元麻布春男の週刊PCホットライン

Mac OS X Lionのマルチタッチジェスチャと販売手法



 WWDC 2011の基調講演では、Mac OS X Lionが備える250もの新機能のうち、10が選ばれて紹介された。その大半は、ユーザーインターフェイスと、メールやPhoto Booth標準アプリケーションに関するものだった。まだ紹介されていない新機能が240あまりもあるのだから、決めつけるのは早計かもしれないが、前回Snow Leopardの時とは対照的な印象を受ける。Snow Leopardの新機能は、64bit化、メニーコア対応(Grand Central Dispatch)、GPGPU(OpenCL対応)など、ユーザーの目にとまりにくい、カーネル部分の改良が目立ったが、今回はユーザー体験に直結するものが多い。

 その中でも特徴的なものは、真っ先に紹介されたマルチタッチジェスチャを多用するUIと、アプリケーションの動作モードとして加えられる「フルスクリーン」だろう。いずれもユーザーに好評を博しているiOSのUIに影響を受けたものだとされる。

 ジェスチャというのは、言うまでもなく、トラックパッドの上で特定の操作を行なうことで、トラックパッドに単純なポインティングデバイス以上の役割を持たせようというものだ。同じ操作であっても、利用する指の本数で処理が変わり、特にアプリケーション内でページ移動する2本指のスワイプと、フルスクリーンアプリケーション間および複数の仮想デスクトップ間を移動する4本指のスワイプは、Lionでの目玉とでも言うべき操作だ。

基調講演でLionの紹介を行なったフィリップ・シラー副社長真っ先に紹介されたLionの新機能は、マルチタッチジェスチャウィンドウ動作のアプリケーションが利用するデスクトップと、フルスクリーンアプリを一覧し、選択することが可能なMission Control

 例えばブラウザのSafariで、戻るや進むは2本指のスワイプ(左右方向)で、ブラウザから別のフルクリーンアプリやデスクトップへ移動する場合は4本指のスワイプ(左右方向)を使う。これらを俯瞰的に見て操作する環境として、Mission Controlも提供されるが、これを呼び出すのも4本指のスワイプ(上方向)という具合だ。文字にするとややこしいが、こういう操作は指で覚えるもの。しばらく使えば、ほとんど考えることなく利用できるようになるだろう。

 それは心配しないのだが、気になるのは他の環境との整合性だ。例えばLionのUIが影響を受けたというiOSだが、iOSでは3本以上の指による操作をサポートしていない。iPhoneやiPod touchの小さなスクリーンでは、それも無理からぬところだが、iPadでは十分可能だ。Snow Leopardでは、3本指のスワイプでブラウザの戻るや進むを操作することができたが、iPadではできなくて、混乱することがある。今回のLionでのUI拡張を見ていると、Appleはジェスチャを統一するつもりはないのだろうか、と思ってしまう。

 また、今回披露されたジェスチャは、全面的にトラックパッドでの操作を前提としている。今後、デスクトップ型のMacでもトラックパッドが標準添付されるようになるのかもしれないが、現時点で店頭販売されているiMacに標準添付されているのはMagic Mouseだ(オンラインストアではMagic Trackpadを選択可)。Magic Mouseは一部のジェスチャをサポートしているものの、すべてをカバーしているわけではない。Lionへのアップグレード時には、Magic Trackpadを追加購入することを検討しなければならなくなるだろう。

 そもそもAppleは、パーソナルコンピューターの世界にマウスを広めた張本人だ。Lisaとそれに続くMacintoshがGUIを採用し、マウスを標準添付したことが、マウスを標準的な入力デバイスの1つに押し上げた。今後マウスは作図やイラストレーションなどの、特に高い精度を必要とするオペレーション向けのデバイスとなり、ポインティングデバイスの主流はトラックパッドへと移行してしまうのか、Lionの受け止められ方が今から気になる。

 この4本指でのスワイプが極めて重要な役割を果たすのが、フルスクリーンアプリだ。すでに述べたように、Lionでは複数のフルスクリーンアプリを起動し、4本指のスワイプでページを繰るように移動することができる。基本的にGUIは、ポインティングデバイスでつかめないものは操作できない。アプリケーションをフルスクリーンで起動することは、ほかのつかむべきオブジェクト(アプリケーション)を隠してしまう行為であったわけだが、4本指のスワイプを用いることで、その制約から解き放たれた格好だ。筆者はアプリケーションをフルスクリーンにすることがほとんどない(フルスクリーンが嫌いな)ユーザーだが、Lionがリリースされたらフルスクリーンを試してみる必要があるかもしれない。

 さて、Lionのフルスクリーンだが、単にアプリケーションを全画面に拡大したものではない。Lionに新しく用意されたアプリケーションの動作モードで、フルスクリーン化と同時に仮想デスクトップの1つを占有する感じだ。4本指のスワイプで、このフルスクリーンモードとデスクトップ間を移動できるほか、フルスクリーンアプリ間を移動することも可能だ。従来のフルスクリーン動作は、デスクトップを覆う感じだったが、Lionで新設されたフルスクリーンは挙動が異なる。

