大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ナデラCEO時代の新Office戦略とは

MicrosoftコーポレートバイスプレジデントOfficeマーケティング担当のジョン・ケース氏

 Officeを取り巻く環境が目まぐるしく変化している。クロスプラットフォーム戦略を打ち出し、iOSやAndroid向けに無償でOfficeアプリケーションを提供。さらに、Salesforce.comやDropboxなどの競合と目される企業とOfficeに関する提携を相次いで発表。エコシステムの枠を大きく広げている。

 これらの施策は、サティア・ナデラ氏がMicrosoftのCEOに就任して以降、相次いで打ち出したものばかりだと言える。さらに、タッチファーストを前提としたWindows 10向けOfficeについてもビデオを公開。新たなOfficeの世界を示してみせた。Officeの戦略は、ナデラCEOが就任した2月以降どう変わったのか。MicrosoftコーポレートバイスプレジデントOfficeマーケティング担当のジョン・ケース氏に、Officeの現在と未来を聞いた。

なぜOfficeの無償化に踏み切ったのか

--2月にサティア・ナデラ氏がCEOに就任して以降、Microsoftはさまざまな改革を打ち出していますが、その中でも最も大きな変化が見られているのがOffice事業だと言えます。Office事業の基本姿勢はどう変わったのでしょうか。

【ケース】Office事業は、従来から形成していたエコシステムに留まらず、それ以外の企業を巻き込んだパートナーシップへと広がっていること、さらに、クロスプラットフォームによる展開を開始したことが大きな変化だと言えます。現在、この2つの取り組みを基本姿勢として、Office事業を推進しています。中には、サティアのCEO就任前から取り組んできたものもありますが、その多くがサティアに変わってから打ち出されたものとなります。

--Office製品には、サブスクリプションで提供するものと、無償で提供するものが林立するようになりました。こうした2種類の製品体系を持つ狙いと、それぞれの製品が果たす役割とは何ですか。

【ケース】iOS向けOfficeを例にそれを説明しましょう。iPad向けのOfficeは3月27日にリリースしましたが、それ以来、現在までに4,000万回以上のダウンロートが行なわれています。それ自体、非常に成功したものだと言えますが、顧客からはさらに多くの機能を使いたい、iPhoneでも使いたいという声が挙がってきました。そこで、日常の活動の中で、ドキュメントを閲覧するとか、データを作成するという部分はiPadやiPhoneでも利用できるようにしました。これはAndroidでも同様です。

 その一方で、プレミアム機能はサブスクリプション版のみで提供するということになります。それが無償版との違いです。無償版を提供することで、iOSやAndroidデバイスでOfficeを利用するユーザーは、劇的に増加すると考えています。その中からある一定のユーザーがサブスクリプション版へ移行すると考えています。

 つまり、これまでサブスクリプション版の利用者だけをターゲットとしていたビジネスモデルから、「漏斗(じょうご)」のような大きな枠の中から、ある一定数のOffice利用者に、サブスクリプション版を利用してもらおうという考え方に転換したというわけです。この漏斗は非常に大きなものですから、その中の数%がサブスクリプション版に移行しただけでも、事業はこれまで以上に大きなものとなることが予測できます。PC市場は厳しい環境にありますが、現在、Microsoftのコンシューマ向けOffice事業は成長を遂げています。そこからもこのビジネスモデルへの転換が成功していることが分かります。

Office for iPhoneのWord
Office for iPhoneのExcel

--どの程度の比率がサブスクリプション版に移行すればいいと考えていますか。

【ケース】その比率は明らかにすることはできません。MicrosoftのOffice事業にとって課題だったのは、より多くの人にOfficeを使ってもらうという環境ができあがっていなかったという点です。それが、無償版の提供とクロスプラットフォームへの取り組みによって解決され、利用者の幅が広がっているというわけです。

 多くのクラウド系ソフトウェアベンダーの場合、無料版からスタートしてユーザーを広げようとするものの、なかなか収益に結びつかずに苦労しています。しかし、Microsoftの場合は、すでに収益モデルがある中で、無償モデルによって幅を広げようとしており、実際に新たなユーザー層が拡大しています。それがスタートアップなどの他社の無償モデルと大きく異なる立ち位置です。Microsoftは、Office事業において、今後も収益を拡大できる地盤作りができる。そう考えて無償版を提供しているわけです。

