■元麻布春男の週刊PCホットライン■
PCの世界で最も成功した無線技術といえば、間違いなくWireless LAN(Wi-Fi)ということになるだろう。当初は草の根的に広まったWi-Fiだが、今ではほとんどのノートPCが標準搭載するほか、ゲーム機やデジタルカメラなど、PC以外の民生機器にも普及している。
Wireless LAN=無線LANということで、Wi-Fiといえばインターネットアクセスというイメージが強いのだが、この普及した無線技術を、PCとデバイス間の接続に使おうというのがIntelが提唱するMy WiFi Technology(MWT)だ。身近なデバイス同士を相互接続するPAN(Personal Area Network)向けの無線技術としては、すでにBluetoothが実用化されている。実際、Bluetoothを使った方が消費電力等の面では有利なハズだが、普及の度合いという点でWi-Fiに及ばない(特にPC分野)。これだけ広く普及したWi-Fiがあるのだから、PCと周辺機器や民生機器との接続にも利用しようというのがMWTの狙いだ。このMWTについて、Research@Intelの前日に開催されたInternational Media向けブリーフィングにおける概要と、手元の機材で利用してみた様子を合わせて簡単に紹介しよう。
MWTのおおまかな仕組みは写真1のようになっている。1つの物理ネットワークインターフェイス上に、2つの仮想的なネットワークインターフェイスを設け、それぞれを、従来からの用途である無線LAN(インターネットアクセス)と、無線PAN(周辺機器の接続)に使い分けよう、というわけだ。
基本的に無線LANと無線PANは異なるネットワークであり、PAN側はローカルアクセスのみとなる。つまり、ノートPCのインターネットアクセスを維持したままで、同じ無線モジュールをPAN用途にも使える、ということだ。設定を変更することで、インターネット接続をPAN側と共有することも可能だが、これはあくまでもインターネットアクセス共有であり、ホストするノートPCがルーターになるわけではない。インターネット共有を有効にする際に、無線PAN向けには提供するDHCPサーバー機能を無効にしなければならない(インターネット共有を有効にすると強制的に無効になる)ことからして、ルーターとなることを避けているのだろう。
さてMWTを利用するために必要なノートPC側の要件は、無線LAN機能としてIntelのWiFi Link 5100あるいはWiFi Link 5300のいずれかを利用し、バージョン12.4以降のIntel PROSet/Wireless Wi-Fi Connection Utilityをインストールしていることだ。これらの無線LANモジュールがサポートされているという点で、ノートPCのチップセットは現時点でPM45/GM45/GS45のいずれか(Montevinaプラットフォーム)でなければならない。サポートするOSは、今のところWindows Vista(32bitおよび64bit)のみである。
注意が必要なのは、現時点においてMWTはWiMAXをサポートした無線LANモジュールであるWiFi Link 5150やWiFi Link 5350では利用できない、ということだ。内蔵WiMAXによるインターネットアクセスを無線LANで共有することは、とりあえず(キャリアとの契約上から?)認められない、ということなのだろう。この点について質問(というより確認)してみたが、得られた回答は「技術的に不可能だからではない」というものだった。
それではMWTを実際に使ってみることにしよう。手元にあるPCでハードウェア要件を満たすものとして、WiFi Link 5300を搭載したThinkPad X200sを用いた。ただし、Lenovo製のAccess Connectionsドライバではなく、上記したIntel製のPROSet Utilityを利用する関係上、Windows Vista Business 32bitをクリーンインストールした環境を用いた(ThinkPadの出荷時環境とは異なる)。
このPROSet Utlility(ICS_v32.exe)だが、図1のようにインストール時に必ずカスタムセットアップを選択する(デフォルトではMWTはインストールされない)。MWTを含めてPROSet Utilityがインストールされると、タスクトレイに「インテルMy WiFiユーティリティ」が常駐するので、ここでMWTを有効にする。この時点でMy WiFiユーティリティを開くと図2のようになる。ネットワーク名: Intel-CP-67848というのが、MWTによって作り出されたPANの名前だ。当然のことながらこの時点で、PANアクセスを許可されたデバイスはない。
この状態をWindowsは図3のように認識している。すなわちIntel Wi-Fi STAというインターネットアクセスの接続と、Intel My WiFi PANというPAN接続の2つだ。現時点で、Intel Wi-Fi STAとIntel My WiFi PANは、同じ無線デバイス上になければならない。たとえばノートPCのインターネットアクセスを5GHz帯で行ないつつ、PANアクセスは2.4GHz帯で行なう、という使い分けはできない。また、同じ2.4GHz帯で、インターネットアクセスをチャンネル1で、PANアクセスをチャンネル7で、という使い分けもサポートされていない。
MWTは、2.4GHz帯と5GHz帯をサポートしているが、PANアクセスするデバイスで5GHz帯をサポートしたものは、事実上存在しないに等しい。PANアクセスを2.4GHz帯で提供するのであれば、インターネットアクセスも2.4GHz帯で利用する必要がある。WiFi Link 5100および5300は、デフォルト設定では2.4GHz帯と5GHz帯の両方をサポートする(混合バンド)が、5GHz帯の無線LANに自動接続される設定が有効になっていると、PANアクセスができなくなってしまう。MWTを利用する際は、利用するバンドを2.4GHz帯に固定しておく方がベターだろう(図4)。
