■元麻布春男の週刊PCホットライン■
'75年にオーディオアンプの専門メーカーとして創業したバッファロー(創業当時はメルコ)は、'81年にPC周辺機器事業をスタートさせる。以来四半世紀を越えて、わが国のユーザーに親しまれ、今ではわが国最大の周辺機器メーカーとなった。2003年には、会社組織を変更、事業会社であるバッファローやCFD販売、バッファローコクヨサプライ等の子会社と、持ち株会社であるメルコホールディングスによる持ち株会社体制に移行し現在に至っている。
そのメルコグループの中核となるのがパソコン周辺機器全般を手がけるバッファローだ。各種メモリ製品、ストレージ、ネットワーク製品、特に無線LAN関連機器は、ユーザーも多い。その同社が6月にコーポレートステートメントを変更したのに気づいただろうか。
コーポレートステートメントというのは、社名の上に表示されている、キャッチフレーズのようなもの。ウチはこれをやります、という宣言文だ。
これまでバッファローのカタログを飾っていたステートメントは、「インターネット、もっと使いやすく」というもの。2001年から使われてきたもので、その前は「パソコン、もっと使いやすく」というものだった。新しく採用された「デジタルライフ、もっと快適に」は、いわば3代目のステートメントということになる。
新しいコーポレートステートメント「デジタルライフ、もっと快適に」 | 2000年4月から2009年までの「インターネット、もっと使いやすく」 | '87年から2000年まで使われた「パソコン、もっと使いやすく」 |
このステートメント変更の真意について、同社の創業者であり、メルコホールディングスの代表取締役社長とバッファローの会長を兼務する牧誠氏にうかがった。牧会長は、今も国内はもとより、台湾、アメリカ、ヨーロッパに展開する子会社を飛び回っておられる。その忙しい合間を割いて、インタビューに答えていただいた。
Q.今回、「デジタルライフ、もっと快適に」というコーポレートステートメントとして設定された理由と、背景をお話ください。
メルコホールディングス代表取締役社長 兼 バッファロー会長 牧誠氏 |
牧会長 一言でいうと、われわれの事業領域をデジタル家電に近い方向に持って行かなければならない、ということです。といっても、液晶TVやDVDレコーダを作ろうというつもりは全くありません。なぜかというと、われわれはパソコン周辺機器メーカーなんです。これから事業領域を広げていっても、それは変わらない。
今、デジタル家電にどんどんパソコンの技術が流れ込んでいます。TVのような家電製品は10年近く使うのが当たり前で、今も使われているわけですが、パソコンの技術がどんどん流れ込んでくることで、製品の陳腐化が速くなる。今売られているTVで地上デジタル放送を見ることができても、これから登場してくるであろう新しい技術、新しいコンテンツには対応できないかもしれない。そこにわれわれバッファローのチャンスがあると思っています。デジタル家電向けの周辺機器で、家電製品とパソコン技術のギャップを埋めたいのです。
バッファローのスタート地点はプリンタバッファでした。プリンタバッファがパソコンとプリンタをつなぐものであるように、周辺機器は相手とつなぐ世界です。これからデジタル家電同士がつながり、デジタル家電がホームネットワークにつながるようになると、われわれの出番も増えてきます。
だからとって、大手家電メーカーがひしめくTVやDVDレコーダの世界に出て行くのはおこがましい。10兆円規模の家電市場には、大手家電メーカーがやらない部分があるわけです。われわれはそこをやる。今までパソコンメーカーにかわいがられてきたバッファローでしたが、これからは家電メーカーさんにもかわいがられるバッファローを目指そうということです。家電メーカーさんに対抗しなくても、われわれが売上げを増やしていける余地はあるんじゃないの、というのが基本的な戦略です。
Q.具体的にはどのような事業をお考えでしょうか。
牧会長 地上デジタル放送が始まって、TVはきれいになったわけですが、デジタルのメリットはそれだけではないでしょう。もっと便利なデジタルライフがあってしかるべきで、われわれの周辺機器でそのお手伝いをしたい。
家電メーカーさんは、どうしても自社製品で、自社のTVに自社のレコーダで揃えようという世界に向かいがちです。われわれはそうではありません。もっとオープンマインドで、いろんなメーカーの製品を相互接続したい。中にはパナソニックで揃えた、ソニーで揃えた、というお客さんもいらっしゃるでしょうが、メーカーがバラバラになったお客さんも大勢いらっしゃるでしょう。
われわれはパソコン周辺機器で、異なるメーカーのパソコンに接続できる製品を提供するノウハウを積み重ねてきました。デジタル家電の世界でも、異なるメーカー間の製品をつなぐお手伝いができると思っています。デジタル家電製品をつなぐ周辺機器メーカーになろう、というスローガンを格好良く言ったら、「デジタルライフ、もっと快適に」になったということです。
Q.ステートメントを「インターネット、もっと使いやすく」に変更した時も、パソコン周辺機器を止めるのではなく、ネットワーク機器に重点を置く、それまでのパソコン周辺機器に加えてネットワーク機器を新しい事業の柱にすえる、というイメージでした。今回も、パソコン周辺機器やネットワーク機器を止めるのではなく、新しい事業領域としてデジタル家電向けの周辺機器を強化する、という理解でよろしいでしょうか。