--Office 365のサブスクリプション版ユーザーに対しては、OneDriveの利用容量を無制限にすることを発表しました。この狙いは何ですか。

【ケース】これはサブスクリブション版ユーザーに対して、プレミアムと言える部分を、しっかりと提供するという取り組みの1つだと言えます。今やストレージの価格はどんどん値下がりし、ストレージを有償で提供するというビジネスは成り立たなくなっています。一方で、Officeユーザーからは、Officeと最も親和性が高いストレージサービスが欲しいという要求が出ています。特別な設定を必要とせず、ドキュメントやファイルをクラウドにすぐに格納でき、さまざまな複数のデバイスからアプリを通じてどこからでもアクセスできるようにしたい。それに応えたのがOneDriveであり、容量無制限化した理由です。

--余計なお世話ですが、まだ1TBでも十分だというユーザーも多いと思うのですが(笑)。他社のサービスが1TBで年間数万円かかることを考えると、そこまでやらなくてもよかったとは思いませんか?

【ケース】そうかもしれませんが、近い将来には無制限が標準になるでしょう。ですから、Microsoftは、それに先駆けて取り組んだというわけです。ただ、ファイルサイズあたりの制限は設けていますから、映画のようなサイズの大きなファイルは無理です。容量を無制限にしたのは、サブスクリプション版を購入する価値の1つをユーザーに提供するという意味でもあります。特に複数のデバイスを利用しているユーザーにとっては価値のあるサービスだと言えるのではないでしょうか。

--日本市場向けには、PCへのインストール版であるOffice Premiumを提供するなど、特別な措置が講じられています。その結果、日本のユーザーは非常に恵まれた形で、多くのOfficeの価値を享受できる環境が整っています。なぜ、ここまで日本向けの製品に力を注ぐのでしょうか。

【ケース】日本は、MicrosoftのOffice事業にとって大変重要な国です。また、ブロードバンド環境の広がりなどの日本ならではの市場環境もありますし、Officeを長年多くの方に使って頂いている歴史があります。また、日本では多くのPCメーカーと連携し、最善の提案できる環境が整っていることも見逃せません。Microsoftとしては、日本のユーザーに喜んで頂くためにはどうしたらいいのかということに、長年、力を注いできました。それはこれからも変わりません。

--日本向けのOfficeに、「Premium」という最上位の名称を付けましたね。これにはどんな意図がありますか。

【ケース】Officeにはいくつかのバージョンがあり、それぞれのシーンにあわせて選択してもらえるようになっています。日本のユーザーは、Officeのプレミアム機能を使うことを楽しんでいます。そして、その価値を評価してくれる市場でもあります。新たなOfficeを日本市場に導入するにあたり、その価値をしっかりと日本のユーザーに伝えたいと考えました。その結果として、日本市場向けの製品にPremiumという名称を付けたのです。どこがPremiumな機能なのかということを日本のユーザーには認識して頂いているのではないでしょうか。日本にはローカルの強いニーズがあります。名称についても、日本のチームからのフィードバックを反映させました。

対抗企業との提携の狙い

--他方、DropboxやSalesforce.comといった企業と、Office分野における提携を発表しています。対抗する企業との相次ぐ提携の狙いはなんですか。

【ケース】これもサティアがCEOになってから相次いでいる取り組みの1つです。ご指摘のように、今から2~3年前のMicrosoftでは考えられなかったような提携だと言えます。Microsoftは、クラウドプロバイダの中で、Officeの機能を統合したいという意思を持っている方と、ぜひ手を組みたいと考えています。DropboxもSalesforce.comもクラウドプロバイダとしては大手であり、彼らにはOfficeと連携したいという気持ちがありましたし、Microsoftも同様の気持ちを持っていました。Office向けに公開されたAPIを活用しているISVは何百社もいます。こうした企業との連携は増えていくことになるでしょう。我々もそれは大歓迎であり、広く間口を広げたいと考えています。Microsoftのクラウド戦略にとっては、こうしたパートナーシップの取り組みは、もはや欠かせないものであり、重要な柱になっています。