残念ながら筆者の手元には、MWTと互換性を持つ民生機器がない。そこで試しにネットブック(HP Mini 1000)を接続してみることにした。セキュリティの設定を行なうことで、HP Mini 1000は問題なく接続できた(図5)。この時点でインターネットアクセスの共有は設定していないから、HP Mini 1000の接続に対してMWTのDHCPサーバーが有効になっている。Mini 1000に割り当てられた192.168.16.2というプライベートアドレスは、MWTのDHCPサーバーが割り当てたものだ。
さて、これだけでは何もできないので、MWTのインターネット接続共有機能を使って、Mini 1000をインターネット接続してみることにした。図2のMy WiFiユーティリティで示されたIntel-CP-67848のプロファイルを選択、共有タブを開く。ここでネットワークトラフィックのフィルタを無効に設定し、DHCPサーバーとDNSサーバーも無効にする(図6。設定しなくても、自動的に無効になると書かれているが)。
MWT側の設定が終わったら、今度はWindowsのネットワーク設定を変更する。ネットワーク接続(図7)で、インターネットアクセスに利用しているIntel Wi-Fi STAのプロパティを開き、共有タブからこの接続をIntel My WiFi PANから共有可能に設定する(図8)。これでインターネットアクセスの共有が可能になる。My WiFiユーティリティを開くと、HP Mini 1000の表示に変化が生じていることが分かる(図9)。HP Mini 1000はMWT経由で接続されているものの、そのIPアドレスはMWTが付与するものではなくなってしまったため、図5で表示されていたプライベートアドレスの表示がなくなり、単に接続という表示になっている。HP Mini 1000のIPアドレスは、外部のDHCPサーバー(この場合は外部のルーターが内蔵するDHCPサーバー)が割り当てており、MWTはあずかり知らぬためだ。
【図7】ネットワーク接続から、インターネット接続に利用しているIntel Wi-Fi STAを選択する | 【図8】Intel Wi-Fi STAのプロパティから、この接続を共有可能にする | 【図9】MWTの内蔵DHCPサーバーが使われないため、プライベートアドレスの表示がなくなった |
こうしてHP Mini 1000をMWT経由でインターネット接続してみた。ちょっとレイテンシが大きくなったように思うが、普通にインターネットにアクセスできる。ただ、言うまでもなくHP Mini 1000は、わざわざMWTを経由しなくても、直接MWTが利用しているのと同じ無線LANのアクセスポイントに接続することが可能だ。わざわざMWTを経由して接続しても、メリットはない。
というわけで、やはりMWTの真骨頂は、PANとして対応する民生機器を接続することにあるのだろう。残念ながら現時点では対応する機器が少ない(写真3)上、Zuneのような日本で展開されていないデバイスが含まれているため余計に厳しいが、今後は増えていくことが期待されている。
また、現行のWindows Vista用のMWTは、今回示した例でも分かるように、決して使いやすいとは言えない。インターネット共有を行なうのにMy WiFiユーティリティ側とWindowsのネットワーク設定の両方を変更しなければならないなど、どうも分かりにくい。第3四半期後半~第4四半期前半に予定されているWindows 7サポートでは、IntelとMicrosoftが協力して統合作業を行なっているというから、もう少し使い勝手が良くなるのではないかと期待される(写真4)。
【写真3】MWTに対応する民生機器(米国市場)。プロジェクターなどビジネス用途のものも含まれている | 【写真4】MWTの将来計画。年内にWindows 7対応が行なわれる予定 |
この写真4に掲載されているWindows 7サポートのフィーチャーで注目したいのは、IHVによる拡張と、OEMのカスタマイゼーションを可能にするAPIおよびSDKの提供だ。現行のMWTは、WiMAX等のインターネットアクセスをWi-FiのPANで共有することができないが、上でも触れたように技術的な制約ではない。MWTのSDKを使って、IHVが拡張すれば、乗り越えられても不思議ではない壁だ。
たとえばWiMAXによるアクセスの共有を認めるかどうかというのは、最終的にはキャリア/プロバイダの判断による。実際、わが国でWiMAXのサービスプロバイダとなっているUQコミュニケーションズは、無線LANでWiMAXの共有アクセスを行なうWiMAX Wi-Fiゲートウェイを提供している。つまり1つのWiMAXアクセスを無線LANで共有することは、わが国においては認められているわけだ。
もしMWTをベースに拡張したソフトウェアが提供されれば、1台のノートPCがWiMAX経由でインターネットにアクセスした上で、WiMAX Wi-Fiゲートウェイと同等の機能(ルーティングを含めた機能)をユーザーに提供可能になる。これはWiMAXがPCのプラットフォームに統合されているからこそ実現できることであり、キャリアがモデムを販売する3.9GのサービスやLTEでは、同じコストと手軽さで実現することは難しいハズだ。現在はWiMAXが統合されたWi-Fiモジュール(WiFi Link 5150/5350)はMWTのサポート対象外となっているが、Calpella用に提供されるKilmer PeakはWiMAX/Wi-Fiの統合アダプタだと言われている。ソフトウェアの拡張で、そのポテンシャルをフルに発揮できる日がくることを祈りたいと思う。