■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
富士通は、2011年秋冬モデルから、島根県出雲市の島根富士通で生産するノートPCを「出雲モデル」、福島県伊達市の富士通アイソテックで生産するデスクトップPCを「伊達モデル」としてプロモーションを開始している。本誌では、すでに出雲モデルの考え方や、島根富士通の生産ラインの様子は紹介しているが、このほど、富士通アイソテックでの生産ラインの様子を取材することができた。東日本大震災で被災し、そこから復興の道を辿る富士通アイソテックにおける「伊達モデル」へのこだわりについて追ってみた。
●福島から日本を元気にする意志を持ったPC富士通アイソテックは、福島県伊達市にある。福島第一原発から約60kmの距離にあり、市内ではいまでも4地区113世帯が特定避難勧奨地点に指定されている。
東日本大震災では震度6弱の地震に見舞われ、生産棟は大きな被害を受けた富士通アイソテックは、2011年3月11日からデスクトップPCの生産を停止。企業の期末導入時期を迎えていたことから生産の一部を島根富士通に移管するといった措置もとられた。
その後、従業員の懸命な復旧作業により、4月18日からは富士通アイソテックでのフル生産を再開。現在、日産5,000台の生産体制が確立されている。
「伊達モデルという言葉は、震災後に生まれた言葉。富士通アイソテックの従業員全員が、福島から日本を元気にするという気持ちを込めて生産したPCが、伊達モデルである」と、富士通アイソテックの栃本政一社長は語る。
国内生産ならではの信頼性の高いモノづくりを維持する一方、BTO対応によるそれぞれに異なった仕様でのPC生産体制を実現。短期間に配送できることも大きな特徴だ。
現在、富士通アイソテックでは、8本の生産ラインを持っているが、そのうちディスプレイ分離型PC専用の生産ラインを3本、ディスプレイ一体型PC専用の生産ラインを2本、そして、双方のPCに対応できる汎用ラインを3本設置しており、機種ごとの生産数量に応じて、生産する品目を柔軟に変更できるようにしている。
また、2011年6月からは、1個流しが可能な混流生産ラインを1ライン設置。これも需要変動にあわせて生産機種を変更でき、さらに段組替えなどの時間を不要することで、より効率的な生産が可能になる。
こうしたフレキシブル性は、日本ならではの生産体制だといえる。
福島県伊達市にある富士通アイソテック | 伊達モデルの第1号製品となるESPRIMO FHシリーズ | 富士通アイソテックの栃本政一社長 |
●設計・開発部門を生産拠点に併設
「伊達モデル」の強みの1つに、設計・開発部門と一体化した生産体制を確立している点が見逃せない。
これは、島根富士通で展開している「出雲モデル」にもない大きなポイントだともいえる。
富士通パーソナルビジネス本部本部長の齋藤邦彰執行役員は、「2009年初頭から設計・開発部門の一部を富士通アイソテックにも置き、現在、企業向けディプレイ一体型PCの設計・開発を行なっている。これにより、設計・開発から製造に至るまでの一貫体制を確立している。この体制を確立したことで、品質向上、開発リードタイムの短縮などで大きな成果があがっている」と語る。
「量産時にどんな問題が発生するのか、どんな点を考慮して設計しなくてはならないかといったことを熟知した技術者が設計・開発を行なっている。同じ国内に設置している神奈川県川崎の設計・開発部門が開発した製品では、実際に試験生産した段階で、解決すべき課題が必ず発生するが、富士通アイソテックで設計・開発した製品ではそうしたことが起こらない。よりタイトなバリューチェーンによる効率化は想像以上のものだ」と、齋藤執行役員は続ける。
生産直前で課題が発見されれば設計・開発部門に差し戻すこととなり、結果として開発リードタイムが長引く要因にもなり、さらに改善コストも発生する。
「量産ラインを知り尽くした技術者による製品開発は、高信頼性の実現、製品化までの期間短縮、コスト削減といった観点で大きな効果がある」というわけだ。
本来ならば量産にこぎ着けるまでに6カ月かかる製品開発が、富士通アイソテックで設計・開発した製品の場合は4カ月程度にまで短縮できたという。これも「伊達モデル」の重要な要素の1つだ。
現在、設計・開発部門は12人体制であり、これに関連する品質保証のスタッフを加えると20数人の体制となっている。
「今は1機種のみを設計・開発しているが、今後、富士通アイソテックで設計・開発するPCの機種数を増やしていきたい。それに伴い、陣容も1.5倍に増やしていきたい」(富士通アイソテック ボリュームプロダクト統括部長代理の福本仁氏)とする。
