山田祥平のRe:config.sys

iPhone 6とパナソニックのJ構想に見たあの日の幻影

 パナソニックが新たな家電のブランドを立ち上げた。「J」がそれで、「上品」や「ジャパン」といった想いが込められている。これまでの60年間、暮らしの真価を支え続けてきた家電は、我々1人1人の生活に密着した商品群だが、その存在感は落ちる一方でもある。そこでもう一度、家電によって日本の物作り力を試し、それを世に出したいというのが同社の考えだ。

Jブランドが狙う黄金の世代

 ターゲットはズバリ、50~60代だ。これからの高齢化社会を考えると、消費者としてはバカにならない率になる。彼らは、モータリゼーション、グローバリゼーション、レジャーブーム、IT化といった世の中の変化を経験してきた。これだけ激しい時代を生きてきた人々が、どんな商品を求めているのか、どういうコンセプトを提示すればいいのかをパナソニックは徹底的に調べ上げたという。もちろん、パナソニックの社内だけでは、ニーズを掴むことはできないため、さまざまな方法で約3万人の声に耳を傾けたということだ。

 ブランドの立ち上げは、構想から2年を要したという。そして、ようやくお披露目にこぎつけた。ニッポンの心遣いと美意識を象徴するJコンセプトは「上質」と「日本」をかけたものだ。機能とデザインを両立させ、置いて、使って、生活が楽しくなることを目指している。そこが実用一点張りの単なるシルバー向けとは違うところだ。

 同社では、第1弾として、足下が暖かいエアコン、世界最軽量の掃除機、新しいレイアウトの冷蔵庫をリリースするが、これは助走にすぎず、順次、第2弾、第3弾を揃えて発売していきたいとしている。最終的には、全家電ラインナップの1割以上を占めるブランドにしていくつもりのようだ。

 エアコンは暖房能力の向上を目論見、新しいフォルムに辿りついた。従来品に比べ、内部のファンやフラップを大型化し大風量を生み出すと同時に、上半身や顔に風がまとわりつかないようにヒト/モノセンサーが検知し、足下の温度を測って約35℃の暖房効果が得られるという。高齢者でも家の中では裸足でいられるようにしたいという想いが込められている。

 掃除機は、先端材料を独自素材として採用、強度を保ちながら大幅な軽量化を果たしている。もちろん、本体のみならず、アタッチメントも軽くしている。そのために、すべてのパーツを1g単位で見直したという。約20μmの目に見えないゴミやハウスダストを発見し、LEDナビライトで照らしながら畳、絨毯、フローリングを掃除する。

 また、冷蔵庫は、食材を取り出しやすくするために、平均身長152cmという日本の50歳以上の女性に合わせたレイアウトを採用したという。収納した食材を手の負担の少ない動きで取り出せる。野菜室を真ん中に配置し、立ったまま大きな野菜を出し入れするような工夫もあり、緻密な湿度コントロールで、日本の旬の美味しさを楽しめるようにした。

PCシーンとモバイルシーン

 PCの世界は、家電が歩んできた60年間の道程を、その3分の1くらいの時間でなぞってきたような感がある。価格破壊も含め、コモディティとなってしまったら、もうユニークな製品は出てこないと言われるが、それに近い状況になっている。直近では、ソニーがVAIOを手放すという動きもあった。

 今なお、自社でPCを企画して製品作りをしている日本のベンダーといえば、東芝と富士通、そしてパナソニックくらいだろうか。日本のPC黎明期を引っ張ってきたNECパーソナルコンピュータは、日本のベンダーではあり、日本にしかできない仕事をしているとは思うが、その実体はすでに外資系レノボの傘下だ。

 これらのベンダーが、家電の雄、パナソニックのような新たなビジネス展開ができるかというと、それはなかなか難しいかもしれない。それをやれるほどの体力が残っていないという話もある。

 ただ、ここのところのモバイルシーンの活性化は、ひたすら前を向いて走り続けてきたPCシーンに、ちょっと立ち止まって後ろを振り返る余裕を与えたかもしれないと考えることもできる。新たに登場するCore Mプロセッサ搭載PCなどは、日本のベンダーが熱心に取り組まなくて、誰が取り組むんだというようなものだが、なんだか、立ち止まりっぱなしが続いているような印象もある。

 その一方で、いけいけどんどんのように見えるモバイルの世界の背景は、やはり、それなりに大変なものだ。こちらはこちらで、PCシーンが20年ほどでやってきたことを、その半分の時間で、しかも同じような失敗も繰り返しながらやっている。さらには、PCの世界にはあまり縁がなかったキャリアとのしがらみというもう1つのやっかいな要素もある。もちろんキャリアなくしては成立しえないのがモバイルデバイスだし、PCとは比較にならないほどの大量の販売もキャリアのおかげだ。でも、PCだってインターネットがなければ成立しえないはずだ。そこにちょっとしたボタンの掛け違いがあったのではないか。

iPhone 6 Plusのターゲットはどこにあるのか

 iPhone 6/6 Plusの発売を控え、空前の予約が殺到しているという。日本は特にiPhone率が高い国として有名だが、この状況は昔のPC-9800シリーズのようだなあと思ってみたりもする。誰もがキューハチを使っているから、誰でも隣人に尋ねるだけで、身の回りのパワーユーザーがああでもない、こうでもないと教えてくれる。便利なアプリもたくさん揃う。いいソフトがあるからハードが売れ、ハードが売れるからソフトが出てくるという、まるでクルマの両輪のような相互作用が国民機を仕立て上げたことは誰もが知る過去の事実だが、今のiPhoneを見ていると、そんなことを思い出してしまう。

 そのiPhoneが大きな画面のPlusを用意したことと、パナソニックのJブランドの創出には、なにやら共通するものを感じる。PlusのリリースはiPhoneらしくないという気持ちもある。もちろん、トレンドが画面の大型化という波を否定するものではない。若者だって大きな画面を求めている層はいる。

 ただ、今の50代、60代は、モノが小さくなっていくことを目の当たりにしてきた世代だ。なにせ、部屋を大きく占有していたステレオセットは、机の上に置けるコンポになり、ラジカセになり、ついには、極小サイズのデジタルオーディオプレーヤーになったのだ。こうしていろんなものがどんどん小さくなっていった。言ってみればスモーライゼーションだ。だから小さいものが大好きだ。でも、寄る年波には勝てず、小さいものを扱いづらく感じるようにもなってきている。彼らが新しいiPhoneを手にするとき、大きい方を選ぶか、小さい方を選ぶか。その結果を注意深く見守る必要がある。

 新しいiPhoneは、いよいよ今週末に発売される。このコラムが掲載される頃には、日本各地に行列ができているのだろう。その一方で、今回のiPhoneは予約販売が多いという話も聞こえてくる。それはなぜかを考えることも重要だ。いわば行き渡ってコモディティ化したインフラが新たな一歩を踏み出すためのヒントを満載しているのが今回のiPhoneだという気がしてならない。

(山田 祥平)