大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「和魂洋才」を切り口にモノづくりを進めるNEC PCの米沢事業場



 NECパーソナルコンピュータ(以下:NEC PC)は、山形県米沢市の同社PCの生産拠点である米沢事業場の様子を公開した。

 2011年7月のレノボとの合弁後、同拠点を報道関係者に公開するのは初めてのことで、今後も継続的にNECブランドのPCを国内生産していく姿勢を強調した。

 NECパーソナルコンピュータ プロセス改革推進部の若月新一統括マネージャは、「NECのPCは、米沢の人たちが心を込めて作り続けてきたものである。この姿勢はこれからも変わらない。だが、今後の米沢事業場で目指すのは『和魂洋才』。NECパーソナルコンピュータの米沢事業場が持つ日本ならではのモノづくりと、レノボによるグローバル調達力を生かした新たな生産体制を実現する」と、合弁以降の新たな考え方を表現してみせた。

山形県米沢市にあるNECパーソナルコンピュータ米沢事業場NECパーソナルコンピュータ プロセス改革推進部統括マネージャの若月新一氏米沢事業場で目指すのは「和魂洋才」。日本固有の精神と西洋の技術、学問との双方を兼ね備える

●トヨタ生産方式をPC向けに改善

 米沢事業場は、1944年に、米沢製作所として操業。現在のNECトーキンの分社工場としてスタートした。1982年にはNECの出資により米沢日本電気に社名を変更。1983年からはノートPCの生産を開始し、2001年以降は、デスクトップPCの生産も開始。現在、NECブランドのPCの国内生産はすべて米沢事業場で行なわれている。

 同社では、2000年からトヨタ生産方式を採用。2003年までを第1フェーズとして現地現物という考え方による生産革新を行なったのに続き、2004年からは年3回新製品が登場するというPC市場ならではの製品サイクルにあわせて、ERPやRFID、QIMといった先進的ITを活用し、高速化を追求。続いて、2009年からは、トヨタ生産方式をベースにしながらも、さらにPC市場に最適化した独自の改革により、2000年比で生産性8倍以上、棚卸資産を半減するという大きな成果を収めた。

 「2000年にはNECの経営諮問委員会の委員としてトヨタ自動車の張富士夫氏(現トヨタ自動車代表取締役会長)が参画。その際に、当社の生産拠点の改革について、『がんばってはいるが、ちょっやり方が違う。このままでは行き詰まってしまうだろう』と指摘された。そこでトヨタ生産方式を導入し、そこにPC市場ならではの改善を加えていった。現在では業界最短のデリバリー体制も実現できた」と、若月統括マネージャは胸を張る。

 PCには年3回の新製品投入時に、生産量が大きく変動。月産15万台から30万台まで2倍もの生産量の差がある。さらに週次で動きをみても、コンシューマPCでは土日の実売集中時にあわせ、木曜日に仕入れのほとんどが集中するという状況が生まれていた。日にちごとの仕入れ量は3倍にも広がるという状況だ。

 さらに、3~4カ月という短い商品ライフの中で、流通在庫の動きを的確に捉えることで、新モデルへの切り替え時に不良在庫を削減。鮮度ロスの圧縮と、機会ロスを防止すること、半期で12%もの価格変動が起こる部材を適切なタイミングに必要な量を調達することが求められている。

 そして、米沢事業場で生産されるPCは、2万モデル以上。1日に生産しているPCのうち、約50%が1機種しか生産しないモデルであり、10台未満の生産量となるPCでは全生産量の約80%を占めるということも見逃せない。

 「米沢事業場で生産するPCは1日8,000台。そのうち4,000台が1台しか生産しない製品ということになる。こうしたPCならではの特性を捉えた生産体制を整えることで、経営スコアの改善につなげることができる」という。

米沢事業場ではトヨタ生産方式を導入し、生産革新を行なってきた季節変動、デイリー変動のほか、商品ライフ、部材価格の変動というPC業界ならではの状況にも対応できる体制を構築した
米沢事業場で生産する機種数は約2万モデルに達する。また1日に生産するPCの約50%が1台だけ生産するモデルという多品種少量生産を行なっているリードタイムを1週間に短縮し、需要の変動にあわせた生産を可能にした