富士通 パーソナルビジネス本部本部長の齋藤邦彰執行役員 | 富士通アイソテック ボリュームプロダクト統括部長代理の福本仁氏 |
●さらに進化を続ける生産ライン
富士通アイソテックの生産ラインの進化はこれからも継続的に続いていくことになる。
その一例として、同社が今回明らかにしたのが、組立工程において、試験工程の一部をインライン化する計画だ。
現在、PCの組立工程はコンベア型としており、一定時間の間隔で、作業者の間を次々とPCが移動して、組み立てられることになっているが、富士通アイソテックで生産するデスクトップPCの場合には、ソフトウェアによる試験工程では電源を確保してなくてはならないため、一度ここから、電源供給が可能な試験工程ラインにPCを移動させてなくてはならなかった。
だが、今後は試験工程に入るところで自動的に電源を供給する仕組みを用意。コンベアが移動しながら通電させ、ソフトウェアによる試験を実施できるようにする。これにより、作業工数の大幅な効率化を図ろうというわけだ。
もう1つは、社内でフリーダムラインと呼ばれる新たな生産ライン構築への取り組みだ。
PCの生産ラインでは、生産する機種によって最適化したラインを構築しているが、需要変動に伴って、生産ラインそのものをダイナミックに変更するというのがこのフリーダムラインの特徴だ。
「翌日の生産数量、生産機種にあわせて、生産に必要な工程を組み入れたり、逆に外したりといったことができるラインの構築を目指している」(富士通アイソテック・栃本社長)という。
例えば、ディスプレイ一体型PCの生産ラインでは、ディスプレイの組立工程もインライン化しているものの、ディスプレイ分離型PCでは当然、この工程は不要になる。分離型PCの生産数量が増加すれば、ディスプレイ一体型PCの生産ラインからディスプレイ組立工程を外して、効率的に生産を行なう体制を構築するというのがこのフリーダムラインの考え方である。
富士通アイソテックでは、今年度中にもこうした新たな仕組みを、生産ラインに導入していくことになるという。
●風評被害の影響はゼロ、「元気な福島」の象徴に
「伊達モデル」によるプロモーションは、結果として、福島で生産していることを強調することにもつながる。その点で気になるのは風評被害である。
栃本社長は、「風評被害を感じることはない。むしろ、福島が元気であることを訴求することができ、それに対して応援をもらっている」とする。
だが、福島第一原発の事故直後には、富士通アイソテックで生産している輸出向けプリンターにおいて、海外の取引先から放射線量を調査して欲しいとの要望が出たという事実もある。
「今年4月以降、工場内にはガイガーカウンターを設置し、PCでは毎日1台を抜き取り検査し、放射線量を測定している。PCサーバーやプリンター、保守部品についても同様に毎日放射線量を測定している。だが、まったく影響は出ていない」とする。
毎日、ガイガーカウンターを使用して放射線量を測定する。1cm離れたところで測定 | この日測定した結果は0.17μシーベルト | 構内のいくつかの場所にはリアルタイムで放射線量を測定する機器が設置されている |
しかし、福島第一原発の問題の深刻ぶりは長期化している。離れた場所でも高い放射線量が測定されるなどの事態も起こっている。
齋藤執行役員は、最悪の事態を踏まえて次のように語る。「東日本大震災の時に、島根富士通にデスクトップPCの生産を一部移管したが、その際に手作業が数多く発生し、運用面での改善が必要であることがわかった。その課題解決も視野に入れて、今年8月には試験的に島根富士通にデスクトップPCの生産を移管する予行練習を改めて行なった。例えば、放射線量の増加などによって、富士通アイソテックで生産ができなくなった場合でも、島根富士通で継続的に生産が行なえる体制は確保できている」。
繰り返しになるが、これは最悪の事態を想定した場合だ。
毎日測定している放射線量では、現時点では問題がない水準で推移しており、「伊達モデル」として富士通が自信を持って提供する製品となっている。
伊達市で生産を継続し、そこに対するこだわりを「伊達モデル」として訴求し、安心して使ってもらえる「福島県伊達市で生まれたPC」を、富士通が出荷しているということを示すという狙いも、今回の「伊達モデル」のプロモーションにつながっているといえよう。
伊達モデルは、富士通のPCの信頼性を強調するとともに、「元気な福島」を象徴するモノづくりを裏付けるプロモーションにもつながるといえよう。