AppleはWWDC(Worldwide Developers Conference:世界開発者会議)の基調講演で、Mac OS Xの8番目のメジャーリリースとなる「Mac OS X Lion」(以下、Lion)の提供を、7月に行なうことを発表した。価格は29.99ドル、日本国内での販売価格は2,600円と発表されている。Lionは、これまでCDやDVDといった光学式メディアを中心に提供されてきたOSの概念を打ち破るように、今年の1月から現行のMac OS XであるSnow Leopardに先行搭載されているMac App Storeを通じてのみダウンロード販売される。
日本の事情なので米国で行なわれた基調講演では言及されていない部分に考察を入れたい。Mac App Storeにおける現在の為替レートは1ドルあたり115円が基本。同一のアプリケーションを米国のMac App Storeで購入すると99セントだが、日本のMac App Storeでは115円となる。続いて、1.99ドル=230円、2.99ドル=350円、4.99ドル=600円といった価格設定になっている。これはiOS向けのアプリケーションがiTunesのApp Storeで販売開始された際に設けられたレートと同じで、以降一度も変更がないまま今日まで継続している。通貨としての為替レートはご存じのとおりの円高市場で、1ドル=80円台前半での推移が続いており、客観的に見れば日本で購入する場合は同じアプリケーションでも高いということになる。
一方、Mac本体やiPadなどのiOSデバイスには製品発表時にあわせた柔軟な為替レートが適用されており、時にはそれが日本国内におけるApple製品の割安感であったりもする。しかし、今回は同じMac App Storeにおけるダウンロード販売であるにも関わらず、29.99ドル=2,600円という価格が発表された。ちなみに6月9日時点で、Mac App Storeで同じ米国の29.99ドルのアプリケーションを購入すると3,500円という価格になる。こうした点を考慮すると、Lionのリリースに合わせて、iTunesのApp StoreとMac App Storeの為替レートの見直しが行なわれるものと推測される。その場合の新レートは1ドルあたり86.7円程度。現在の為替相場を考慮すれば、妥当な線と言って良いだろう。ただしこれは推測に過ぎず、Lionのみの特別な価格設定という可能性もある。また、楽曲に関しては国内レーベルとの関係で為替レートの影響は受けず、変更はないものと思われる。
Mac OS X Lionを紹介した、ワールドワイドプロダクトマーケティング担当のフィル・シラー上級副社長 |
話が基調講演から逸れたが、WWDCにおけるLionのプレゼンテーションは、ワールドワイドプロダクトマーケティング担当のフィル・シラー上級副社長によって行なわれた。まずAppleは、現在世界中に5,400万人のMacユーザーを抱え、インストールベースで継続した成長を続けていることを発表した。さらに、世界的には昨年(2010年)のPC市場が1%のマイナス成長であったことに対し、Mac製品に限れば28%のプラス成長を遂げたとして、Mac製品がユーザーの心を刺激し続けていると強調した。こうしたPC市場全体の伸びを上回る成長率は過去5年にわたって続いている。また、同社のMacの中でMacBookの各シリーズの出荷が全体の73%を占めていることも明らかにしている。
AppleがMac OS Xの最初のバージョンをリリースしてから10年が経過する。シラー上級副社長は、10年前のMac OS X(10.0 Cheetah)と現行のSnow Leopardの画面をそれぞれスライドに映し出し、10年間の堅実な成長を振り返ってみせた。そして、今回の基調講演で正式発表されるLionが、メジャーバージョンアップとして250を超える新機能を搭載するとコメントしたが、会場に訪れている開発者の多くはLionのプレビューリリースによるβテストを行なっているだけに「もう、君たちは(一部を)知っているだろうが」と注釈をつけて、会場の雰囲気を和ませる演出もみせた。
●10個の新機能をピックアップして紹介
今回、本稿で紹介をするLionをはじめ、iOS 5、iCloudのいずれもが、iCloudのOne More Thingを含めて、それぞれ10個のトピックスを用意している。これは、意識して合わせてきた数字だろう。今年のWWDCは久しぶりに約2時間に及ぶ長い基調講演だったが、それでも表示されるスライドが追い切れないほどに忙しいスピーチとデモンストレーションが続いた。
1番目はマルチタッチによるジェスチャー操作の拡大がテーマ。マウスを使ったドラッグ&ドロップが中心のユーザーインターフェイスは初代のMacintoshから続く象徴的な操作方法だが、近年トラックパッドを使ったマルチタッチのジェスチャーによる操作を積極的に取り入れ、大きな転換を目指している。
