大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

東芝 デジタルプロダクツ&ネットワーク社 深串方彦社長インタビュー
~発売25周年、累計出荷1億台の2つの節目を迎えたPC事業



東芝 デジタルプロダクツ&ネットワーク社の深串方彦社長

 東芝製PCは、同社第1号のポータブルPC「T1100」を1985年4月に発売して以来、今年で25年目を迎えている。さらに今年(2010年)は、ノートPCの世界累計出荷台数で1億台を達成し、東芝のPC事業にとって、まさに大きな節目を迎えた1年になった。

 いまや、年間2,000万台規模のPCを出荷する国内最大のPCメーカーとなった東芝は、なぜここまで成長できたのか。そして、これからの25年をどう捉えているのか。東芝執行役上席常務であり、デジタルプロダクツ&ネットワーク社社長を務め、同社PC事業を率いる深串方彦氏に、25周年と1億台達成の節目を迎えた東芝PC事業の現在、過去、未来を聞いた。


--2010年は、ノートPC発売25周年、累計出荷1億台と、東芝のPC事業にとっては忙しい1年になりましたね。

深串 おかげさまで多くの方々に支えられ、今年、大きな節目を迎えることができました。1985年に英国バーミングガムで開催されたコンピュータショーに試作品を展示したのが、当社がポータブルPC事業に参入するきっかけになっています。当時の日本では、NECのPC-9800シリーズが全盛で、そこに後発の東芝が参入する余地がなかった。それならば勝機がある市場、勝機がある商品で、戦ってみようと考えた。まずは欧州市場に製品を投入し、続いて米国で展開し、最後が日本。東芝の中でもユニークな経緯をもって市場参入をしたわけです。

 もう1つ重要なのは、我々が「ダイナブック」というブランドを採用したことです。ゼロックスのパロアルト研究所に在籍していたアラン・ケイ氏が提唱した、誰もが使えるコンピュータの概念であるダイナブックをそのまま製品名として利用したということは、東芝がこの製品によって、世の中を変えていくんだという強い想いを込めたと受け取ってもらってもいい。それは我々にとって、これからも追求し続ける永遠のテーマだといえるのではないでしょうか。

東芝のポータブルPC第1号機となったT1100アラン・ケイ氏のサインが入ったJ-3100

--2009年度のPCの出荷実績を見ると、東芝は約1,500万台。それに対して、ソニーは680万台、富士通は563万台、NECは273万台。すでに国内最大規模のPCメーカーとなっています。なぜ、東芝はここまで成長できたのでしょうか。

深串 「技術の東芝」、「品質の東芝」といわれるように、新たな技術に対して真っ先に取り組み、それを製品の中にいち早く反映してきた。振り返ってみると、ダイナブックの歴史は世界のラップトップの歴史そのものだといってもいいのではないでしょうか。

 例えば、FDDの搭載や、プラズマディスプレイの搭載、HDDの搭載など、東芝が最初に実現した技術は枚挙にいとまがない。液晶やバッテリ技術でも先行した。さらに、MicrosoftやIntelといったPC産業を支える企業、液晶やメモリを提供するSamsungなどと、戦略的提携による緊密な関係を築いてきたことも大きな要素です。例えば、Microsoftとは、米レドモンドのMicrosoft本社キャンパス内に東芝の社員が常駐できる場所を確保し、共同で研究を行なえる体制を築いている。ここまで密接な関係を築いているのは、日本のPCメーカーの中では東芝だけです。

 また、全世界の販売店との強力なパートナーシップを築いたことも見逃せません。国内はもとより、米国、欧州の主要販売店との協力によって、売り場の中で最も目立つ場所に東芝のPCを展示していただいている。米ベストバイとは、共同での製品開発といったところにまで踏み出している。

 ただ、今の場に甘んじるつもりはありません。私は、社員に対して、「今こそ、東芝のPC事業の歴史を思い出して、踏ん張っていくべきだ」という話をしています。例えば、ネットブックの事業参入では、ASUSTeKやエイサーに比べて明らかに遅れた。こうした失敗は謙虚に反省して、次の成功につなげなくてはならない。コスト重視の守りの姿勢ではなく、もっとどん欲に、もっと打って出る姿勢が必要です。

