山田祥平のRe:config.sys
クラウドは遠きにありて思ふもの
(2014/11/28 06:00)
Microsoftが各社PCにプリインストールされるOffice Home & Business Premium プラス Office 365 サービスや、単独パッケージのOffice 365 Soloに対して、クラウドストレージOneDriveを1TB分付加することになり、さらにその容量は「無制限」へと拡張されるという。うれしいことはうれしいが、それをフル活用するためには、さまざまなハードルを超えなければならない。
無制限が意味するもの
GoogleがGmailのサービスを始めたとき、一生分のメールをためておけるというアピールをしていたのを覚えているだろうか。当初は7.5GB、それが10GBになって、現在は、ほかのアプリケーションと共用で15GBが無料のストレージとして提供されている。
一方、MicrosoftのOneDriveは無制限という領域に突入した。Office PremiumがプリインストールされたPCを入手すれば、その無制限が手に入るのだ。2年目からは6,264円/年の維持費が必要になるが、月額にすれば500円程度だ。これは、OfficeプリインストールPCの高い付加価値になるだろう。
無制限ということは、自分にとってかけがえのないデータを全て預かってもらえるということだ。1TBも埋めきれないというユーザーもいるだろうし、10TBあってもまだ足りないというユーザーもいるだろうけれど、無限は誰にとっても手持ちのデータ容量よりも大きい。
もちろん不安もある。個人情報が洩れやしないか、重要な情報を誤操作で共有設定してしまうことはないのか、Microsoftがデータのチェックをすることに同意することになるため、万が一のサービス解除の心配もある。最悪の場合、ある日突然、自分のデータにアクセスできなくなることだって考えられる。もちろん、Microsoftのデータセンターだって、なんらかの原因でデータを失う可能性もある。それでも、手元のPCのストレージがクラッシュすることや、そのバックアップがない確率に比べれば、ずっと安全だ。
原則として、全てをクラウドに置くことにして、そのバックアップを手元におくという考え方で使うのがよさそうだ。つまり、OneDriveにしかないデータを作らないことだ。それによって、自分のデータには確実にリーチできることが保障される。自分の環境がクラッシュしたり、再構築の必要が生じた場合は、そのバックアップから復元すれば済む話だ。
ただ、相手が無制限ということになると、ローカルに置いておけるファイルの方に工夫が必要になる。なぜなら、1台のPCにローカルでおいておけるファイルの容量は、そのストレージ容量に依存し、そちらは無制限ではないからだ。外付けドライブなどを使って増設するにも限度がある。一般的なユーザーが保有しているファイルの総容量がどのくらいなのかは、千差万別だとは思うが、10TB、20TBという単位のストレージを滞りなく管理しているコンシューマーは、それほど多くはないだろう。Microsoftが無制限というコミュニケーションでOneDriveの魅力をアピールできるのは、その辺りのことが分かっていて、誰もがテラの容量を使うことはありえないと考えているからかもしれない。
すべてをクラウドに置くために超えなければならないハードル
無制限のストレージを有効に使うには、とにかく手持ちのデータを全てクラウドにアップロードする必要がある。これがまたたいへんだ。一筋縄ではいかないのだ。
というのも、プロバイダーが帯域を占有するユーザーに対してペナルティを課する場合があるからだ。Windows 8.1以降、システムフォルダとしてのOneDriveに置いたデータは、ユーザーが自発的にアップロードしようとしなくても、自動的にクラウドストレージに同期されるようになった。通知領域のインジケータで、同期の停止や開始をコントロールすることはできるが、多くのユーザーはそのようなことは気にしないにちがいない。
また、Officeの各アプリは、データを直接クラウド上のOneDriveに保存するようにすることもできる。今後、ファイルを扱うアプリの多くは、そのような機能を搭載するようになるだろうし、それでなくても、今、個人用フォルダに保存しているデータを、OneDriveに置くようにすれば、勝手にアップロードされるのだから結果としては同じことになる。
ただ、日常的なPCの利用において、全てのデータをOneDriveに置くようにしたところで、たいしたトラフィックが発生するわけではない。問題は、これからOneDriveを有効に使おうと、大量のデータを最初にセットする段階だ。
カネで解決できないISPの悩み
今回、プロバイダー各社に取材してみたが、例えば、BIGLOBEではWinnyなど、ファイル共有ソフトを帯域制御の対象としていて、それに関する通信が著しく多いことが分かった場合、ファイル共有ソフトの帯域制御を実施し、ファイル共有ソフトを使う全ユーザーの帯域が制限されることがあるという。また、それとは別に、特定のユーザーの通信量が著しく多い場合は個別に制限が行なわれる場合もある。
