大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
VAIO Zの生産を、安曇野の「VAIOの里」で見る
~フリップ/クラムシェルを1つのラインで生産
(2016/4/13 06:00)
VAIO株式会社のフラッグシップ製品である13.3型モバイルPC「VAIO Z」は、長野県安曇野市の同社本社工場で生産されている。マザーボードの生産から組立、出荷前検査に至るまでを、同工場で行なう国内生産体制を実現。VAIOならではの品質を実現している。
このほど、VAIO Zのフリップモデルおよびクラムシェルモデルの組み立てラインを見学する機会を得た。生産ラインの様子からも、VAIOがこだわる品質の高さを感じることができる。安曇野の本社工場の様子をレポートする。
長年のPC生産ノウハウを活用する生産拠点
長野県安曇野市にあるVAIO本社は、かつてソニーEMCS長野テックがあった場所。ソニー時代から、VAIOの生産を行なってきた拠点でもある。
今でも「VAIOの里」と呼ばれ、かつてVAIO事業を率いた、元ソニー社長の安藤国威氏によって作られた石碑が、入口に設置されている。
この場所は元々、1961年10月に東洋通信工業豊科工場として操業を開始し、1974年には長野東洋通信工業として、ソニーのオーディオ機器を主力に生産。1983年以降は、「MSX」や8bit PCの「SMC-777」、AX PCの生産などを行なってきた。この間、パームトップコンピュータの生産や、外部企業からのノートPCの受託生産も行なってきた。ソニーブランドの製品では、パーソナルコミュニケーターの「Mylo」や、初期のソニータブレット、ワークステーションの「NEWS」、ワードプロセッサの「プロデュース」もここで生産されていた。
VAIOの生産を開始したのは1997年。2005年にはソニーEMCS木更津テックから、VAIOブランドのデスクトップPC生産も移管。さらに2010年には、VAIO事業本部の機能を安曇野に移し、VAIOの設計/開発/生産の機能を一本化していた。
また、この場所は「AIBO」の生産拠点としても知られており、その経験は、VAIO株式会社が取り組んでいるロボティクス事業のベースとなっている。
VAIO株式会社として独立したのに合わせて、基板製造ラインや組立ライン、検査工程などのラインを、ソニーEMCSから移管。ソニー時代から長年に渡って培ってきたPC製造に関するノウハウを活用した生産が、今でも行なわれているというわけだ。
現在は、VAIO Zシリーズの生産を行なっているほか、中国で生産を行なっている「VAIO S11」および「S13」、「S15」も、全ての製品を一度開梱して、品質検査を実施するとともに、メモリやストレージなどを搭載するキッティング作業を行なう「安曇野フィニッシュ」が、ここで行なわれている。
さらに、4月22日から出荷するVAIO Phone Bizの安曇野フィニッシュも同様に、ここで実施されている。また、富士ソフトから受託を受けて生産しているコミュニケーションロボット「Palmi」や、Moffのウェアラブルデバイス「Moff Band」も生産されている。
1つのラインで複数のZシリーズを生産
VAIO Zの組立ラインは、フリップモデルとクラムシェルモデルの両方を、1つのラインで生産できるようにしているのが特徴だ。さらに、VAIOが昨年(2015年)発売した旧VAIO Zも受注生産できるようになっており、3つの製品を流すことができる。
さらにVAIO Zは、仕様が決まっている量販モデル、VAIOストアやソニーストアなどで販売するCTOモデル、そして米国向けのモデルがあり、これらも全て生産している。もちろん、話題を集めた無刻印キーボードモデルや、4月末から発売されるBEAMSとのコラボモデルも、同様にここで生産されている。
マザーボードは、旧Zシリーズで4種類、新Zシリーズのフリップモデルで4種類、同クラムシェルモデルで6種類の合計14種類を用意。いずれも基板サイズは一緒だが、それぞれを使い分けている。
また、USBコネクタを搭載している小型基板も、旧Zシリーズでは8層となっているが、新Zシリーズはでは10層となっていたり、WLANボードも同じ形状の基板ながら、旧Zシリーズと新Zシリーズではケーブルの接続位置が異なったりといった違いもある。そのため生産工程では、旧Zシリーズや新Zシリーズのフリップモデルおよびクラムシェルモデルを同一ラインで生産していても、間違いを起こさないための仕掛けが随所に施されている。これも国内生産ならではの知恵の使い方だ。
そして、VAIOの大田義実社長が、全社員に多能工としての役割を求めているように、生産ラインでもそれは同じだ。異なる製品を組み立てることができ、さらに複数の工程を担当できるようにスキルを高めている。
複雑なラインの仕組みを採用
VAIO Zの組み立てラインは、PCの生産ラインとしては、複雑な流れになっている。一見しただけでは、どういう風に組み立て工程が流れているか、分かりにくいものになっている。
というのも、ざっとした流れは、天板組み立て工程、ボトムケース組み立て工程、基板検査工程、バッテリパック製造工程という4つの製造工程がそれぞれに別々に構築されており、この4つの流れがある場所で1つになり、そこから最終組み立て、検査、梱包へと流れていくからだ。
そして、前工程として、レーザー刻印で天板部分に文字を入れたり、組み立ての際にガイドとなるマークを入れたりといった作業も行なう。