--それはMicrosoft側から仕掛けているのですか。それとも相手が声をかけてくるのを待っているのですか。

【ケース】どの業界であれ、どんな企業であれ、Microsoftが提携について前向きな姿勢であることには間違いがありません。先方から声がかかる場合もあれば、Microsoftから声をかけに行くこともあります。どの提携が、どのケースかというのは明らかにはできませんが、Microsoftからも仕掛けていくことがあるのは事実です。

日本へのデータセンター設置について

--このほど、「Office 365」および「Dynamics CRM Online」のデータセンターを日本国内に設置することを発表しました。これはMicrosoftのビジネスにどんな影響を与えますか。

【ケース】日本のクラウドビジネスは急成長を遂げています。さらにクラウドビジネスに力を注ぎ、成長を最も効率良くサポートする体制として、日本にデータセンターを構築しました。今回の2つのデータセンターは、世界で初めてのローカルなデータセンターであり、それだけ日本を重視していることの証でもあります。これによって、「Microsoft Azure」向けのデータセンターと併せて3つのデータセンターを日本に設置することになりました。

 日本にデータセンターを配置するのには理由があります。1つ目は、日本のお客様から、日本でのデータを、日本でホスティングしてもらいたいという強いニーズがあるという点です。これが日本にデータセンターを設置した最大の理由です。お客様からの声を聞いた結果、この声は非常に多かったですね。

 2つ目は、データセンターを東日本と西日本に分けて設置しましたから、国内の中で冗長性を持ったクラウド環境を構築できます。他国においても、グローバルデータセンターを開設していますが、データの複製は他の地域に置かれることになります。しかし、日本の場合は1つの国の中で冗長性を持つ環境が作れます。これはMicrosoftとしては初めてのことです。

 さらに、多国籍企業ではあるが、日本に大きな拠点を構えている企業からも、日本のデータセンターを使いたいという要望も出ていました。こうした声に応えたのが今回の日本のデータセンターということになります。

--Azureのデータセンターの設置から約10カ月遅れで、Office 365のデータセンターが稼働することになりますが、これだけの期間の差ができた理由は何かありますか。

【ケース】Office 365のサービスの中にはAzure上で展開されるものがありますし、まずはIaaS(Infrastructure as a Service)のデータセンターから設置するということが優先されました。稼働日に差が生まれたということに特に理由はありません。ただ、なるだけ早く展開していくということには配慮しました。

--Officeでは、クロスプラットフォーム戦略の上で、すでにiOS版の提供が開始されていますが、さらに、Androidタブレット版やWindows 10対応といったものも発表されています。これらは日本でも同時期に提供されると考えていいでしょうか。

【ケース】Androidタブレット版は、現在、Preview版が提供されており、正式版は2015年第1四半期の出荷ということになります。日本語版についても同時期に提供することが可能です。ただ、Preview版の評価や改善次第では正式版の出荷が遅れる可能性はあります。

 また、Windows 10上のタッチファーストのOfficeをビデオで公開しましたが、この製品のPreview版や正式版の投入時期についてはまだ明確ではありません。Windows 10の発売時期が明確になれば、Windows 10対応Officeの出荷時期も明らかになると考えています。これも日本語版はほぼ同時に製品化の準備が進んでいくことになると考えてもらっていいでしょう。Androidタブレット版と、Windows 10版によるタッチファーストバージョンは、今のOfficeに欠けているものでもあり、Officeの進化にとって、大変重要なものであると考えています。

--今年はOfficeの発売から25周年を迎えますね。25周年を記念した特別なプランは用意していますか。

【ケース】現在、検討中ですが、まだ決定していません。日本のお客様はOfficeにとってロイヤリティの高いユーザーばかりですから、そのユーザーに対して「いいこと」を考えたいですね。ここ2~3週間でも、Officeに関して、さまざまな動きを発表してきましたが、それに輪をかけてさらに、ワクワクしてもらえるものを用意したいですね。楽しみにしていてください。

(大河原 克行)