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ソフトウェアが世界を変える




 第6回目となるMicrosoftによる学生IT技術コンテスト「Imagine Cup 2008」が仏・パリで開催され、その花形部門であるソフトウェアデザイン部門において、オーストラリアのチームSOAKが栄えある優勝を勝ち取った。日本からは、慶應義塾大学環境情報学部1年生の髙橋直大くんが、アルゴリズム部門3位に入賞するという快挙の一方で、ソフトウェアデザイン部門に出場した同志社大学大学院工学研究科情報工学専攻のチームNISLabは、まさかの初戦落ちと悲喜こもごもの大会となった。

●ヒーローたちがパリに集結

「毎年、ここに元気をもらいにきているんだ」

 ミスターImagineCupともいえるMicrosoft Corporation Developer & Platform Evangelism担当、アカデミックイニシアティブシニアディレクターのジョー・ウィルソン氏はいう。まったく広告展開をせずに、学生が学生同士で口コミで知名度を広げているというImagine Cupも、15カ国1,000人の参加によりスペイン・バルセロナで開催された第1回目の大会から6年が経過し、今年で6回目となる。今回は100以上の国々や地域から20万人以上が参加、パリの世界大会には61カ国から370名のファイナリストが集結と、ますます規模が大きくなってきている。まさに、学生のための技術オリンピックだ。

 「彼らはヒーローだよ。ここに来たというだけで、全員が勝者だ。どのチームが優勝してもおかしくない。そして、彼らは夢を信じている。だからエキサイティングなんだね」

 ウィルソン氏はそうつけ加えた。学生の理科系離れは、どこの国も事情は同じようだが、ITはおもしろくてセクシーなんだというイメージを学生に伝え、それで理科系離れを抑制したいとウィルソン氏。とにかくテクノロジーはおもしろいんだという軌跡を残していくのだという。

 一方、Microsoft インターナショナル担当プレジデント、シニアバイスプレジデント、ジャンフィリップ・クルトワ氏はMicrosoftの責任としてソフトウェアの可能性を伝えたいとする。

 「大会のクオリティは高くなる一方で、そのことにプライドを覚えている。こうして学生たちと話をしていると、彼らはグローバルコミュニティを築いていると感じる。つまり、彼らはグローバルシチズンなんだ。しかも、世界を変えられると信じるようになってきている。彼らは未来を見ている。決して現実的じゃない。今、この瞬間も、未来の一部なんだということを常に感じているんだ」

 大事なことは楽しむことなんだとクルトワ氏。彼もまた、先進国において、テクノロジーに対する学生の興味が減少していることを指摘、ファッションや投資でカネをつかもうとする傾向が強いことに危惧を感じている。

●最大の難問は英語

 アルゴリズム部門で3位入賞を果たしたした高橋直大くんは、結果として134カ国15,394人の中から、この栄誉を勝ち取った。アルゴリズム部門の本戦は、24時間という限られた時間と1台のコンピュータを与えられ、そこにインストールされたSDKを使って、9問の問題を解かなければならない。

 たとえば、マス目に散在する複数の水源から、もっとも長い水路を引くためには、どのようなアルゴリズムでマスを結んでいけばいいかといった難題を解いていく。高橋くんを含め、ファイナリスト6名は、小部屋に引きこもり、自分のブースで問題を解いていく。

 高橋くんは、2006年、2007年にもノミネート、2007年はいったんファイナルまで残ったものの、規定に合わないコードであることがあとから判明して失格している。今年は三度目の正直だ。この部門は、まったくの個人参加であるため、マイクロソフトの日本法人は、ファイナリストが米本社から発表されるまでノーマークで、高橋くんの出場に気がつかなかったという。

 「英語がよくわからないというのは不利ですね。24時間しかないのに、辞書をめくりながら2時間かけて問題を読みました。残り13時間になったところで、8問が解けました、残りの時間はそのアルゴリズムを改良していく時間にあてます。今回の問題の形式は、最適解が簡単に出せるものではなかったので、評価基準によって点数が変わります。だから、解けたといっても、そこからが勝負です」(高橋くん)。

 高橋くんは、昨年の優勝者の「12時間で全部解け」というアドバイスを守り、見事なペース配分で実力をフルに発揮した。

 「24時間一緒にいると、なんだか仲間意識のようなものが生まれるんですよ。でもね、翌日の昼間、対戦相手にエレベータの中で会ったので、挨拶したら、向こうがぼくのことを忘れていたんです。これはショックでしたね。やっぱり、英語をなんとかしなくちゃと、痛感しました」

 3,000ドルの賞金を手にした高橋くんは、これでPCを買い換えたいといいつつ、来年の参加を宣言した上で、今度は優勝を目指したいと意気込む。クラスメートに誘われて入ったアルゴリズムの世界だが、まだまだ知識不足で、ベーシックなアルゴリズムも知らないので、もっと勉強が必要だと謙遜する。彼にとっては、数値で結果が出るこの競技は、スポーツに近いのだそうだ。

●学生という縛りの光と影

 さて、ソフトウェアデザイン部門として、グローバル消費電力管理システム「ECOGRID」で参戦した同志社大学のチームNISLabは、61チームが12チームに絞られる第一ラウンドで敗退、悔しさに歯を食いしばって、最終戦までを観戦することになった。