また、天板の生産ラインは、フリップモデルとクラムシェルモデルが向かい合わせの形で、別々のラインを構成しながら、作業は同じ人が行なうというユニークな仕組みを採用している。
ここでは、1日に数回、フリップモデルとクラムシェルモデルの生産が入れ替わることがあり、切り替え時は、作業者はフリップモデルの生産が終わると、後ろ側にあるクラムシェルモデルの生産ラインの方に移動。引き続き生産を行なうことになる。段取り替えの時間ゼロで別のモデルを生産できるというわけだ。もちろん、片方の製品を作っている時には、もう1つのラインは止まっているため、ライン全体の稼働率という点では下がることになるが、生産時におけるフリップモデルとクラムシェルモデルの大きな違いは、天板(液晶)側の組み立てだけであり、ベースユニットは基本的には同じものを使用している。そのために後工程では共通部分が多いことから、この仕組みを採用している。
VAIO 技術&製造部製造課プロダクションエンジニアの大西清二郎氏は、「ベースユニットは同じものを使用するため、8~9割は同じインフラを活用できる。別々にラインを構築するということも検討したが、生産工程に共通部分が多いため、設備投資のメリットなどを考慮して、1つのラインでフリップモデルとクラムシェルモデルの両方を生産できるようにした」という。
一方で課題もあった。最大の課題は、フリップモデルとクラムシェルモデルの生産にかかる時間に大きな差があることだ。天板の構造がシンプルなクラムシェルモデルに比べて、天板の真ん中部分が回転し、タブレットへと変形するフリップモデルの構造は複雑だ。そのため、工程の作業数や作業にかかる時間は、フリップモデルはクラムシェルモデルの約1.6倍。この差を埋めるために工程設計を繰り返し、クラムシェルモデルのいくつかの工程を内製化するなど、両方の生産にズレがなく、組み立てラインへと天板が投入できるようにした。
だが、実際に生産を始めてみると、当初の見込みはクラムシェルモデルが6割と読んでいたのに対して、実際にはフリップモデルが6割を占めるという逆の結果となった。生産現場では5対5と見込んだ設計まで対応していたが、さらに見直しをかけて最適化するといった取り組みも行なわれている。
ピンセットや治具を活用した手作業が多い工程
VAIO Zの生産工程を見ると、手作業による工程が多いこと、そして数多くの治具を採用していることが分かる。
1人の作業者がいくつもの部品を取り付けており、ピンセットを使った細かい作業も多い。見ていると、中には約20工程を1人で行なっている作業者もいる。
検査においても、機械で行なうだけでなく、目視による確認もラインのあちこちで随時行なっている。これも、信頼性を追求するVAIOならではの組み立て工程の特徴だといえる。
最終検査工程では、100項目に及ぶ項目を検査。傷や汚れを確認するほか、隙間に誤差が出やすい部分は「スキマゲージ」を使って、適切な隙間に収まっているかどうかを確認している。
治具についても、組み立てラインの各所で、VAIO社内による手作りとも言えるものが使われている。そして、それらの治具の使い方を見ていると、VAIOならではの特徴が伺える。それは治具が作業効率性を追求するよりも、品質を高めるために導入されている場面が多いからだ。
例えば、ディスプレイと基板を接続する治具は、カメラによる映像を映し出しながら、正確に接続することを目的に導入したものだ。また、フリップモデルの天板の接着剤の圧着に利用する治具も、しっかりとした圧着を行なうことを目的としたものであり、むしろ作業は1つ1つ金具を固定するという煩雑なもの。ここからも、品質を重視したものであり、効率化を目指したものではないことが分かる。
こうした点にも、VAIOのモノづくりへのこだわりが感じることができる。
VAIO Zの組み立てラインの様子を見てみよう。
中国生産モデルも全てチェックする安曇野フィニッシュ
一方、VAIOでは、「安曇野フィニッシュ」と呼ばれる、安曇野から出荷する全てのPCを、検査して出荷する体制を構築している。
中国生産が行なわれているVAIO S11、S13、そしてS15も、この安曇野フィニッシュを経てから出荷されている。
VAIO S11、S13は、安曇野フィニッシュのラインに投入されると、パッケージが開梱され、目視によるチェックと、ソフトウェアを使ったチェックが行なわれ、さらにメモリやSSDなどのキッティングも行なわれる。CTOへの対応として、また企業からの一括受注などの際に要望に合わせて、パーツを組み込むキッティングは当初は行なわれていなかったが、約1年前からスタート。柔軟な対応が行えるようになった。
さらに、全てのキーとタッチパッドが動作することを確認。ここでは50項目に渡るチェックが行なわれるという。その後、OSのインストールとエージングを行なって、マニュアルを同梱するとともに、安曇野フィニッシュのカードを入れて梱包。出荷されることになる。
中国の生産拠点でもチェックは行なっているが、安曇野品質でのチェックを行なうことで、初期不良の大幅な低減に繋げているという。
一度生産が完了したものを開梱して、さらに検査を行なうという作業は、生産コストの増加に直結するのは明らか。だが、ここにも品質にこだわるVAIOならではの仕組みが採用されているというわけだ。
VAIO Zの生産、そして安曇野フィニッシュを見て、VAIOの里におけるモノづくりへの強いこだわりを感じることができた。