前述したように同社内の出荷は、トラックパッドを搭載するノートブック製品が約4分の3を占め、デスクトップの主流であるiMacも、MagicMouseの標準添付を皮切りにして、その後、MagicTrackPadのオプション販売を開始。現在では直営店での購入やオンラインのApple StoreではMagicMouseとMagicTrackPadが選択項目になるなど、マルチタッチジェスチャーの下地を作り上げてきた。Lionではこのマルチタッチジェスチャーを全面的に取り入れる。
スライドには、すべて2本の指を同時にタッチして操作する様子が映し出され、2本指のタップによる拡大、ピンチ操作、写真のプレビューで横に指をはらって前後の写真に切り替えるスワイプなどの操作が行なわれた。そしてすでにSnow Leopardでも利用できる操作だが、2本の指をタッチしたまま上下に指をスライドさせて、縦方向のスクロールを行なう。マウスによる操作ではスクロールバーをドラッグする操作になるが、Lionではスクロールバーが通常時は表示されない。前述の操作でスクロールを行なうときだけ従来より細く表示され、操作が終わると消える。「ウインドウが非常にすっきりする」と同氏は紹介した。
マルチタッチジェスチャー。ここ数年にわたり、その下地がつくりあげられてきた | LionにおけるSafariの画面。見てのとおり、右側にスクロールバーが存在しない。2本指でマルチタッチしたときにだけオーバーレイ表示され、操作が終わると消える | 2本指のスワイプによるSafariの「戻る」「進む」の動作。表示画面の切り替えではなく、左右からそれぞれのページがスライドして表示されてくる |
2番目はフルスクリーンのアプリケーション。MacBook Airなど、13型画面の製品でもアプリケーションがより快適に利用できる。マルチタスク、マルチアプリケーションが基本のPCやMacの環境で1つのアプリケーションに画面を占有されることに違和感を感じるユーザーは少なくないと思われるが、前述のマルチタッチを使って簡単にデスクトップ画面に戻ることができる。フルスクリーンのアプリケーションは、Snow Leopardにも搭載されているSpacesと同じように、複数の仮想デスクトップ上にそれぞれ開かれており、ジェスチャーによる左右のスワイプ操作で自由に画面を切り替えることができるのだ。フルスクリーンとウィンドウ表示の切り替えはウインドウの右上隅にアクションのコーナーが用意され、そこでポインタをタップ、あるいはジェスチャーでピンチすることで行なわれる。
フルスクリーン対応のアプリケーションはシステムに標準で付属するSafari、Mail、iCal、Previewなどのほか、iLife、iWorkの各アプリケーション、そしてFaceTime、Apartureなどで採用されている。APIは開発者向けにも公開されるので、今後はアプリケーションのフルスクリーン化が積極的に採用されるようになるだろう。
3番目は同氏がベストな改善だと薦める「Mission Control」。これは前出の2つとも大きく関係しており、Snow Leopardに搭載されていたSpacesとExpose、そしてWidgetを管理するDashboardを統合した機能だ。Mission Controlに入るにはやはりマルチタッチのジェスチャーが基本。3本の指を使って上方向にスワイプすると、それまでタイリングで重なり合っていたウィンドウが、それぞれのアプリケーションごとに1つのグループとなり、これまた前出のフルスクリーンモードで動いているアプリケーションは、それぞれが仮想デスクトップの画面に収まって一覧される。これら一連のデモンストレーションは、OS X担当のクレイグ・フェデリッヒ副社長によって行なわれた。SafariによるWebページの表示で、いわゆる戻る、進むというページ遷移動作が2本指の左右へのスワイプだけで、かつグラフィカルに左右に切り替わる様子には会場からも拍手がわいた。
このマルチタッチからMission Controlまでのデモは、OSにおけるユーザーインターフェイスの大幅な改革を示唆している。デモンストレーションはMacBook Proを使って行なわれており、会場内のスクリーンには画面と一緒に同氏の手元も映し出されていた。トラックパッドにはクリック機能も組み込まれているが、同氏は一切のクリック操作は行なうことなく、指2本、3本、4本といったマルチタッチのスワイプ操作やタップ、ダブルタップだけで一連のデモンストレーションを一切のとまどいや不都合もなくこなして見せている。トラックパッドがノートブック製品におけるマウスの代替インターフェイスではなく、マルチタッチによるジェスチャーが、伝統的と言えるマウス操作を超えるユーザビリティを生み出すと言うことだ。「さようなら、マウス」。マルチタッチジェスチャーには、こうしたメッセージも込められている。
このようにタイリングしている数々のウインドウが…… | Mission Controlで、このように整理される。上部にはWidgetのダッシュボードと、フルスクリーンで起動しているアプリケーションが一覧されている | Mission Control上で、新しい仮想デスクトップを追加して、そこにアプリケーションやフォルダウィンドウを移動させることも可能 |
