元麻布春男の週刊PCホットライン

WWDCの焦点となったiCloudを分析する



 米国時間の6月6日、Appleの開発者向けイベントであるWWDC 2011がスタートした。WWDCは基本的に開発者向けのイベントで、参加にはデベロッパー登録が必須とされる。デベロッパー登録にはNDA条項が含まれており、WWDCで知り得たことも、このNDAに該当する。写真撮影や録音が禁止された秘密のイベント、というところだ。唯一、初日の午前中に開かれる基調講演のみが、NDAの対象外とされ、メディアの参加も認められる。

 メディア席にはステージに向かって左端(舞台の下手寄り)のブロックが割り当てられることが通例となっており、メディアに掲載される写真やニュース等の動画は、すべて下手側から写したものとなる。ステージ下手側には、これまた通例としてデモ用の机が用意されており、デモを行なう担当者(講演者が兼ねることもある)は、ここで機器の操作を行なう。

 したがって、メディア席からはデモを行なう担当者の背中を見ることになるし、前方の席だとプレゼンテーションの一部(左下)がその机で遮られてしまう。講演者は上手側に行く(メディア席から遠ざかる)ことも多いから、人を撮る(前方の席を狙う)か、スクリーンを重視する(前方に行きすぎないようにする)か、頭を悩ませることになる。WWDCというデベロッパー優先のイベントに、特別に入れてもらっている、という感じだ。

 さて、今回の基調講演は、事前のプレスリリースで告知されていた通り、Mac OS X Lion、iOS 5、iCloudの3部に分かれた構成であった。基調講演は朝10時スタートで通常は90分だが、今回はそれより若干長く、120分弱の長丁場となった。

ジョブズCEOの手のひらと手首の大きさの対比に、氏がいかに痩せてしまったかを痛感する

 まず最初に登壇したのはスティーブ・ジョブズCEOだ。今年の1月、病気療養を理由に2度目の休職を発表した後、3月のiPad 2の発表会に続いて公衆の面前に姿を現すのは2度目なのだと思うが、やつれた印象は否めない。声にも張りがないように感じた。

 かつては90分間の基調講演を、デモも含めて1人でこなしたこともあるジョブズCEOだが、ここ最近は体調重視ということもあってか、複数のエグゼクティブで分担することが多くなっている。今回も、来場者へ感謝の挨拶を行なったあと、ステージをワールドワイドマーケティング担当のシニアバイスプレジデントであるフィリップ・シラー氏に譲った。

 シラー副社長は、Mac OS X Lionに関する講演を受け持ち、OS Xソフトウェア担当の副社長であるクレイグ・フェデリー氏がデモを行なった。iOS 5をiOSソフトウェア担当のシニアバイスプレジデントであるスコット・フォーストール氏が講演およびデモを行なった後、再びジョブズCEOが登壇し、iCloudに関する講演を行なった。iCloudパートでのデモは、iWork担当の副社長であるロジャー・ロスナー氏と、Internetサービス担当の副社長であるエディ・キュー氏が担当している。


iCloudについての講演を行なうジョブズCEOジョブズCEOの講演でデモを行なったiWork担当のロスナー副社長iCloudのデモを受け持ったInternetサービス担当のキュー副社長

 こうした構成を考えても、今回の基調講演で最も重要だったのは、iCloudのパートだと考えて良さそうだ。確かにMac OS X LionやiOS 5も重要な製品には違いないが、いずれも成功した実績のある製品の正統な後継であり、新しい機能が加わるにしても、大きな変革が行なわれるわけではない(成功しているものを変える必要はない)。本稿執筆時点において、アップルのWebページのトップで、一番大きくフィーチャーされているのもiCloudだ。

●焦点となったiCloudとは
ノースキャロライナ州メイデンのデータセンターを紹介するジョブズCEO。丸く囲まれたところにいる人影から、その巨大さが伺える

 iCloudは、位置づけとしてはMobileMeの後継となるサービスだが、MobileMeが「成功」だったのかというと、おそらく論議のあるところだろう。年間99ドル(日本では9,800円)で提供される有償のサービスであるMobileMeだが、現在MobileMeが提供している電子メール、カレンダー、アドレス帳といった機能を提供するWebベースのサービスにしても、これらデータに関する機器間の同期を行なう機能にしても、現在ではこれらを広告ベース(無料)で提供する競合が登場している(その代表がGoogle)。3つのテーマの中で、一番大きな変革が行なわれたのが、MobileMeの後継となるiCloudであり、最も力の入るところ、というわけだ。

 iCloudは、一部のサービスを除き、原則的に無料で同様なサービスプラスアルファを提供するものだ。プラスアルファの部分は主にAppleが販売するコンテンツやアプリに関する部分で、購入した音楽、電子書籍、アプリに関する購入履歴を保存し、最大10台のiOSデバイスにダウンロードすることが可能になる。

