大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
レノボ・ジャパンを取り巻く3つの変化の狙いとは?
~NECとの合弁10年延長、米沢生産、サーバー事業新会社
(2014/10/27 08:44)
10月に入ってから、日本におけるレノボを取り巻く動きが慌ただしい。
10月1日には、IBMからのx86サーバー事業の買収に伴い、日本での事業活動を行なうレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ(LES)を設立。2日には、LESのx86サーバーの生産をNECパーソナルコンピュータの米沢事業場で行なうことを目的とした「MADE IN YONEZAWA」プロジェクトをスタート。7日には、NECと国内におけるPC事業のジョイントベンチャーに関わる契約を10年延長。さらに、8日にはThinkPadシリーズの米沢事業場で生産を開始すると発表した。また、タブレットであるYOGA Tabletシリーズの新製品発表や、VMwareと提携発表を行なうといった動きも出ている。
一連のレノボの動きにはどんな意味があるのだろうか。
NECとの提携延長の狙いとは?
まず、大きな動きとして捉えることができるのが、NECとの提携延長だ。
2011年6月にレノボが51%、NECが49%をそれぞれ出資して設立したのが、持株会社であるLenovo NEC Holdings B.V.だ。その傘下に、日本においてレノボブランドでPC事業を行なうレノボ・ジャパンと、NECブランドでPC事業を行なうNECパーソナルコンピュータがある。
今回の契約延長は、レノボが51%、NECが49%を出資しているLenovo NEC Holdings B.V.に対するものである。
ジョイントベンチャーのスタート時点では、2011年7月1日から5年間となる2016年6月30日まで、この出資比率を維持するとともに、NECブランドによるPCの製造、販売を、NECパーソナルコンピュータを通じて行なうという契約内容だ。
ここには、5年を経過した時点で、どちらかの会社が希望すれば、NECが持つ49%の株式をレノボが買い取り、ジョイントベンチャーを解消することができる条件が付帯されていた。つまり、2016年7月以降は、レノボが完全子会社化できる仕組みとなっており、業界内では、そのタイミングでレノボが国内でPC事業を掌握。NECブランドのPCが消滅するのではないかという見方が支配的だった。
現時点では、ジョイントベンチャー開始から3年を経過した段階であり、契約終了まで、まだ約2年の歳月が残っている。
それにも関わらず、業界内の大方の予測を裏切るような形で、契約を延長した点に疑問が残るというわけだ。
では、なぜ両社は契約を延長したのだろうか。
それは、これまでのジョイントベンチャーが予想以上の成果を上げているからだろう。
日本国内におけるPCブランドとしての「NEC」は、極めて強いものがある。そのブランドを維持しながら、日本市場が求める仕様のPCを投入しているNECパーソナルコンピュータと、グローバルブランドのPCを国内市場に投入し、コストメリットを打ち出した製品群を打ち出すレノボ・ジャパンとは、まさに補完関係にあり、それが相乗効果となって国内シェアを拡大してきた。今回の新たな協業は、こうした実績をもとにした契約延長ということになる。
新たな契約はNECブランドを維持するための仕組みか?