4番目は、Mac App Store。iOSデバイス向けのApp StoreをMac製品向けにもフィードバックして今年1月から現行のSnow Leopardにも先行搭載されている。ユーザーとしてのメリットは、アプリケーション入手の容易性に加えて、互換性の維持やバージョン管理を委ねられる点がある。またシラー上級副社長は、北米の家電量販店や通販大手の名前を挙げ、「ソフトウェア流通で全米のトップになった」とコメントした。画像編集ソフトのPixelmatorなどの例をあげ、流通量は4倍にもなったと説明している。近年、Macを含めた個人向けのPCソフトウェアの流通量は縮小傾向が続いている。これは北米でも日本でも状況はさほど変わらない。いわゆるソフトウェアを買わなくなった人々が、再びソフトウェアを手にする、Macに標準搭載される以外のソフトウェアをインストールするという状況を作り出していることにも、Mac App Storeの意義が存在する。
5番目は「LaunchPad」。いわゆるアプリケーションランチャーだ。これまでショートカットの作成や、Leopard以降はDockからの一覧といった形でアプリケーション起動のしやすさを目指した改善は繰り返されてきたが、これはiOSデバイスの「アプリケーションを一覧し、タップによる起動」という操作を、Mac製品へとフィードバックすることで実現した。マルチタッチ操作で一覧画面に入り、起動したいアプリケーションでポインタをタップというシンプル操作。インストールされているアプリケーションが増えれば2画面、3画面にまたがるが、こちらもスワイプでスライド表示。iOSデバイスと同様にフォルダを作成して、同一グループのアプリケーションをユーザーが管理することもできる。前述したMac App Storeにより再びインストールされるアプリケーションが増加傾向へと向かうのであれば、こうした解決策がセットで提供されることは非常に重要なポイントである。
LounchPad。iPadのように、Mac内のアプリケーションが一覧される | Mac App Storeでの購入、マイナーバージョンアップ、インストールもiPadのようだ | LounchPadの一覧では、ユーザーによるフォルダ管理も可能 |
6番目は「Resume」。こちらもiOSデバイスからのフィードバックで、いついかなる状態からでもシステムのサスペンド、再開が行なえる。たとえダイアログが開いている状態やテキストの範囲選択が行なわれている場合でも中断、再開が行なえる。
7番目と8番目は一緒に紹介するが「Auto Save」と「Versions」。シラー上級副社長は「我々はとにかくセーブし続けてきた」と苦笑する。会場からも同調するように笑いがもれた。かくいう筆者もこの原稿を書いている間には何度も文章の読み直しや、写真の確認にウインドウを切り替えるときなど、ほぼ無意識にCommand+S(WindowsはCrtl+S)を押す癖がついてしまっている。これはセーブしないままフリーズ、クラッシュにあい、数時間かけた作業が一気に崩壊するという過去の教訓から身についているもの。最近のMac OS XやWindowsではそうした状態に陥ることはほとんどないのだが、まさにこの習慣は苦笑いするほかない。例えLionがAuto Saveを搭載し、自動的に作業中の書類の保存を行なってくれるとしても、身についた習慣がそうたやすく変わるとは思えないが、大いに歓迎したい機能だ。いつの日か、笑って「そういえば、もう自分でセーブしなくなったなぁ」と思えればいいものである。
そして「Versions」は、このAuto Save、そしてユーザーの任意による保存を履歴化してくれる機能となる。MacユーザーであればTime Machineのアプリケーション版と考えるのがわかりやすい。単なるセーブでは上書き保存になってしまうので、推敲中の文章や画像の配置、そういったものは常に最新の状態になる。不要と思って消したものが、あとで必要になったら、また新規に書いたり、あるいはオリジナルからペーストしたりしなければならない。しかし「Versions」ではこうした書類の過去の状態を保存しているので、任意の過去へと振り返り、書きかけまま消した推敲部分の復旧や、画像配置などを現在の状態へ反映させることができる。まめな人なら、作業途中の状態をファイル名を変えつつ履歴化しているかも知れないが、「Versions」であればTime Machine同様に差分の保存となっているので、ディスク全体としての負荷も少ない。
9番目は「AirDrop」。ファイルの受け渡し機能だが、たぶん手順としてはこれまでで1番手軽な方法になる。周囲にいるユーザーに対してWi-Fiを使ったP2Pでの利用となるが、ファイルを送りたい相手を一覧から選択し、送りたいファイルをドラッグして重ねるだけ。相手には、ファイル受信のリクエストが届き、受け取りの「許可」「拒否」が選択肢として表示される。許可されれば、そのファイルは相手側に届けられる。確かにメールへの添付、メッセンジャーなどを使った転送、あるいはUSBメモリにコピーして渡すといった、これまである程度容易と考えられる方法よりもさらに手軽な方法になるだろう。AirDropが可能なユーザーの発見や、セットアップも自動で行なわれるという。
