山田祥平のRe:config.sys

金のスマートフォン、銀のスマートフォン

 機械音痴、情報弱者の代名詞といってもいいシルバー世代。だが、それは本当なのか。今回は、シルバー世代とのコミュニケーションに熱心なKDDIのシニア向けスマートフォン講座を覗かせてもらいシルバー世代の実態を見てきた。

社会貢献としてのセミナー

 KDDIでは自治体主催で行なう消費者教育を支援することを目的として、2012年から各地の教育委員会や消費者センター、地方自治体の高齢者大学運営団体などの主催するシニア向け講座に端末提供や講師を派遣する無料プログラムを続けている。2013年には年間約200回を開催したという。

 また、2014年4月からは公益社団法人港区シルバー人材センターと共同で、シルバー世代の人材が講師を担当するシニア向けの「KDDIケータイ教室」を開催している。シルバー人材センターは区市町村ごとに設置されているが、今回訪ねたのは、大田区シルバー人材センターで、KDDIと港区シルバー人材センターから派遣された講師が、大田区センターの役員諸氏にレクチャーするというセミナーだ。

 セミナーの参加者は13名。最年少は62歳から最高齢は77歳とシルバー世代と言っても年齢層は幅広い。会議室に並べられたテーブルには、受講者1人1人のために、KDDIが用意した約60ページのフルカラーテキスト冊子と、Androidスマートフォン「URBANO L01」が置かれていた。ちなみに、冊子は持ち帰れるが、端末は持ち帰れない。

 港区認定講師の飯田圭子さんは70歳。セミナーの趣旨を、社会貢献の一環としてKDDIが始めた教室で、端末を買わせる教室ではないと理解した上で、ケータイとスマートフォンの違いを理解して、スマートフォンが自分に必要なのかどうかを確かめてほしいと宣言してセミナーを始めた。

 まず、飯田さんは、会場の受講者のレベルを把握するために、所有しているデバイスについて質問する。受講者に手を挙げてもらうのだが、それによると13名全員が携帯電話を持っていて、うち、スマートフォンユーザーは2名だった。また、8割近くがPCを日常的に使っているという。

スマートフォンとは手のひらの上のPC

 セミナーは用語説明から始まった。はっきりいって難しい。まず、スマートフォンとは「PCの機能のついた携帯電話」だと定義された。そして、アプリ、インストール、OSが説明され、「Googleは太っ腹で、Androidを無料で開放したから、世界中のメーカーがスマートフォンに採用した」という。

 電源が切れた状態とスリープの違いを説明するために、画面が消えていても電話やメールが届くのがスリープ、何も届かないのが電源が切れた状態だといい、スリープから復帰させるためにロックの解除の方法を教える。

 なぜ、スマートフォンはロックするのか。それは折りたたみ携帯とちがって、スマートフォンには蓋がないので、そのままカバンやポケットに入れると誤操作の可能性があるからとのこと。

 タッチパネルの説明では、銀行のATMを引き合いに出し、あちらは感圧式だが、こちらは静電式で静電気を使ってタッチを検知することを解説、指先でタッチすればいいが、爪ではダメで、あんな長い爪なのに、ちゃんと操作できる若い女性はすごいと感心してみせたりもする。

 タップ、ロングタップ、スライド、フリック、ピンチイン、ピンチアウトなどの操作を地図アプリやゲームで披露し、さらには文字入力に説明は進む。

 メールの新規作成画面で、ケータイ入力、フリック入力、音声入力、手書き入力を紹介し、「明日12時東京駅つばめグリルで食事をしますので2人で来てください」をしゃべって正確に入力されるのを見ると受講者は驚きを隠せない。飯田さんのお勧めはなんといっても音声入力のようだ。大声を出さなくても、ささやく程度で大丈夫だからという。

 もちろんインターネットも体験してもらう。ブラウザを開いて検索ボックスにキーワードを入力し、東京都のホームページを呼び出す。ここでは、スマートフォン版のページはピンチで拡大できないことを示しつつ、ページごとに、スマートフォン版、PC版があることを教える。そして、必ずしも両方のページが用意されていないことも知ってもらう。