ただ、契約延長にはいくつかのポイントがある。
1つは、2016年6月30日までとしていた期間をまずは2年間延長し、その後は2026年6月30日まで、契約を自動更新にしたというものだ。
これは当初の契約を単純に延長したものだといっていい。その間は、ジョイントベンチャーが継続されることになる。
2つ目のポイントは、2016年以降の株式の買い取りに関する新たな条項が用意された点だ。実はこれは極めて重要な要素だ。
簡単に言えば、これまでの契約条項では、レノボによる子会社化、あるいはそれに伴うNECブランドの消滅という選択肢しか用意されていなかった契約に対して、どちらかの求めを前提として、出資比率を変更しながら、ジョイントベンチャーが継続できることになる。
新たに用意された条項は、NECが持つ株式の一部をレノボが買い取り、レノボの出資比率が66.6%にまで高めることができるというものだ。NECの出資比率は33.4%となる。
このとき、もともとNECが持つ49%の株式のうち、9割までをレノボが買い取ることになり、一方で、議決権を有する株式を新たに発行して、これをNECが取得。これにより、NECはジョイントベンチャー株の大半を現金化でき、その上で、33.4%の議決権数を保持しながら、両社の関係を維持することができる。
これと、現在のレノボ51%、NEC 49%という関係を維持するという選択肢を加えれば2つの中から、両社の関係が維持できるということになる。
今回の新たな契約において共通しているのは、NECパーソナルコンピュータが展開する国内PC事業において、NECブランドが存続されるということだ。
つまり、2026年まではNECブランドのPCが、国内で販売されることが確実になったと言っていい。
言い換えれば、仮にNECがジョイントベンチャーの株式を売却したいと考えた場合、これまでは国内PC事業のNECブランドの存続を無視した形で、一方的に株式売却することも考えられた。
実際、NECは構造改革に着手しており、不要な資産の売却は常に視野に入っている。
だが、今回の新たな契約により、NECが、ジョイントベンチャーの株式を売却したとしても、その後もNECブランドが存続できる仕組みが追加されたとも言える。
これは、レノボの強い意向が働いたものだと判断することもできそうだ。
レノボは、かつてIBMからPC事業を買収した際に、組織を統合しながら、IBMブランドとThinkPadブランドを使用し、当初計画にあったIBMブランドの5年間使用の期限を待たずに、契約を終了した経緯がある。
組織統合という手法をとった結果、多くの技術者が同社を去り、ThinkPadは品質問題に直面するといった苦い経験もしてきた。
そうした経験をもとに、NECのPC事業の獲得においては、NECパーソナルコンピュータという独立した組織を設立することで、独立性を維持。日本市場に向けたNECらしいPCを、NECブランドによって投入し続けてきた。その体制をこれからも維持することになるのだ。
なぜレノボ・ジャパンの中にサーバー事業を置かなかったのか
レノボが、NECブランドを維持するために、NECとのジョイントベンチャー契約を延長したという意思決定は、10月1日に設立したx86サーバー事業を担当するレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ(以下LES)にも強く反映されている。
LESは、x86サーバー事業に関して、従来からの日本のユーザーやパートナーとのリレーションシップを継承。検証センターをはじめとする顧客サービスのためのオペレーションによって、日本に根差したサービス、ソリューションを提供するのが役割だ。
IBMから継承したx86サーバー製品の保守およびメンテナンスは、従来通り日本IBMが担当。最低で5年間の契約を結んでいる。
そして、これまでレノボ・ジャパンで展開してきたThinkCentreなどのサーバー製品も、LESへ移管する。
しかし、LESは、Lenovo NEC Holdings B.V.の傘下には置かず、レノボの直接傘下に置いている点が、レノボ・ジャパンやNECパーソナルコンピュータとはポジションが異なる。
その理由は明白だ。x86サーバー市場において、国内最大シェアを誇るのがNECのExpress 5800シリーズ。国内シェア拡大を目指す旧日本IBMのx86サーバー事業とは競合関係にある。
PC事業において継続的な関係維持を優先したレノボにとって、ねじれ現象を生まないためには、NECが出資するLenovo NEC Holdings B.V.の傘下には、サーバー事業を置かないのが得策だ。いや、むしろその選択肢しかないと言える。
これまでレノボ・ジャパンが扱ってきたThinkCentreなどのサーバー事業は、正直なところ、NECのサーバー事業に影響を及ぼすというほどのものではなかった。だが、世界3位の事業規模を誇る旧IBMのx86サーバー事業となれば話は別だ。
結果として、レノボ・ジャパンの中にサーバー事業を置かず、そして、レノボ本社のEnterprise Business Groupからの直轄体制を敷いたと言える。
ThinkPadの米沢生産開始が意味するものとは?
