を取り込み続ける。かつてFPUは外付けでサードパーティー製品も存在したが、今ではそんなことを覚えているのは少数派だろう。キャッシュコントローラやキャッシュメモリそのものも、かつては外付けだった。Intelはサードパーティーからキャッシュメモリ(PBSRAM)を購入していたのである。その売上げがなくなったと、Intelを訴えた会社はない。

 すでにGPU機能はプロセッサのパッケージに取り込まれた。次のステップとしては、CPUと同じダイ上に統合されるだろう。その次はCPUとGPUが同じリソースを利用可能になっていく。その流れを止めることはできないし、10年という和解の期間は、CPUとGPUが融合するのに十分な長さだ。今回の和解で、とりあえずIntelの競合は現在のビジネスを継続することが保証されたが、そのビジネスがいつまで存在するのかは神のみぞ知る、である。