●調達、生産、物流における革新

 具体的には、調達、生産、物流などの観点から最適化した生産体制を整えている。

 調達に関しては、RFIDを活用した「かんばん調達」、海外から輸入した部品の保税管理を行ない入庫直前まで保税を行なう「保税JIT」、入庫直前までベンターの資産とするVMI(ベンター・マネージド・イベントリー)を活用した「VMI調達」により、1日15回、30分サイクルで米沢事業場に部品を入庫することで生産量変動に柔軟に対応。生産においては、セル生産を基本としながらも、作業者の手待ち時間を無くすリレー方式を採用。隣の人の作業に遅れが出た場合には、隣れの人がそれをカバーするといった作業体制を確立。これを発展させ、多くの人が抜けた場合でも、生産が継続できるという体制を作り上げている。

 「大量の人員を投入して生産する中国の生産ラインでは不可能な仕組みといえる。どうしても手待ちが出てしまうのが中国での生産方式。米沢事業場では、ノートPCにおいては最低で3人体制で、組立、検査、梱包までを行なえる。手待ち時間がまっくたない体制によって、生産性を高めている。中国に比べて日本の人件費は高いといわれるが、片手で作業していたものを両手でやればスピードは2倍に上がる。手待ち時間がなくなれば4倍になる。さらに人の知恵を使った自働化によって、生産性は6倍にもあがると考えている。流れやリズムを壊さない生産ラインが構築することができている」と、若月統括マネージャは語る。

 生産工程ではRFIDを積極的に活用。部品調達や生産工程で、1日10万回読みとっていた作業を排除し、アンテナが設置されたゲートを通過することで、入庫部材を一括管理したり、アンテナにかざすだけで生産ラインでの生産指示が表示されるといった効率化を実現。生産性は3倍に向上したという。サプライヤーの倉庫やJIT倉庫とのやりとりでも、従来は「かんばん」をトラックで持ち帰る時間があったが、RFIDにより情報をリアルタイムで倉庫に伝達。RFIDによるかんばんが自動発行されるため、トラックが倉庫に戻る間に、次の出荷部品を準備できるといった環境も整えられた。

 RFIDの活用により、生産されるPCにおいては9割以上の部品でシリアル番号までを管理。マザーボードにおいては、使用される部品の8割までをロット番号管理を可能としており、「品質トレーサビリティを強化でき、不良が発生した場合にも、シリアル番号まで捉えた管理が可能になる」という。

 また物流面では、従来は全国13カ所にあった物流センターを廃止したデリバリー総合システムを構築。顧客からの受注情報をもとに、搬入予定日から逆算した生産スケジュールを組んで納期を回答。工場で生産されたPCは、全国の方面別に仕分けされ、定期便に乗せられて30分サイクルで工場から出荷し、最終ターミナルで他の工場で生産されたプリンタやネットワーク機器などと品揃え(クロスドッキング)されて、ユーザーのもとに出荷される。

 こうした物流の仕組みを活用することで、製品在庫が半減し、納期遵守率は100%になっているという。

 「販売が集中する土日に需要動向が変化した場合にも、いまの体制ならば柔軟に変更できる。2000年時点では、その変動を生産計画に反映させるには2.5週間かかっていたが、現在では次の土日には変動対応を行ない、即納できるようになっている。市場起点のサプライチェーンが構築でき、需給リードタイムを大幅に短縮した」と語る。

 受注から生産、物流までの一連の動きは、SAPを活用した基幹システム「VCM(バリュー・チェーン・マネジメント)システム」で管理。販売店や営業部門からの受注管理を行なう「Web-EDI」、部品サプライヤーとの予測発注、納期、品質情報などを共有する「GNPS(グローバル・NEC・ポータルサイト)」と連動している。これにより、精度の高い情報をもとに、タイムリーな生産を可能にしているというわけだ。

 また、米沢事業場では中国や台湾の生産拠点ともGNPSで連動している。

 NECパーソナルコンピュータでは、米沢事業場をマザーファクトリーとして、品質保証や国内の企業ユーザーへのカスタマイズ対応を図る「ジャストインBTO生産」を担い、中国や台湾のODMを活用した生産拠点からは、コンシューマPC用のベースユニットおよび完成品調達、ビジネスPCではベースユニットの調達を行なっている。現在、コンシューマPCの7割以上が完成品調達となっており、米沢事業場で生産するのはディスプレイ一体型PCなどの一部製品に限られている。