 現時点では、フルスクリーン状態の解除や、終了(ウィンドウを閉じる)を行なうジェスチャの有無など不明なこともある。また、標準ブラウザであるSafariのタブと、フルスクリーンの関係もよく分からない。フルスクリーンアプリ間の移動は4本指のスワイプで簡単だが、これに匹敵するようなタブ間移動のジェスチャがあるのかどうか。もしなければ、リンクをタブを開くより、別ウィンドウで開いた方が良い、ということになるかもしれない。

 いずれにしても、LionはUIが思った以上に変わる印象だ。やや実験的な部分さえ感じられる。残り時間を考えると、こうした部分が7月にリリースされる正式リリース版までにリファインされるとは考えにくい。新UIの完成形は次のMac OS X 10.8ということになるのかもしれない。

●Mac App Storeで販売する意図とは
LionはMac AppStoreからの配信のみで提供され、そのままインストールが始まる

 Lion正式リリースだが、今回明らかにされたのはMac App Storeでの販売のみで、価格は29.99ドルということである。Mac App Storeからの販売のみであるということは、アップグレードを希望するユーザーは、それまでにMac App StoreをサポートしたSnow Leopardにアップグレードしておく必要があることを意味する。Snow Leopardは、すべてのIntel Macが対象であったが、前回も触れたように、このLionではCore 2 Duo搭載以降のIntel Macになっているので注意が必要だ。

 29.99ドルというアップグレード価格は、前回大幅に引き下げられたSnow Leopardからほぼ据え置き(Snow Leopardは29ドル)で、例えばWindowsなどと比べても十分に安価だ。その一方で、これまで提供されてきたファミリーパックの提供はなくなる可能性が高い。

 ファミリーパックは、家庭内での利用を条件に最大5台のMacにインストール可能なライセンスが付与された、アップグレード向けのOSパッケージだ。価格は49ドルだったから、1台あたり10ドルを切ることになる。Appleは、Mac App Storeから購入したアプリケーションは、同一ユーザーに限り、自由にインストールできるとしているが、これはApple ID(メールアドレス)が同じであることを意味している。ファミリーパックであれば、家族である限り、異なるApple IDのユーザーが利用するMacにインストール可能だったが、Mac App Storeからのダウンロードではそうは行かない。例えば親子3人(当然、メールアカウントは別)で、1台ずつMacを使っている場合、今までは49ドルのファミリーパックで済んでいたが、Lionでは29.99ドル×3の89.97ドルが必要になる。

 Appleは、Mac App Storeからソフトウェアをオンライン購入すること、あるいはiTunesストアから楽曲をオンライン購入することの利点を説く。購入履歴はAppleのデータセンターに保存されており、例えばHDDのクラッシュや、災害等によってハードウェア丸ごと失うようなことがあっても、再びMacをセットアップして、ストアに接続すれば、購入したソフトやコンテンツはすべて再ダウンロードできる。CDならメディアを割ってしまえば、買い直すしかないが、オンライン購入であれば、その心配はない。

 確かにそれはその通りであり、オンライン購入のメリットと考えられる。しかし、オンライン購入「しか」できないソフトウェアの場合、ちょっと気味の悪いことにもなる。例えば、上の親子の例で言うと、お父さんがMac App Storeから購入したLionを、HDD上のイメージを使って、息子のMacにインストールしたとする(そうしたことが可能かどうかは、まだ分からないが)。この場合、Appleは息子のMacにインストールされたLionが本来あってはならないものであることを正確に把握できるのである。息子のApple IDにはLionの購入履歴がないことをAppleは知っており、音楽やムービーと違って、ほかに正統な入手手段がないことがわかっているからだ。

 もちろん、ソフトウェアの不正コピーは犯罪であり、やっていはいけないことだ。それは疑う余地のないことだが、あまりに厳格に、かつ正確に把握されているというのは、ちょっと気味が悪い。

 かつてAppleは1984年のSuperBowlにおけるTV CMでMacを発表した。このジョージ・オーウェルの「1984」を下敷きにしたCMで、Appleはビッグブラザーによる監視や抑圧に対するアンチテーゼとしてMac(あるいは自ら)を位置づけた。Appleは自らがビッグブラザーになる気はないと言うに違いないが、あまりに完全な情報の把握は、どうもそれに似た気味の悪さを感じてしまう。

本文で触れることがないが、VersionsもLionの新機能の1つ。自動的に差分を保存し、任意のバージョンに戻るだけでなく、以前のバージョンと現行バージョン間でカット&ペーストを行なうこともできる。UIはタイムマシン風だAirDropは、隣接するMac同士で簡単にファイルをやりとりするもの。Wi-FiをPeer-to-PeerのAdhocモードで使っていると考えられる。IntelのMy WiFiに似た、あるいはそれをベースにしたものと考えられるが、完成度の高さとネーミングがAppleらしさというところかMac OS X Lionにはまだまだ紹介しきれない数々の新機能がある。Server add onとか、Xsan buit-inなど、サーバーを示唆する文字列も見受けられる