大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

NECの100%子会社として最後のPCを投入したNECパーソナルプロダクツ
~高塚取締役執行役員常務に2011年度のPC事業戦略を聞く



高塚栄 取締役執行役員常務

 NECの2010年度のPC出荷実績は、前年比1%減の271万台となった。市場全体が約5%のプラス成長となったことに比較すると、NECの国内市場シェアの減少は否めないが、その一方でレノボとの提携や、「LifeTouch NOTE」といった新たな領域への製品投入、そして初心者ユーザーにも使いやすい機能の強化など、NECのPC事業が標榜し続けてきた「安心、簡単、快適」への取り組みを地道に追求してきた1年だったといえよう。

 また、コンシューマPCの海外生産比率を8割に高めるなど、モノづくりの手法にも大きな転換に取り組んできた1年だったともいえる。一方で、2011年5月に発売した2011年夏モデルが、NECの100%子会社としては最後の製品となり、7月以降は、レノボとの提携の中で、お互いのシナジーを活かしながらのモノづくりが展開されることになる。NECパーソナルプロダクツの高塚栄 取締役執行役員常務に、2010年度の総括とともに、2011年度のPC事業戦略について聞いた。


--2010年度の国内PC市場は、どんな1年だったと分析していますか。

高塚 もともとPC市場は、スポーツイヤーには成長が鈍化するという状態が続いていました。オリンピックやサッカーワールドカップの開催年は、薄型TVに需要が集中し、その反動で、PCの販売が減少するといった背景があったからです。2010年度は、FIFAワールドカップ南アフリカ大会が開催された年でもありましたし、さらにエコポイント制度の影響で薄型TVに需要が集中する要素が揃っていた。PCは苦戦するというのが年度始めの見方でした。しかし、その影響は軽微であり、むしろ、個室で地デジを視聴するために、地デジチューナを搭載したPCを購入するといった動きもみられました。PCの世帯普及率が75%に達し、PCが生活必需品として位置づけられていること、製品ラインアップの広がりによって、購入しやすい価格や用途にあわせて利用できる製品が増加したこと、また、ソーシャルメディアの普及などによって家庭内でも1人1台といった動きが出てきたことがプラス要因としてあげられます。

 一方で、第4四半期(2011年1~3月)には、Intelのチップセットの不具合の問題や、東日本大震災の影響もありましたが、この影響は最小限に抑えることができたと思っています。震災によって、国内生産拠点である米沢事業場も影響を受けましたが、懸命の復旧作業により、すぐに生産活動を再開できました。生産に関わる各部門、社員が自立的に動き、部品の調達ルートの確保や、物流のためのトラックの手配のほか、調達ができなくなった部品については、代替部品を利用できるように設計変更を行うといった取り組みによって、生産への影響を最小限に抑えることができました。お客様への納品という点では一部ご迷惑をおかけしたところもありましたが、ほぼ予定通りに納品ができたといえます。

--最近では、PCからスマートフォンやタブレットへの置き換えが進んでいるという指摘もありますが。

高塚 私はスマートフォンやタブレットが、PCを置き換えるとは思っていません。PCが無くなるのかという問いに対しては、はっきりと「PCは無くならない」と断言できます。PCの能力は、スマートフォンやタブレットにはないものですし、クリエイティビティの領域ではPCの能力は不可欠です。しかしその一方で、メールやブラウジングにしか利用しない、あるいは軽くて、小さくて、薄いものを持ち出して利用したいという場合には、スマートフォンやタブレット、あるいは小型の端末を活用するのもいいでしょう。今後は、それぞれのシーンで使い分けるという使い方が出てくると思っています。

 スマートフォンやタブレットを欲しいという人は急激に増えています。しかし、ある調査では、欲しいものランキングの5位に依然としてPCが入っている。これをみて、「以前はPCが1位だったのになぁ」という捉え方をするのではなく、「依然として高い順位でPCが欲しいと思われている」と捉えるべきなんです。PCは、スマートフォンやタブレット、あるいはTVやレコーダとの接続を含めて、家庭内の情報ハブとしての役割を担うことができる製品です。ここにPCならではの役割があると考えています。

●「安心、簡単、快適」を追求した1年に

--その中でNECのPC事業にとってはどんな1年になりましたか。

高塚 スピードNo.1、CS No.1、シェアNO.1というポジションの維持に取り組むとともに、「安心、簡単、快適」という製品づくりにも力を注いできました。先ほど、世帯普及率が75%に達したというお話しをしましたが、まだまだPCを初めて使用するという方々が多い。そして使い方がわからず、初期段階でつまづくという声もよく聞きます。そこにNECのPCを購入すれば安心だという提案が、少しでもできた1年だったのではないでしょうか。