 第二ラウンドでは、12チームが6チームになり、その6チームから最終的に上位3チームが選ばれる。そして優勝はオーストラリアのチームSOAKが勝ち取った。SOAKは、Virtual Earth、Silverlight, WPF を使ったXML Web サービスで、水消費の大半を占める農家での水量をコントロール、効率化するシステムで優勝を果たした。

 今年のテーマは「環境」で、その保護のための取り組みをソフトウェアで実現する、さまざまなソリューションが発表されたが、上位6チームのプレゼンテーションを見る限り、そこには、頭一つぬきんでたイノベーションを見つけることはできなかった。逆にいえば、日本のNISLabが入賞しても、ちっともおかしくないくらいに拮抗している印象を持った。

 テーマそのものの難しさもあったのだろう。各プロジェクトはバリエーションに乏しく、アプローチは家庭での消費電力削減と、産業用水の効率活用に二分化していた。

 「がんばってソフトを作ればそれでいいと思っていました。でも、作ったものをどう見せるかがもっとも重要だということを実感できました」(前山晋也くん)。

 「ソフトに関してイメージがなかったように思います。でも、今回の経験で、ソフトを1つの枠組みとして見れるようになったと思います」(加藤宏樹くん)

 「これからは、もっと濃い時間を過ごしていきたいと痛感しました。今までは、無駄に過ごす時間が多かったように思います」(中島伸詞くん)

 「いろんな技術にふれなければならないと思いました。技術をもっと知っていれば、完成度はもっと高まったはずです」(松下知明くん)

 第二ラウンドに進むことができず、落胆する中での彼らのコメントだ。それでも彼らは、来年を目指すという。ImagineCupは学生であれば50歳になったって参加することができる。NISLabチーム4名のうち、前山くん以外は引き続き修士課程を専攻するため再チャレンジができるのだ。

 「年齢ではなく、学生という縛りは悪くないですね。自分と同じような環境、立場の人たちが戦うということに意義が見いだせます。学生という立場では、ぼくらは修士課程にいますから、年齢的にもぼくらより若い参加者が多いんですが、若いのにすごいと思いました。やはり、学生ならではの発想があるんじゃないでしょうか」(前山くん)

●夢と現実の狭間で

 日本にはまだまだ優秀な学生がいるんじゃないかと思う方もいるだろう。がんばればきっと優勝できるんじゃないかと……。だが、こうした世界大会を阻む要因も少なくなく、優れたプロジェクトが晴れ舞台に上がりにくい構造もある。

 メンターとしてNISLabの活動を支えた同志社大学理工学部情報システムデザイン学科専任講師小板隆浩氏はいう。

 「大学という構造の中で、こうした大会に参加するためには、犠牲になるものがかなり多いんです。論文執筆や研究活動、そして、講義を受けるという時間の中で、それらを充足させつつ、大会用のプロジェクトに関わるというのは、かなり難しいかもしれませんね。とにかく大学側の理解がなければ、出場さえ難しいんじゃないでしょうか」

 もしかしたら、これからの、ImagineCupに必要なものは、さらなるアカデミック観点での権威なのかもしれない。ImagineCupでは、審査のために要求されるのは、20分間のプレゼンテーションとデモ、それに続く5分間の審査員からのQ&Aだけだといってもいい。実装されたプログラムがきちんと稼働することは求められるが、そのアーキテクチャやフレームワークといった細かい部分がきちんと技術仕様書として審査員の手に渡るわけではないそうだ。審査結果はあくまでもプレゼンテーションで決まる。

 第三者として、何年かこの大会を見てきたが、この部分に多少メスを入れ、ソフトウェアの詳細を、よりアカデミックな方法で提示することを求め、そこに学会的な演出が取り込まれれば状況も変わってくるのではないだろうか。今のままでは、とてつもないイノベーションが、稚拙なプレゼンテーション中に埋もれてしまい、日の目を見ない可能性さえあるように思う。

 また、実質的に、Microsoftのテクノロジーを使わないイノベーションは認められないという現実もある。プラットフォームが多様化する現在、その縛りの影響は大きい。Imagine Cupを単なるマーケティングイベントとしてのお祭りに終わらせないためにも、この点は、そろそろ見直す必要があるかもしれない。

 さて、そのImagine Cup、7回目となる来年は、「テクノロジーを活用して、世界の社会問題を解決しよう(Imagine a world where technology helps solve the toughest problems facing us today.)」というテーマのもとに、エジプトのカイロとアレクサンドリアで開催される。国際連合の「MGD」(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)に設定された目標項目のいずれかに沿ったソフトウェアソリューションの開発が求められるとのことだ。

□Imagine Cup 2008のホームページ
http://www.microsoft.com/japan/academic/imaginecup/2008/default.mspx
□関連記事
【2008年5月2日】【山田】電気を消してパリへ行こう
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0502/config208.htm
【2007年8月10日】【山田】大人は何もわかっちゃいない
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0810/config171.htm
【2005年8月8日】【山田】マイクロソフトが「Imagine Cup」で目指すもの
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0808/config066.htm

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(2008年7月11日)

[Reported by 山田祥平]


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