 東芝は、2010年6月に、25周年記念モデルとして4製品を発表しました。13.3型スリムコンパクトノート「dynabook RX3」のほか、液晶TVであるREGZAのノウハウを生かした液晶一体型AV PC「dynabook Qosmio DX」、新インターネットデバイス「dynabook AZ」。そして、“リブラー”に対して「お待たせしました」と言えるだけのこだわりを実現した2画面タッチパネルを搭載の「libretto W100」です。これらの製品をみて、「いよいよ、東芝が帰ってきたぞ」という声や、「強い商品が出てきたぞ」、「東芝に元気が出てきたな」という声もいただいた。昨年10月から、PCの開発体制を変えた結果が、こうした製品の市場投入に結びついたといえます。

13.3型スリムコンパクトノート「dynabook RX3」液晶一体型AV PC「dynabook Qosmio DX」
インターネットデバイス「dynabook AZ」2画面タッチパネルを搭載の「libretto W100」

--社内ではどんな変化があったのですか。

深串 もともと東芝のPC事業は、商品企画、製造、営業が直列の関係にありました。だが、この体制では、仮に製品が売れなかった場合、それぞれに責任を感じていたとしても、責任に対する姿勢が弱い。そこで、商品統括部を新設し、商品企画、エンジニア、生産、営業の全員が1つのチームとなって、1つの商品に対して、全員ですべての責任を持つ体制を作った。売れないのは営業のせいだとか、開発がいけないということがいえない状態になり、それでいて、朝から晩まで1つの商品のことを考え続ける(笑)という体制です。

 商品統括部のもとに、BtoCの普及モデルと、BtoCの付加価値モデル、BoB製品、スレートPCなどの新たな端末を担当するチームというように4つのカテゴリで分類し、コスト管理や価格設定までを含めて、それぞれのチームが責任を持つ体制とした。これによって、東芝のPCのモノづくりに対する意識は大きく変化しました。

 さらに、台湾のODMとより密接な関係を築くために、台湾の開発チームを強化。現地での採用も増やし、課題が発生した際にも迅速な対応を行なえるようにした。また、台湾のODMベンダーが工場進出する中国においては、上海の拠点を強化し、東芝の社員が直接工場に出入りして、品質確保や問題解決に当たれるように体制を強化した。

 一方で、営業体制における面展開の強化としては、新たに新興国部を作り、この部門が新興国専門でビジネスを展開できるようにしました。これまでは日米欧の市場の声がモノづくりに強く反映されることが多くなりがちだったが、新興国からの声が吸い上げられるようになり、日本、欧州、北米、新興国といったそれぞれの国にあったマーケティングを強化できるようになった。今年10月には、インド市場向けに防塵対策を施したPCを投入しました。こうした新興国の市場動向を捉えた製品が投入できるようになったことは大きい。実際、2010年度上期は、新興国市場においては、前年同期比50%以上の成長率となっています。

--6月に発売した25周年モデルの動きはどうでしたか。

深串 大変好評です。軽量筐体堅牢化技術、新空冷技術という東芝の先進技術によって、世界一の軽さを実現したdynabook RX3は、ワールドワイドで高い評価を得ており、大手企業などから数千台規模での一括導入商談が何件もあります。

 また、インターネットデバイスであるdynabook AZは、Androidプラットフォームを利用することで起動を早め、インターネットユーザーのためのデバイスとして注目を集めていますし、libretto W100は、2画面ならではの新たな操作環境を実現している点が注目されている。この2機種はボリュームを追うような製品ではありませんが、dynabook AZでは、来年にはAndroidのバージョンがあがりますし、libretto W100は、2画面による使い方に関してかなり勉強をし、ノウハウを蓄積できた。それぞれをさらに使いやすいものに進化させていきたい。