 例えば、デジカメで撮影した画像をPCに取り込むため、SDメモリーカードを挿入したところまではできた。だが、そこで次に何をすればいいかがわかない。PCに慣れている人ならば、「コンピューター」から接続されているデバイスを選択して、そこからフォルダーを開けばいいということがわかりますが、初めてPCを使う人はそんなことまではわかりません。PCを目の前にして動作が止まってしまうのです。

 NECが搭載しているムービーフォトメニューでは、SDメモリーカードをPCに挿入すると自動的にオリジナルメニューが開き、そこからスライドショーを選んだり、やりたいことを選択してもらえればそれで使えるようになる。迷うことなく次の操作ができ、やりたいことにも辿り着ける。そのほかにも「パソコンのいろは」ではOfficeアプリケーションの使い方を学べるようになっていますし、「はがき作成動画ナビ」では年賀状の作り方をナビゲートしてくれる。こうした「安心して使える」、「簡単に使える」、「快適に使える」ということが、この1年、NECが力を注いできたことだといえます。

--しかし、2010年度のNECの市場シェアは減少しました。こうしたメッセージが受け入れられていないのではないでしょうか。

高塚 メッセージが広く届いていないという点は、真摯に反省しなくてはならない部分だといえます。ただ、使い勝手の良さというのは、メーカーが声を大にしても、なかなか伝わりにくい側面があります。使っていただいたユーザーの方々が、その経験に基づいて口コミで広げていただくことこそが効果があります。しかし、それが浸透するにはかなりの時間を要します。浸透させていくためには、時間をかけた地道な活動が必要であり、1年やって効果が出ないからやめるというものではありません。「安心、簡単、快適」という方針は、2011年度も変えることなく続けていきます。いくら作り手側が「いいものを作った」と言い張っても、ユーザーにそれを感じていただけなくては意味がありません。極端な言い方をすれば、メーカー側の想いだけで製品を作っている場合もあるのではないかという観点に立って製品を見る必要もあるでしょう。

 私は、もっとユーザーの声を聞こうということを1年間言い続けてきました。そして、その声をすぐに製品やサービスに反映することも徹底してきた。これまではユーザーの声を聞いても、結局、それが反映されるのが、半年後、1年後の製品だったわけです。反映された時には、市場の状況が大きく変わっていますし、競合他社はさらに先を行っている可能性もある。一方で、いま満足しているという声をいただいても、半年後にはそれが満足要件を満たさない場合もある。新製品を購入していただいたユーザーの声は、新製品発売後2、3週間後には取りまとめて、次の製品づくりに、その要求を反映する。もちろん、すぐに反映できるものもありますし、中長期的な開発を伴うものもあります。しかし、短期間に設計開発にまでユーザーの声が届く仕組みにならなくては意味がありませんし、競争力を維持できない。それが日本のユーザーをターゲットにビジネスを行なっているNECのPCならではの特徴だといえますし、日本のユーザーの満足度を高めることにもつながります。こうした考えは修理部門にも浸透させたいと考えています。

--修理部門における取り組みとは具体的にはどんなものですか。

高塚 実際にあった話なのですが、PCを修理した際に、どんな修理を行なったのかということを報告書として添付するのですが、あるユーザーから「報告書をみても、何を修理したのかさっぱりわからない」というお叱りをいただきました。部品の名前を書いても横文字ばかりでわかないというわけなんです。薬局で薬をもらえば、写真入りでどんな薬だということがわかりますよね。そこで、それと同じことを修理部門でも採用したのです。その結果、多くのユーザーの方々も喜んでいただくことができた。このように、ユーザーの声を製品やサービスに反映し、顧客満足度を高めるというのは、あらゆる場面で行なえるのです。これまで修理部門では、お叱りの問い合わせばかりでしたが、後追い調査をしてみますと、なんと9割の方々に満足していただいているということがわかった。修理部門の社員も修理後の顧客満足度には自信を深めていますし、残り1割の方々にも満足していただけるための改善を行ない続けています。

●海外生産8割へシフトしたNECの狙いとは

--NECは、2010年度において、コンシューマPCの海外生産シフトを一気に進めました。2011年春モデル以降は、8割を海外からの完成品調達としています。この狙いはなんですか。

高塚 コンシューマPCにおいては、コスト競争力が大きな問題となっていましたから、その解決策の1つとして、海外からの完成品調達の拡大を進めました。残りの2割を占めるのは、地デジチューナ搭載モデルや、一部量販店店向けの専用モデルとして、カスタマイズを行なうために最終アセンブリを米沢事業場で行なっているといった場合です。また、コマーシャル向けPCは、やはりユーザーの要求仕様ごとにあわせた生産が重要になってきますから、その点では国内生産拠点の役割が重要であることには変わりはありません。

