大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンがインクで儲ける仕組みから脱却する日

~2014年度は3割がプリンタ本体収益モデルに転換

 セイコーエプソンが、インクジェットプリンタ事業において、インクカートリッジを中心とした収益モデルからの脱却を図ろうとしている。

 一般的にプリンタメーカー各社のインクジェットプリンタのビジネスモデルは、プリンタ本体を低価格で販売し、その後に利益率の高いインクジェットカートリッジの販売によって収益を得るという仕組みだ。プリンタの販売時点ではなく、使用フェーズで利益を計上するという仕組みである。その点では携帯電話に似たビジネスモデルだと言っていい。

 そのため、インクを買い足すよりも、在庫処分で販売されている新品プリンタを購入した方がが買い得になるという逆転現象がたびたび発生したり、純正インクカートリッジが高価なため、純正品よりも廉価なサードパーティー製互換インクカートリッジの売れ行きが拡大するといったような構造を生み出していた。

 結果として、シェアが高いプリンタメーカー各社は、稼働資産をベースとしたインクカートリッジの販売数量で収益を確保できるが、シェアの低いプリンタメーカーは、低価格プリンタの販売だけでは収益を確保できずに苦戦するというように、隠れた市場参入障壁の1つにもなっていた。

 しかし、このビジネスモデルは、数年前から限界が生じはじめていた。特に新興国を中心とした海外市場では互換インクの利用率が高く、プリンタ本体を低価格で販売してしまうと、メーカーは全く利益を確保できないという構造が生まれていたのだ。また、日本においても量販店店頭では、互換インクの取り扱い量が増加しており、あるメーカー関係者は、「互換インクの構成比が、市場全体の2割台になると収益性は厳しくなる」と指摘していた。

 その点でも、プリンタメーカーにとっては、将来に向けてのビジネスモデルの転換が大きな課題となっているのだ。それにいち早く乗り出したのがセイコーエプソンということになる。

全世界130カ国で大容量インクタンクモデルを発売

 セイコーエプソンは、2010年10月に、インドネシア市場向けに大容量インクタンクモデル「L100」および「L200」を投入した。元々インドネシアでも、日本と同じように低価格で本体を発売し、インクカートリッジで収益を獲得するというビジネスモデルで展開し、日本よりも安い50ドル前後の低価格製品が主力となっていた。だが、日本よりも、互換インクが普及し、さらには、エプソンのプリンタを改造して、独自にインクタンクを取り付けて再販するというビジネスが行なわれていたという。粗悪な互換インクを利用すると、印字品質が低下したり、インク漏れやヘッドが故障する原因になるが、それでも互換インクの利用は主流となっていた。

 セイコーエプソンの碓井稔社長は、当時を振り返り、「エプソンのプリンタは耐久性がある。それがむしろ裏目に出た」と、マイクロピエゾ技術の特徴が、互換インクが広がる温床になっていたことを明かす。

 それならばと、その仕組みを逆手にとったのが、大容量インクタンクモデルの発売だった。価格は、従来モデルに比べて約2.5倍となったが、「結果として、低プリントコスト、連続大量印刷が可能となり、さらに、純正品質の安心感が人気を博している」と、セイコーエプソンプリンター事業部長の久保田孝一取締役は語る。続けて、「インク交換回数が少ない、インクカートリッジの管理コストが不要だという点が予想以上に受け入れられている」という点でもユーザーの評価が高いことを示す。

 独自の大容量インクタンクは輸送中にもインクが漏れない構造を採用。インクの補充作業が行ないやすい点も純正品ならではの特徴だ。この仕組みを用いた事業は、ここ数年で急速な勢いで立ち上がってきた。2010年度にはインドネシアやタイを始めとする4カ国での展開だったものが、2011年度には約30カ国、2012年度には約90カ国にまで拡大。2013年度実績では、約130カ国にまで取り扱いが拡大してきた。

久保田孝一氏
エマージング市場向けに販売している大容量インクタンクモデル

 先頃発表したセイコーエプソンの2013年度連結業績によると、エプソンの年間プリンタ販売台数は、全世界で1,350万台。その内2割にあたる約270万台が、大容量インクタンクプリンタだったという。これが、2014年度には、年間1,450~1,460万台の出荷計画の約3割となる年間400万台以上になると予測している。つまり、エプソンにとって、プリンタ事業全体の3割が、インクカートリッジによる収益モデルではなく、本体で収益を得る仕組みになるというわけだ。

 これを指して、「従来のように消耗品で儲けるビジネスモデルから、本体販売時点で利益を計上できるビジネスモデルへと転換することができている」と久保田事業部長は語る。そして、この仕組みは、純正インク採用比率の増加にも貢献することになるのは明らかだ。

市場に拡大余地、今後はラインナップの強化も

 2014年度において、大容量インクタンクモデル1.5倍増を見込む背景には、いくつかの要素がある。

 1つは、販路拡大への取り組みだ。「これまでは販売するエリアの拡大に取り組んできたが、販売チャネルの確保においては不十分な地域が多い。そこに対して、販路を開拓する」と久保田事業部長は語る。

 2つ目はラインナップの拡充だ。単機能モデルや、コピーやスキャナ機能を搭載した複合機をラインナップしているが、需要の拡大に合わせて、さらに、ラインナップを強化する姿勢を示している。今年(2014年)春には、A3まで対応可能な6色インクタンクモデルを追加したばかりであり、「今後もコンスタントにラインナップを広げたい」とする