 そして、液晶一体型AV PCのdynabook Qosmio DXは、REGZAのデザインを採用し、Cell B.E.技術応用の映像専用エンジンであるSpursEngineの採用などによって実現される高画質が受けています。またオンキヨーのスピーカーを採用したことで、音質に対する評価も高い。発売以来、国内の機種別売れ筋ランキングでは首位となっています。このように、25周年モデルは、いずれの製品でも大きな手応えを感じています。

--ちなみに、dynabook Qosmio DXはデスクトップPCではないと主張していますが(笑)、その姿勢は変わらないのですか。

深串 そこにはこだわりがあるんです。東芝が得意とするのは、ポータブルPCに関する技術です。ここでは他社に負けないものがある。その技術を活用したのがdynabook Qosmio DXです。この中には、ポータブルPCの技術が数多く使われている。デスクトップPCの技術で作られたものではないんです。つまり、デスクトップPCが、ノートPCに近づいたきた結果、生まれた製品であり、東芝がデスクトップ市場に参入したものではないのです。ですから、この製品が成功したからといって、タワー型などのデスクトックPCを東芝がやるということは一切考えていません。

--2010年度のPCの出荷計画として年間2,500万台を掲げていますね。東芝の決算会見では、CFOからこの数値達成に対してはやや厳しいコメントが出ていますが。

深串 高い計画値ではあるものの、計画を立案した段階では達成できないものではないという認識を持っていました。ちょうど25周年という節目でもありましたし、「25」という数字にもこだわりたかった(笑)。しかし、5月以降、ギリシャの財政危機を発端とした欧州市場の冷え込み、中国市場におけるインフレ懸念、米国経済の減速など、取り巻く環境が一気に悪化した。米国では今年夏のバック・トゥ・スクール商戦は皆無の状態だったと言われていますし、年末のクリスマス商戦も盛り上がりに欠けるであろうとの予測も出ている。当初の計画通りには進んでいないのが現状です。しかし、年間2,000万台以上の出荷は確実に達成しますし、来年3月までの期間がありますから、限りなく2,500万台に近づくように努力していきます。

--下期の重点ポイントはなんですか。

深串 新興国市場での成長、オールインワンモデルの伸張、そして、BoBの推進です。新興国市場は先ほどお話ししたように、体制強化を進めていますし、新興国市場向けモデルを品揃えし、ボリュームゾーンの製品もラインアップ強化した。一方で国内市場を中心にオールインワンモデルが注目を集めていますから、これをさらに加速させていきたい。さらに、BoBではRX3が日米欧の企業に続々と導入が決まり始めている。今後は、オフィスだけに留まらず、店舗、医療といった領域にも積極的に展開していきます。

--10月に開催されたCEATEC JAPANでは、東芝ブースに展示されたスレート型PCや、裸眼(グラスレス)PCが話題を集めました。このあたりの製品投入はどうなりますか。

CEATECの東芝ブースで参考展示されたグラスレスPC。部分3D表示が可能になっているCEATECに展示したスレートPC

深串 グラスレスPCは、来年には本格的に展開することになります。これはディスプレイ全面で3D表示するだけでなく、部分3D表示技術によって、1画面に2Dと3Dとを別々に表示できる。Excelで仕事をしながら、小さな画面で3DのYouTube画像を表示することもできる(笑)。3Dというと、まずはエンターテイメントという認識が強いが、業務利用もかなり期待しています。医療分野や教育分野などでも3Dの活用シーンはますます増えてくるでしょう。教材を3Dで表示して、より理解を深めるといった使い方もできますし、すでにエンターテイメント以外の領域において、いくつのご提案をいただいています。

 一方でスレートPCですが、すでに欧州では投入していますが、今後、日本、北米市場にも投入していきます。来年になり、Androidのバージョンがあがり、マーケットプレイスとの結びつきがより強まれば、競争力の高い端末にすることができる。ただ、東芝のスレートPC製品は、Androidに限定するつもりはありません。並行してWindows 7を搭載したスレートPCも開発しています。それぞれの強みを生かしたモノづくりをしていく考えです。