 若月統括マネージャは、「1カ月に1度は、社長巡回による現場の確認を行ない、さらに毎週のように、プロセス改革推進部による生産革新パトロールを実施。従業員からも数多くの生産革新に関する提案が行なわれている。生産ラインでは、従業員の知恵を活用した多数の治具が活用されている」と前置きし、「こうした日本発の改善活動の強みをますます磨きながら、レノボグループとしての部材調達のコストメリットを生かし、新たなサプライチェーンの形を生んでいきたい。お互いの良いところを取り込んだ和魂洋才の考え方で、米沢事業場でのモノづくりを推進していきたい」と語る。

 米沢事業場でのPC生産はこれからも続くことになる。レノボグループとして、米沢事業場のこれからの変化に注目したい。

部品が入庫する受入口。30分サイクルで入庫する入庫管理はすべてRFIDで行なわれており、専用ゲートを通過するだけで入庫数量を確認できるRFIDによる部品入庫の確認画面
部品倉庫の様子。2万種類もの多品種少量生産に対応するために効率的に在庫管理を採用部品の在庫管理は「PTO(ピック・トゥ・オーダー)」と呼ばれるシステスを採用水すすましと呼ばれる社員が、指示にあわせて必要な部品をピックアップする
ランプがついた部分に、必要な数が表示され、それに従って部品を調達CPUやメモリーをピックアップする場所では、静電気を防ぐための仕掛けも万全湿度が低いと霧吹きで湿度を高めることができ、静電気の発生を防止
ノートPC用のディスプレイの在庫本体に貼付される各種シールまですべて管理デスクトップPCの部品は大型のものも多いため、自動搬送車を利用する
ノートPCの生産ライン。3~4人で組み立てるノートPCは2つのトレイにベースユニットやデイスプレイを用意。前方に置かれた部品を組み込む前の作業者が遅れたら、次の作業者がサポートするリレー方式と呼ぶフレキシブルな体制を確立している
半数の人がラインからはずれても問題なく作業が進む。ここにも日本ならではの生産体制があるパネルの組立工程もラインに組み込まれている工程ではRFIDで管理され、多品種少量生産に対応
工程の中ではすべてのネジ穴にネジが止められているかを確認する自働ネジ確認機も設置エージングおよびソフトウェアのインストールを行なう
梱包工程。液晶をきれいに拭いて、箱に詰める梱包箱は自動外箱折り機によって自動的に組み立てる。これも社員のアイデアで完成したものほかにも社員のアイデアで完成したものが続々。自働ネジ確認機は「Qちゃん」と呼ばれ、吸着構造を用いるとともに、クオリティ改善の意味を持たせた
キーボードがしっかりと固定されているかを確認することができるファンの横において、風車で動作を確認する「プロペラくん」
キートップの間違いを発見する「発見くん」。英文字の「O」の部分が異なっているのがわかるデスクトップPCの生産ラインの様子
ドライブなど各種部品を、それぞれの仕様にあわせて組み込んていく筐体のネジを締める
検査工程の組立ラインの中に組み込まれているエージングを行なっている用意。組立ラインの反対側にエージングのスペースがある
最後に梱包される。梱包は右側の生産ラインと左側の生産ラインが交わる形で配置されているこちらはコンシューマ向けディスプレイ一体型PCの生産ライン
細かい部品がディスプレイ側に取り付けられることになるカスタマイズセンター。ここで企業ごとのカスタマイズに対応。ユーザーごとの機密情報を扱うために入退出が厳重に管理されている出荷前の状況。全国の方面別に仕分けされて置かれる
その後トラックが待つ出荷口へ移送。下の線はトラックの大きさと同じ大きさトラックに積み込まれる直前の完成したPC工場内にはものづくりYOZAN道場を配置。米沢事業場ならではの組立の精神を学ぶ
「いだましい」とは、米沢の方言で「もったいない」との意味。再活用することに取り組む組立ラインに配属される前に、ここで組立のノウハウを習得することになる
適正検査コーナーでは、ストップウォッチで計測し、短時間に確実なネジ締めを行なえるようにする米沢事業場内には、NECの遠藤信博社長のメッセージが書かれたポスターが張り出されている