A3対応の6色インクモデルのL1800
4色複合機のL355
モノクロ複合機のM200

 そして、3つ目にはまだ市場拡大の余地が大きいということだ。同社の調べによると、新興国におけるプリンタ市場を見た場合、エプソンの大容量インクタンクプリンタの構成比は10%以下。まだ改造インクタンクモデルの市場の方が大きい。また、約4割を占めるレーザープリンタの領域も、この大容量インクタンクモデルで置き換えることが可能だと見ており、「市場拡大余地は大きいと考えられる」(久保田事業部長)というわけだ。

大容量インクタンクモデル向けのインク
大容量インクタンクモデルの販売は急速に拡大している
大容量インクンクモデルの構成比は10%以下。拡大の余地は大きいとする
大容量インクタンクモデルはラインナップを拡大する計画だ

日本ではスマートチャージを展開

 セイコーエプソンは、このほど、日本の法人向けに「スマートチャージ」サービスを開始する。スマートチャージは、75,000枚までの大量印刷が可能な超大容量インクパックを活用することで、月額1万円でモノクロ2,000枚、カラー600枚までが印刷できる課金型サービスで、4種類の課金モデルを用意。導入時にかかるのは「搬入・設置サービス」のみだ。

 これは一見すると、インクパックで儲けるビジネスモデルのように見えるが、最大のポイントは企業における純正インクの使用比率を高めることに繋がる点だ。その点では、新興国での大容量インクパックモデルと同様の狙いがベースにあると言っていい。また、レーザープリンタや複写機からの置き換えという、新たな市場の開拓にも戦略的役割を果たすことになる。

エプソンが開始した「スマートチャージ」。75,000枚までの大量印刷が可能な超大容量インクパックを活用する

日本での大容量インクタンクモデルの展開はどうなるのか

「EC-01」

 では、日本では、大容量インクタンクモデルの販売はどうなるのだろうか。同社では、2010年5月から、日本国内向けに、大容量インクパックを採用したインクジェットプリンタ「EC-01」を発売した経緯があるが、日本ではまだ具体的な計画はないようだ。EC-01も6万円台半ばという価格設定が理由となってそれほど受け入れられなかった。

 特に、コンシューマ領域においてのビジネスモデルの転換は、かなり慎重な姿勢を見せている。2万円以下でプリンタ本体が購入できる仕組みからの脱却は、シェア競争にも大きく影響するからだ。実際、セイコーエプソンでは、「大容量インクタンクモデルは、新興国市場において、低コストで大量の印刷を安心して行なうことを実現するために投入したもので、これを、日本を始めとする先進国市場でも販売することは考えていない」とする。

 だが、新興国での成功は、日本において、特に企業向けの展開における新たな提案へと繋がる可能性は捨てがたい。直接的な製品ではなくても、その一部の仕組みや考え方を導入するということは、今回のスマートチャージを見ても明らかだ。スマートチャージで提供される大容量インクパックは、新興国で販売されている大容量インクタンクモデルよりも容量は大きい。

 セイコーエプソンは、現在、「SE15後期 新中期経営計画」を実行中であり、2015年度に同計画の最終年度を迎える。ここで全社の体質改善を進め、2016年度から開始する新たな中期経営計画では、成長戦略を描くことを明らかにしている。その中で、ROS(事業利益率)の合計値で10%を目指す計画であり、特に「主柱事業であるインクジェットプリンタ事業は、さらなる利益貢献を目指す」と、インクジェットプリンタ事業が、収益拡大の牽引役になると位置付けている。そのためには、グローバルでのインクジェットカートリッジによる収益モデルからの脱却が必要となる。

 セイコーエプソンのエプソンのインクジェットプリンタ事業は、ホーム・オフィス領域と、商業領域に分類しているが、その内約8割をホーム・オフィス領域が占めている。ホーム・オフィス領域では、「インクジェットプリンタの強みを活かし、商品構成の強化とビジネスモデルの転換、オフィス領域の開拓を進める」とし、「印刷量の多い顧客を獲得することによる消耗品売り上げ成長が1つの鍵。そして、モデルミックスと平均単価の改善、ビジネスモデルの転換による本体の採算性の改善が、もう1つの鍵になる」(久保田事業部長)とする。

 セイコーエプソンは、新興国において、プリンタのビジネスモデルの転換に成功しているのは明らかだ。そして、その比重は同社事業において、かなりの比重を占め始めた。日本でのプリンタ需要の頭打ち、新興国での需要拡大といった状況を見れば、この比重がさらに高まる可能性がある。来年(2015年)度には全体の3分の1以上が、本体で収益を得るモデルとなるのは明らかであり、近い将来は5割というところも視野に入るかもしれない。となると、日本において、このビジネスモデルを導入する時期が訪れる可能性は捨てきれない。もちろん、その転換は一筋縄ではいかないだろう。

 現在、エプソンでは、コンシューマプリンタ領域において、上位モデルへの販売シフトを進めている。これも本体単価上昇への取り組みの1つであり、将来のビジネスモデル転換への布石と見ることもできる。

 日本において、ビジネスモデルの転換に踏み出すのはいつなのか。エプソンは、そのタイミングを、じっと推し量っているようにみえる。

(大河原 克行)