一方で、NECパーソナルコンピュータの米沢事業場において、レノボ・ジャパンの法人向けノートPC「ThinkPad」シリーズの生産を開始するとともに、LESのx86サーバー製品の生産を最終目的に、ユーザーニーズの調査と生産実現に向けた検証を行なう「MADE IN YONEZAWA」プロジェクトをスタートさせることも発表した。
今回の動きに至る以前に、レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータの2社では、2012年7月に、米沢事業場において、ThinkPadシリーズの試験生産を模索してきた経緯がある。
ここでは特定顧客向けの製品に限定して数千台規模で試験生産を実施。生産したものは、実際にユーザーに納品されている。その取り組みの中で、部品調達におけるサプライチェーンや、生産品質などについて検討を行なってきたのだ。
その時には、部品調達や生産に関する情報システムは全てバラバラなもので動かしており、米沢事業場でThinkPadシリーズの量産を行なうには、システム統合などの大掛かりな仕組み改変が必要となり、試験生産から本格量産へとそのまま移行することはできなかった。
今回の取り組みはそうした経験を活かして、ようやく実現するものである。
だが、それでも完全な量産体制が整うわけではない。
対象となるのは、レノボ・ジャパンの直販サイト「レノボ・ショッピング」で販売される「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad T」シリーズなどのカスタマイズモデル。2014年度第4四半期(2015年1月~3月)から生産を開始する。
現在、ThinkPad X1 CarbonおよびThinkPad Tシリーズは深センで生産を行なっているが、米沢生産においてもベースユニットは中国から調達。米沢事業場では最終アセンブリと最終検査が行なわれるという仕組みだ。
詳細については、現時点では明確ではないが、米沢事業場の中にThinkPadシリーズ専用の生産ラインを構築することになろう。米沢事業場の生産ラインは、3人程度で組立が完了する短いラインが特徴であり、それほど場所を取らずに敷設が可能だ。対象をプレミアムモデルのカスタマイズに限定していることからも、専用生産ラインを最大でも数本配置すれば済むはずだ。
部品については、共通部分がまだ少ないため、やはり共同で部品棚を利用するのには無理がありそうだ。CPUなどについても、共同調達とは言え、融通を利かして、LaVie用に在庫しているものを、ThinkPadに振り返られるのかどうか、といった制度的な問題も解決する必要があるだろう。
また検査工程については、NECパーソナルコンピュータが米沢事業場で行なっている品質基準を適用するのではなく、ThinkPadシリーズ独自の基準を採用することになる。つまり最終検査プログラムなどは別々のものが利用されることになりそうだ。米沢品質とは別の基準で、米沢からPCが出荷されるという、不思議な構図が生まれることになる。
そして、やはり情報システムの統合が進まなくては、米沢生産でのメリットは活かされないが、その点についてはまだ先の話ということになりそうだ。
それにも関わらず、ThinkPadシリーズの米沢生産に踏み込むのはなぜか。ここでも、x86サーバーとの関連性が気になる。
x86サーバーで取り組む「MADE IN YONEZAWA」プロジェクトは、6カ月以内を目標に調査および検討を行ない、そののち、生産についての戦略、方針の決定を行なう。タイミングとしては、ThinkPadシリーズの米沢生産を開始した上で、サーバーの生産を検討するという言い方もできるだろう。
x86サーバーの米沢生産で生まれるメリットは、柔軟なカスタマイズ対応と、短納期である。企業ユーザーからの注文を受けて、中国で生産し、数週間をかけて船で運んでくる現在の体制は、NECや富士通、日本ヒューレット・パッカードがサーバーの国内生産を行ない、数日間で対応するのに比べると明らかに不利だ。これが米沢生産で解決することになる。
だが、NECのExpress 5800シリーズが山梨県甲府のNECプラットフォームズで生産されており、かつては兄弟会社だったNECパーソナルコンピュータが旧IBMのSystem Xを生産して競合するのは皮肉と言えば皮肉だ。
レノボグループの3つの会社がアキバに集結
LESは、10月1日から、東京・秋葉原のUDXビルを本社として、事業を開始した。
11月には、レノボ・ジャパンは六本木ヒルズからUDXビルへ移転。NECパーソナルコンピュータも、大崎の大崎ゲートシティからUDXビルへ移転し、3社が同じ場所で事業を行なうことになる。
そして、3社の社長は、ロードリック・ラピン氏が兼務。Lenovo NEC Holdings B.V.もラピン氏が社長を務める。
これにより、世界1位のクライアントPC事業、世界3位のタブレットをはじめとするエンタープライズコネクテッドデバイス事業、世界3位となるx86サーバー事業が整うことになる。
だが、その事業体制は、離れているようで、密接に繋がっているバランスの上で成り立っているようだ。