AirDrop。Wi-Fiエリア内にいるユーザーに送りたいファイルをドロップする | 受信者側は、許可、拒否を選択する。これでファイルの受け渡しは終了 | AirDropが可能なユーザーの発見や、セットアップも自動で行なわれる |
10番目に紹介されたのはメール機能。「Mail5」として登場する。すでにMobileMeでのWebメールが横画面での2ペイン、3ペイン表示になっていたことから予期されていたが、iPadライクに左ペインに一覧、右ペインにメール本文という表示スタイルに変更された。現行の縦横混合3ペインから大きく見た目が変わる。これもまた前述したフルスクリーン表示機能によって使い勝手の向上を図るものだ。
見た目だけではない。一連のやりとりをピックアップするスレッド表示機能に加え、メール末尾の引用部分を自動的に折り畳んで非表示にする機能も加わっている。グループメールや、打ち合わせなどのメールの見通しが非常に良くなるだろう。また、強力な検索機能も追加される。これまでもSpotlight機能を使った全文検索や、差出人、件名などの検索機能はあったが、Mail5では日時なども加えた複合条件での検索が可能になる。
横方向に2ペイン、3ペインとなる新しいMail。Favorite Barも追加される。フルスクリーン表示にも対応 | 件名、差出人、日付など条件を複合化したメールボックス内の検索が可能になる | 関連するメールのスレッドをひとまとめにして表示。引用部分などは自動的に折り畳まれて、やりとりの流れが追いやすくなる。必要に応じて引用部分を開くことももちろん可能 |
シラー上級副社長がLionのセクションの最後に紹介したのはLionの価格と配布方法。前述したとおり「DVDでの配布はもうやらない。すべてMac App Storeでの販売となる」とのコメントに会場内での大きなどよめきが起こった。価格もいったん129.99ドルの表示がなされたあと、1の部分が落下して29.99ドルになった。
LeopardからSnow Leopardへのアップグレードでは、機能面での追加はほとんどなくOSの土台部分を大きく作り直すことにフォーカスしていただけに、29.99ドル(日本では3,280円)といった低価格でのアップグレードは現実的な価格提示だったが、今回の大幅なアップグレードも同様に低価格になったことは驚きだ。もちろんこれはパッケージによる流通をやめることで、流通コストが大きく下がることも要因の1つだろう。また、Appleの場合は本体とOSを同一の企業で提供する仕組みのため、OS自体で大きな売り上げをあげる必要性がないという背景もある。実際のところMac、PCを道具として使っている場合には、エンドユーザーほどOSのアップグレードには消極的だ。そこには、価格と手間というリスクがともなうからである。いずれにせよ、エンドユーザーにとって障壁となる価格、そしてインストール作業といった手間が軽減されることは大きい。
LionはIntel製のプロセッサ、Core 2 Duo/i3/i5/i7またはXeonプロセッサと2GB以上のメモリを搭載するMac製品を動作対象とする。Lionのアップグレードは、正規に個人で使用しているすべてのMacに対してインストールすることができるマルチライセンス。Mac App Storeの仕組みを使うことで、同一のApple IDを使用するユーザーを正規個人ユーザーとして複数のMac製品を紐づける仕組みだ。
Mac App StoreはSnow Leopardに先行搭載されているが、搭載が行なわれたのは今年1月に行なわれたマイナーバージョンアップ以降。内部バージョンとしては、10.6.6以降のSnow Leopardでアップグレードを行なうことができる。それ以前のSnow Leopardがインストールされている場合には、まず最新版(現時点では10.6.7)へのアップデートが必要だ。
なお、これまでは別パッケージとして販売、あるいはプリインストールされてきたServer版のMac OS X Serverは、LionからはServer Add-onとして追加される。やはり同様にMac App Storeからの提供となり、日本国内での価格は4,300円。Lionがインストール済みのMac製品に対して、Server機能を付加するという形になる。いまのところServer機能のAdd-onのみが発表されているが、こうしたOSに対するAdd-onの仕組みは今後も追加される可能性がある。
なおLionが発表された6月6日以降にAppleまたはApple製品取扱販売店で、対象となる新しいMac製品を購入したすべてのユーザーには、LionがMac App Storeを通じて無償で提供されるMac OS X Lion Up-To-Dateプログラムが用意される。対象者はLionの公式リリース日から30日間に限り、無償でLionのアップグレードが受けられるようになる。
(2011年 6月 9日)
[Reported by 矢作 晃]