牧会長 パソコンの技術がパソコンの世界にとどまらず、どんどん家電の世界に染み出しています。極端に言えば、デジタルTVは大型画面を搭載したLinuxマシン、HDDとチューナを搭載したLinuxマシンがHDDレコーダ、といった見方もできるわけです。同じ家電、同じTVでも、アナログの時代とは全く違うものになりつつある。IT技術の上にアナログ技術が乗るようになっているわけです。ストレージの技術、ネットワークの技術がものすごく役に立つ時代になろうとしている。
無線LANはもうパソコンのネットワークとして家庭にも入ってきていますから、ホームネットワークでも使えばいい。もう1つはホームサーバーやNASといった、デジタルで取り込んだものを蓄積するストレージですね。家庭でデータを蓄積する、ライブラリを構築するなら、やっぱりHDDが本命じゃないでしょうか。
残念ながら、まだHDDに取り込んだデジタルコンテンツの扱いについて、著作権保護を含めて完全にコンセンサスがとれていない部分があり、まだ時間がかかるかもしれません。が、やはりネットワークとストレージが、一番われわれがやれるところじゃないかと思います。あとは液晶TVに対する技術アップデート。われわれの商品にリンクシアターという外付けのメディアプレイヤーがあります。古い液晶TVにリンクシアターを追加することで、最新の液晶TVと同じようにアクトビラが利用可能になる、といった提案は重要だと思っています。
Q.これまでうかがってきたお話は、AV関連、特にTVに関するものでしたが、メルコのルーツはオーディオです。iPod周辺機器等は視野に入っていないのでしょうか。
牧会長 もちろん視野には入れています。そのうちに製品を出します。が、正直、出遅れました。ちょっとぬかっているなぁ、と。iPod関連商品については、海外法人からのプッシュがあってやり始めているところです。色々と製品を用意しなければならないのに、会社全体としてその方向に馬力がまだかかっていない。そこにイライラしている。Appleを無視しすぎていますね。国内の競合メーカーが取り組むと、ウチもやらなければと馬力がかかる。Apple周辺についても、同じように動向をきちんと把握してフォローしてほしいと思っています。
Q.バッファローはパソコン周辺機器のナンバーワンブランドであり、ブランドイメージとしてはアグレッシブというより、保守的なイメージではないかと思うのですが、意図したところとは違うのでしょうか。
牧会長 いや、もっとアグレッシブでありたいと思っています。持ち株会社制にして、事業を任せるようにした結果、ちょっと保守的になってしまったのかもしれません。もっと新しいことに挑戦する必要があります。ステートメントを変えた理由の1つは、挑戦を促すためです。
実は一般のユーザーの方の生活も、デジタルライフになっているんです。音楽がCDになり、ビデオがDVDになり、アナログ放送はデジタル放送に変わろうとしている。なのに、それぞれがバラバラで、デジタルライフを楽しめていない。過去の例にならって「デジタル家電もっと使いやすく」ではなく、「デジタルライフもっと快適に」としたことが重要なんです。
本当はデジタル化したことで、もっとできることが広がるはずです。ネットワークを加えることで、デジタルコンテンツを自由に楽しめるはずなのに、それができていない。パソコン周辺機器メーカーとして取り組んできたことをデジタル家電にも応用して、デジタルライフを快適にしようということを社外はもちろん、社内にもアピールしようというのが新ステートメントの狙いです。スタンドアローンではなく、ホームネットワークなんですよ、そんな時代に入ったんですよ、というメッセージです。
Q.デジタルライフへシフトする背景の1つには、PC市場が頭打ちになっていることもあるのでしょうか。
牧会長 それはもちろんあります。IntelやMicrosoftの言うことにしたがって、周辺機器を作れば良しとされた時代は過ぎ去りつつあるのかもしれません。その一方で、パソコンのテクノロジが家電にどんどん波及しているわけですから、われわれもその波に乗りたい。ネットブックのようなパソコンの2台目、3台目需要を掘り起こすという方向性もあるわけですが、新しい方向性も必要です。パソコン周辺機器市場を掘り下げていくことを止めるわけではありませんが、新しい領域に広がっていくことも重要だと考えています。
Q.新しい分野に進出することによって、バッファローはどれぐらい成長することを想定していますか。たとえば、10倍とか100倍とか。
牧会長 成長は必要ですが、今の10倍とかになる必要はないと思っています。1.5倍とかになれば凄いわけで(笑)。むしろ、バッファローでなければできないこと。ユーザーが驚いてくれるような製品が、どんどん出てくることの方が重要です。今回のメッセージは、社外だけではなく社内にも向けたものですから、これが会社が変わっていくきっかけになってほしいと思っています。
バッファローは、頭打ちになっている国内PC市場に止まることなく、米国、EUなどへ積極的に進出している。しかし、フラットTVを中心にした、“家電の周辺機器屋”として、国内でも成長しようという意気込みを見せているのが頼もしい。
思い起こせば、インターネットという波がやってきたときに、バッファローは無線LANを武器にネットワーク市場へ参入し、事業を拡大することができた。今回は、家電のPC化という波に対して、どのような製品を生み出していくのか楽しみだ。