大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

NEC、世界最軽量PC「UltraLiteタイプVS」開発秘話
~ダイバーのように潜行した、ボトムアップのビジネスモバイル



 NECパーソナルプロダクツは、10.6型以上のディスプレイを搭載したWindows Vista搭載PCとしては世界最軽量となる、重量725gを実現したビジネスノートPC「UltraLite タイプVS」を、5月26日に発表した。

 開発コードネームは「ダイバー」。その名が示す通り、ダイバーさながら、深く潜行しながら開発が進められた製品ともいえ、現場主導の提案型製品として企画されたという点でも、最近のNECの製品づくりでは異例といえるものだ。

 また、薄型、軽量化を実現するために、Bluetoothや指紋認証機能の搭載を見送るなど、機能を割り切った点も、これまでのNECにおけるPC開発の中では異例だといえる。

 国内トップシェアメーカーとして、万人受けする製品を前提に開発するNECだからこそ、作れなかった特化型の割り切り型製品が、いよいよNECから登場したともいえる。

 UltraLite タイプVSは、どんな意味を持った製品なのだろうか。

UltraLiteタイプVS

●より軽く、より薄くすることに注力したUltraLite タイプVS

 NECでは、2005年12月に、1kgを切ったUltraLiteを投入以来、2006年12月、2008年12月にそれぞれモデルチェンジを行ない、ビジネス向けモバイルノートPC事業を展開してきた。

 今回発表したUltraLite タイプVSは、昨年12月に発売した3代目UltraLiteのDVD内蔵のタイプVS、および868gを実現したタイプVCに加えて、より軽く、より薄くすることを狙って新たに追加投入されたものだ。

 もともとの発想は、Luiで開発されたPCリモーターに端を発する。

 PCリモーターは、持ち運んで利用することを狙った薄型・軽量のノートPC型の端末だ。ローカルでの利用を想定せずに、常にネットワークに接続して動作させることを前提とする、新たな利用提案を行なう端末と位置づけられている。

 「PCリモーターに、PCの機能を詰め込んだらどうなるのか。これが発想の基点」と語るのは、NECパーソナルプロダクツPC事業本部商品企画開発本部設計技術部・杉山修司開発マネージャー。

 ネットワーク接続利用を前提として開発した端末を、ローカルでも動かせるようにPCの機能を埋め込むというのは本末転倒のように見えるが、PCという観点からみれば、ネットワークで動くシンクライアントの筐体に、PCの機能を埋め込めるかどうかの挑戦であり、ある意味純粋な取り組みともいえる。技術部門にとってみれば、「そこに山があるから登る」といったことに近い、具体的なテーマでもある。

 杉山マネージャーをはじめとする設計チームは、その素朴ともいえる発想から水面下で独自に開発をはじめたのだ。

 実は、「独自に開発をはじめた」という言葉通り、この段階では、まだ認可されたプロジェクトではなかった。

 「放課後」ともいえる時間帯を利用し、薄型、小型の筐体に搭載するため、モバイルノートPC用の基板に比べて約25%削減したボードを新規に開発。その後、改良を加えることで、薄型・軽量化した筐体に搭載できる道筋に目処がついた2008年1月から、正式な形で開発提案を行ない、5月には試作品を完成させた。

 試作品では、Luiのロゴが入った筐体をそのまま利用。ボードなどが搭載できるように、筐体の一部を切削するなどの加工も施した。

PC事業本部商品企画開発本部パーソナル商品開発部・尾崎巨志氏

 「LuiのPCリモーターは649g。これにHDDを搭載することなどを勘案し、50g増を目指した」(PC事業本部商品企画開発本部パーソナル商品開発部・尾崎巨志氏)というのが、当初の目標。

 最初の試作品では、60GBの1.8インチHDDで企画を進めていたが、対象としていた部材の供給が中止となり、そこでSDDを搭載する方向で再検討を開始。それに伴い、ボードを設計し直した。

 尾崎氏は、「1mmあるいは0.5mm、0.1mmという幅をどう削るかというせめぎ合いの連続。HDDからSDDへの変更、さらに予定していたSDDから、別のSDDへと変更したという経緯もあり、その度に設計をし直した。細かいところに部品を搭載しているだけに、1カ所変更を加えると、多くのところに影響が出る。ボードの設計、部品レイアウトでは、苦労の連続だった」と振り返る。


手前がUltraLite タイプVS、奥がLuiのPCリモーター。SSDを搭載、基板がスペースが大きくなっている放熱用のグラファイトを横方向に伸ばすことで放熱効果を高めた

 最も苦戦を強いられたのは、放熱部分だという。

 筐体の薄さからファンレスは前提となった。その環境において、いかに効率よく放熱するかが鍵となったのだ。

 放熱への取り組みでは、放熱用のグラファイトを利用し、これを横方向に伸ばすことで放熱効果を高めるといった工夫も行なった。

PC事業本部商品企画開発本部設計技術部・井上泰彦氏

 「厚み、形状に何度も変更を加えて、そのたびに、放熱量の変化を測定した。しかし結果として、放熱機能に伴う工夫が、予想以上に重量に跳ね返った」(PC事業本部商品企画開発本部設計技術部・井上泰彦氏)という。