--海外生産シフトによって気になるのは品質の問題です。その点ではどんな改善を行なっていますか。

高塚 海外生産へシフトしたために品質が落ちたと言われるわけにはいきません。その点では仕組みを大きく変えています。むしろ、この1年で不良率は2割も改善されています。プロダクト単位でのクオリティチェックは当然のことですが、品質維持のための統一的な設計基準を設定し、これによってすべての製品で高い品質を維持できるようにしました。これまでは一部の人のノウハウで品質が管理されていたところがありましたが、これを全社規模で一定水準を維持する形で統一的に管理するようにしたのも大きな変化だといえます。

 また、部品単位での品質チェックにも力を注ぎ、具体的には部品単位で品質を管理する専門部門を新設しました。一方で、生産を委託しているODMの近くに、アジアオフィスを設置して、設計開発部門の十数人の当社社員が現地に赴き、設計品質の維持、ODMが独自に調達する部品の品質確認などを細かく行なっています。ヒンジ部などは同じ部品を使って、同じように組み立てても、我々が求める品質のものにならない場合があります。そうした点でもアジアオフィスが大きく貢献し、品質維持へのこだわりを徹底しています。

●2011年度のNECのPCはどうなるのか

--2011年度のNECのPC事業はどんな1年になりますか。

高塚 2011年度は面白い1年になりますよ。日本のPC市場を見回しても、さまざまなデバイスが登場するでしょうし、ユーザーの用途も広がり、それにあわせたデバイスが選択されるようになる。その中でPCの存在が見直されるいもいえるのではないでしょうか。そこにNECならではの特徴を発揮したい。また、Windows XPからの買い換えも促進されるでしょうし、節電という観点からの買い換えも期待できる。Windows XPの最終モデルが登場した5年前のNECのPCと、今年の当社の夏モデルを比較すると、消費電力は半分以下に減っています。買い換えるだけでPCの節電は可能になるのです。

2006年モデルとの消費電力比較消費電力をさらに削減できるECOボタン

--5月中旬から発売した2011年夏モデルのポイントはなんですか。

夏モデルのポイント

高塚 「地デジ化」、「節電」、「コンテンツのリッチ化」への対応という3点です。地デジ化では、夏モデルの4タイプ16モデルで地デジチューナを搭載し、PC、液晶TV、レコーダ、オーディオという1台4役を訴求していきます。NECオリジナルのSmartVisionも、TV視聴において多彩な機能と使いやすさを提供し、地デジ化における差異化ポイントの1つとなります。BDタイトルをモバイル機器で楽しむことができる「e-move」も、国内のPCでは初めて搭載しました。節電についても、PC自体の省エネ化だけでなく、ECOボタンやECOみえグラフといった省エネ行動をサポートする機能を搭載したモデルを拡大しています。そして、先ほど触れたように、初心者の方々でもビデオや写真をもっと簡単に楽しめる機能を提供していきます。

--2011年夏モデルが、NECの100%子会社としては最後の製品となりますね。長年、NECのPC事業に取り組んできた高塚常務にとって、感慨深いものがあるのではないですか。

高塚 それは特にありませんよ。確かに、2011年7月以降、レノボとの合弁会社のもとで事業を推進することになりますが、NECブランドのPCは残るわけですし、我々が日本のPC市場に最適なものを開発し、日本のユーザーの満足度を高めるという事業姿勢にはなんら変化がありません。私は、2011年度はNECのPC事業にとって面白い1年になるといいましたが、それはこれまでの事業体制に加えて、レノボのリソースを活用することで、これまでにはない取り組みができると考えているからです。

 ここ数年、NECから尖ったPCが出てきていないという声を聞くことがあります。事実、事業が横ばいの中では、なかなかテクノロジーを前面に打ち出した尖った製品を投入することが難しい側面もありました。それが7月1日以降、どうなるか。NECブランドのPC事業にとっては、大きなチャレンジができる環境が整うというわけです。

--タブレットPCに対する取り組みはどうなりますか。

高塚 WindowsベースのタブレットPCは、コマーシャル向け製品を2011年9月に投入する姿勢を明らかにしていますが、コンシューマ向けのタブレットPCも秋には投入したいと考えています。課題は、ここにNECならではの機能をどう付加するかという点です。「これぞ、NECのタブレットPCだ!」と言われるものを投入しなくてはなりません。その実現に向けて、最後の最後まで気を抜かずに取り組んでいきます。

--2011年度のPC事業目標については、明確な数字を出していませんね。

高塚 コンシューマPC事業に関しては、前年並みを見込んでいます。ただ、これはボトムの見方であり、これに上乗せをしていきたいという思いがあります。4月、5月は前年実績を上回る形で推移していますが、第1四半期の動向をみた上で、今後の事業見通しを打ち出していきたいと考えています。