--スレートPCにおいて、東芝の優位性はどこに発揮されますか。

深串 軽薄短小技術、堅牢性に関する技術的優位性は他社には負けない。社内には「曼陀羅(まんだら)技術」や、「錦帯橋プロジェクト」というものがあります。

 曼陀羅技術とは、曼陀羅が仏教の世界を凝縮して表現されているのと同じように、1つの基板の中にさまざまな技術を凝縮する技術を指します。いわば、基板の高密度実装技術と言えます。

 そして、錦帯橋プロジェクトとは、錦帯橋が釘などを一切使わずに作られているように、PCの筐体そのものにはネジが見えないようにするという取り組みです。他社製品に比べて、東芝のPCは、ネジの数が圧倒的に少ないですよ。こうした技術がスレートPCの世界においても生かされることになる。また、ハードウェアだけでなく、配信サービス「東芝プレイス」を提供し、日本でも来年には電子書籍コンテンツや音楽コンテンツも配信する。また、エンターテイメント向けだけでなく、教育、医療といった分野でも、いつでも、どこでも欲しいコンテンツが手に入るような仕組みを構築します。

 さらに、TVとの連動も図ることになる。全世界の電機メーカーをみると、PCに強いメーカーが、必ずしもTVは強いとは限らない。また、TVに強いメーカーが、PCに強いというわけではない。双方に強いメーカーは世界を見渡しても東芝以外にはないともいえます。TVとインターネットが融合する時代において、その強みを発揮していきたい。東芝のスレートPCがTVのリモコンになったり、エアコンや照明のコントロールを行なったり、自動車に持ち込んで車内で楽しむために利用したりといったこともできるようになる。こうした広がりを持たせることができるデバイスを提案していきます。

dynabook RX3を持つ東芝 デジタルプロダクツ&ネットワーク社の深串方彦社長

--四半世紀を経過した東芝のPC事業ですが、これからの25年の東芝のPC事業の方向性はどうなりますか。

深串 パソコンの父と呼ばれるアラン・ケイ氏によって提唱されたパーソナルダイナミックメディア「ダイナブック」の名称を継承してきた東芝にとって、紙や鉛筆や本と同じように使え、家電やネットワークと結びつき、人々の生活に不可欠なデバイスを実現するという夢に向けて、これからも取り組んでいきます。

 これまではビジネスマン中心で製品が開発されてきた経緯があったが、今や女性、子供に最適な製品づくりが求められ、生活を楽しく、楽にするためのツールに進化させていく必要がある。そして、ユビキタスという言葉に象徴されるように、いつでも、どこでも、誰でもが利用できるコンピューティングの実現を目指さなくてはならない。人の能力を高め、社会に役立つ、真のパーソナルコンピューティングを実現するのが東芝のPC。それはこれからの時代も変わらないといえる。その結果として、シェアや売り上げがついてくる。

 「ダイナブック」の実現には徐々に近づいているが、まだまだやらなくてはならないことがあり、アラン・ケイ氏が描いた世界を実現するにはまだ道のりがある。そこに挑んでいきたい。2010年4月1日付けで、カンパニーの名称をデジタルプロダクツ&ネットワーク社に変更しました。従来のPC&ネットワーク社という組織名から、あえてPCという言葉を取りました。そこには、これからの東芝のPC事業が、ネットブック、ネットノート、モバイルノートPC、ノートPC、AVノートPC、オールインワンPCといった従来の製品領域に留まらず、クラウドデバイス、e-BOOK、スレートPC、デジタルサイネージといった領域にも事業を拡大していきたいといった想いを込めています。ネットワークにつながものはすべてやるというのが、デジタルプロダクツ&ネットワーク社のミッションです。

 これからの25年は、PCと呼ばれる領域に留まらないビジネスを展開していくことになると捉えてもらってもいいでしょう。その中で、東芝が持つ軽薄短小の技術や電機メーカーとしての総合力を生かして、他社と差別化していきたい。そう考えています。