その容量や期間については非公開なので、おそるおそるファイルのアップロードを続けていて、いきなりスピードが落ちて、その制限にひっかかっていることを知るということになるのだろう。それが、どのくらいで解除されるのか、契約を打ち切られるようなことに発展することはないのかといった心配もある。
また、シェアトップとされるOCNでは、ルールとマナーとして、1日あたり30GB以上のデータ送信で総量規制を行なうとしている。プロトコルによる制御ではないことも明示されている。
一方、IIJの個人向けサービスIIJ4Uやmioはどうか。IIJはいわゆるティアワンと呼ばれる事業者で、見かけのシェアこそ目立たないが、日本のインターネットトラフィックで、ここを通らないものはないといってもいいくらいの存在であり、老舗でもある。
同社では24時間あたりおおむね15GB程度の通信に抑えることをユーザーに要請していて、それを著しく超えたユーザーには個別の警告を出すことにしているそうだ。使われているプロトコルごとに制限をするのは、通信事業者のあり方として疑問があるとのことで、あくまでも上りトラフィックの総量だけで判断される。なお、下りのトラフィックについては無制限だ。
IIJがこうした対策をアナウンスしたのは2004年のことだ。今から10年前の話である。当時のインターネットは、その使われ方として、大量のトラフィックを発生させる主流がP2Pによるファイル交換だった。当時、プロバイダー各社とガイドラインを話し合い、総務省でも同様の議論が行なわれた。
そこで出てきたポリシーとして、帯域制御はイレギュラーな対策であり、足りなくなった場合はネットワークの設備や、ノード、回線といった設備を増やすことを大原則とした。ただし、緊急避難だけはできるようにしておこうということになった経緯があるという。つまり、特定顧客に対して、他の顧客に迷惑をかけていることが明らかな場合は、緊急避難的な対応ができるようにしたということだ。
当時は、上りのトラフィックが逼迫していた。P2Pのソースになっている顧客は、外部に対して発信をしているわけで、そうなると、そこを起点にしたトラフィックが大量に発生してしまう原因となる。
こうした規制をしなければならないのには理由がある。固定光回線を使うプロバイダーは、NTTの地域IP網を使っているからだ。日本のブロードバンド普及に、多大な貢献をした地域IP網は、おおむね都道府県に準じて整備されている。それぞれの網ごとに、ISP各社への相互接続点を持っているが、そのちょっとだけ地域IP網側の部分がボトルネックになりやすいという。今、エンドユーザー個々の帯域が1Gbpsだとして、それに対して余裕がなく、ことあるたびにNTTに対して増強の申請をすることになるとIIJはいう。おそらくは、ユーザー宅からのトラフィックを各ISPに振り分けるルータ的な役割をする部分のことを指しているものと思われる。
ところが、この部分はカネで解決ができないのだという。それができれば、例えば、有料オプションのような形で上りのトラフィックを購入できるような仕組みも用意できるらしいのだがそれができない。地域IP網の中で、この部分の設備に投資をするかどうかはNTTが決め、コストはNTTが負担する。ISPが自トラフィックのために増強された帯域を買うといったことができないのだ。その点、モバイルはMVNOが帯域をカネで買えるため、ユーザーに対して柔軟なメニューを用意できるそうだ。
無制限を活かすためのハードル
10年前は、P2Pの勢いはすごかった。だが、法規制が厳しくなったおかげで、今は下火になっている。アングラなものがなくなりつつあるその一方で、音楽や映画、書籍といった大容量のコンテンツが合法的に配信されるようになっている。P2Pは激減し、ユーザーは圧倒的に下り方向のトラフィックを求めるようになっているとIIJは分析する。
実は今、上りのトラフィックは下りに比べれば余裕があるともいう。一般的な全二重通信では、帯域を増強すれば自動的に上り、下りとも増強されるからだ。それでも上りが規制の対象になるのは、上りトラフィックは、結果として、その何倍もの下りトラフィックを誘発するからだ。
IIJは、利用のスタイルが変わってくれば規制の在り方も多様化するだろうとしている。ただ、現時点では、その規制を変える時期には至っていないとし、10年前に導入した制限事項ではあるが、今のところ変更する予定はないという。
NTTはこの年末から、フレッツ光を卸し提供するようになるが、地域IP網の抜本的な改革もあわせて期待したいところだ。ちなみに、IIJでは、同じ地域IP網を使っていても、法人契約の場合はサービス料金も高く設定され、手厚いサポートなどもあれば、上下トラフィック量による制限もないという。
とにかく、手持ちのファイルを全部クラウドに上げる。それができてこその無制限が活きる。だが、その最初のハードルを越えるのはたいへんだ。