 さらにPhoto Streamにより、ユーザーの写真のバックアップとiOS機器への配信、iOS機器のバックアップがiCloudにより可能になる。こうした体制をクラウドに設けることで、iOS機器はPCなしでの運用が可能になる。今までのように、iPhoneやiPadを購入した後、まずiTunesがインストールされたPCやMacに接続してアクティベーションの儀式を行なう必要もない。

 これまでパーソナルコンピュータ(PCやMac)は、家庭におけるメディアハブであると位置づけられてきた。Apple自身もMacをそのように位置づけてきたし、その中核がiTunesだった。しかし、iCloudサービスの登場でその役割はクラウドへと移行するとジョブズCEOは述べた。

写真はクラウド上に30日分、iOSデバイス上に直近の1,000枚が保持される

 とはいえ、そのような大きなパラダイムシフトが、すぐに実現するわけではない。たとえばPhoto Streamが保持する写真は、最新の30日分となっており、すべての写真はPCやMacにだけ保存される(iOS機器には直近の1,000枚分)。30日は、各iOS機器に写真を配分するには十分な期間であるとしているが、無償で提供されるサービスである以上、すべてをクラウド上に保存できないのは明らかだ。

 また、音楽にしても、iCloudの無料サービスで各iOS機器に配信されるのは、iTunesで購入した楽曲だけである。CDからMacやPCのiTunesライブラリに取り込んだ楽曲等をiCloudベースで、iOS機器と同期したいユーザーは、年額24.99ドルを支払って、iTunes Matchを利用する必要がある。iTunes Matchは、ユーザーがライブラリに持つものと同じ楽曲については、AppleがiTuensに持つ楽曲(AAC 256Kbps、DRMフリー)に置き換えて配信、iTunesにない楽曲だけをユーザーライブラリからiCloudにアップロードして、iOS機器に配信するというサービスだ。つまりユーザーライブラリ上の元データがロスレスであってもAACでの配信となるし、逆に128Kbpsの古い楽曲は256Kbpsにアップグレードされて配信される(ただし、配信先はiOS機器のみで、PCやMac内のデータがアップデートされるわけではない)。

 こうすることでユーザーがアップロードする楽曲データを減らすと同時に、楽曲の重複によるストレージスペースの無駄を削減し、サービスを安価に提供する狙いだと思われる。ユーザーがアップロードする楽曲データは、たとえ同じ楽曲であっても他のユーザーとまとめて、重複排除することは、著作権法上も難しいと考えられるからだ。

 iCloudサービスの展開にあたって、Appleは自社のデータセンターを拡充、ノースキャロライナ州メイデンに3番目のデータセンターを建設した。それでも、野放図に写真や音楽のデータをアップロードされては、アッという間に容量が不足するだろう。今回、映画やTV番組といったムービーデータについて、どのようにクラウド連携を果たすのか、一切触れられなかったが、Appleが販売するものだけがサポートされるのではないかという気がしている(それも、秋のサービス開始までにハリウッドやTVネットワークとの合意ができるとは限らないが)。

 現時点でiCloudがユーザーに無料で提供する容量は5GBとされている。この5GBには、メール、アドレス帳、カレンダー、iWorkや新たに提供されるiCloud Storage APIを使って作成されたアプリケーションがクラウド上に保存する書類、iOS機器のバックアップが含まれる。Appleから購入した音楽、アプリ、電子書籍、Photo Stream(30日分)はこの5GBに含まれないし、iTunes Matchで同期する楽曲の容量も含まれない。5GBを越える分については、有償で拡張可能とするが、その詳細は今のところ明らかにされていない(秋のサービス開始時までには明らかにされる予定)。

 基調講演の冒頭、ジョブズCEOは、常に理想主義と現実主義の間でバランスをとろうと努めてきたと述べた。5GBプラスアルファを無償というのが、現時点でのバランス、ということなのだろう。

 興味深いのは、AppleはiCloudのスタートに際し、書類を作成するアプリケーションそのものをクラウド上には用意しなかったことだ。アプリケーション(iWork)はMacやiOS機器上でそれぞれの環境に合ったものが動作し、そのデータがクラウド上に保持され、各デバイス間で同期される。Mac OS XのUIはiOSの影響を受けて変わりつつあるといえども、両者のUIは完全に同じというわけではない。そうである以上、同じWebアプリケーションを使わせるわけにはいかない、ということなのだろうか。

 最後にiCloudを利用可能な環境だが、iOS 5以降を搭載するiOS機器、Mac OS X LionをインストールしたMac、そしてWindows VistaおよびWindows 7がインストールされたPCとされる。現在までに販売されている製品でiOS 5に対応するのはiPhone 3GSおよびiPhone 4、第3世代および第4世代のiPod touch、そしてiPadおよびiPad 2となっている。また、Mac OS X LionがサポートするのはCore 2 Duoを搭載したIntel Macとされる。つまり、Core Duoを搭載した古いIntel Macは、iCloudではサポートされない。Windowsの場合、XPがサポートされない点に注意が必要となる。