 同社の規定水準をもとに放熱効果を優先することで、品質を確保。その分は、残念ながら重量増に影響を及ぼしたという形だ。

 もともと井上氏は、デスクトップの設計者。UltraLite タイプVSを担当する前は、マイクロタワーのVALUESTAR Mシリーズの開発を担当していた。最も大きな筐体で、拡張性を前提としたデスクトップから、最も薄く、拡張性がないモバイルノートを担当するという、これもまた異例の担当替えとなった。

 「どこまで高密度化できるのか。新しいモノを作る楽しさを、UltraLite タイプVSの設計から学んだ」と井上氏は語る。

 それまで使っていたノギスは、1mのもの。だが、ノートPCではそれよりも遙かに小さいノギスが利用される。自らが持つ道具を持ち替えて、UltraLite タイプVSの設計に取り組んでいったのだ。

●性能や機能を省略しても薄型軽量化を図る

 今回の製品では、薄型、軽量化に徹底的にこだわったのも特徴だ。

 中には、薄型、軽量化を実現するために、これまでのNECでは考えられないような割り切りも行なわれた。

 例えば、UltraLite タイプVSでは、Bluetoothや指紋認証機能は搭載していない。従来のビジネスモバイルノートでは、持ち運んだ際のセキュリティを実現するために、指紋認証機能の搭載を前提としていたものを、UltraLite タイプVSでは完全に見送ったのだ。

 さらに、Atomプロセッサを搭載したこと、メモリを1GBにしたのも、軽量化や小型化、放熱効果などを考慮して決定したものだという。

 「2GBにすべきという議論もあった。だが、2GBでは物理的なサイズがやや大きくなること、放熱にもさらに配慮が必要になることなどの理由から、1GBに決定した。とにかく、軽量であること、薄型であることに徹底してこだわり、それ以外の部分では割り切ったことが少なくない」(尾崎氏)という。

 NECがUltraLiteシリーズを発売以降、ユーザーへのヒアリング調査を行なったところ、最も多い要求が、軽さを追求したものを開発してほしいという声だった。言い方を変えれば、NECが、軽量、薄型のモバイルPCを開発すれば、これまでの製品では獲得できなかった新たな顧客層へと裾野を広げることができるともいえる。

 つまり、今回の製品は、モバイルユーザー獲得に向けて、軽量、薄型に徹底的に特化することで、機能を割り切ったモデルともいえるのだ。

●NECとしては異例の取り組み

 2008年5月、東京・大崎のNECパーソナルプロダクツの本社において、経営幹部への提案が行なわれた。

 試作品の筐体の天板には、そのまま「Lui」のロゴが残ったままだった。まさに、LuiのPCリモーターの筐体の中に、PC機能を搭載したことが、ここからも明らかだった。

 提案をした杉山氏から、山形県米沢市の米沢事業場で控えていた尾崎氏のもとに連絡が入る。

 「いけるぞ」。

 幹部から薄型、軽量のモバイルノートPCとして、量産化に向けた開発を開始することが、その場で決定した。

 「モノを作ることには自信があった。だが、それが経営の観点から評価されるかどうかは別の尺度。こうした製品が受け入れられたことで、より開発に自信を深めた」と尾崎氏は語る。

左がUltraLite タイプVS、右がLuiのPCリモーター。外観の違いはロゴがあるかないかだけキーレイアウトもほぼ一緒。右のPCリモーターにはやはりLuiのロゴが入る裏面部と内部の様子。この写真では右がUltraLite タイプVS

 尾崎氏は、UltraLite タイプVSの達成感は100%だと言い切る。また、井上氏も異口同音に100%に近い達成感があるとする。

 「モバイルビジネス用途で利用できるには十分なパフォーマンスが出せるようにチューニングしている。そして、持ち運んで利用できる重量とバッテリ駆動時間も達成している。NECといえば、軽量、薄型のビジネスノートを開発しているメーカーという印象が定着し、後継機の開発にも繋げることができれば、今回の製品が成功したと判断できる」と、尾崎氏は語る。

 今回の製品は、NECだからこそできないと思われていた薄型に特化した製品を作り上げたという点で大きく評価できよう。また、それがトップダウンではなく、現場主導で進められ、しかも、当初は、水面下で推進されていたというのも、最近のNECではあまり聞かない話だった。こうした土壌が、米沢事業場において作られていることは、これからユニークな商品が登場する期待感を膨らませることにもつながる。

 もちろん、UltraLite タイプVSのスペックに対する批判もあるだろう。だが、「割り切り」という要素を持ち込んだことは評価したい。その点でも、UltraLite タイプVSの動向には注目しておきたいと思う。

 この製品が一応の成果を納めれば、続く製品の登場にも期待をもてるからだ。

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(2009年 5月 26日)

[Text by 大河原 克行]