 アプリのインストールでは、ダウンロードする前に、利用規約をよく読むようにと念を押す。禁止事項や個人情報の取り扱いについて、これらが記載されているのを確認してからダウンロードするようにというわけだ。例え守られないとしてもここをきちんと伝えておくのは重要だ。

言葉が分かれば怖くない

 カメラ機能も体験させる。受講者が互いに写真やビデオを撮る。撮影時のスマートフォンの構え方は、親指を下に、中指を上に、人差し指はシャッターを切るために遊ばせておくと説明。ただし、レンズに薬指がかからないようにという注意も忘れない。

 もうすぐ3月11日ということで、便利で楽しいスマートフォンから、安全、安心のスマートフォンもアピールということで、懐中電灯代わりの簡易ライトアプリや「らじる★らじる」アプリでNHKラジオを聴けるといったデモンストレーション。そのあとは、災害用伝言板や災害用音声お届けサービスなどのアプリを紹介する。

 ザッとこれだけの内容を、実際にスマートフォンを触ってもらいながら、10分ほどの休憩をはさんだ2時間で消化する。最後に飯田さんは、今日の講習会で、たぶん言葉が分かったんじゃないですかと受講者に問いかける。つまり、体験によってスマートフォンがおぼろげに理解できたことで、ちんぷんかんぷんな言葉が飛び交うキャリアショップに足を踏み入れるのも、もう怖くないはずと背中を押す。

 飯田さんが言うように、このセミナーを受講したからといって、スマートフォンの達人になれるわけではないし、スラスラとスマートフォンを使えるようになるわけでもない。ゼロからスマートフォンの基礎を教える教室ではないからだ。

 飯田さんの説明には頻繁に「PCと同じ」、「PCが中に入っている」という比喩が登場する。ほとんどの受講者が日常的にPCを使っているから、それで伝わってしまうのだ。とは言え、セミナー後に受講者に話を聞くと、PCはなくては困るけど、スマートフォンを使ってPC的に便利な世界が本当に欲しいかというと、そうでもないかもしれないという声が返ってきた。PCの便利さ、楽しさを理解した上で、それを手のひらの上で叶えるスマートフォンの価値感がきちんと伝わっている。

あらゆることを体験済みのシルバー世代

 2時間のセミナーを覗かせてもらったわけだが、それでもシルバー世代は機械音痴か、シルバー世代はデジタルデバイドか、シルバー世代はタッチが苦手なのか、シルバー世代はスマートフォンに何を求めているのか、シルバー世代がなぜスマートフォンに取り組もうとするのかという疑問は正直なところ解決しなかった。

 今から20年前、Windows 95が世に出てきた1995年当時、量販店には「幸せになれるという魔法のCD」を欲しいという客が殺到したという。市販されていたのはWindows 3.1からのアップグレードパッケージで、中味はCDではなくCD-ROMだった。それをPCを持たない層がこぞって欲しがった。そして世の中はインターネットの時代へと突入する。

 あの頃は、PCを使えないと世の中的にまずいんじゃないかという強迫観念めいた風潮もあったように思う。だが、少なくとも、今回の受講者を見る限り、スマートフォンを前にして、そういう緊迫感はないように見える。便利なことも、楽しいことも、そして、やっかいなことも、すべて体験済みの余裕が垣間見えるのだ。

 シルバー向けに機能を絞った専用端末をこの世代に提供するというのは、もしかしたらすごく失礼なことなんじゃないか。老眼に配慮するなら文字サイズの変更幅をもっと自由にしてあげるだけでいいんじゃないかとさえ思う。ちなみに、KDDIはこれまでシニア向けのスマートフォン的な端末を提供してこなかったが、この春の新端末としてシニア向けを謳う「BASIO」を発表している。これまで催されてきた何百回ものシルバー向け講座では、その受講者だけではなく、同社自身もさまざまなことを学習したはずだ。BASIOと、同時に発表された関連プランはその成果の証と言えるものなのかもしれない。

(山田 祥平)